表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽だまりの庭  作者: はるうた
別編 それぞれの花

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/34

スミレの独白

> 冬の温室で

> 二つの影が並んでいた

>

> どちらも泣かなかった

> 代わりに 春の話をした


---


この物語は、花葬モチーフ別編です。

遥の視点で、真白の初恋の終わりを見つめます。


---


## 一・気づいてしまった


 十一月のある日、温室で、柚葉先輩と凛先輩が付き合うことになったと報告を受けた。


 みんなが祝福の言葉を口にする中で、私は真白先輩を見ていた。


「おめでとうございます」


 真白先輩の声は、平静だった。表情も、いつもと変わらない。クールで、落ち着いていて、少しだけ微笑んでいる。


 でも、私は気づいてしまった。


 拳が、白くなるほど握りしめられていたこと。唇が、ほんの一瞬だけ震えたこと。目の奥に、光るものがあったこと。


 ——真白先輩は、柚葉先輩のことが好きだったんだ。


 夏の花火大会で見た、あの表情の意味。秋の温室で、柚葉先輩の名前を呼ぶ時の声のやわらかさ。全部、繋がった。


 胸が、痛かった。真白先輩が傷ついている。それだけで、こんなにも苦しい。


 帰り道、真白先輩と小春先輩が並んで歩いていく。私は少し後ろから、二人の背中を見ていた。小春先輩が真白先輩の手を握った。真白先輩の肩が、小さく揺れた。


 ——何もできない。


 私には、何もできない。小春先輩のように手を握ることも、柚葉先輩のように優しい言葉をかけることもできない。ただ、後ろから見ているだけ。


 スミレは、いつも足元に咲いている。誰かの道を飾ることはできても、誰かの涙を拭うことはできない。


---


## 二・沈黙の季節


 十二月になった。


 真白先輩は、いつも通りだった。温室で花の世話をして、小春先輩とお弁当を食べて、時々、私と当番をして。


 でも、「いつも通り」の裏に何があるか、私には見えてしまう。


 花に水をやる時、手が少しだけ止まること。柚葉先輩の声が聞こえると、背筋がわずかに硬くなること。一人でいる時、窓の外をぼんやり見つめる横顔。


 全部、見えてしまう。見たいわけじゃない。でも、真白先輩を目で追ってしまうから、気づいてしまう。


「遥」


 ある夜、姉の夏希に言われた。


「最近、元気ないね」


「……そんなことない」


「嘘。ごはん残してるし、ぼーっとしてるし」


「……」


「好きな人のこと?」


 図星だった。姉には、隠せない。


「……その人が、辛そうなの」


「遥にできることは?」


「わからない。何もできないかも」


 夏希は少し考えてから言った。


「何もしなくていいんじゃない? そばにいるだけで」


「それだけで、いいの?」


「遥は、そういう子でしょ。静かにそばにいて、相手が安心できる子」


「……」


「それって、すごいことだよ」


 姉の手が、私の頭を撫でた。温かい。いつも温かい。


 ——そばにいるだけ。


 それが私にできるすべてなら、せめて、ちゃんとそばにいよう。


---


## 三・温室の夕暮れ


 十二月のある日、放課後。


 温室に向かうと、中に灯りが見えた。当番は今日、誰もいないはず。


 扉を少し開けると、真白先輩がいた。


 一人で、カスミソウに水をやっている。声をかけようとして、止まった。真白先輩の横顔が、いつもと違う。何かを考えているような、何かを決めたような、静かで、でも少し寂しい顔。


