第31話 クレア独白
私の名はクレア。イズミール伯爵領の領都で生まれ育った。
私には、物心がついた時からご主人様がいた。
ご主人様はイズミール伯爵令嬢ミリアムお嬢様。
私の父はイズミール伯爵家の兵士、母はミリアムお嬢様の乳母であった。
従って、ミリアムお嬢様と私は乳姉妹ということになる。
私は幼いころからミリアムお嬢様と一緒に貴族としての教育を受けた。
伯爵様は、学友がいたほうがミリアムお嬢様の勉学が捗るとお考えだったようだ。
5歳になってから、剣の修行が始まった。
それは、いずれ私がミリアムお嬢様の護衛になるための訓練だった。当然ながら、ミリアムお嬢様は剣の修行をすることはない。
お嬢様と一緒に行う貴族としての勉学に加えて剣の訓練。幼い私には、遊ぶ時間など全くなかった。
それでも私は全く苦にならなかった。
特に剣の修行は、私にとって何よりの楽しみであった。
父の血をひいたからか、教官から「筋がいい」とほめられ(兵士の方々からは、この教官はめったに人をほめることがなく、「筋がいい」という言葉は最大の誉め言葉であるとのこと)一層剣の修行に身が入った。
長じるにつれ、周りの方々から
「お嬢様とそっくり」
「本当の姉妹みたい」
と言われるようになった。似ていると言っても背格好が同じで、黒い髪の色が同じというだけである。それでも、お嬢様の服を着て遠目に見れば、私をお嬢様と見間違える者もいるかもしれない。
つまりは、私の役割は、「お嬢様のご学友兼側使い兼護衛兼影武者(候補)」といったところか。
私の父母は健在、私もお嬢様の側使いとして約束されたようなもの。
将来は安定した(いや、他の者から比べるとかなり恵まれた)生活がおくれると思っていたが---
その日は突然やってきた。
12歳の秋、何やら城内が騒がしいと思ったとき、私は伯爵様のお部屋に呼び出された。
「クレア、この服に着替えなさい。着替えたらすぐに馬車に乗りなさい」と伯爵夫人。
「このレイピアを授ける」と伯爵。剣の柄にはイズミール伯爵家の紋章。
何がなんだかわからないうちに服を着替えさせられ、剣を持たされた私はイズミール伯爵家の紋章が入った馬車に押し込まれた。
どこに向かっているのか、いったい何が起こったのか。
「反乱だよ、反乱。伯爵様の弟君が謀反を起こしたのさ」と馬車に同乗する年配のメイド。
「馬車はエルズム領に向かっているのさ、なるべく目立つように、護衛兵士をつけてね」
ということは---
「そう、デコイだよ。直に反乱軍が私たちを追ってくる。その隙に伯爵様たちは逃げようというのさ。まったくロクなもんじゃないね」
じゃあ、追いつかれたらば殺されてしまうのか。
「どうだろうねえ。まあ、直ぐに殺されることはないんじゃないかね。あいつらは追いつかれたらすぐに逃げ出すさ。戦おうなって考えちゃいないだろうし」
あいつら---護衛につけられた8名の兵士のことだろう。
「まあ、わたしは大丈夫さ。殺されることはないだろう。下っ端がわけもわからないで馬車に乗せられたってことで納得してくれるだろう。あんたは---まあ、新伯爵のお考え次第といったところかね」
反乱が失敗することはないのか。
「ああ、多分な。あんたは知らないだろうが、伯爵様、評判が悪いからな。上からも下からも。
弟様のことだ、この反乱について、抜かりなく国王陛下のご了解を取っているんだろう」
お父様・お母様はご無事だろうか。反乱軍はいつ追いつくだろうか。
私の心配をよそに馬車は何事もなく走り続け、目的地であるエルズム領の領都に到着した。
伯爵家紋章を掲げたまま馬車は領都に入り、宿に泊まる。
伯爵家令嬢がエルズム領都にいることがすぐに反乱軍に伝わるだろう。
ところが、1日たっても2日たっても追手の気配はなかった。
宿での2泊目深夜。
妙な胸騒ぎを感じ、2階の寝室から1階に降りようとした時、話し声が聞こえた。
「じゃあ、反乱は成功したということだね」と老メイド。
「ああ、間違いない情報だ」
「それでも追手が来ないということは---デコイがばれたか。あるいは既に、お嬢様はつかまったのか」
「まあ、どっちでも一緒さね。それより、これからどうするかさ」
「伯爵家に戻ることはできない。戻れば処刑される。俺たちには処刑されるだけの悪事を働いてたことは自覚しているからな。あんたはどうだ」
「あたしも一緒さね。このままふけるしかないだろうさ」
「ああ、俺たちもそうするさ。で、問題はあの嬢ちゃんだな。俺たちは顔をみられている」
しばらくの間、無言。
「あとくされがないように---殺るか」
「殺すなんてとんでもない」と老メイド。私のことを守ってくれるのか。
「あれだけの上玉だ。奴隷として売り飛ばせば結構いい値がつく」
そこまで聞いた私はそっと2Fの部屋に戻る。伯爵様から預かった剣を取り出し、2Fの窓から飛び降りた。
自分では冷静なつもりで気が動転していたのだろう。寝巻のまま、靴も履かずに宿から飛び出してしまった。
とにかく宿から離れなければ。その一心で駆け続けたが---
あっけなく追いつかれてしまった。
奴隷落ちするのであればいっそのこと。いや、勝ち目が全くないわけではない。
であれば、戦う!
「おねえさん、助太刀しましょうか」
こうして私は少年---トール様と、行動を共にすることとなった。




