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I'll  作者: ままはる
第四章
37/114

37.頭のおかしな民間人?




「あ。先輩。あいつです」


 ウィルが指差した先には、ラリィに地面へ押さえつけられながらも暴れる、黒髪の男がいた。


「魔物の駆除中であぶねーって言ってんのに、なんかユリがどうのこうのって、全然言うこと聞かねーの」


「何かを……探しているらしいが……」


 ゼンも困惑した様子で男を見下ろしている。


「放せっ! お前ら、緑国(りょくこく)のサムライだろ!? これだから外国人は野蛮で嫌なんだ! ユリを知らないかって聞いてるだけじゃないか!」


 男の言い回しに、リズの眉がぴくりと跳ねた。


「あなた、蒼風国(そうふうこく)の人?」


「ああ、そうだ! ちょっと、痛いって……」


 顔を上げてリズを見た男は、そのままぴたりと動きを止めた。


 リズの顔を凝視したまま、口を開いたり閉じたりしている。


「あ、か、かみ……髪……え……?」


「ほら、頭がおかしいでしょ?」


「だな」


 囁くウィルに、セイルが同意する。


「ゆ……由利?」


「え……?」



如月由利(きさらぎゆり)! 俺……覚えてないかもしれないけど、海斗だよ! 霜月海斗(しもつきかいと)!」


 リズは目を大きく見開いた。


「ラリィ、放してあげて。この人、私の知り合いだから」


「リズの?」


 ラリィが手の力を緩めると、海斗と名乗った男は慌てて立ち上がった。


「海斗……なんでこんな所に……」


「由利に会いに来たんだ! 由利だよな? 間違いないよな!?」


「え、えぇ? ちょっと、海斗!?」


 興奮気味の海斗が、リズを思い切り抱き締める。


「おい、コラてめぇ! 気安くリズ先輩に触るな!」


「リズ……?」


 海斗はリズを放すと、その顔をもう一度覗き込むように見つめた。


「リズって……そう名乗ってるの?」


「……うん」


「嘘だろ……」


「リズ? どういうこと? ユリって誰?」


 疑問符だらけのラリィ。


 リズは、自分でもうまく整理できていないこの状況を、どう説明したものかと思案した。


「取り敢えず、街に戻りましょうか」


⭐︎

               

