第105話 それぞれの会戦後
ロマ帝国・皇帝会議室
「以上が第二次アフラ会戦の概要となります」
軍務卿の報告の後、宰相が口を開いた。
「敵4,000に対して15,000の兵力、いや、同盟軍とあわせて20,000の兵力をもってして、戦略目的を達成できないどころか8,000の死傷者を出して退却。敵軍には被害を与えられず、ということか。ロマ帝国始まって以来の惨敗だな」
「は、誠に申し訳ありません」
「して、軍としては今後どうするつもりだ」
「イスタン・イスファを攻めるだけの戦力が我が軍にはありません。
幸いにも王国軍もタブリ領境会戦での被害が大きく、タブリに侵攻する力がありません。
当面の間、いや、かなり長期間にわたりタブリ領の防御に徹するのが現実的かと考えます」
「しかしながら」と商務卿が異を唱える。
「再三述べておりますとおり、イスタン・イスファの経済活動は脅威です。
長期間に渡りこれを放置するべきではない」
「商務卿、わかっている。わかっているがどうにもならん。我が軍大敗の情報が漏れたのか、カタゴ戦線をはじめとする各戦線で、敵の動きが活発化している。まずはこれを押さえ込まなければならない」
「外務卿、カタゴ諸国との講和は可能か?」と宰相。
「いえ、現時点では無理です。軍務卿が言ったとおり、我が軍大敗の情報が出回ったため、敵の強硬派が活気づいています。これはカタゴ諸国のみならず他の戦線における諸国も同様です」
「致し方あるまい」と皇帝。
「対バルト王国については、タブリ防御を基本的な考えとする。
軍務卿、5年間だ。5年以内にカタゴ諸国が講和に応じざるを得ない程の戦果を出せ。
外務卿、多少条件が甘くてもかまわん。カタゴ諸国との講和に取り組むべく、軍務卿と密に連絡を取れ。他の敵対諸国も同様だ。講和優先で進める。
商務卿、軍務卿の協力を仰ぎ密輸取締を強化せよ。イスタン生産品について、一粒の麦も一片の布も帝国領には入れるな。市場が限定されれば産業はそう大きくは発展しまい」
「御意」
「御意」
「御意にございます」
「他になければ以上とするが」
「陛下」と軍務卿。
「ハドリアン・イタン中将ですが、本当におとがめなしということでよろしいのでしょうか。
ここまで我が軍の被害が拡大したのは、イタン中将が率いる右翼軍が後退したためです。
しかも右翼軍は一戦も交えることなく後退しています。本来であれば軍法会議にかけてもおかしくはないと考えます」
「しかたあるまい。兵の半数近くを喪い総司令官までもが戦死した惨敗。その上に、タブリ領境会戦の英雄で『猛将』のイタン中将が腰抜けで一戦も交えずに逃げ出したなどと発表するわけにはいくまい。
イタン中将は、戦略目的であるイスファ占領がかなわないと判断し兵の損害を避けるために撤退の英断を下した。それにより帝国軍全軍の崩壊を防ぎ多くの兵の命を救った。これを公式見解とし、引き続きイタン中将には英雄であってもらう。よいな」
「御意にはございますが、あれほどの大敗。責任を取る者が必要でございます」
「ふむ、それは一理あるか。軍務卿、そして宰相はこの場に残れ。他の者は下がってよろしい。会議を終了する」
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帝国歴324年(王歴29年)11月25日
ロマ帝国陸軍卿 アレクサンドル・ロマノフ大将が自宅で死亡していることが家族により発見、第二次アフラ会戦での大敗の責任を取り自死したものと考えられる旨、発表された。
なお、一時期、軍の一部にロマノフ大将の死は、皇帝から死を賜ったものではないかとの噂が流れた。
同年12月1日
帝国軍ハドリアン・イタン中将が大将に昇格。同時にロマ帝国軍タブリ駐留軍総司令官に任命された。
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「たった5,000しか与えられないで何が総司令官だ。この兵力でどうやってタブリを守れと言うんだ」
「イタン中将、いや、失礼。イタン大将。1年か2年程度であれば5,000の兵で十分です。
イスタン・イスファ軍を除く王国軍はタブリ領境会戦で受けた痛手を回復するために、少なくとも一年、二年は必要です。また、イスタン・イスファ軍がその兵力4,000だけで攻めてくるとは考えられません」
まあ、D君が言うのであれば間違いないだろう。
「それよりも、個人的な相談があるのですが、よろしいでしょうか」
「ああ、D君。もといドラクロア少佐。相談とはいったい---」
「いつになったらば私と結婚してくれるのですか」
いいか、諸君。決してBLじゃないぞ。誤解するな。
D君の本名はフェリシア・ドラクロア。女性士官だ。
以前から憎からず思っていたんだが、タブリ領境会戦の大勝後、つい盛り上がってしまい、まあ、そういうことだ、うん。
「フェリシア、俺はお前がいないと生きていけない」
「あら♡」
「いや、すまん。愛情表現とか情緒的表現じゃなくて、即物的表現だ。君と俺が結婚したら、君は俺の副官から外される。これは軍の不文律だということを知っているな。俺が君の助言なしに兵を率いてイスタン・イスファ軍と戦ったらどうなると思う」
「普通に死にますね、あなたは」
「---忌憚のない意見、ありがとう。いや、いいんだ。俺が言いたかったことを言ってくれてありがたい。もうちょっと上手い表現をしろとか、言葉をオブラートに包めとか、思っていないから安心しろ」
「---思っているくせに」
「ということで、だ。俺は君を離したくない。こら、頬を染めるな。これも
即物的表現だ。バルト王国との戦いで、いや、イスタン・イスファ軍との戦いで、俺が指揮官として兵を率いることがなくなるまで君には副官でいてほしい。そうでないと、俺は生きていけないからな」
「---それじゃ一生結婚できません」
「そんなことはないだろう。あと2~3年、長くても5年もすればこの戦いは終わるだろう」
「---イスタン・イスファとの戦いが5年で終わるわけがありません」
「え?そうなの?」
「そうです。少し考えればわかることです」
「う~ん、君がそう言うのであればそうなんだろうが---それじゃ結婚はできないか」
「---ちょっと、ほっとしたって思っていませんか」
「思っていない思っていない。俺はただただ君を残して逝きたくないだけだ。
ほら、愛する人を遺して逝くわけにはいかないってやつだ」
「本当に?」
「本当だよ」
「---では、もしも、もしもですけど私と結婚できて、あなたが死んでしまう可能性が著しく低いという方法があった場合、その方法を選択しますか」
「もちろんだとも」
「どんな方法でも?」
「ああ、どんな方法でもだ。だいたい、俺が君の言うことに反対したことはないだろう」
「ほんとうの本当に?」
「ああ、ほんとうの本当だ」
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王歴30年(帝国歴1192年)7月1日
ロマ帝国タブリ駐留軍総司令官 ハドリアン・イタン大将 バルト王国に政治亡命。
トール・イスタン子爵は、ハドリアン・イタン大将を軍事顧問としてイスタン・イスファ軍に迎え入れたことを公表した。




