第115話 第三次アフラ会戦6-ユメの理想ー
10:00 城壁の上に新たな人物が立つ。
髪は銀色のショートカット、小柄な体型。
身にまとっているのはロマ教修道女の服か?
「私はユメ。バルト王国子爵、征夷大将軍トール・イスタンが第三夫人『氷の聖女』ユメ・イスタン」
シバス軍から再び歓声。クレアのときに沸き起こった歓声に負けず劣らずの大歓声。
「今から重篤者の救命治療を行う。停戦の回答は来ていないがロマ教の同胞が苦しんでいるのを見過すことはできない。願わくば攻撃を仕掛けないでいただきたい」
100名ほどのシバス兵が衛生部隊を伴い城壁に現れた。
兵は土魔術の上級者。衛生部隊員を抱え、重力軽減を使いゆっくりと城壁を降下していく。
衛生部隊員のほとんどが女性。ロマ教修道女の服を着ている。彼女らは治療魔術の使い手。その中にはユメもいる。
「負傷者の数が多い。赤だけ治癒。黄色と緑はそのままロマ軍に引き渡す」
はいっ!とユメの指示を受けた衛生部隊はトリアージと治癒を開始。
兵はそのまま衛生部隊の支援を行う。
治療を始めてから、かなりの時間が経過したころ、丸腰の帝国軍兵士たちが現れた。
年齢は30歳ほどの男性。
「帝国軍少佐、ヒルデガル・ヌマスだ。負傷兵を引き取りに来た。
責任者はどなたか」
「シバス軍特務中尉、ダニエルだ。聖女様---責任者は負傷者の治療中だ。俺が応対する」
応対したのは初老の---いや、老人の男性。
「特務中尉?」
「ああ、中尉相当の軍属だとでも思ってくれ。聖女様が前線に出ると聞いてな、軍に志願したって訳だ」
シバス辺境伯軍第一大隊衛生隊の班長だったダニエルは、軍を除隊後、シバス治療院に再就職し、現在に至るまで現役看護師として勤務。今般の戦役にあたり、バルト王歴11年スタンピートの際にできた伝をたどりシバス軍衛生隊に参加していた。
「それにしても随分と遅かったじゃねえか、負傷者を引き取りにくるのが」
「すまない。ちょっと色々とあってな」
「---まあ、いい。無駄話をしている時間はない。兵を連れてこっちに来てくれ」
特務中尉は帝国軍少佐を治療現場に誘った。
「ここが救命治療済のエリアだ。順次負傷者を引き取ってくれ」
「なっ、こんなに生存者がいるのか」
「治療魔術師の嬢ちゃんたちががんばっているからな。
赤のエリアにいる負傷者は輸送中に重篤になる可能性がある。そっちの治療魔術師を付き添わせてくれ」
「いや---治療魔術師は連れてきていない」
「おい!帝国軍は何を考えてやがる!自分の兵だろうが!!」
「---すまない」
「それじゃ、黄色のエリアの負傷兵から運んでくれ。緑のエリアの兵は自分で歩けるはずだ。一緒につれて行け。それと、お前さんのところの救出部隊、数が全然足りねえぞ。
日没までに全員引き取れるだけの数を連れてこい。あと、治療魔術師もな」
「わかった。それでは負傷兵の移動をはじめさせてもらう。帝国軍救出部隊、作業開始!」
「特務中尉殿、いったんここを離れるがすぐに戻ってくる」
「おう、急いで戻ってこいよ。救出部隊の増員と治療魔術師の同行、よろしく頼むぞ。まあ、俺が頼むのも変な話だがな」
「すまない---一つだけ教えてくれないか。何故、貴官らは帝国軍兵士の治療にこんなにも真剣に取り組んでいるのだ?敵だというのに」
「---負傷者は、いかなる不利な差別もなく、敵対当事者の手中にある場合には、その当事者によって人道的に扱われ、看護されなければならない」
「それは---」
「看護に際しては、性、国籍、宗教、政治的意見その他類似の基準に基づく不利な差別をしてはならない」
「---」
「これがユメ様、征夷大将軍トール・イスタンが第三夫人『氷の聖女』ユメ・イスタン様のお考えだ。いや、お考えというよりは理想とするところだ」
「しかし、そのようなことは---」
「ああ、あくまでも理想だ。実際には、自軍の兵を優先して治療しているさ。
ただなあ、聖女様はこの理想に向けて一歩でも二歩でも進んでいきたいとお考えだ。
であれば、俺たちはそれについていくだけだ」
「---帝国軍少佐 ヒルデガル・ヌマスはその理想に深く敬意を表する」
ヌマス少佐は、去り際に一人の治療魔術師、まだ、少女と言って良い治療魔術師が「お願い!死なないで」と叫びながら治療をしているのを見た。
魔力枯渇なのか、フラフラになりながらも彼女は治癒魔術をかけ続けていた。
その姿を見たヌマス少佐は恥じた。
治療魔術師を同行させない自軍を恥じた。
十分な数の救出部隊を派遣しなかった自軍を恥じた。
異端者に治療されたものは異端者になるのではないか、などと主張する首脳陣がいることを恥じた。
救出部隊長に任命されたことを疎ましく思っていた自らを恥じた。
そして、必ずや、必ずや、救出部隊の増員と治療魔術師の同行を果たそうと
心に誓った。
ヌマス少佐は知らなかった。
何故、帝国軍兵士を治療するかだって?負傷兵を抱え込ませて糧食を消費させるために決まってんじゃん。あの少佐、お坊ちゃまだねえ。こんなにコロッと騙されてこれから世間を渡っていけるのかいな---とダニエルが思っていたことを。
ヌマス少佐は知らなかった。
治療魔術師は「お願い、死なないで(たくさんの糧食を消費してね♡)」と思っていたことを。
「特務中尉殿、大変申し訳ない。救出部隊の増員はかなったが---治療魔術師の同行は許可されなかった」
「---(まあ、帝国軍首脳もバカではないな)」
「本当に申し訳ない!」
「---いいから負傷者を連れて行け」
「すまない」
「それと少佐---あまり自分を責めるな」
「くっ---」
「(おいおい、泣くなよ。騙しているこっちの罪悪感が半端ねーじゃないか)」
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5月14日戦闘における帝国軍被害状況等
・戦闘参加者 約10,000
・死者 約 2,000
・負傷者 約 8,000
5月15日早朝時点での帝国軍残食糧 約9日分
参考:戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約第12条