「私、蒼風国出身なの」


 樹海の外に待たせていた馬車に乗り、滞在中の街へ戻る一行。その車内で、リズが静かに口を開いた。


「『如月由利』は、そこでの私の名前。蒼風国の孤児院で育ったんだけど、そこで一緒だったのが、彼――霜月海斗」


 海斗は憮然とした顔で、小さく頭を下げた。


「でもリズ先輩って、蒼風国の人っぽくないですよね?」


 蒼風国の人間は、そのほとんどが海斗のような黒髪で、肌の色も少し違う。閉ざされた小さな島国で、衣服や家屋にも独特の文化を持つ。


「蒼風国の血は入っていないんだと思う。生まれてすぐ捨てられて、父親も母親も誰なのか知らない。ただ『由利』とだけ書かれた紙が、一緒に置かれていたそうよ」


 両親がどんな人たちだったのか、興味がないわけではない。けれど、会いたいと思ったことは一度もなかった。


「あの国にいたのは、四年前の十四歳まで」


「ある日突然、いなくなったんだ。みんな由利のこと探したんだよ」


「みんな、ねぇ」


 リズの呟きに、海斗は一瞬だけ目を逸らした。


「そ、それで、一年くらい前だったかな。風の噂で、緑の守護剣士――紫の目をした綺麗な女のサムライがいるって聞いて」


 蒼風国では、他国を色で呼ぶ習わしがある。イシュタリアは『緑』、ティルアは『(せき)』、自国のことは『(せい)』と呼ぶ。


「そういえば昔、緑のサムライになるって……『あいつ』が言ってたのを思い出して。まさかと思って、ダメ元で来てみたんだ」


 海を渡ってグリーンヒルへ向かう途中、近くに剣士がいるという話を聞いたのだという。


「あの樹海で妖狩(あやかしが)りをしてるサムライがいるって聞いたから。サムライに直接聞けば、由利のことがわかるかもしれないと思って」


「だからって、丸腰でのこのこ入ってこられたら迷惑なんだよ」


「それは……後先考えてなかった。迷惑かけて悪かった」


 ジト目のウィルに言われ、海斗は素直に頭を下げた。


「本当に会えるなんて思ってなかった。由利がサムライになってるなんて……それに、髪も……」


 リズの紫の髪を、哀しげな目で見つめる。


「そんな髪、由利らしくないよ」


「そう? じゃあ次は黒に染めてみようかな」


「じゃなくて! 由利は……何もしないままが、綺麗なんだ」


「ありがとう」


 微笑むリズに、海斗は赤くなった顔を両手で覆った。


「海斗とこんなに話すの、初めてね」


「……あの頃の俺は、ホントにガキだったから。でも、由利のこと、ずっと忘れられなかった」


 足元に視線を落とし、口を閉ざす海斗。


 その横顔を見た瞬間、リズは心臓を冷たい手でつかまれたような、妙な感覚を覚えた。


(嫌な予感って、本当にあるものなのね……)


 何度か躊躇ってから、リズは静かに尋ねた。


「吉良さんは?」


「……死んだ」


「そう」


 リズはそれだけ言って、窓の外に目を向けた。


 馬車が揺れる音だけが、しばらく車内に響いた。


「……え、何? 何でこんな空気重いの? 久々の再会なんだろ? もっと明るい話とかないわけ?」


 場の空気を変えようと、ラリィがことさら明るい声を出す。


 すると海斗は意を決したように顔を上げ、リズの手を取った。


「由利。結婚しよう」


「ぶっ……!」


 水筒の水を飲んでいたゼンが噴き出した。


「いや違う違う! 明るい話題って言ったけど、いきなりプロポーズしろとは言ってない!」


「海斗、何を言っているの?」


「四年間ずっと、由利のことを考えてた。いや、由利がいた頃からずっと好きだった! 今すぐ結婚してほしいってわけじゃないけど、とにかく一緒に青へ帰ろう!」


「無理よ」


「どうして!?」


「……こういう話は、二人きりでしてほしいものだが……」


「俺たちが見えてないんだろうな」


 ゼンとセイルが呆れたように顔を見合わせる。


「私、守護剣士なの。自分の意思では辞められない」


「じゃあ逃げよう!」


「頭のネジの飛び方、ラリィ先輩以上だ……」


「海斗。お願い、やめて」


 静かな声だった。その頬を涙が一筋伝い、馬車内の空気が一瞬で凍りついた。


「なに先輩泣かしてんだゴラァ! 土下座しろこの野郎!!」


「あ、えと、ご、ごめん! 悲しませるつもりはなくて……!」


「リズ? え? リズ? ど、どうした?」


「ち、違うの……これは……」


 慌てて頬を拭い、顔を背ける。


 ――馬車が街の入り口で止まった。


「由利……」


「ごめん、先に行って。あの人たちに泊まってる宿を教えてくれれば、後で訪ねるから」


「でも……っ!」


「ほら、海斗。しつこい男は嫌われるぞ? せっかくだし、一緒に飯でも食いに行こうぜ!」


 ラリィに背中を押され、海斗は馬車から引き離されていく。


「俺たちも宿に戻るぞ。リズのことは、少し放っておいてやれ」


「はい……」


 馬車から降り、力なくベンチに座り込むリズを、ウィルは遠目に心配そうに見つめた。


「プロポーズされたのが、そんなに嫌だったんですかね」


「……誰か死んだって、言ってなかったか」


 ――吉良さんは?


 ――死んだ。


 その短いやり取りが、リズの頭の中で何度も繰り返される。


(……分かってた)


 きっともう、生きてはいないだろうということ。


 分かっていたはずなのに、どこかで足掻いていたかった。知りたくなかった。


 リズは、夕焼けに染まり始めた空をゆっくりと仰いだ。


「私、何やってるんだろ……」

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