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I'll  作者: ままはる
第四章
41/114

41.弥月の接触

⭐︎


「昨日の駆除地域がここ。今日はこの辺りを中心に駆逐していこうと思う」


 早朝の食事を終えた後、テーブルに広げた樹海の地図に印をつけながら、リズが言った。


「由利は行かないけどな」


 リズの出発を阻止するために、ちゃっかり海斗も同じテーブルに着いている。


「妖狩りなんて、男の仕事だ。虫も殺せなかった由利が、なんでそんな危ないこと……」


「私は剣士なの。それでお給料をもらっているのよ」


「由利には合ってない」


「合う合わないじゃなくて……」


 困った顔で海斗の説得を試みるリズを、ラリィは離れた席からじっと見ていた。


「うーん」


「どうしたんですか? ラリィ先輩」


「いや……なんだかなぁ……」


 ラリィは考えるように、頭を掻く。


「……うん」


 そしてひとつ頷くと、椅子から立ち上がった。


「じゃあ、出発しよう。リズは今日は有給休暇ってことで」


「……は?」


 ラリィは地図を畳むと自分の荷物に入れて、海斗の手をリズの手の上に置く。


「ほい。しっかり鎖に繋いでおけよ」


「ちょっと、何言ってるの? 有給休暇って――」


「俺も賛成だ。お前はここに残れ」


「セイルまで……!」


 信じられないと、リズはセイルを見上げる。


「どうして? お酒は抜けてるし、ちゃんと睡眠も取ったわ」


「面倒臭い奴だな」


 吐き捨てるように言って、セイルは外に出て行った。その後にラリィも続く。


「何なの……? 私、何かした? 疲れた顔してる?」


「いや……」


 困惑するゼンは、ウィルと顔を見合わせた。


「俺は戦力的にも、リズ先輩には居てもらった方がいいと思いますけど」


「俺も班長に従うべきだとは思う、が……」


 セイルたちが出て行った扉と、班長であるリズをゼンは交互に見る。それから小さく息を吐いた。


「……すまない、リズ」


「ゼン……」


 セイルたちの後を追うゼンを、リズは見送る。


「えっと……どうします?」


「……いいわ。ウィルも行って」


「何かよくわかんないけど、リズ先輩のぶんまで働いてきますね」


 そう言ってウィルも宿を出て行った。


 食堂に取り残されたのは、リズと海斗だけ。リズは大きなため息をついて、テーブルに顔を伏せた。


「由利……あー、リズって呼んだ方がいい?」


「どっちでもいい」


 海斗は、自分の手に触れているリズの手を握った。


「さ、昨夜の続きでもする? なんちゃって……」


「……どっちでもいい」


(どっちでもいいって……どっち!? いや、でもさすがに……ダメだよな。漢としてダメ……いや、ダメか? 逆に漢としてここは有りなのか!? わからん! 誰か正解を教えて!)


