第65話 領主への道2
「お待ちください」とトール。
「思ってもみないほどの報酬、誠にありがたく存じますが、少々気になる点をお聞かせ願いたく」
「ふむ、何だ」と家宰。
「私への報酬としては法衣貴族---法衣男爵でも十分なはず。それを領地付男爵としていただけるのは、いささか過大すぎる報酬ではないかと考えますが---」
「ははは、謙虚であることは美徳であるが、あまり謙虚すぎるのはよくないぞ。これは貴殿らの貢献に対する正当な評価だ」と家宰、さらにニヤリと笑って続ける。
「民衆の間で『ドラゴンスレイヤー』と『3聖女』が大人気なのだ。
少し多めの報酬を渡さねばおさまりがつかん。あとは、民衆に夢を与えることも必要だ。辺境伯に貢献をすればそれが必ず報いられるという夢をな」
「納得いたしました。次にイスタン領についてです。その領地については浅学のため全く存じ上げておりません。ご教示いただければ幸いです」
それに対して秘書が回答する。
「イスファ子爵領についてご存じですかな、小麦産地として有名な。イスタン領は、そのイスファ子爵領の北方にあります」
「イスファ子爵領の北側は山脈だと記憶しておりますが、山脈の手前にイスタン領があるということでしょうか」
「いえ、山脈を越えたところがイスタン領です」
「---人口と村の数、それに税収を教えてください」
「村の数は1つ。人口は100人、全てがその村の住民です。税収についての記録はありません」
「記録がない---税が徴収できていないということですか」
「---はい」
「今は小さな領地だが」と家宰。
「これから、貴殿らがイスタン領を発展させることに期待する。貴殿らであればできるはずだ」
「開発のための費用、支援金はいただけるのですか」
「もちろんです。大金貨100枚が辺境伯から支給されます」と秘書。
「大金貨を100枚も!」とクレア。
大金貨1枚はおおよそ日本円にして100万円程度の価値。一億円相当の支度金が出るということだ。
「少なすぎます」とトール。
「領地の発展、まあこの場合は開拓が必要となりますが、そのためには資材と人手が必要。今までに税収がないということは、資材・人手とも外部から手配する必要がありますが、イスファ子爵領北方山脈を越えたところとなると、かなり高額になることは必至」
「---」
「あくまでも感覚ですが、資材手配の資金をあわせて考慮すれば、10名ほどの者を1年間雇うことしかできないはず。1年間で開拓をするのは---絶望的と思われます」
「すばらしい!」と家宰。
「私も、まあそこまで悲観的ではないが開発費が不足すると考えていた。
トール殿、貴殿の年齢でそこまで考えが及ぶとは。これはイスタン領の発展が期待できるな」
「それでは、支援金の増額は」
「残念ながらそれはできん。その代わりにだ。私が特別に融資をしよう」
「融資?」
「ああ、金を貸すということだ。金貨500枚だ。これだけあれば開拓が進むだろう。すでに契約書をここに準備している。これに貴殿がサインすれば金貨500枚を融通できる。
ただし、だ。このことは辺境伯を含めて他の者には内密に。特別扱いが他の者に伝わるとやっかむ者が出るからな」
「ご厚意、感謝申し上げます。では、融資の詳細についてお聞かせ願いたく」
「詳細?」
「先ずは返済条件について。いつまでにお返しすれば良いのですか」
「すぐに返せというわけにはいくまい。5年後に返済してもらおう」
「返済は5年後、すなわち王歴16年6月に一括返済ですね。金利は?」
「年利20%だ。街の金貸しで借りると月1割、ものによっては10日に1割のところもある。破格の低金利だ」
「---なるほど。複利ですか、単利ですか?」
「複利、とは?」
「失礼、契約書を見せていただけますか」
トールは秘書から契約書を受け取り、それを読む。
「---1年契約、金額の返済ができない場合は同一条件での自動延長。
延長期間は最大4年、ですか。これは、複利ですね」
「---」
「今、詳細の計算はできませんが、5年後の返済金額は大金貨1000枚を優に超えるはず」
「大金貨1000枚!倍になっている」とクレア。
