第23話 旅路2
カバラ街の商店街のはずれにある小さな店。
「いらっしゃいませ、ご用件を承ります」
店番をしているのは、女性一人。「女性」というよりは少女、なんなら「女の子」という表現が似つかわしい。
「ローズ婆さんはいるかい?」
親子連れの客、母親が店番の女の子に問いかける。
「あ、お婆様のお客さんですね、少々お待ちください」
店の立地と店の門構えから、一見の客が店を訪れることはまずない。うん、お婆様のお客さんだったのね、と女の子は納得し、店の奥に呼びかける。
奥から出てきた老婆、かなり年を取っている。
老婆は母親の顔を見て、わずかに表情を変える。
「おや、生きていたのかい」
「まあ、何とかね」
母親は、その言葉に苦笑しながらそう応じた。
「で、そこの坊主はお前の子かい」
「はい、息子のトールで---」「いや、違うよ」
息子と母親?の声がかぶった。
「は、母上、今なんと---」
「ああ、そうだった、お前はあたしの息子だったね(設定上は)」
「ま、まさか---僕は実の息子ではない?」
「ああ、実の親じゃないね」
「そ、そんな---母上が実の親でないなんて---」
「え?ええ?」
店番の女の子はこのやり取りにどぎまぎしている。
「そこらへんで茶番はやめな。で、何の用だい」
老婆は全く動じていない。茶番劇であることを見破ったようだ。
なかなかの人物眼である。
「売り物と買い物だよ。先ず売り物のほうは---」
母親が息子?に目配せをする。
「はい、母上。お婆様、こちらが売り物になります」
収納袋から大きめの袋と小さめの袋を取り出し、店のカウンターに置く。
ちなみに茶番劇の時間は終わったようだ。息子の動揺は完全におさまっている。
「お前さんに婆さん呼ばわりをされる理由はないが---まあ、いい。物は何だい」
「小さいほうが一角兎の魔石、100個。大きいほうが魔狼の魔石、30個です」
「なっ---中身を改めさせてもらうよ」
老婆は小さいほうの袋を開け、そこから1個の魔石を取り出し、しげしげと見つめる。
「---上物だね、これ、どうやって手に入れた」
「はい、母が手に入れました。母は昔、凄腕の冒険者だったので---」
「嘘だね」
食い気味に老婆が言う。
「ナオが冒険者だったことはもちろん知っている。確かB級のスカウトだったね。いくらB級とはいえ、スカウトが魔狼を倒すのはそんなに簡単なことじゃない。それにナオは足が---あれ?お前さん、足はどうした」
「なおった」
「なおったって、お前---」
「なおった」
左足をトントンと踏み鳴らしてナオが答える。
トールはその会話をニコニコしながら聞いている。
「何が何だか---まあ、いい。買い取るよ。魔狼の魔石は一個小金貨5枚。一角兎の魔石は一個小金貨1枚。まあ、ナオの足が治ったご祝儀込みだよ」
「ありがとう、ローズ婆さん」
ナオとトールはローズ婆さんの店に来る前に市場価格をリサーチしていた。この値段は買い取り価格としてはかなり高めだ。
「だがねえ、これだけの現金を用意するのには少しばかり時間がかかる。2~3日待ってくれないか。何ならうちに泊まっていきな」
「ありがとよ、婆さん。あと、買い物のほうの話だけど」
「おっと、そうだった。で、何がほしいんだい」
「先ずはこの子の服と靴」
「ふん、子煩悩だね、仕立てかい、それとも古着かい」
「古着で十分です」とトール。
「わかった、それじゃ、後でローリーに---ああ、その受付の子のことだよ。私の孫娘さ。ローリーに古着屋を案内させる」
「ローリーお姉ちゃん---」
トールが顔を赤らめて、はにかんだ笑顔でローリーを見る。
「(何、この子。こんなかわいい生き物がいるの!)」ローリーの陰の声。
「(何、この子。何を企んでいるの!)」ナオさんの陰の声。
「こほん、それと、小麦。できれば小麦粉で」
「ああ、それならうちで用意できるよ。どのくらい必要なんだい」
「500㎏」
「は?なんだって?」
「500kg。できる限り多くを小麦粉で」
500kgは親子?3人が1年間で消費する量だ。
「ずいぶんと多いね。ああ、わかったよ。小麦粉を手配するのはちょっと骨が折れるね。小麦粉と小麦の半々でいいかい」
「それでいいよ」
「で、開拓村まで運べばいいのかい、次の行商に依頼するけど---かなり輸送費がかかりそうだね」
「いや、持っていく」
