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I'll  作者: ままはる
第一章
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実地訓練③

「俺には無理だぁ……俺は剣士になれないよ……」

「まぁまぁ。初日なんだし、君の反応が普通だと思うよ?」


実地訓練を終えて宿舎に戻った後、ロビーで落ち込むイアンの話を、カストが慰めながら聞いていた。


「よく考えたら俺、ゴキブリ見たら悲鳴上げちゃうタイプなんすよ……スライムに石投げるくらいなら出来るかもしれないけど、ゴブリン斬るのはエグいって……」

「それは場数を踏めば慣れると思うけどなぁ」

「十二歳の子供がどこで場数を踏んできたって言うんですか? 最早才能だって! 魔物だろうと、生き物を殺しても何も感じないサイコパス!」

「才能か……」


カストは左手で自分の右腕をさする。

実地訓練に行かなかった残留チームは、真剣での素振りを課せられた。

当然ながら木刀とは違い、真剣は重い。刀身を振り下ろすたびに切先はぶれ始め、次第に腕も上がらなくなっていった。今も水の入ったグラスを口元に持っていくのが精一杯で、明日の朝にはそれすらも出来なくなっているのではないかと思う。


「ウィル君が羨ましいよ」

「……部隊長の隠し子だって噂もあるらしいっすよ」


カストは苦笑するに留めた。ウィルの強さと、その彼を気にかける部隊長のことを考えると、それも有り得なくはないと思えてしまった。


「明後日は今日の残留チームが実地訓練に行くんですよね?」

「ああ。その後にまたもう一回ずつ。その間にお互い、魔物の一匹くらいは倒せるようになろうじゃないか」

「……っすね。でももし、カストさんも無理だなって思ったら、一緒に逃げましょう!」

「『逃げましょう!』じゃねぇだろ、情けねぇな」


吐き捨てるように言ったのは、ウィル。しかし彼は特にそれ以上二人に構うことはなく、真っ直ぐに宿舎の出口の方へ向かっていた。


「ウィル君? どこへ行く━━」

「クソガキ! 待てって言ってんだろ!」


カストが声を掛けようと立ち上がったと同時に、ウィルの後を追いかけてアイザックが走ってきた。


「しつけぇって! 訓練は終わったのに、なんで俺がてめぇの打ち合い稽古に付き合わなきゃなんねぇんだよ!」

「俺の気が収まらないからに決まってんだろ!」

「そっちの都合なんか知るかよ……!」


頭を抱えるウィル。


「それに、お前の行き先は分かってるんだそ、エロガキ。今日、グラウンドで女に声掛けていたのを見たからな」

「……もう俺、マジでこいつ嫌なんだけど。俺のこと見過ぎじゃね? 好きなの?」


カストの陰に隠れるウィル。


「アイザック。さすがに今日はやめてやれ。ウィル君だって疲れているはずなんだから、休ませてやらないと」

「……ちっ!」


盛大に舌打ちをするアイザック。

次にカストは、ウィルの手を掴んだ。続いてイアンがウィルを後ろから羽交締めにする。


「ウィル君は外出禁止。部屋で休もうな?」

「連帯責任は二度とゴメンだよ」

「あー、もー、うぜー……」


部屋に連行されながら、ウィルは自分の手首を掴むカストの手に視線を落とした。


「おっちゃん、素振りのやり過ぎで手ぇ震えてるじゃねぇか」

「年には勝てないもんだ。情けないよ」


困ったように笑うカストに、ウィルは頭をガシガシと掻きながら大きくため息をついた。


「だからさぁ……ちょっと構えてみ?」

「え? あ。こ、こうか?」


剣を構えるポーズをしてみせるカスト。

ウィルはイアンの拘束を振り解き、カストの体勢を上から下まで眺める。


「もっと足を開いて、つま先はもうちょい外。腰を落とすんだってば」

「こう、かな」

「そ。剣を下ろす時は腕だけじゃなくて、ここから……そう」

「あー、なるほど。確かに腕の負担が少ないね」


気付けばイアンも、カストの隣で構えを真似している。


「いい歳した大人がガキに教わるなよ……」


その光景を、アイザックは呆れた顔で見ていた。


⭐︎


入隊試験まであと二日。

今日の実地訓練を終えれば、試験までもう訓練は無い。

カストは大きく息を吸って、ゆっくりと、長く時間をかけて吐き出した。

足元にはゴブリンの亡骸。カストが斬り捨てた。


「……出来た」


心臓がドキドキと昂っている。

ウィルに指摘された通り、剣の構えを意識するようになった。それが体に馴染んでくると、太刀筋のコントロールが出来るようになってきたのだった。

これならば、とカストの中に一筋の期待が宿る。

これならば、試験をクリア出来るかもしれない。胸を張って娘に会いに行けるかもしれない。


「練習生ー! 時間だ! 撤収するぞー!」

「はいっ!」


離れた場所から聞こえてきた剣士の声に返事をし、剣を鞘に収めたその時━━


「っっ!?」


ぞわりと、何かが背中を這うような感触がした直後、首の後ろに強烈な痛みが走った。


「い……っ!」


焼けるような、或いは何かに噛まれたような、熱を帯びた痛み。

慌てて手で振り払う仕草をするが、手には何も触れない。


「何だ……? 毛虫か?」

「おい、練習生! 何かあったのか?」


剣士の一人がカストの方へやって来た。

カストはまだジンジンと痛む首をさすりながら、かぶりを振る。


「あ……いえ、何でもありません。すみません」

「だったらモタモタするな。走れ!」

「は、はい!」


急いで集合場所に走り出しながら、もう一度自分が倒した魔物を振り返る。

えも言われぬ達成感が、体の奥底から再度湧き上がってきた。

だからこそ、忘れてしまっていたのだ。どんなことでも剣士に報告するようにと、再三言っていた部隊長の言葉を。

首の後ろの痛みなど、すぐに消えて忘れてしまうだろう━━



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