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陽だまりの庭  作者: はるうた
別編 それぞれの花

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31/34

カスミソウの葬列

> 本を閉じた

> 白い花が ページの間に沈んだ

>

> 重さはほとんどない

> なのに 本が少しだけ

> 厚くなった気がした


---


この物語は、花葬モチーフ別編です。

真白の視点で、初恋の終わりを描きます。


---


## 一・温室の冬


 十二月の温室は、外とは別の季節をしている。


 ガラスの向こうは灰色の空で、吐く息が白い。でも温室の扉を開けると、頬がじんわりと温まって、土と緑の匂いが鼻を包む。ここだけが、冬を知らない。


 放課後の温室に、私は一人だった。


 当番ではない。でも、家に帰りたくなかった。帰ると、ぬいぐるみが目に入る。夏祭りの射的で取った、くまのぬいぐるみ。柚葉先輩と一緒に取った、あの——。


 じょうろに水を入れた。蛇口をひねると、冷たい水が手を打った。その冷たさが、少しだけ楽だった。頭が一瞬だけ空っぽになる。


 カスミソウの鉢に水をやった。白い小さな花が、いくつも咲いている。茎は細くて、一本では頼りない。でもたくさん集まると、ふわふわとした雲みたいになる。


 私が好きな花。控えめに咲く花。主役にはならない花。花束の中で、いつも誰かの隣にいて、誰かを引き立てている花。


 ——私みたいだ。


 そう思ったのは、いつからだろう。


---


## 二・白い花の葬列


 柚葉先輩と凛先輩が付き合い始めたのは、一ヶ月前のことだった。


 温室で報告を聞いた日、私は「おめでとうございます」と言った。声は震えなかった。笑顔も、たぶん、自然だった。練習していたから。いつかこうなることは、わかっていたから。


 帰り道、小春が手を握ってくれた。冷たい空気の中で、小春の手だけが温かかった。


「真白、強いね」


「……そんなことない」


「泣いてもいいよ」


「泣かない。もう、泣いた」


 夏の花火大会の夜に、小春の胸で泣いた。あれで涙は使い果たしたと思っていた。


 でも、違った。涙は枯れない。枯れたと思っても、不意に溢れてくる。教室で柚葉先輩の声が聞こえた時。温室で凛先輩が柚葉先輩の隣にいる時。二人が笑い合っている横顔を見た時。


 そのたびに、胸の奥がきゅっと絞られる。息を止めて、やり過ごす。誰にも気づかれないように。


 カスミソウは、主役の花が抜き取られた後も咲いている。花束から大輪の薔薇が取り除かれても、カスミソウだけが残っている。きれいなのか、寂しいのか、わからない姿で。


 ——私の恋も、そうだ。


 柚葉先輩はもう、私の方を向いていない。向いていたことなんて、一度もなかったのかもしれない。でも私の気持ちだけが、まだ残っている。行き場のない花みたいに。


---


## 三・花を葬る


 温室の棚に、押し花用の厚い本があった。詩先輩が去年、文化祭で使うために持ってきたものだ。


 私はカスミソウを一枝だけ、はさみで切った。小さな白い花がいくつもついた、細い一枝。


 手のひらに乗せると、ほとんど重さがない。こんなに軽いのに、この花に自分を重ねていたなんて、おかしな話だ。


 本を開いて、ティッシュの上にカスミソウを置いた。花びらを一つずつ整えて、そっと本を閉じる。


 ——ここに、しまおう。


 柚葉先輩が好きだったこと。笑顔を見るたびに胸が温かくなったこと。花束を作る手が美しかったこと。夏祭りの花火と、浴衣の紫と、射的のくまのぬいぐるみ。


 全部、この白い花と一緒に、閉じ込める。


 押し花は、花を殺すことではない。生きていた形を、別の形で残すことだ。平たく、薄く、色は少し褪せるけど——花だったことは消えない。


 私の初恋も、そうやって残ればいい。痛くない形に変わって、いつか本を開いた時に、ああ、きれいだったな、と思えるように。


 本を閉じた音が、温室に小さく響いた。


 白い花が、一列に並んで、見送っている。声もなく。涙もなく。ただ静かに。


---


## 四・冬の陽


「真白先輩」


 振り向くと、遥がいた。温室の扉を半分開けて、こちらを見ている。頬が、冬の空気で少し赤い。


「……当番?」


「いえ。真白先輩がいるかなと思って」


「……なんで」


「わかりません。でも、来たくなったので」


 遥は、不思議な子だ。理由を聞いても「わかりません」と答える。でも、いつも、私が一人でいる時に現れる。


 遥が隣に立った。私たちの間に、カスミソウの鉢がある。


「きれいですね、カスミソウ」


「……うん」


「真白先輩の好きな花ですよね」


「よく覚えてるね」


「真白先輩のことは、覚えてます」


 遥の声は、温室の空気みたいに温かかった。


 窓の外は、もう薄暗くなっていた。十二月の日は短い。でも温室の中は、まだ明るかった。ガラスが最後の夕光を集めて、柔らかい金色に染まっている。


「遥」


「はい」


「私、今日、花を一つ、葬った」


「……葬った?」


「押し花にした。大事だったものを、別の形にした」


 遥は黙って、私を見ていた。何も聞かなかった。何も聞かない代わりに、ただ、そこにいた。


「……少し、楽になった」


「そうですか」


「うん」


 遥が微笑んだ。控えめな笑顔。スミレみたいに、小さくて、でも確かな笑顔。


「真白先輩」


「なに」


「春になったら、新しいカスミソウを植えませんか」


「……新しい?」


「はい。今の子たちも素敵ですけど、春に種を蒔いたら、夏にはもっとたくさん咲きます」


 遥の目が、まっすぐに私を見ていた。


「たくさん咲いたら、きれいだと思います」


 ——ああ。


 この子は、知っているのかもしれない。私が何を葬ったのか。知っていて、何も聞かない。その代わりに、春の話をする。冬の温室で、春の約束をしてくれる。


「……そうだね。植えよう」


「はい」


 遥の笑顔が、夕光の中で温かく見えた。


 花は枯れる。押し花にしても、いつかは色が褪せる。でも、花を植えた手は覚えている。一緒に水をやった時間を覚えている。


 葬列の向こうに、小さな芽が見えた気がした。


 まだ何の芽かは、わからない。でも、冬の土の下で、何かが静かに準備を始めている。


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