「仮に開発が上手くいったとしても、この金額を返済するのはなかなか難しい。ましてや開発が滞った場合には莫大な借金を背負うことになる」
「---」
「契約者は成人している姉上になるのでしょうね。ん?連帯保証人を記入する欄がありますね。ちょうど3名分ほどのスペース。僕、ティナ、ユメの分ですか」
この世界では未成年者による契約も有効なのかなあ、とはトールの独り言。
「融資は受けない、ということか」
「そもそも叙爵を受けない、という選択肢もありますね。辺境伯様もご理解いただけると思います。支援金が少ない、融資の金利が高く返済の見込みがたたないと」
「おい、融資のことは辺境伯には---」
「おっと、そうでした。でも、叙爵をお断りする場合には事細かに説明をする必要がありますよね」
「---断るつもりか」
「いや、叙爵は受けますよ。さすがに辺境伯様と家宰様の顔をつぶすわけにはいきません。その代わり、融資の条件を少しだけ見直していただければ」
「---どうしたい」
「先ず、金利は年率3%」法定利率ですから、とトールはわけのわからないことをつぶやく。
「3%だと、ふざけるな!」
「あとは単利にしていただければ」
「単利、とは」
「利息に利息をかけないということです。3%、単利。これが条件です」
「それでは融資はできない」
「承知しました。では叙爵は受けますがイスタン領主になることはお断りします。事情を話せば辺境伯様もご理解いただけるかと存じます。あ、この契約書案、預からせていただきますね」
「---脅すつもりか」
「何をおっしゃっているのかわかりませんが。あと、あまりこじれるようでしたら、辺境伯領を出るしかなくなりますね。家宰様のご不興を買ってしまったら、辺境伯領で生きていくのは難しいでしょうから」
「---わかった、その条件をのむ」
「ありがとうございます。では、早速、契約書の作成、締結を致しましょう。当方側のサイナーは私でお願いします。
連帯保証人は、必要ですか?必要ならば姉上でお願いします。ティナ、ユメまでは必要ないでしょう。
あと一つお願いがあります。今後10年間、いや、次のスタンピート終了後までは一切の貴族の義務を免除すること。
開発中に兵を出せと言われても困ります。文書でいただきますが、家宰様名で結構です。
このような些事について、辺境伯様のお手を煩わせるまでもない」
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「してやられましたな、父上」
契約書締結ならびに文書交付を終え、トールとクレアが家宰応接室を去った後に応接室に残った家宰と秘書。
秘書は家宰の息子であった。
「ああ、してやられたな。だがかまわん。結果は同じだ。あの領地は大金貨500枚や1000枚の開発費ではどうしようもできまい。背負わせる借金が大金貨1000枚から500枚にかわっただけのこと」
「あと、ティナ嬢とユメ嬢の連帯保証ですか」
「ああ、それは少し痛いがな」
家宰の個人的融資を焦げ付かせ、トールと三聖女を辺境伯家ではなく家宰の支配下におく。
そして彼らの力を利用し、辺境伯を完全なお飾りとし実際には家宰家が辺境伯領を支配する。
それが今回、家宰が、いや、家宰家が描いたシナリオであった。
「まあ、借金を背負わせることはできなかったが、公には単なる孤児だ。
お前の息子たち、家宰家の息子たちティナとユメを娶るのに何の支障もないだろう」
「承知しました、父上。息子たちにはよく言い聞かせておきましょう。それで、クレア嬢はいかがいたしますか」
「トールから全てを取り上げるわけにはいくまい。トールとクレアの婚姻を認め、彼らに恩を売るのが吉だ。トールにやけを起こさせないためにも、な」
「そのことですが、少し懸念事項があります」
「なんだ?」
「領地開発が破綻するとわかった時点で、彼らが逃亡するのではないかと」
「王都にか」
「あるいは、国外に」
「ふむ、ありうるか---」
「はい、見張りが必要となります。幸いにも見張りにふさわしい者に心当たりがあります」
「ほう、詳しく聞こうか」