 棚の上から、厚い本を手に取った。押し花用の、あの本。何かを挟んでいる。


 カスミソウの枝だった。白い小さな花を、ティッシュの上に置いて、丁寧に整えて——本を閉じた。


 小さな音。本が閉じる音。


 ——ああ。


 わかった、気がした。何をしているのか。


 真白先輩は、花を葬っているのだ。自分の中にあった気持ちを、花と一緒に、閉じ込めている。生きていた形を、別の形にしている。


 胸が熱くなった。泣きそうになった。でも、泣いてはいけない。ここで泣いたら、真白先輩の邪魔をしてしまう。この静かな儀式を、壊してしまう。


 深呼吸をした。冬の冷たい空気が、肺に染みた。


 それから、扉を開けた。


「真白先輩」


 振り向いた真白先輩の目は、少しだけ赤かった。でも涙はなかった。


「……当番?」


「いえ。真白先輩がいるかなと思って」


「……なんで」


「わかりません。でも、来たくなったので」


 嘘だ。本当はわかっている。真白先輩のそばにいたいから来た。それだけのために。


 真白先輩の隣に立った。カスミソウの鉢が、私たちの間にある。


「きれいですね、カスミソウ」


「……うん」


「真白先輩の好きな花ですよね」


「よく覚えてるね」


「真白先輩のことは、覚えてます」


 真白先輩が少しだけ驚いた顔をして、それから、何も言わなかった。


 沈黙。温室の中の、温かい沈黙。


「遥」


「はい」


「私、今日、花を一つ、葬った」


「……葬った?」


「押し花にした。大事だったものを、別の形にした」


 ——知っている。さっき、見てしまった。


 でもそれは言わなかった。代わりに、黙っていた。真白先輩が言いたいことを、言い終わるまで。


「……少し、楽になった」


「そうですか」


「うん」


 その「うん」が、本物だといいと思った。少しでも、楽になったのなら。


 窓の外が、薄暗くなっていく。夕光が温室のガラスを金色に染めている。真白先輩の横顔が、その光の中にある。


 ——きれいだ。


 痛みの後の、静かな顔。何かを手放した後の、少しだけ軽くなった顔。


 私は、この人のことが好きだ。好きだから、この人の痛みが見える。好きだから、何もできない自分が歯がゆい。でも——好きだから、ここにいる。


「真白先輩」


「なに」


「春になったら、新しいカスミソウを植えませんか」


「……新しい?」


「はい。今の子たちも素敵ですけど、春に種を蒔いたら、夏にはもっとたくさん咲きます」


 真白先輩が私を見た。目が、まっすぐに、私を見た。


「たくさん咲いたら、きれいだと思います」


 ——終わったものの代わりに、新しいものを。


 言葉にはしなかった。でも、伝わってほしかった。


「……そうだね。植えよう」


「はい」


 真白先輩が、小さく笑った。その笑顔を見て、胸が震えた。痛みの中から笑ってくれた。それだけで、十分だった。


---


## 四・咲かない花の約束


 温室を出ると、冬の風が頬を刺した。空は暗くなりかけていて、星が一つだけ光り始めていた。


 真白先輩と並んで、校門に向かって歩く。お互い、何も話さなかった。靴が砂利を踏む音と、遠くの部活の声だけが聞こえた。


 校門の前で、道が分かれる。


「じゃあ」


「はい。お疲れさまでした」


「……遥」


「はい」


「ありがとう。来てくれて」


 真白先輩の声は、いつもより少しだけやわらかかった。


「……いつでも来ます」


 真白先輩が軽く手を上げて、反対方向に歩いていった。その背中を見ていた。街灯の光が、銀色に近い髪を照らしている。角を曲がるまで、見ていた。


 一人になった帰り道。暗い空に、息が白く浮かぶ。


 私は今日、何もしていない。手を握ることもしなかった。励ましの言葉もかけなかった。ただ、隣にいて、カスミソウを見て、春の話をしただけ。


 それだけで——真白先輩は「ありがとう」と言ってくれた。


 夏希の言葉を思い出す。


 ——そばにいるだけで。それって、すごいことだよ。


 スミレは語らない。ただ足元で咲いている。でも、咲き続けることに意味がある。ここにいると示すこと。あなたの隣で、ずっと咲いていると。


 いつか、この気持ちを伝える日が来るかもしれない。来ないかもしれない。でも、今はまだいい。真白先輩が冬を越えて、春を迎えるまで。私はここで、待っている。


 咲かない花にも、根がある。見えない場所で、しっかりと、土を掴んでいる。


 春は、まだ遠い。でも、約束した。春になったら、一緒にカスミソウを植える。その約束が、私の冬を温めてくれる。


 暗い夜道を歩きながら、私は小さく笑った。


 ——真白先輩。


 あなたの花葬を、私は見届けました。


 あなたが葬った白い花の代わりに、私が、新しい花を咲かせます。まだ名前のない、小さな花を。あなたの隣で。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