36.リズ
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「お前、エリザベスな。だから、リズって呼ぶわ」
そう言って彼が笑ったのは、六年前のことだ。
繰り返される日々に意味を見出せずにいたリズにとって、あの日突然現れた彼は、まるで太陽のようだった。
「リズ、本当に綺麗な髪してるよなぁ」
頭を撫でるその手は、優しくて、大きくて。
リズ、と呼ばれるたび少し恥ずかしかったけれど、ふたりだけの合言葉のようで、密かに嬉しくもあった。
彼が一番好きだと言ったのは、リズの髪だった。細くて長い、銀色の髪。
「キラキラしてて綺麗だなぁ。絶対に染めたりしたらダメだからな」
彼自身は自分の髪色が嫌いだと言って、薬剤で金色に染めていた。けれどリズは、その黒と金のまだらになった髪が好きだった。
「染めたら、私のこと嫌いになる?」
いつだったか、そう尋ねたことがある。
彼は少し考えてから、リズを両腕の中にそっと包み込んだ。
「嫌いにはならないけど……元の髪色に戻しに行く」
「どこにいても?」
「どこにいても」
彼の匂いに包まれると、リズはいつも不思議なくらい安心できた。
「絶対に、探しにきてね」
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紫色の髪がふわりと揺れる。
同時に風を切り裂いて、リズの刀が魔物の首を刎ねた。ガーゴイル――大きな蝙蝠の姿をした魔物だ。
場所は、グリーンヒルから東に延びる山脈近く、国境沿いの地。その麓に広がる樹海の奥深くで、魔物討伐のため第三部隊一班が派遣されていた。
魔物の返り血で地面は赤黒く染まり、あたりには言いようのない悪臭が立ち込めている。
リズはすかさずもう一匹のガーゴイルへ斬りかかろうとしたが、血に濡れた枯れ葉に足を取られ、体勢を崩した。
「わっ……!」
「ちっ」
膝をついたリズの前に滑り込むように、セイルがガーゴイルの翼を斬り落とす。地に落ちたそれに、そのままとどめを刺した。
「ありがとう、セイル」
立ち上がりながら、リズは周囲を見渡す。
道と呼べるほどの道もない獣道。鬱蒼と茂る木々。
ひとまず魔物の気配は消えたようだった。
「視界も足場も最悪ね」
「第一部隊に行けば、もっと快適に働けるだろうな」
セイルは近くの岩に腰掛け、煙草に火をつけた。彼の足元にも魔物の死骸がいくつも転がっている。
リズは驚いた顔で彼を見た。
「……知ってるの?」
第一部隊長ブラッドフォードから誘いを受けていることは、誰にも話していないはずだった。ウィルに見られたことはあるが、まさか彼がセイルに漏らしたのだろうか。
セイルは長く煙を吐き出してから、自嘲気味に笑った。
「図星か」
「あ……」
「お前を見るブラッドフォードの目つきがおかしいと、ゼンが言っていた。まさか本当に何かされてるのか?」
「まだ何もされてないから大丈夫」
個室に呼び出されたり、壁際に追い詰められたり、腰に手を回されたりはしたものの、実害はまだない。
「やめてと言えばやめるだけの理性はある人だから。……けど、あの人の力を借りて出世なんてしたくない」
「お前、現場仕事が好きなわけでもないだろ。隊にいたいだけなら、安全な第一の方が……」
「そんなに私をブラッドフォードの愛人にさせたいの?」
「……悪かった」
素直に謝るセイルに、リズは思わず微笑んだ。
「もしかして、心配してくれてる?」
セイルは鼻で笑う。
「お前が誰の女になろうが興味はない。ただ、部隊長が最近ブラッドフォードが第三部隊のことに口を出しすぎだとぼやいていた。この樹海だって、五人でどうにかなる規模じゃない」
さすがの部隊長も、たった三日間で完全な殲滅など無理だと分かっている。できる限り駆逐してくればいい――そう言われていた。今日はその二日目だ。
「やっぱり、私のせい……かな」
「原因が分かってすっきりした。それでいい」
「部隊長には……」
「言わない方がいいんだろ」
セイルは煙草の火を消し、地面に突き立てていた剣の柄を握って立ち上がる。
「俺はグリーンヒルで書類整理やトレーニングをしてるより、遠征の方が性に合ってる。できるだけ遠征が増えるように、もっと嫌われてこい」
魔物討伐を再開しようと歩き出したその時、どこからかウィルの声が響いた。
「せんぱーい! 頭のおかしな民間人を保護しましたー!」
「頭のおかしな民間人……?」
リズとセイルは顔を見合わせ、ウィルの声がする方へと向かった。




