04.実地訓練②
――馬車に揺られてやってきたのは、グリーンヒル郊外だった。遠目にポツリポツリと民家が点在してはいるが、あとは人の手がほとんど入っていない畑と、鬱蒼とした雑木林が広がっているだけの場所だ。
馬車を降りる剣士たちに続きながら、イアンがこっそりウィルに耳打ちする。
「頼むから剣士様たちの不興を買うようなことはするなよ? 万が一助けてもらえなくなったら、死んでもお前を恨むからな」
「何が『剣士様』だ。馬鹿らしい」
ウィルは強がっているだけだ――剣士たちはもちろん、アイザックもイアンも、そう思っていた。
ウィルは厳しい稽古にもついてきていたし、木剣での打ち合いも部隊長以外に負けたところを見たことがない。だがそれはあくまで訓練場での話で、いざ本物の魔物を前にすればただの少年に戻るのではないか――そう思っている。
「早速スライム発見」
『日焼け』が草むらを指差した。
半透明なゼリー状の物体が地面を這っている。スライムは一メートルを超える個体もいるというが、今目の前にいるのはせいぜい二十センチ程度だ。
「うわぁぁ……俺、魔物見るの初めて……気持ち悪っ」
イシュタリア王国のそれなりの街で暮らしていれば、魔物と出くわすことなど滅多にない。イアンは気味の悪いものを見る目でスライムを観察した。
スライムはその半透明な体そのものが強烈な酸であり、獲物を丸ごと飲み込んで溶かし、自分の栄養にする。弱点は、体を通してうっすらと透けて見える脈打つ心臓。そして動きは極めて遅い。
「おい、練習生。倒してみろよ」
ニヤニヤと笑う傷痕の剣士。
「でも、討伐は剣士様がやるって……」
「禁止はされてねぇだろ。見ててやるから」
イアンとアイザックは顔を見合わせる。それなら、とアイザックが剣を鞘から抜いた。剣士たち四人は揃って意地の悪い笑みを浮かべながら、その動きを眺めている。
アイザックが両手で柄を握り、一歩踏み出す――その横を、何かが高速で通り過ぎた。
「っ!?」
何が飛んできたのかと振り返るのと同時に、アイザックの目の前にいたスライムがグチャリと潰れる音がした。
「は……?」
潰したのが石だと理解するのに二秒。それを投げたのがウィルだと理解するのに、さらに三秒かかった。
「馬っ鹿じゃねぇの? スライムなんか剣で切ったら、酸で刀身がボロボロになるだろ。スライムは心臓を潰すと体液を撒き散らすから、心臓狙いの遠距離攻撃が基本」
続けてウィルは、潰れたスライムの奥の木の上に向かって、手のひらサイズの石を投げる。枝葉の間に潜んでいたスライムに命中し、それはボタリと地面に落ちてきた。
「――ですよねぇ? 先輩? もちろん、このアホが斬りかかる前に止めるつもりだったんですよねぇ?」
ニコリと笑い、四人を振り返るウィル。
「あ……当たり前だろ! ちょっと試しただけだ!」
「やるねぇ、ちび助君。この辺はスライムが多いから、適当な石を集めておけよ」
『金髪』が、イアンとアイザックに指示を出す。
「あ、イアン? だっけ? そっちの雑木林には入るなよ。木の上、スライムだらけだから」
「うぇ!?」
ウィルに呼び止められ、イアンは後ずさった。
「どこ、どこ、どこー!? なんで見えるんだよぉ!」
「あそことあそこ。っつーか、スライムって木の上にいるもんだろ」
「そんなこと習ったっけ?」
「常識だろ」
「どこの常識なんだよ!」
そんなやり取りを、アイザックは剣を構えたままの姿勢でポカンと眺めていた。
(なんなんだ……なんなんだ、なんなんだ、あいつは!)
やがて、腹の底から怒りが湧いてくる。
「クソガキ! お前、本当に何なんだよ! 十四歳のガキのくせに!」
ウィルが石を投げなければ、あの剣士たちは自分を止めなかったと思う。ボロボロになった剣を見て、笑い者にしたはずだ。それをウィルに助けられたことが、腹の底からムカついて仕方がない。
「デカい声出すなよ、オッサン」
言うが早いか、ウィルが剣を鞘から抜き放つ。低く構え、地面を蹴った。
「な……っ、なに……?」
一瞬、斬られるのかと思ってアイザックは固く目を閉じた。
恐る恐る目を開けると、ウィルの剣に斬られていたのは、背後からアイザックに飛びかかろうとしていたゴブリンだった。
頭と胴体を切り離されたゴブリンは、断末魔の悲鳴を上げる間もなく絶命し、地面に転がった。
「瞬発力、やばいな」
「一撃で倒したぞ。正確さも相当なもんだ」
感心する『金髪』と『傷痕』。
「まぐれだろ、ビギナーズラック」
「いや、でも……」
認めようとしない『筋肉ハゲ』に、『日焼け』がぽつりと呟く。
「今の、あの子がやらなきゃ間に合ってなかったよな……」
ウィル以外誰も、茂みに潜んでいたゴブリンに気づいていなかった。その鋭い爪がアイザックの背中に届くまで、あと僅かだったのだ。
「くそっ! くそったれ! ふざけんな! 礼なんか絶対に言わねぇからな!」
アイザックはさらに倍増した怒りを込め、雑木林の中のスライムへ次から次へと石を投げつけた。石はスライムに当たるものもあれば、そのままどこかへ飛んでいくものもある。
その声と飛んでくる石に反応してか、また一匹ゴブリンが姿を現した。
「遅れを取ってたまるかよ、クソが!」
半ば投げやりに、しかし基本に忠実な構えで、ゴブリンに向かって走り出す。
「クソ野郎!!」
ゴブリンの脳天から地面へ向かって、真っ直ぐに剣を振り下ろす。アイザックの手の中に、肉と骨を断ち切る感触が伝わってきた。
「どうだ、ウィル=レイト! これで倒した数は同じだ!」
「……男のヒステリーって怖ぇ……」
――結局この日は、イアンを除く六人でスライム十八匹、ゴブリン七匹、フライスネーク二匹を駆逐した。




