37.頭のおかしな民間人?
「あ。先輩。あいつです」
ウィルが指差した先には、ラリィに地面へ押さえつけられながらも暴れる、黒髪の男がいた。
「魔物の駆除中であぶねーって言ってんのに、なんかユリがどうのこうのって、全然言うこと聞かねーの」
「何かを……探しているらしいが……」
ゼンも困惑した様子で男を見下ろしている。
「放せっ! お前ら、緑国のサムライだろ!? これだから外国人は野蛮で嫌なんだ! ユリを知らないかって聞いてるだけじゃないか!」
男の言い回しに、リズの眉がぴくりと跳ねた。
「あなた、蒼風国の人?」
「ああ、そうだ! ちょっと、痛いって……」
顔を上げてリズを見た男は、そのままぴたりと動きを止めた。
リズの顔を凝視したまま、口を開いたり閉じたりしている。
「あ、か、かみ……髪……え……?」
「ほら、頭がおかしいでしょ?」
「だな」
囁くウィルに、セイルが同意する。
「ゆ……由利?」
「え……?」
「如月由利! 俺……覚えてないかもしれないけど、海斗だよ! 霜月海斗!」
リズは目を大きく見開いた。
「ラリィ、放してあげて。この人、私の知り合いだから」
「リズの?」
ラリィが手の力を緩めると、海斗と名乗った男は慌てて立ち上がった。
「海斗……なんでこんな所に……」
「由利に会いに来たんだ! 由利だよな? 間違いないよな!?」
「え、えぇ? ちょっと、海斗!?」
興奮気味の海斗が、リズを思い切り抱き締める。
「おい、コラてめぇ! 気安くリズ先輩に触るな!」
「リズ……?」
海斗はリズを放すと、その顔をもう一度覗き込むように見つめた。
「リズって……そう名乗ってるの?」
「……うん」
「嘘だろ……」
「リズ? どういうこと? ユリって誰?」
疑問符だらけのラリィ。
リズは、自分でもうまく整理できていないこの状況を、どう説明したものかと思案した。
「取り敢えず、街に戻りましょうか」
⭐︎
「私、蒼風国出身なの」
樹海の外に待たせていた馬車に乗り、滞在中の街へ戻る一行。その車内で、リズが静かに口を開いた。
「『如月由利』は、そこでの私の名前。蒼風国の孤児院で育ったんだけど、そこで一緒だったのが、彼――霜月海斗」
海斗は憮然とした顔で、小さく頭を下げた。
「でもリズ先輩って、蒼風国の人っぽくないですよね?」
蒼風国の人間は、そのほとんどが海斗のような黒髪で、肌の色も少し違う。閉ざされた小さな島国で、衣服や家屋にも独特の文化を持つ。
「蒼風国の血は入っていないんだと思う。生まれてすぐ捨てられて、父親も母親も誰なのか知らない。ただ『由利』とだけ書かれた紙が、一緒に置かれていたそうよ」
両親がどんな人たちだったのか、興味がないわけではない。けれど、会いたいと思ったことは一度もなかった。
「あの国にいたのは、四年前の十四歳まで」
「ある日突然、いなくなったんだ。みんな由利のこと探したんだよ」
「みんな、ねぇ」
リズの呟きに、海斗は一瞬だけ目を逸らした。
「そ、それで、一年くらい前だったかな。風の噂で、緑の守護剣士――紫の目をした綺麗な女のサムライがいるって聞いて」
蒼風国では、他国を色で呼ぶ習わしがある。イシュタリアは『緑』、ティルアは『赤』、自国のことは『青』と呼ぶ。
「そういえば昔、緑のサムライになるって……『あいつ』が言ってたのを思い出して。まさかと思って、ダメ元で来てみたんだ」
海を渡ってグリーンヒルへ向かう途中、近くに剣士がいるという話を聞いたのだという。
「あの樹海で妖狩りをしてるサムライがいるって聞いたから。サムライに直接聞けば、由利のことがわかるかもしれないと思って」
