41.弥月の接触
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「昨日の駆除地域がここ。今日はこの辺りを中心に駆逐していこうと思う」
早朝の食事を終えた後、テーブルに広げた樹海の地図に印をつけながら、リズが言った。
「由利は行かないけどな」
リズの出発を阻止するために、ちゃっかり海斗も同じテーブルに着いている。
「妖狩りなんて、男の仕事だ。虫も殺せなかった由利が、なんでそんな危ないこと……」
「私は剣士なの。それでお給料をもらっているのよ」
「由利には合ってない」
「合う合わないじゃなくて……」
困った顔で海斗の説得を試みるリズを、ラリィは離れた席からじっと見ていた。
「うーん」
「どうしたんですか? ラリィ先輩」
「いや……なんだかなぁ……」
ラリィは考えるように、頭を掻く。
「……うん」
そしてひとつ頷くと、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、出発しよう。リズは今日は有給休暇ってことで」
「……は?」
ラリィは地図を畳むと自分の荷物に入れて、海斗の手をリズの手の上に置く。
「ほい。しっかり鎖に繋いでおけよ」
「ちょっと、何言ってるの? 有給休暇って――」
「俺も賛成だ。お前はここに残れ」
「セイルまで……!」
信じられないと、リズはセイルを見上げる。
「どうして? お酒は抜けてるし、ちゃんと睡眠も取ったわ」
「面倒臭い奴だな」
吐き捨てるように言って、セイルは外に出て行った。その後にラリィも続く。
「何なの……? 私、何かした? 疲れた顔してる?」
「いや……」
困惑するゼンは、ウィルと顔を見合わせた。
「俺は戦力的にも、リズ先輩には居てもらった方がいいと思いますけど」
「俺も班長に従うべきだとは思う、が……」
セイルたちが出て行った扉と、班長であるリズをゼンは交互に見る。それから小さく息を吐いた。
「……すまない、リズ」
「ゼン……」
セイルたちの後を追うゼンを、リズは見送る。
「えっと……どうします?」
「……いいわ。ウィルも行って」
「何かよくわかんないけど、リズ先輩のぶんまで働いてきますね」
そう言ってウィルも宿を出て行った。
食堂に取り残されたのは、リズと海斗だけ。リズは大きなため息をついて、テーブルに顔を伏せた。
「由利……あー、リズって呼んだ方がいい?」
「どっちでもいい」
海斗は、自分の手に触れているリズの手を握った。
「さ、昨夜の続きでもする? なんちゃって……」
「……どっちでもいい」
(どっちでもいいって……どっち!? いや、でもさすがに……ダメだよな。漢としてダメ……いや、ダメか? 逆に漢としてここは有りなのか!? わからん! 誰か正解を教えて!)
自問自答を繰り返し、悶絶する海斗。するとそこに近寄ってくる足音がした。
「置いていかれちゃったね、リズ」
「っ!?」
弾かれるように顔を上げ、海斗の手を取ってリズは椅子から立ち上がった。
「な、何? 誰?」
「弥月……」
金の双眸を持つ、黒ずくめの男。
弥月はニコリと笑うと、テーブルに着いた。
「久しぶり。前回会ってから、三ヶ月くらいかな? 元気にしてた?」
旧友に会ったような口ぶりの弥月の手に、視線を向ける。
あの時ラリィに切り落とされたはずの右手は、まるで何事もなかったかのようにそこに在り、リズは得体の知れなさにぞっとした。
「あなた……何がしたいの。本当に、ウィルのご両親を殺したの?」
「殺したよ? だって、僕のものを返してくれないんだもの」
「あの指輪のこと?」
「それ」
「あれは何なの? 殺して奪い返すほどのもの?」
「質問が多いなぁ……座りなよ、リズ」
指先で机を叩く。
リズは視線を弥月から離さないまま、海斗の肩をそっと押した。
「海斗、離れてて」
「あ……ああ」
リズの様子から、何かが起きていることを察した海斗は、大人しく数歩後ろに退がる。それを確認してから、リズは椅子に座った。
弥月は満足そうに笑顔で頷く。
