第42話 ティナ独白
私の名はティナ。
シバス孤児院の孤児。そして、冒険者見習い。
私は8歳になる直前にシバスの町に来た。
私の生まれはアンタルヤ伯爵領。
父はアンタルヤ伯爵、母はアンタルヤ伯爵第二夫人。
そう、私はかつて、アンタルヤ伯爵家長女、クリスティーナ・アンタルヤだった。
アンタルヤでの生活、それは夢のように幸せな生活だった。
父と母から注がれる無償の愛情。
使用人や町の人たちからも愛情を受けているのが感じられた。
皆からは「お転婆姫」というあだなをつけられたが、それには貶めるニュアンスは全くなく、執事長のじいやからは「このまま真っ直ぐに育ってください」と何度も言われた。
メイド長のばあやからは、度々、厳しく叱られたものだったが---。
とにかく、皆から愛情を注がれて育ってきた、と自分では思う。
とても幸せな日々だった。そう、あのときまでは。
私が5歳のとき、父は新しい妻を迎えることになった。
新しい妻は、隣接するニコシア侯爵家令嬢。
そして、その方が第一夫人となり、母は第二夫人となった。
母は平民の出身。冒険者だった。
そもそも、父と母は冒険者パーティの仲間であった。
父はアンタルヤ伯爵家の三男。普通であれば、伯爵家の三男であれば、王国軍に入隊するか王国の官僚になるとかして、騎士爵、あわよくば法衣男爵を目指すものらしい。
だけど父は冒険者となりアンタルヤでパーティ活動を行っていたとのことだ。
あるとき、父の長兄と次兄(私の伯父たち)が立て続けに亡くなったらしい。
理由は知らされていない。何かの戦いか、流行病か。
そして父は、アンタルヤ伯爵家を継ぐこととなった。
父がアンタルヤ伯爵家を継ぐにあたり、既に引退していた元伯爵(私の祖父)に出した唯一の条件が母を正妻として遇することであった。
通常、伯爵家のような上級貴族が平民を正妻とすることはなく、良くて側妻、下手をすると妾として扱われる。
それでも父は半ば強引に母を正妻とした。母が魔術師であり、生まれてくる子も魔術師になる可能性が高いことを唯一の理由として。
だが、やはり平民出身の者が伯爵家の正妻の役割を果たすのは難しかったのであろう。
元伯爵夫人(私の祖母)が病がちになった頃から、貴族家から妻を迎えることが画策されていたようだ。
父の新しい奥さん(第一夫人)は、おっとりとした、すごく優しい人だった。
母のことを無碍にすることなく、私のことも実の娘のように扱ってくれた。
じいやとばあやも、あの方が奥方になって本当によかった、と言っていたようだ。
あるとき、父と母が一緒にいる時に第一夫人からこう告げられた。
「ティナちゃん、あなたはお姉ちゃんになるのよ」と。
「私のおなかの中に、あなたの弟か妹がいるの。ティナちゃんはお姉ちゃんとしてかわいがってくれるとうれしいな」
私は、生まれてくる弟か妹を心待ちにしていた。何をして一緒に遊ぼうかな、と考えながら。
そして、私には妹ができた。
妹ができてしばらくしてから、私は父にこう告げられた。
「ティナ、お前はもうすぐ6歳になる。これからは、いままでよりたくさん勉強をしなければならない」
そうね、お姉ちゃんになったんだから、たくさん勉強をしなきゃいけないよね。
父はわずかに苦笑しながら、そうだな、と言った。
「大変だと思うが、がんばってほしい。ティナならば大丈夫だと信じている」
それからは本当に大変だった。
貴族令嬢としての礼儀作法はもとより、読み・書き・計算の基礎勉強。さらには領地経営のさわりについて。
とても5歳児に授ける教育内容とは思えないものだった。
それでも私は必死にくらいついていった。
「お姉ちゃんなんだからこのくらいできなきゃだめだ」と思いながら。
後でわかったことであるが、こういうことだったようだ。
・第一夫人の出産は難産であった。一時は命の危険があったほどであった。
・このため次の子供を授かるのが極めて困難なものとなった。
・これにより、私が伯爵家を継ぐ可能性が高くなった。
・父は三男ということもあり、領地経営についての教育を受けていない。このため、父は領地経営に相当苦労しており、この苦労を娘の私に味合わせたくないと 考え、この時点からの英才教育を行うこととした。
侯爵家の血統の子が生まれても私を廃嫡せず、また、英才教育を行い将来の苦労を少なくする。
すべて私に対する愛情からのきたものだったと思う。
ただ、残念ながらその愛情が、私を不幸に陥れることとなってしまった。




