第21話 旅路1
「と言うわけで、一晩、この村に泊めてほしいのさ」
旅の途中だという親子が村長に言う。
「ふむ、まあ、泊めてやらないわけではないが---」
対価を払えるのか、この親子は。母親はとうが立っているとはいえ、なかなかの美形だ。ここはひとつ身体で…。
「では、これを対価としてお受け取りください。血抜きはしております」
息子が収納袋から一角兎を取り出す。少々こぶりではあるが立派な一角兎だ。
何より、見た目に傷がない。これなら毛皮も高く売れるだろうし、宿と食事の代金としては十分すぎる。
「ほう、これは—-」
「母が旅の途中で仕留めました。母は昔、冒険者だったので」
目立った傷をつけずに一角兎を仕留めるとは、かなりの凄腕かもしれない。
これは下手に手を出すと命が危険かもしれない。
「よかろう、では我が家に泊まるがいい」
「食事は出してくれるんだろうね」
そのぐらいの価値はあるはずだよ、この一角兎は。
「う、うむ、まあよかろう」
「晩飯と朝飯の両方だよ」
母親の目に力がこもっている。正直、少々怖い。
「も、もちろんだとも、晩飯と朝飯の両方、いや、それに昼飯の弁当も用意しよう」
ちょっと汗をかきながら村長が答える。びびってしまったせいで、言われていない弁当まで提供することになってしまった。
「トール、ちょっと対価を渡しすぎだよ」
村長宅まで案内される途中、母親が息子に小声で言う。
「いや、何か母上を見る村長の目つきが、こう、いやらしいというかなんというか。だからちょっと村長をびびらせようかと」
「ふん、子供らしくない」
まあ、精神年齢は大人だからねえ。
「まあ、いいか。どうだい、あたしも捨てたもんじゃないだろう」
「え、何のことですか、僕は子供だからわからないや」
いまさらかよ。
「まあ、思ったとおりびびっていましたね」
「ああ、びびっていたね」
びびってた、びびってたと歌うように口ずさむ親子。
なお、微妙に村長に聞こえるくらいの声の大きさ。
わざとか?わざとだな。
それでも村長は聞こえないふりをして前を歩いている。親子がわざと聞こえる声で口ずさんでいるとわかっていても、振り返る勇気がない。なぜなら---びびっているからだ。
ひとまず宿の問題は片づいた。だが、トールの関心は村長宅ではなく、その周囲に広がる畑へと移っていた。
「やはり、じゃがいもの作付け面積が多いですね」
見た目では小麦とじゃがいもの比率は半々。開拓村とほぼ同一の比率だ。
「そうだね、開拓村よりも冷害の被害が少ないはずなのに」
それなりに大きな村であり、非常用の備蓄もそれなりにあるはずだが---。
「あ、もしかして、村長様」
突然、トールが村長に話しかける。
「な、何かね」
まだ村長はびびっている。
「小麦の税率はどのくらいですか、じゃがいもに税はかかっているのですか」
「なぜ、子供がそんなことを---」
ぎぬり、とナオさんの目から殺気が飛ぶ。
「あ、ああ。小麦は五公五民、じゃがいもに税はかからぬ」
「なるほどねえ」
この村の、いやアゼル伯領の納税システムに問題があるようだ。正確には、じゃがいもの普及が早すぎて、納税システムが現実に追いついていないのだろう。
「ところで村長様、『じゃがいもを植えたときには小魚を畑に供物としてささげよ』と開拓村では言い伝えられていますが---」
そんな話は聞いていない、とナオさんがトールをにらむ。
「そのとおりだ。わが村でも小魚を供物に捧げている」
どうやら肥料はあたえられているらしい。
「祭壇を設けた。小魚は一度祭壇にささげてから食すこととしている」
どうやら肥料はあたえられていないらしい。
小魚を供物にするという話だけは伝わっているが、それが畑にまく肥料ではなく、祭壇に捧げる儀式として受け取られているようだ。
「ですよねえ、貴重なタンパク源を畑にぶん撒くわけないですよねえ。
まったく学者の浅知恵なんだから、少しは地に足をつけたフィールドワークをしろっていうの」
(村長とナオさんには)わけのわからないことをつぶやくトール。
「シャキ村はダメということで」
「ダメかい?」
「完全にダメです」
「はあ、そうかい。えらいことだね」
「まあ、想定していたとおりということで」
親子の会話、というより愚痴は、この後もしばらく続いたのであった。