「新しい玩具を作ろうと思って試行錯誤したんだ。色んな魔物をくっつけてみたり、人間を混ぜてみたり。でも、なかなか面白いものができなくてね」
何でもないことのように、弥月は話す。
魔物をくっつけることでさえ普通の人間のすることではないのに、人体まで使っていると言うのだろうか。それが事実だとすれば、とても許されることではない。
それなのに、リズの体は動かない。
「それで暇つぶしに君の記憶を覗いてみたら、案外面白くてさ」
テーブルの上に、リズの記憶を集めた光の球を転がした。
「私の記憶……?」
球の中に、金と黒のまだら髪の男が見えた。思わず手に取り、中を覗き込む。
「吉良さん……」
「それで僕は閃いたんだ。新しくて斬新なアイデアをね」
弥月が指を鳴らすと、光の球はリズの手の中で霧散して消えた。
「あの樹海に、僕が作った魔物の赤ちゃんを置いてきた。無害な子猫みたいな魔物だよ」
「魔物の……赤ちゃん?」
なんだろう。嫌な感じがする。
「その魔物のお母さんは、君だ」
弥月は立ち上がり、リズの耳元で囁いた。
「育ててあげてね」
「待ちなさい……っ!」
慌てて弥月の手を掴もうとしたが、直前で彼の姿は消えた。
「き……消えた……? 由利、大丈夫? 今の人、知り合いか? なんかヤバそうな感じだったけど……」
「……」
リズは窓から見える、遠くに広がる樹海の影に目を向けた。
「どういうこと……? 魔物の母親が私?」
四人に報せに行くべきだろうか。それとも、どういう意味かはわからないが、自分に関わる魔物がいるのなら、近寄らない方がいいのだろうか。
(来るなって言われたしな……)
しばらく考えたあと、ふっと息を吐く。
「海斗。私は部屋にいるから、もしも何かあれば声をかけて」
「あ、ああ。わかった」
食堂に海斗を残し、リズは自室へと戻った。
部屋のドアを閉めると、しん、と冷たい静寂が訪れた。
(弥月……)
ウィルの両親を殺したと自白した。非合法な実験もしているようだし、捕まえなければならないと思う。けれど、あんな風に消えてしまう相手を、どうやって捕まえたらいいのかわからない。得体が知れなくて、目の前に現れると躊躇してしまう。
「……はぁ」
リズは大きなため息をついて、ベッドに体を預けた。目を閉じると、光の球に映った吉良の顔が瞼の裏に浮かび上がる。
(あんな顔だったかな……)
そういえば写真も、彼を思い出せるような物も、何一つ持っていない。声も、匂いも、指先の温度も、今は覚えている。けれどこれから先、少しずつ忘れていくのだろうか。
(忘れるはずがない)
忘れたくない。
そう願った時、突然何かの電源を入れたような、妙な感覚がした。
『由利。熱いお茶を一杯運んでくれるかな』
「っ!?」
孤児院の院長の声が、耳のすぐ近くで聞こえた。
「何……? 幻聴……?」
目を開き、周囲を見渡すが誰もいない。
『布団に横になりなさい』
再び聞こえてくる声。リズは固く目を閉じて、両手で耳を塞いだ。
(こんなものは思い出したくないのに……!)
鼓動が速くなる。嫌な汗が、背中をじわりと濡らした。
『なんて髪だ。忌み子に違いない』
『山姥! こっちに来るな!』
『この子は災いを呼ぶよ』
『もっとこっちへおいで。さぁ、着物を脱いで』
思い出したくない言葉が、声が、直接脳に響き渡る。
『声を上げてはいけないよ。他の子供たちが起きてしまうからね。大丈夫、すぐに終わるから』
『気持ち悪い目の色だ。その目でこっちを見るんじゃないよ』
『こいつに触ると寿命を取られるんだってさ! みんな気をつけろよ!』
リズは耳を塞ぎながら、トイレに駆け込んだ。堪えきれない不快感に嘔吐する。
「はっ……はぁ……っ」
頭の中が声で溢れて痛い。頭を振っても、耳を塞いでも、当時の記憶が津波のように襲ってくる。
『死んだら楽になれるかな』
今度は自分の声がした。
あの時確かに、呪いのように毎日考えていたこと。胸が痛くて、けれど頭のどこかは麻痺していて、心と体がバラバラだった。その時の感覚までもが鮮明に蘇る。
「何……?」
床に座り込み、リズは掠れた声を絞り出す。
「何なの……?」




