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I'll  作者: ままはる
第三章
35/114

35.子猫と


 その日の深夜。


 ウィルは部屋でシャワーを浴びて、左肩を剣士隊の救護室で処置してもらった後、寮から少し離れた人気のない公園にいた。


「ほら、お土産」


 ウィルの足元にやってきた子猫に、ソーセージを投げ渡す。猫はニャアと小さく鳴いて、ソーセージにかじりついた。


 ――ウィルが部屋に帰らない日は、この公園にいることが多かった。誰も来ないし、寝転ぶのにちょうどいいベンチもあるし、耳をすませば遠くの波の音が聞こえてきて気持ちがいい。


 ウィルはいつものように、ベンチに寝転んで星空を見上げる。目を閉じて海の音を聴いていると、ソーセージを食べ終わった子猫が、ウィルの胸の上に乗ってきた。


 その子猫のふわふわした背中を撫でていると、いつもは誰も来ないはずのここに、ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえてきた。


「ホントに子猫とニャンニャンしてたのかよ」


 ラリィの声。ウィルは目を開けて、体を起こそうとした。


 その時――


「っっっっ!!?」


 思い切りラリィに股間を蹴り上げられ、声も出ずにウィルは地面に転がり落ちた。


「っって……め……! いきなり何……」


 ラリィはいつもとは違う冷たい目でウィルを見下ろしながら、煙草に火をつける。


「お前、誰の女口説いてんだよ」


 煙をウィルの顔に吹きつける。


(え? は? これ、あのラリィと同一人物?)


 ヘラヘラと笑っているラリィの姿は微塵もない。恐怖すら感じる、冷えた目と声。


「く、口説いてねぇよ! なんか勝手にあんな感じになっただけだろ!」


「……」


 ラリィはもう一度煙草の煙を肺に吸い込み、ゆっくりと吐き出す。もう一撃くるかと、ウィルは体に力を入れて身構えた。


「あー……ホントに好きだったのになー……」


 肩を落として力なくベンチに座ったラリィは、いつもの彼の顔をしている。


「チェリちゃん守ってくれて、ありがとな」


「……は?」


「頭ではわかってんだよ。でも一発殴らなきゃ気が治らなかったってゆーか」


「……キン◯マはダメだろ」


「でもこれぐらいしとかなきゃ、同じことがまたあったら嫌じゃん?」


「タマはダメだって」


 小さく笑うウィルとラリィ。驚いて逃げ出していた子猫が、ウィルを見上げながら戻ってきた。


「なんでここがわかったんだよ」


「キリーに聞いた」


「……あいつ」


 一度だけ、退屈しのぎに話し相手としてキリーを呼んだことがあったのを思い出し、後悔する。


「お前、マジでここで野宿してたの?」


「別に俺がどこで寝てても関係ないだろ」


 子猫の喉を撫でながら、またどこか別の場所を探さないといけないなとぼんやり考える。


「オレと仲良くなるの、怖いの?」


「…………は?」


「その間は図星だろ! あ、そーなんだ? やっぱり、オレと仲良くなっちゃうのが怖いんだぁ?」


「ちが……っ!」


 図星だ。ラリィは面白い奴だと思った。だからこそカストやアイザックみたいに、また死んでしまうのではないかと思うと怖かった。


「バカだなぁ。オレは簡単には死なねーよ」


「……弱いじゃん。剣の使い方へぼいし」


「へぼいって言うなよ!」


 ラリィは乱暴にウィルの頭を撫でる。


「部屋に帰ってこいよ。寂しいだろ、オレが」


「……」


「とっておきのエロ本、お前にやるから」


 ウィルは空を見上げる。ここで星を見ながら寝るのも、そんなに悪くはなかったのだが。


「……寮って、ペット禁止?」


「バレなきゃいいんじゃね?」


 ウィルは子猫を抱いて立ち上がった。


「あ。ちょっと待って。チェリちゃんの件で、許す代わりに条件がある」


 ラリィは満面の笑顔で、その条件をウィルに告げた。



 翌朝、いつものルーティンが始まった。

 左肩を負傷しているウィルは、支障のない程度にトレーニングに参加することになった。そしてグラウンドの一角には、いつも通りキリーを含むギャラリーたちの姿がある。


「ウィル君、頑張ってー!」


 フリフリリボンファッションをやめたチェリや、


「リズさーん! 今日も輝いていますー!」


 昨夜リズに助けられたどこぞの貴族令息の姿もあった。


「リズ、貴族の嫁になれるんじゃねーの?」


「やめてよ」


 グラウンドを走りながら、ラリィがリズに言う。


「あんたの元カノ、結構エグいことするのね。完全にウィルに乗り換えてるじゃない」


「まだ傷口は生々しいからやめて……」


 ウィルの名前を呼ぶ元カノの声が聞こえるたびに、ラリィの胸はごっそりと抉られている。


「あんたが傷つく姿を見るのは快感なんだけど、ウィルとは和解してるの?」


「条件付きだけどな」


「条件?」


 二人の後ろからウィルが走ってきた。追い抜きざまにラリィに舌を出す。


「ラリィ先輩、周回遅れですよ。だっせ!」


「ラリィ先輩……ねぇ」


 リズは呆れた顔でラリィを見た。ラリィがウィルに出した条件とは、これである。自分も『先輩』と呼ぶこと。


「だって! リズもゼンもセイルも『先輩』なのに、オレだけ呼ばれないのは納得いかねーんだもん!」


 叫びながらラリィは走るペースを上げた。


 ――一方、すでに走り終えたセイルは、グラウンドの端に第三部隊長の姿を見つけて、そちらに向かって歩き出した。周りに人がいないのを確認してから声をかける。


「親父」


「どうした、セイル。勤務時間中に珍しいな」


「『例の件』……ちゃんと断ったんだろうな?」


 ライトは小さく息を吐いた。


「約束だったからな。あのお見合いはお断りしたが……爺様が次々と引き受けてくるから、またいつ話が舞い込んでくるかはわからんぞ」


「そもそもなんで俺に見合いの話を持ってくるんだ。まずはクリスに嫁を取らせろ」


 クリストファー=ランクは、セイルの兄である。


「まぁ……うむ。その話はまた、家族揃って相談しよう」


 ライトはセイルから逃げるようにグラウンドを出ていった。


 第三部隊長ライト=ランク。その次男セイル=ランク。この二人が親子だということは、第三部隊では有名であるが、ウィルが知るのはもう少し先の話である。

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