08.入隊試験②
筆記試験は即時に結果が出て、受験者五十二名のうち四十名が次の実技試験に進むこととなった。
練習生はアイザックとカストを除く全員が、無事に通過することができた。
実技試験の場所は屋外のグラウンド。ここでは、囲いの外からであれば部外者も試験の様子を見物することができる。
現役剣士と志願者との、模造刀を使った試合。そのほとんどは、やはり剣士が圧倒的な強さを見せつけて終わるものだが、中には誰も予想できなかったようなドラマが生まれることもある。それを期待する者は多く、グラウンドの周りには既に人だかりができていた。
「アイザックたち、まだ来ないのかなぁ。あの二人、もう試験受けられないよな?」
「余計なこと考えるなよ」
「でも……」
イアンは人だかりの中にアイザックたちの姿がないかと見渡したが、それらしい姿はない。釣られてウィルも人だかりに目をやり、そこに見覚えのある顔を見つけた。
「あ。キリー」
以前この場所へ案内してくれた、ツインテールの女だ。キリーもウィルに気づき、目を丸くして驚いている。
「うそ! あの子、入隊試験を受けるの!?」
父親の手伝いをする孝行息子ではなく、まさか練習生だったとは。
キリーは大きな目で、じっとウィルを見つめた。背丈は小柄だが、何より顔面偏差値が高い。筋肉のつき方も綺麗で、五年後、十年後が楽しみである。
「ウィルー! 頑張ってねー!」
キリーはウィルに向かって大きく手を振った。その声を皮切りに、別の場所からも声が上がる。
「ウィル君、ファイトー!」
「合格したらご飯に行こうね!」
「何でも好きなもの買ってあげるー!」
稽古の合間に知り合って仲良くなった女たちである。
「……羨ましくなんかねぇからな……っ!」
イアンや他の受験者たちのみならず、対戦相手となる現役剣士たちの視線までウィルに突き刺さった。
「今から実技試験を始める。各自模造刀は受け取ったな?」
受験者たちを見渡す部隊長。模造刀は斬れないだけで、真剣と重さは変わらない。
「現役の剣士を相手に打ち合ってもらう。前にも言ったが、勝敗は合否に関わらない。が、剣士たちには骨の一本や二本くらい折るつもりでやれと伝えてある。お前たちも全力で挑むように」
イアンはゴクリと固唾を飲んだ。この場にいる現役剣士は二十人。どうか優しい人が当たりますようにと天に願う。
「受験番号順に始めてもいいが、早く終わらせたい者はいるか?」
すっと手を挙げたのは、ウィルだけだった。
「終わったらすぐ帰っていいんだろ?」
「そう言うと思っていた」
部隊長は小さく笑い、ウィルにグラウンドの真ん中へ行くよう指示した。
「では、ウィル=レイトの相手をしたい者は?」
これには剣士たちが互いに顔を見合わせるばかりで、誰も手を挙げない。こんな子供を相手にするのは、さすがに気が引ける。
ウィルはそんな剣士たちの中に、見知った顔を見つけた。一際大柄な、スキンヘッドの男――
「『筋肉ハゲ』! あんた相手しろよ」
「オシャレ坊主だ! クソガキ!」
実地訓練初日に同行した、第二部隊八班の剣士である。
「ローランか。いいだろう、前に出ろ」
部隊長に促され、『筋肉ハゲ』――ローランが前に出る。向かい合うウィルとローラン。
少し離れたところに、椅子に座った男たちが数名、こちらを見ている。第一部隊長、第二部隊長、それらを統括する元帥といった役職の者たちで、彼らが合否の判断を下す。
「あんた、ローランって言うの? 似合わねぇ名前だな」
「相変わらず生意気な口とツラしやがって。ちょっと女にキャーキャー言われたからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「相変わらず頭ピカピカ光らせやがって。眩しくてあんたのツラ、全然見えねぇんだよ」
ビキッと、ローランの額に太い血管が浮くのが見えた気がした。
「ただでさえ身長差がありすぎて不利なのに、なんでさらに挑発するんだよ……!」
ハラハラと見守るイアン。ウィルの身長は百六十センチに満たない。ローランは二メートルに近い。ウィルが称した通り、その体躯は筋骨隆々で、なおさら大きく見える。
「両者構え!」
ゆっくりと剣を構えるローラン。対するウィルは構えない。しかし部隊長は、それを構えだと判断した。
「――始め!」
(まずはそのツラに一発入れてやる!)
