第118話 第三次アフラ会戦9ークレアの神託ー
「堀がない、だと?」
「はい、元帥殿。アフラ平原シバス側狭隘地の山峡はタブリ側の倍にあたる幅6km。このうち、中央部の2kmには堀がありません。また、高さも約4mとタブリ側城壁よりも低くなっています。おそらく敵には陣地構築の時間が
不足していたものだと推測します」
「敵の罠、ということは考えられないか」
「それは---その可能性は否定できませんが」
「仮に罠だとしても食いつかざるを得ない---か。
第二軍団、第三軍団の到着はいつになる?」
「はい、元帥殿。第二軍団・第三軍団とも本日午後、遅くとも夕刻までには
到着します」
「わかった。総参謀長、如何する?」
「第一軍団により明朝から攻撃を開始します。第二軍団、第三軍団も明朝から行動開始。前回と同様に狭隘地を迂回し山中を行軍します」
「お待ちください、総参謀長殿」その時、一人の参謀が異を唱えた。
「糧食があと5日分しかありません。現地点からイスファまで通常行軍でも5日を要します。
この地点での戦闘と、イスファ城壁の攻略に要する日数を考えると糧食が全く足りません。
今ならば少々不足気味とはいえタブリに引き返すだけの糧食があります。
ここは全軍タブリに転進するべきです」
「控えよ、モリオン少佐」と総参謀長。
「この狭隘地さえ抜けてしまえば、そこはもうイスファの地だ。バルト王国随一の、いや、全世界でも有数の農産物生産地だ。補給などいくらでもできる」
「しかし、敵が焦土作戦を仕掛けたならば---」
「できるものか、焦土作戦など。イスタン全土を焦土にするだけの時間と労力が、今のシバス軍にあるはずがない。それに---タブリに戻ってもそこには食糧はない」
しばらくの間の沈黙の後、総参謀長はこう続けた。
「我々は進むしかないのだ、イスファに」
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5月19日 18:00
城壁の上に立つクレア。夕陽を浴びたその姿は、神々しい光をまとっているように見えた。
「ロマの兵たちに告ぐ。
神託が発せられたのである。明日の黎明に星が落ちるとの神託が発せられたのである。
あなた方の頭上に星が落ちるとの神託が発せられたのである」
風魔術に乗った声は、ロマ軍の全部隊に響き渡る。
「あなた方は上官の命令を正しいものと信じて、誠心誠意活動してきたのであろう。だがあなた方の上官はまちがっていたのである」
ロマ軍はもとより、シバス軍からも声を発する者はいない。
「あなた方の上官は間違っていた。それを知らしめるために、神は星を落とすのだ。
戦いをやめタブリに、そしてロマに帰れと仰せられているのだ。
このうえ、あなた方があくまでも戦いを続けるのであれば、それは神託に反抗することとなり。背教者となってしまうであろう」
クレアの声は震えている。泣き声になるのを必死に抑えているかのように震えている。
「正しいことをしていたと信じていたのであろう。
今までの行きがかりや義理もあったのであろう。
そのようなあなた方が、背教者としての汚名を永久に受けるようなことがあってはならない。
今からでも決して遅くはない。直ちにタブリに、そしてロマへ帰るようにせよ」
最後の台詞を絞り出すかのように、クレアが続ける。
「明日の黎明、星が落ちるとき。
そのとき、あなた方の姿はここにないことを私は、そしてシバスの民は
心から願うものである」
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5月20日 未明
ロマ軍陣営は混乱に陥っていた。
はじめのうちは、二、三名の兵が部隊から姿を消しただけであった。
そのうちに、逃亡者を捕捉すべく編成された分隊が戻らなくなった。
そして堂々と荷物をまとめ、闇の中へと向かう兵たちが出てきた。
「異端者の言うことなど信じるな!お前たちも異端者になるぞ!!」
こう言いながら兵の逃走を食い止めようとする士官。
だが、兵たちは聞かない。無言のまま、闇に向けて歩き続ける。
「止まれ!敵前逃亡は死罪だ!止まらなければお前たちを斬る!!」
抜刀し立ち塞がる士官。
「どいてくれ、あんたには世話になったが、もう義理は果たした」
兵たちの何人かは士官に向けて槍を構えた。
「貴様ら、何をしようとしているのか、わかっているのか」
「ああ、わかっている。神託に従い、ロマに帰るんだ」
このような光景が随所で見られるようになり、混乱は収まるどころか、さらに広がっていった。
そして、その時がきた。
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5月20日 4:30
星が落ちた。
参考:二・二六事件