「は?」
「持っていくから、この店で受け取るよ」
「持っていくって、どうやって---まさか、収納持ちかい?」
ローズ婆さんがトールを見て問いただす。
ナミさんはわずかにうなずき、トールはニコニコと笑っている。
「ということは---魔石もお前さんの仕業だね。確か、トールといったね」
ローズ婆さんが続けて言った。
「トール、うちの子にならないかい?」
「ローズ婆さん、何を言ってるんだい。トールはあたしの子だよ」
設定上は。
「いやです。僕は母上の子なのでお婆様のうちの子にはなれません」
設定上です。
「トール、お前さん、何歳だい」
「8歳です」
「そこにいるローリー、ああ、ローリーお姉ちゃんのことだよ。ローリーお姉ちゃんは12歳だ。ちょっとお前さんよりも年上だけど、うちの子になるんだったら、ローリーお姉ちゃんをお前のお嫁さんにしてあげるよ」
「はい、わかりました。僕はお婆様のうちの子になります」
「「ええ~?!」」
ナミさんとローズお姉ちゃんの声がハモった。
「母上、今まで大変お世話になりました。僕はローズお婆様のうちの子になります」
「---」
「ローズお婆様の家は商家ですよね。だったら、行商に行けますよね。僕は王都に行ってみたい!」
「うん、うん」ローズ婆さんがニコニコとうなずく。収納を使えば大儲け間違いなし。
「あと、外国にも行ってみたい!」
「ああ、外国にも行けるとも」さらに大儲け。
「ローリーお姉ちゃんと一緒に行けますよね」
「ああ、もちろんだとも」ローズ婆さんは満面の笑み。
「ローリーお姉ちゃんと一緒に外国に行けるなんて---夢みたいだ」
トールがはにかんだ笑顔をローリーに向けて言う。ローリーは胸がきゅんとする。うん、いいかも。
「遊びに行くわけじゃないから、苦労することもあると思うけど---ローリーお姉ちゃんと一緒なら大丈夫だと思う」
うん、一緒にがんばろうね。
「そのうち、僕たちの子供ができるよね、最初の子は女の子がいいなあ」
あらあら、おませさんね。
「あ、子供ができたら、一緒に行商にいけなくなるなあ。ローリーお姉ちゃんはお留守番かな」
うん、そうだね。
「だけど、僕は行商を続けなければいけない。子供のために」
がんばって、お父さん!
「会えない日が続くね。ローリーお姉ちゃん、さみしくなるね」
うん、ちょっとさみしいね。
「さみしさのあまり---心の隙をつかれて、ローリーお姉ちゃんはついつい、浮気しちゃうんだ」
ちょっと待て。
「浮気なんて許せない!ローリーお姉ちゃんを殺して、僕も死ぬ!」
「---あんた、いったい何を言っているんだい」
たまらずローズ婆さんが口をはさむ。
「じゃあ、お婆様、僕は行商に行かなくてもいいんですか」
「それは---」お前さんの価値がなくなるじゃないか。大儲けもできないじゃないか。
「やっぱり---僕はローリーお姉ちゃんを殺すことになっちゃうんだ」
なぜそうなる。
「ローリーお姉ちゃん、僕はあなたのことを殺したくない。愛しているけど---お姉ちゃんとは一緒になれない!」
愛しているんかい?
「えっと、いきなり婚約者を決められて、すぐに振られてしまったってこと?」
ローリーは目を白黒としている。
「あっ、いいことを考えた!」
トールが叫ぶ。絶対にロクな考えではないだろう。
「ローリーお姉ちゃんがうちの子になればいいんだ!」
そうきたか。
「ここにいる、美しくて優しい母上と」
あら、やだねえ。美しくて優しいなんて---まあ、本当のことだけど。
「ちょっと頑固で偏屈なところがあるけど、僕のことをすごく大事にしてくれる義父上と」
ちょっとじゃないだろう、ちょっとじゃ。あの頑固と偏屈は相当なもんだよ。
「ローリーお姉ちゃんと僕の4人で、開拓村で暮らそう!」
「ちょっと待ちな!」とローズ婆さん。
「晴れの日は、皆で畑を耕して。雨の日は読書。義父上はたくさん本を持っているんだ。
あと、僕と母上で狩りに行くんだ。ローリーお姉ちゃんも一緒に狩りに行こう」
トールはローズ婆さんの制止を振り切り暴走する。
ところで、畑なんか持っていないんだけど---あと、お前さん、村人に見つかったらまずいんじゃない?
「う、うん。ちょっと---いいかも---」とローリー。
「「---」」ナミさんとローズ婆さんは唖然として黙りこくってしまったのだった。




