43話 ティナ独白2
「お嬢様!旦那様が!!」
悲報が飛び込んできた。父が領地巡回中に事故に遭い亡くなったという。
原因は落馬によるもの。
私にはとても信じられなかった。父は乗馬の名手。落馬することなど考えられないし、万一落馬したとしてもそれが原因で怪我をすることなど考えられない。
まして死亡するなどとは。
それからアンタルヤ伯爵家は大きく変わっていった。
先ず、執事長のじいやとメイド長のばあやが解雇された。
加齢を理由とし、相応の、いや、それ以上の退職金を提示されて。
じいやもばあやも抵抗したものの、領主代行となっている第一夫人の意向には逆らえなかったようだ。
次に伯爵軍幹部の主立った者たち。父の落馬事故を防げなかった責任を取らされ、懲戒解雇。
これらの者たちの後任として侯爵家から人が送り込まれた。
さらに家人の主立った者たちも去って行った。
新しい執事長の監査により不正が発覚。伯爵家の面子を保つために公にはしないものの伯爵家から去ることを求められたとのこと。
そして---母が病に倒れた。
ある日の夜、母の寝室に呼ばれた。部屋にいたのは母と私、そして父母の昔の仲間だという中年の冒険者だけだった。父が存命中はたびたび屋敷を訪れ、父と酒を酌み交わしていた人だ。
「ティナ、今から言うことをよくお聞きなさい」と母。
「あなたのお父様は殺された。そして私も殺されようとしている」
殺された?殺される?いったい誰に?
「侯爵家に。そして、いずれはあなたも殺される」
侯爵家?あの優しい第一夫人が私を殺すの?
「そう、あの方も黙認している。すべては侯爵家がアンタルヤ伯爵家を乗っ取るためにね。貴族というのはそういう生き物なのよ」
乗っ取る?どういうこと?
冒険者のおじさんが母にかわって説明してくれた。
・侯爵家はアンタルヤ伯爵家の後継者を、侯爵家血統の者にしたい。
そうなれば、侯爵家はアンタルヤ伯爵家を実質的に支配できる。
・生まれてきた子が男子であれば何の問題もなくその子が後継者になった。
しかしながら生まれてきたのは女子。伯爵家相続権は長女である私が優先される。
・第一夫人は今後、子を授かる可能性が低い。従って、今後男子を産む可能性が低い。
・また、侯爵家一族には適齢期の独身女性がいない。
このため、侯爵家血統の男子が生まれることはない。
・そうなると侯爵家ゆかりの子は、生まれたばかりの私の妹しかいないこととなる。
・ここで問題となるのが私の存在。第二夫人であるが正妻の長女である私が伯爵家後継者の有力候補となる。
・まして、父は私に伯爵家後継者としての教育を施しだした。
・このため侯爵家は以下を実施、もしくは実施する予定としていることが考えられる
①先ずは父を殺害(済)
②伯爵家に忠誠を誓う家臣を排除(済)
③母を殺害、もしくは無力化(進行中)
④私を殺害、もしくは廃嫡(今後の予定)
いったいどうすればいいの?
「お嬢ちゃん、君には選択肢が2つある。
一つはこのままこの家にいること。さきほど説明したとおり、君は殺される可能性が高い。
ただ、もしかすると殺されないですむかも知れない」
まあ、殺されなかったとしても相当ひどい扱いを受けるとは思うがな、と冒険者のおじさんは続けて言った。
「もう一つはこの家から逃げること」
逃げる?どこへ?
「シバス辺境伯領の孤児院だ。すまないが俺にできることは君をそこに送り届けるまでだ。そこで君は、孤児として新しい生活を送ることになる。これもまた、今から比べると相当ひどい生活になるだろうが---」
「ティナ」と母が言う。
「どんな形でも、どんな生活であってもあなたには生きていて欲しい。これが母の願いです」
「決めるのはお嬢ちゃん、君だ。嫌がる君をむりやり引きずって辺境伯領まで行くことはできない」
今、決めなきゃいけないの?
「残酷なことを言うようだが、辺境伯領に行くのならば今夜中に出発しなければならない。
明日になって、この家から抜け出せるかどうかはわからなくなるからな、それと---
執事長とメイド長、ああ、じいやさんとばあやさんだ。二人とも君が辺境伯領に行くことを望んでいる。君が孤児院に入るのにはそれなりの布施が必要だが、その金は二人から預かっている。
押しつけられた退職金を全部吐き出す、と言ってな」
じいやとばあや---それに母。私のことを誰よりも思ってくれている人たちが、私に孤児として生きる道を望んでいる。その意味を理解した瞬間、胸の奥がひどく冷えた。けれど、そうであれば---是非もなし。
私は孤児となった。
孤児院での生活は思ったほどひどいものではなかった。
清潔な居住空間、十分とは言えないがまあまあな食事。それに読み・書き・計算の勉強まで施してくれた。
ただ、不安なのは12歳になればこの孤児院を出なければならないことだった。
読み・書き・計算ができるからといって、12歳の少女を雇う先はあるのだろうか。
不安にかられながらも表には出さず、笑顔でいることを努めながら暮らす日々であった。
そんなとき。
トールお兄様が孤児院にきた。
トールお兄様は普段は冒険者活動をしており、時々、お肉を差し入れに孤児院に来ていた。
そしていつからか、私たちに魔術の手ほどきをするようになった。
私は実家で魔術の手ほどきを受けたことがある。
トールお兄様の手ほどきは実家のそれとはかなり違うものであった。
そして、実家では魔術が発現しなかった私は、あっという間に魔術の発現ができるようになった。
魔術を発現することができるようになった私は、冒険者補助となりパーティ活動に同行するようになった。
パーティ活動をともにしてわかったこと、それは、トールお兄様は魔術のてほどきが上手なだけではない。
ご自身もきわめて優秀な魔術師であり、剣の腕も相当なものだ。
立ち居振る舞いも洗練されていて、貴族語がネイティブだと思う。
開拓村の出身、と言っていたが絶対に貴族、ひょっとすると王族ゆかりの者かもしれない。
それに---なんといってもすごく優しい。
私は密かに心に誓った。
こんな優良物件、逃がすわけにはいかない!絶対に!!




