第107話 論文集(イスファ幕府の成立と中央集権化)
短いです。
イスファ幕府の成立と中央集権化
王歴30年(帝国歴1191年)に開府されたイスファ幕府によって、シバス辺境伯領は実質的に中央集権化された。
この中央集権化は、主として行政制度の統一と軍事制度の一元化という二つの側面で、シバス辺境伯領の社会構造を大きく変化させた。
1.行政の統一による産業の発展
中央集権化に伴い、諸侯領と辺境伯領の間でヒト・カネ・モノの往来が自由化され、その結果、域内市場の統合が進み、産業が大いに発展した。
もっとも、その実態はイスタンの重工業が産業発展を牽引したものであり、その背景には、不足していたイスタンの工業労働力を補う形でシバスの農業労働者が移動したことがあったと考えられる。
2.軍事の一元化による軍事力の増強
幕府は諸侯領の軍を解体、新たにシバス軍として編成し、指揮命令系統
の一本化ならびに装備の統一を行った。
さらに幕府は徴兵制(初期は選抜徴兵制)を導入し、軍事力の増強を図るとともに、領民が共通の軍務を担う仕組みを通じてナショナリズムの土台を形成した。
さて、この中央集権化を行う過程において特記すべきこととして、各諸侯は
一部の例外を除き、ほとんど抵抗なくこれを受け入れたことが挙げられる。
表面的には、これはロマ帝国という外圧に対する挙国一致体制の受容であった。しかし内実としては、各諸侯の財政が破綻寸前にあったことが、受容を促した大きな要因であると考えられる。
イスタン・イスファの農業革命による小麦生産量の著しい増加は、小麦価格の大幅な下落を招いた。
このため、小麦本位制であったシバス辺境伯家ならびに諸侯各家の財政は著しく悪化し、本来、ロマ帝国対応として増強するべき軍事力を維持することすら困難な状況に陥っていた。
イスファ幕府は、諸侯各家の債務を幕府が肩代わりし、さらにイスファ居住を条件として議会に参加する権利、すなわち政策への部分的関与と、これに伴う生活の保障を諸侯に対して与えた。
この政策は諸侯の同意形成に寄与しただけでなく、諸侯を各領地から引き離すことで領地内における影響力を低下させ、結果として中央集権化を大きく推進した。
文学部史学科論文集より
いい国作ろうイスファ幕府---どっかで1年間違えた。
これで第四章が終了、次話からは最終章になります。




