実地訓練
「これから入隊試験までは、真剣を使った稽古と、近隣の魔物討伐へ向かう剣士隊への同行及び実地訓練となる」
練習生たち一人に一本、真剣が行き渡ったところで、部隊長が言った。
「当然ながら、真剣での私闘は言語道断。即刻ここから叩き出す」
視線をアイザックとウィルに向ける。二人は静かに視線を宙に向けた。
「昨今、グリーンヒル周辺に厄介な魔物はほとんど出ないが、油断は禁物だ。魔物に遭遇した場合は直ちに剣士に報告すること。討伐は剣士に任せれば良いが、可能であれば駆逐しても良い。が、間違っても死ぬな」
練習生が大怪我を負ったり、万が一命を落としたとしても、何の補助金も保険金も出はしない。骨折り損の犬死にである。
「いいか。些細なことでも、何かあれば必ず同行している剣士に報告しろ。絶対に、だ」
語尾を強め、部隊長は再度注意を促した。
「……やっぱり、少し緊張するな」
カストを含めて数人、真剣を初めて握った者たちは、その手に感じる重みに内心ヒヤリとする。
「二つのグループに分ける。先発隊として、さっそく明日の実地訓練に向かいたいという希望者はいるか?」
迷わずウィルは挙手する。真剣の素振りをしているより、絶対に実地訓練の方が楽に違いない。
ウィルの挙手を見て、アイザックも手を挙げた。
他にも手が挙がり、計六名。
アイザックはチラリとカストを見たが、さすがにいきなり実戦は無理だと判断して手は挙げていなかった。
「部隊長。実地訓練に出没する魔物は?」
「スライムとゴブリン。稀に飛蛇が出ると聞いている」
「雑魚ばっか」
「ウィル。そうやって油断している奴ほど、足元を掬われるんだぞ」
「へいへーい」
部隊長は大きく息を吐く。本当にこの幼い少年に、真剣を握らせて良いものだろうか。これまでに何度も自問自答を繰り返した。そしていつも辿り着く答えは、自分にはこうすることしかできないのだ、ということ。
「それでは、挙手した六名は、明朝六時に剣士隊のグラウンドに集合。剣士隊第二部隊七班と八班と共に現地に向かってもらう」
「第二部隊?」
ウィルがカストに問う。
「専属剣士隊は第三部隊まであって、第一部隊は、グリーンヒル・シティ内が管轄。第二部隊がグリーンヒル近郊。第三部隊がそれ以外の国内だね。各地に支部隊もあるけど、所属は第三部隊になるんだ」
「つまり、第三部隊より第二、第一の方が偉い奴らの集まりってことか」
「入隊したばかりの剣士はほとんど第三部隊に配属されるらしいよ。第三部隊でも首都の配属ならいいけど、地方の支部となると……場所によっては辛いなぁ」
「ちなみに、あのオッサンは?」
と、ウィルは目の前の部隊長を指差す。
部隊長はわざとらしく咳払いをした。
「私は第三部隊の部隊長だ。こうして練習生の様子を見に来るのも仕事のうちだ」
普段、主にウィルたちに剣技の稽古をつける師範は別にいる。また、基礎知識を身につける座学の講師も然り。部隊長は月に一度程度やってきて練習生の様子を見たり、時にはこの間のように稽古をつけてくれることもある。
「第三部隊って、暇なん?」
「誰が暇だ!」
⭐︎
━━明朝。
集まった練習生六人と、第二部隊七班の五人、八班の四人は、二台の馬車に分かれて移動した。
ウィルとアイザック、それからイアンという名の練習生の三人は、八班の四人と同じ馬車だった。
特にお互い自己紹介も無かった為、ウィルは心の中で『日焼け』『傷痕』『筋肉ハゲ』『金髪』とあだ名をつけた。見たままの特徴である。
「あのぉ……剣士のお仕事ってどうですか?」
馬車が走り始めてしばらくしてから、イアンが遠慮がちに、剣士たちの中の誰という誰ともなく尋ねた。
どの剣士たちも鍛え抜かれた体つきで、大きい。その雰囲気だけでも、どこか近寄りがたく圧倒される。
「どう、とは?」
日焼けした男が眉を顰める。
「その……思っていたよりも楽だなぁとか、逆にしんどいなぁとか。剣士になって良かったこととか、何でもいいんですけど」
「そうだなぁ……思っていたよりも死にかけることが多い、だな」
「え」
凍りついたイアンをよそに、剣士たちが口々に口を開く。
「特に第三部隊にいた時はきつかったよなぁ。俺は入院二回で済んだけど」
そう言ったのは顔に大きな傷痕のある男。
「あれだろ? オークにぶん投げられて、粉砕骨折」
「俺は人狼を相手にした時、腹から腸を引き摺り出された時はさすがにもうダメかと思ったわ」
「あと遠征も地味にしんどいよな。馬車で二日、三日ならまだしも、一週間とか」
「足場の悪い雪山もあったよな」
そんな事もあったよなー、と笑う金髪の男。
剣士たちの昔話に花が咲くにつれ、どんどんとイアンの顔色が青ざめていく。
「今回の練習生は全部で二十人だろ? 外部からくる奴も合わせて、入隊試験を受けるのは五十人くらいか。まぁ、三十人は受かると思うぜ」
「その……根拠は……?」
聞かなくても答えはわかったが、聞かずにいられないイアン。
「三十人は死んだからだ。減った駒は補充しねぇとな?」
やっぱり、とイアンは絶句する。
就職活動に失敗したからと、軽い気持ちで剣士の練習生になってみたものの、稽古の辛さにニヶ月で嫌気がさした。そこからなんとか自分を騙し騙しここまで来たが、今は猛烈に後悔している。
「それで、そっちのガキは何の冗談だ?」
筋肉隆々のスキンヘッドが、ウィルに視線を向けた。
ウィルは馬車の窓からぼんやりと外を眺めたまま、返事をしない。隣に座っていたアイザックが、肘でウィルを小突いた。
「おい、クソガキ。指名されてんぞ」
「新人をビビらせて楽しんでるような奴らのことなんかほっとけ」
「おま……っ!」
慌ててアイザックは両手でウィルの口を押さえ付ける。
「す、すみません! こいつ、礼儀とか常識を母親の胎内に忘れてきたみたいで!」
「ふぬーっ!」
「ちっ。今年の練習生にガキが紛れ込んでるって噂は聞いてはいたが、実地訓練までノコノコやってくるとはな」
「ガキのお守りなんかまっぴらゴメンだからな。せいぜい泣き出さないよう、あんたら練習生がおんぶでもしてやれよ」
「あ、あ、あの! でもこの子、一応根性があるっていうか、そこそこ強いんじゃないかなぁって、俺たち練習生の間では一目置いてるんですよ! な? アイザック!」
「はっ。口の悪さと素行の悪さと不遜な態度には一目置いて……で、でべぇっ! ぐびをじべるな!」
押さえつけた口を放さないアイザックの首を、ウィルが締め上げる。
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
アイザックの手を振り解き、ついでに首を絞めていた手も放す。
「年齢なんかどうでもいいじゃねぇか。要は魔物を殺すか殺されるか、それだけだろ」
「肝が座ってやがる」
筋肉男がニヤリと笑う。
「お手並み拝見といこうじゃねぇか」




