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I'll  作者: ままはる
第四章
36/114

36.リズ

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


「お前、エリザベスな。だから、リズって呼ぶわ」


 そう言って彼が笑ったのは、六年前のことだ。


 繰り返される日々に意味を見出せずにいたリズにとって、あの日突然現れた彼は、まるで太陽のようだった。


「リズ、本当に綺麗な髪してるよなぁ」


 頭を撫でるその手は、優しくて、大きくて。


 リズ、と呼ばれるたび少し恥ずかしかったけれど、ふたりだけの合言葉のようで、密かに嬉しくもあった。


 彼が一番好きだと言ったのは、リズの髪だった。細くて長い、銀色の髪。


「キラキラしてて綺麗だなぁ。絶対に染めたりしたらダメだからな」


 彼自身は自分の髪色が嫌いだと言って、薬剤で金色に染めていた。けれどリズは、その黒と金のまだらになった髪が好きだった。


「染めたら、私のこと嫌いになる?」


 いつだったか、そう尋ねたことがある。


 彼は少し考えてから、リズを両腕の中にそっと包み込んだ。


「嫌いにはならないけど……元の髪色に戻しに行く」


「どこにいても?」


「どこにいても」


 彼の匂いに包まれると、リズはいつも不思議なくらい安心できた。


「絶対に、探しにきてね」


⭐︎


 紫色の髪がふわりと揺れる。


 同時に風を切り裂いて、リズの刀が魔物の首を刎ねた。ガーゴイル――大きな蝙蝠の姿をした魔物だ。


 場所は、グリーンヒルから東に延びる山脈近く、国境沿いの地。その麓に広がる樹海の奥深くで、魔物討伐のため第三部隊一班が派遣されていた。


 魔物の返り血で地面は赤黒く染まり、あたりには言いようのない悪臭が立ち込めている。


 リズはすかさずもう一匹のガーゴイルへ斬りかかろうとしたが、血に濡れた枯れ葉に足を取られ、体勢を崩した。


「わっ……!」


「ちっ」


 膝をついたリズの前に滑り込むように、セイルがガーゴイルの翼を斬り落とす。地に落ちたそれに、そのままとどめを刺した。


「ありがとう、セイル」


 立ち上がりながら、リズは周囲を見渡す。


 道と呼べるほどの道もない獣道。鬱蒼と茂る木々。


 ひとまず魔物の気配は消えたようだった。


「視界も足場も最悪ね」


「第一部隊に行けば、もっと快適に働けるだろうな」


 セイルは近くの岩に腰掛け、煙草に火をつけた。彼の足元にも魔物の死骸がいくつも転がっている。


 リズは驚いた顔で彼を見た。


「……知ってるの?」


 第一部隊長ブラッドフォードから誘いを受けていることは、誰にも話していないはずだった。ウィルに見られたことはあるが、まさか彼がセイルに漏らしたのだろうか。


 セイルは長く煙を吐き出してから、自嘲気味に笑った。


「図星か」


「あ……」


「お前を見るブラッドフォードの目つきがおかしいと、ゼンが言っていた。まさか本当に何かされてるのか?」


「まだ何もされてないから大丈夫」


 個室に呼び出されたり、壁際に追い詰められたり、腰に手を回されたりはしたものの、実害はまだない。


「やめてと言えばやめるだけの理性はある人だから。……けど、あの人の力を借りて出世なんてしたくない」


「お前、現場仕事が好きなわけでもないだろ。隊にいたいだけなら、安全な第一の方が……」


「そんなに私をブラッドフォードの愛人にさせたいの?」


「……悪かった」


 素直に謝るセイルに、リズは思わず微笑んだ。


「もしかして、心配してくれてる?」


 セイルは鼻で笑う。


「お前が誰の女になろうが興味はない。ただ、部隊長が最近ブラッドフォードが第三部隊のことに口を出しすぎだとぼやいていた。この樹海だって、五人でどうにかなる規模じゃない」


 さすがの部隊長も、たった三日間で完全な殲滅など無理だと分かっている。できる限り駆逐してくればいい――そう言われていた。今日はその二日目だ。


「やっぱり、私のせい……かな」


「原因が分かってすっきりした。それでいい」


「部隊長には……」


「言わない方がいいんだろ」


 セイルは煙草の火を消し、地面に突き立てていた剣の柄を握って立ち上がる。


「俺はグリーンヒルで書類整理やトレーニングをしてるより、遠征の方が性に合ってる。できるだけ遠征が増えるように、もっと嫌われてこい」


 魔物討伐を再開しようと歩き出したその時、どこからかウィルの声が響いた。


「せんぱーい! 頭のおかしな民間人を保護しましたー!」


「頭のおかしな民間人……?」


 リズとセイルは顔を見合わせ、ウィルの声がする方へと向かった。

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