 自問自答を繰り返し、悶絶する海斗。するとそこに近寄ってくる足音がした。


「置いていかれちゃったね、リズ」


「っ!?」


 弾かれるように顔を上げ、海斗の手を取ってリズは椅子から立ち上がった。


「な、何? 誰?」


弥月(みづき)……」


 金の双眸を持つ、黒ずくめの男。


 弥月はニコリと笑うと、テーブルに着いた。


「久しぶり。前回会ってから、三ヶ月くらいかな? 元気にしてた?」


 旧友に会ったような口ぶりの弥月の手に、視線を向ける。


 あの時ラリィに切り落とされたはずの右手は、まるで何事もなかったかのようにそこに在り、リズは得体の知れなさにぞっとした。


「あなた……何がしたいの。本当に、ウィルのご両親を殺したの?」


「殺したよ? だって、僕のものを返してくれないんだもの」


「あの指輪のこと?」


「それ」


「あれは何なの? 殺して奪い返すほどのもの?」


「質問が多いなぁ……座りなよ、リズ」


 指先で机を叩く。


 リズは視線を弥月から離さないまま、海斗の肩をそっと押した。


「海斗、離れてて」


「あ……ああ」


 リズの様子から、何かが起きていることを察した海斗は、大人しく数歩後ろに退がる。それを確認してから、リズは椅子に座った。


 弥月は満足そうに笑顔で頷く。


「新しい玩具を作ろうと思って試行錯誤したんだ。色んな魔物をくっつけてみたり、人間を混ぜてみたり。でも、なかなか面白いものができなくてね」


 何でもないことのように、弥月は話す。


 魔物をくっつけることでさえ普通の人間のすることではないのに、人体まで使っていると言うのだろうか。それが事実だとすれば、とても許されることではない。


 それなのに、リズの体は動かない。


「それで暇つぶしに君の記憶を覗いてみたら、案外面白くてさ」


 テーブルの上に、リズの記憶を集めた光の球を転がした。


「私の記憶……?」


 球の中に、金と黒のまだら髪の男が見えた。思わず手に取り、中を覗き込む。


「吉良さん……」


「それで僕は閃いたんだ。新しくて斬新なアイデアをね」


 弥月が指を鳴らすと、光の球はリズの手の中で霧散して消えた。


「あの樹海に、僕が作った魔物の赤ちゃんを置いてきた。無害な子猫みたいな魔物だよ」


「魔物の……赤ちゃん?」


 なんだろう。嫌な感じがする。


「その魔物のお母さんは、君だ」


 弥月は立ち上がり、リズの耳元で囁いた。


「育ててあげてね」


「待ちなさい……っ!」


 慌てて弥月の手を掴もうとしたが、直前で彼の姿は消えた。


「き……消えた……? 由利、大丈夫? 今の人、知り合いか? なんかヤバそうな感じだったけど……」


「……」


 リズは窓から見える、遠くに広がる樹海の影に目を向けた。


「どういうこと……? 魔物の母親が私?」


 四人に報せに行くべきだろうか。それとも、どういう意味かはわからないが、自分に関わる魔物がいるのなら、近寄らない方がいいのだろうか。


(来るなって言われたしな……)


 しばらく考えたあと、ふっと息を吐く。


「海斗。私は部屋にいるから、もしも何かあれば声をかけて」


「あ、ああ。わかった」


 食堂に海斗を残し、リズは自室へと戻った。


 部屋のドアを閉めると、しん、と冷たい静寂が訪れた。


(弥月……)


 ウィルの両親を殺したと自白した。非合法な実験もしているようだし、捕まえなければならないと思う。けれど、あんな風に消えてしまう相手を、どうやって捕まえたらいいのかわからない。得体が知れなくて、目の前に現れると躊躇してしまう。


「……はぁ」


 リズは大きなため息をついて、ベッドに体を預けた。目を閉じると、光の球に映った吉良の顔が瞼の裏に浮かび上がる。


(あんな顔だったかな……)


 そういえば写真も、彼を思い出せるような物も、何一つ持っていない。声も、匂いも、指先の温度も、今は覚えている。けれどこれから先、少しずつ忘れていくのだろうか。


(忘れるはずがない)


 忘れたくない。


 そう願った時、突然何かの電源を入れたような、妙な感覚がした。


『由利。熱いお茶を一杯運んでくれるかな』


「っ!?」


 孤児院の院長の声が、耳のすぐ近くで聞こえた。


「何……? 幻聴……?」


 目を開き、周囲を見渡すが誰もいない。


『布団に横になりなさい』


 再び聞こえてくる声。リズは固く目を閉じて、両手で耳を塞いだ。


(こんなものは思い出したくないのに……!)


 鼓動が速くなる。嫌な汗が、背中をじわりと濡らした。


『なんて髪だ。忌み子に違いない』


『山姥! こっちに来るな!』


『この子は災いを呼ぶよ』


『もっとこっちへおいで。さぁ、着物を脱いで』


 思い出したくない言葉が、声が、直接脳に響き渡る。


『声を上げてはいけないよ。他の子供たちが起きてしまうからね。大丈夫、すぐに終わるから』


『気持ち悪い目の色だ。その目でこっちを見るんじゃないよ』


『こいつに触ると寿命を取られるんだってさ! みんな気をつけろよ!』


 リズは耳を塞ぎながら、トイレに駆け込んだ。堪えきれない不快感に嘔吐する。


「はっ……はぁ……っ」


 頭の中が声で溢れて痛い。頭を振っても、耳を塞いでも、当時の記憶が津波のように襲ってくる。


『死んだら楽になれるかな』


 今度は自分の声がした。


 あの時確かに、呪いのように毎日考えていたこと。胸が痛くて、けれど頭のどこかは麻痺していて、心と体がバラバラだった。その時の感覚までもが鮮明に蘇る。


「何……?」


 床に座り込み、リズは掠れた声を絞り出す。


「何なの……?」

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