ローランは合図と同時に、ウィルの顔面目掛けて剣を横に薙いだ。だがウィルは、即座に腰を落として容易くかわす。
「やっぱり筋肉馬鹿は単純だな」
少し煽れば、必ず一撃目は顔を狙ってくると読んでいた。ウィルは姿勢を低くしたまま剣を水平に構え、ローランの右足に狙いを定めて一閃する。
「この……っ!」
鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。なんとか剣を引き戻し、ローランはウィルの一撃を防いだ。
(そりゃあ、由緒ある剣士サマ相手に、一筋縄ではいかねぇよな)
ウィルは間合いを取るため、後ろに飛び退った。
「これがガキの腕力かよ……っ」
ローランの両手に残った痺れが、今の一撃の重さを物語っている。
(大人を舐めるなっ!)
剣を構え直し、大きく一歩踏み込むローラン。今度は頭上に振りかぶり、体重を乗せて振り下ろした。
「遅ぇ」
剣の切っ先が届くより早く、ウィルはローランの懐に入り込む。
「無駄な筋肉つけるから、動きが遅ぇんだよ」
言うが早いか、ローランの左脇腹を薙ぎ払った。わっと、野次馬たちから歓声が上がる。
「あの子供、強いぞ!」
真剣ではないため斬れはしないが、打撃のダメージは重い。
「ぐ……っ!」
ローランは両膝に力を込め、体勢を崩さないよう耐えた。剣を振ってウィルを間合いの外へ追い出し、続けざまに斬撃を繰り出すが、そのすべてがウィルの剣に払いのけられる。
(なんだ……? なんでこいつ、こんなにも軽々と払える?)
ローランの打ち込む剣は重い。体格差がありすぎるため、まともに受ければウィルが受け止められるとは到底思えない。
(力の受け流し方が、上手すぎる)
近くで試合を見ていた部隊長は、ウィルの目線に注視した。ローランがどこに力を込めて剣を振っているのか、その力が作用する箇所、そしてそれを受け流せる角度を、ウィルは瞬時に見極めている。
(頭で考えていない。感覚で動いているな……)
「この野郎っっ!」
これまでで一番大きく振りかぶったその瞬間、ウィルはローランの両足の間に滑り込み、背後へ回った。
「なん……っ!?」
全力で剣を振り切ってしまい、体が咄嗟に反応できない。ローランの尻を蹴り、上へ高く飛び上がるウィル。着地したのは――ローランの肩の上だった。
「いい眺め」
ローランに肩車をされる形で、しかし剣は彼の首筋に構えたまま、ウィルは部隊長を振り返る。
「まだやる?」
無言で部隊長は首を横に振った。勝負あり、である。
「……す……ごい! すごい、すごい!」
わぁっと、人だかりが再び湧き上がった。その中でキリーは、目をキラキラさせながらウィルを見つめていた。頬は紅潮し、心臓がドキドキと高鳴っている。
「どうしよう、カッコ良すぎる! めちゃくちゃタイプ! どストライク!」
どうしよう、どうしよう、と何度も口の中で繰り返す。
「でもちょっと若すぎるわよね……でもぉ……」
何やらキリーが悩んでいるうちに、次の試合が始まろうとしていた。
だが。
「ライト殿、しばし試験の中断を」
そう言って第三部隊長に声をかけたのは、第一部隊長だった。第一部隊長の傍には、今しがた走ってきた伝令と思しき兵士がいる。
「……?」
眉を寄せる第三部隊長ライトの元へも伝令兵がやってきて、ウィルたち練習生の方をチラチラと見ながら耳打ちする。
「なん……だと?」
絶句し、第一部隊長を振り返るライト。第一部隊長はその視線に、小さく頷いて応えた。何があったのかと、周囲がざわめき始める。
「待って……いただきたい。その、彼は今、ここに?」
「連れてこさせましょうか?」
「いや……」
珍しく狼狽している。頭が回らない。
「あ……ウィル! ウィル=レイト! まだ宿舎には戻るな!」
「なんで? 終わったら帰っていいって言ったじゃねぇか」
「いいから――」
的確な指示が出せなくなっているライトの元に、第一部隊長がやってきた。第一部隊長はウィルと、その後ろの受験生たち――練習生たちに、ざっと視線を向ける。
「アイザック=ロウという練習生が死亡した」




