05.実地訓練③
「俺には無理だぁ……俺は剣士になれないよ……」
「まぁまぁ。初日なんだし、君の反応が普通だと思うよ?」
実地訓練を終えて宿舎に戻った後、ロビーで落ち込むイアンの話を、カストが背中をさすりながら聞いていた。
「よく考えたら俺、ゴキブリ見ただけで悲鳴上げちゃうタイプなんすよ……スライムに石投げるくらいならできるかもしれないけど、ゴブリン斬るのはエグいって……」
「それは場数を踏めば慣れると思うけどなぁ」
「十四歳の子供がどこで場数を踏んできたって言うんですか? もはや才能ですよ! もしくは、魔物だろうと何だろうと生き物を殺しても何も感じないサイコパス!」
「才能か……」
カストは左手で自分の右腕をさすった。
実地訓練に行かなかった残留チームは、真剣での素振りを課せられていた。当然ながら木剣とは重さが違う。刀身を振り下ろすたびに切っ先はぶれ、次第に腕も上がらなくなっていった。今も水の入ったグラスを口元へ運ぶのがやっとで、明日の朝にはそれすらできなくなっているのではないかと思う。
「ウィル君が羨ましいよ」
「……部隊長の隠し子だって噂もあるらしいっすよ」
カストは苦笑するにとどめた。ウィルの強さと、彼を気にかける部隊長の様子を思い出すと、それもあり得なくはないと思えてしまう。
「明後日は、今日の残留チームが実地訓練に行くんですよね?」
「ああ。その後、またもう一回ずつある。それまでにお互い、魔物の一匹くらいは倒せるようになろうじゃないか」
「……っすね。でも、もしカストさんも無理だなって思ったら、一緒に逃げましょう!」
「『逃げましょう!』じゃねぇだろ、情けねぇな」
吐き捨てるように言ったのはウィルだった。だが彼はそれ以上二人に構うことなく、真っ直ぐ宿舎の出口へ向かっていく。
「ウィル君? どこへ行く――」
「クソガキ! 待てって言ってんだろ!」
カストが声をかけようと立ち上がったのと同時に、ウィルを追いかけてアイザックが走ってきた。
「しつけぇって! 訓練は終わったのに、なんで俺がてめぇの打ち合い稽古に付き合わなきゃなんねぇんだよ!」
「俺の気が収まらねぇからに決まってんだろ!」
「そっちの都合なんか知るかよ……!」
頭を抱えるウィル。
「それに、お前の行き先はわかってんだぞ、エロガキ。今日、グラウンドで女に声かけてたの見たからな」
「……もう俺、マジでこいつ嫌なんだけど。俺のこと見過ぎじゃね? 好きなの?」
ウィルは青ざめた顔でカストの陰に隠れた。
「アイザック。さすがに今日はやめてあげなさい。ウィル君だって疲れているはずだ、休ませてやらないと」
「……ちっ!」
盛大に舌打ちするアイザック。それを確認してからカストはウィルの手を掴み、続いてイアンが後ろから羽交い締めにする。
「ウィル君は外出禁止。部屋で休むよ」
「連帯責任は二度とゴメンだ」
「あーもー! うぜぇ……!」
部屋へ連行されながら、ウィルはふと、自分の手首を掴むカストの手に目を落とした。
「おっちゃん、素振りのやり過ぎで手ぇ震えてるじゃねぇか」
「年には勝てないもんだ。情けないよ」
困ったように笑うカストに、ウィルは頭をガシガシと掻きながら大きくため息をついた。
「だからさぁ……ちょっと構えてみ?」
「え? あ……こ、こうか?」
剣を構えるポーズをしてみせるカスト。ウィルはイアンの拘束を振りほどき、カストの体勢を頭から足先まで眺めた。
「もっと足を開いて、つま先はもうちょい外。腰を落とすんだってば」
「こう、かな?」
「そ。剣を下ろす時は腕だけじゃなく、ここから……そう」
「あー、なるほど。確かに腕の負担が少ないね」
気づけばイアンも、カストの隣で同じ構えを真似ていた。
「いい歳した大人がガキに教わってんじゃねぇよ……」
その光景を、アイザックは呆れた顔で眺めていた。
☆
入隊試験まであと二日。今日の実地訓練を終えれば、試験までもう訓練はない。
カストは大きく息を吸い、ゆっくりと、長く時間をかけて吐き出した。足元にはゴブリンの亡骸が転がっている。カストが斬り捨てたものだった。
「……できた」
心臓がドキドキと昂っている。ウィルに指摘された通り、剣の構えを意識するようになった。それが体に馴染むにつれ、太刀筋を自分でコントロールできるようになってきたのだ。
これならば、とカストの中に一筋の期待が宿る。これならば、試験をクリアできるかもしれない。胸を張って娘に会いに行けるかもしれない。
「練習生ー! 時間だ! 撤収するぞー!」
「はいっ!」
離れた場所から聞こえた剣士の声に返事をし、剣を鞘に収めたその時――
「っっ!?」
ぞわりと何かが背中を這うような感触がした直後、首の後ろに強烈な痛みが走った。
「い……っ!」
焼けるような、あるいは何かに噛まれたような、熱を帯びた痛みだった。慌てて手で振り払う仕草をするが、手には何も触れない。
「何だ……? 毛虫か?」
「おい、練習生! 何かあったのか?」
剣士の一人がカストの方へやってきた。カストはまだジンジンと痛む首をさすりながら、首を横に振る。
「あ……いえ、何でもありません。すみません」
「だったらモタモタするな。走れ!」
「は、はい!」
急いで集合場所へ走り出しながら、もう一度、自分が倒した魔物を振り返る。えも言われぬ達成感が、体の奥底から再び湧き上がってきた。
だからこそ、忘れてしまっていたのだ。どんな些細なことでも必ず剣士に報告するようにと、部隊長が再三口にしていた言葉を。
首の後ろの痛みなど、すぐに消えて忘れてしまうだろう━━