「だからって、丸腰でのこのこ入ってこられたら迷惑なんだよ」
「それは……後先考えてなかった。迷惑かけて悪かった」
ジト目のウィルに言われ、海斗は素直に頭を下げた。
「本当に会えるなんて思ってなかった。由利がサムライになってるなんて……それに、髪も……」
リズの紫の髪を、哀しげな目で見つめる。
「そんな髪、由利らしくないよ」
「そう? じゃあ次は黒に染めてみようかな」
「じゃなくて! 由利は……何もしないままが、綺麗なんだ」
「ありがとう」
微笑むリズに、海斗は赤くなった顔を両手で覆った。
「海斗とこんなに話すの、初めてね」
「……あの頃の俺は、ホントにガキだったから。でも、由利のこと、ずっと忘れられなかった」
足元に視線を落とし、口を閉ざす海斗。
その横顔を見た瞬間、リズは心臓を冷たい手でつかまれたような、妙な感覚を覚えた。
(嫌な予感って、本当にあるものなのね……)
何度か躊躇ってから、リズは静かに尋ねた。
「吉良さんは?」
「……死んだ」
「そう」
リズはそれだけ言って、窓の外に目を向けた。
馬車が揺れる音だけが、しばらく車内に響いた。
「……え、何? 何でこんな空気重いの? 久々の再会なんだろ? もっと明るい話とかないわけ?」
場の空気を変えようと、ラリィがことさら明るい声を出す。
すると海斗は意を決したように顔を上げ、リズの手を取った。
「由利。結婚しよう」
「ぶっ……!」
水筒の水を飲んでいたゼンが噴き出した。
「いや違う違う! 明るい話題って言ったけど、いきなりプロポーズしろとは言ってない!」
「海斗、何を言っているの?」
「四年間ずっと、由利のことを考えてた。いや、由利がいた頃からずっと好きだった! 今すぐ結婚してほしいってわけじゃないけど、とにかく一緒に青へ帰ろう!」
「無理よ」
「どうして!?」
「……こういう話は、二人きりでしてほしいものだが……」
「俺たちが見えてないんだろうな」
ゼンとセイルが呆れたように顔を見合わせる。
「私、守護剣士なの。自分の意思では辞められない」
「じゃあ逃げよう!」
「頭のネジの飛び方、ラリィ先輩以上だ……」
「海斗。お願い、やめて」
静かな声だった。その頬を涙が一筋伝い、馬車内の空気が一瞬で凍りついた。
「なに先輩泣かしてんだゴラァ! 土下座しろこの野郎!!」
「あ、えと、ご、ごめん! 悲しませるつもりはなくて……!」
「リズ? え? リズ? ど、どうした?」
「ち、違うの……これは……」
慌てて頬を拭い、顔を背ける。
――馬車が街の入り口で止まった。
「由利……」
「ごめん、先に行って。あの人たちに泊まってる宿を教えてくれれば、後で訪ねるから」
「でも……っ!」
「ほら、海斗。しつこい男は嫌われるぞ? せっかくだし、一緒に飯でも食いに行こうぜ!」
ラリィに背中を押され、海斗は馬車から引き離されていく。
「俺たちも宿に戻るぞ。リズのことは、少し放っておいてやれ」
「はい……」
馬車から降り、力なくベンチに座り込むリズを、ウィルは遠目に心配そうに見つめた。
「プロポーズされたのが、そんなに嫌だったんですかね」
「……誰か死んだって、言ってなかったか」
――吉良さんは?
――死んだ。
その短いやり取りが、リズの頭の中で何度も繰り返される。
(……分かってた)
きっともう、生きてはいないだろうということ。
分かっていたはずなのに、どこかで足掻いていたかった。知りたくなかった。
リズは、夕焼けに染まり始めた空をゆっくりと仰いだ。
「私、何やってるんだろ……」




