魔剣士
「鬼火の火力じゃねぇだろ!?」
小さな手のひらサイズの鬼火が、あり得ないほどの炎を吐き出しているのだ。
ウィルはその小さな的を狙って剣を振り下ろす。
だが、鬼火はピタリと炎を吐くのを止めると、高速で動いてウィルの斬撃から逃れた。
「洞窟の外に出したら山火事になるわ!」
「そんな事言ったって、速すぎて斬れな……ぅおっ!?」
捉えきれない速さで逃げていた鬼火は、ウィルに向かって炎を吐き出した。
外に逃げて木々に燃え移ると大惨事になる。ウィルは洞窟の中に逃げ込んだ。
「ウィル、駄目! 中にもまだいるの!」
洞窟の奥から、肌を焼く熱気と共に鬼火が二匹姿を現した。
ーー挟まれた。
リズがウィルの後の鬼火に刀で斬りかかるが、刀身が届く前に避けられてしまう。
「ウィルが丸焼けになっちゃうー!」
ラリィが悲鳴を上げたと同時。
ドンッ!
と、短い音と共に、稲妻が鬼火に直撃した。
鬼火が纏っていた青白い炎は消え失せ、ごろんと地面に転がり落ちる。
「何だ? ……魔法……?」
更に続いて二回。
小さな落雷の衝撃を受けて、次々と鬼火が撃ち落とされる。
「……無事か?」
静かな男の声。
ウィルは知らない、しかしリズとラリィはよく知っている声だ。
「ゼン!」
洞窟の脇に、男が立っている。
ラリィにゼンと呼ばれた、癖毛混じりの男である。
「助かったよ、ゼン。ありがとう」
「ん……」
ゼンはリズに小さく頷いてから、洞窟の中に入った。
口の中で小さく何かを唱えると、彼の手の中に明るい光の球が出現する。
「ゼン……魔剣士の?」
「……」
ウィルの呟きに、ゼンは目だけを動かしてウィルを見た。しかし何かを言うことはなく、地面で焼け焦げている鬼火に光を翳す。
「……ただの鬼火、だな」
「見た目はね。でも、火力とスピードが異常だわ」
「……」
無言で鬼火を観察するゼンに、ウィルが一歩近付いた。
「あの、ありがとう……ございました。丸焼けになるところでした」
「……」
「えっと、ゼン先輩……ですよね? 俺、この前この班に配属されたウィル、です」
「……」
「入院してたって聞いて……もう大丈夫なんスか? なんか、毒にやられたとかって」
「……?」
「?」
「……」
「……」
沈黙に耐えかねて、ウィルはラリィのところへ向かった。
「おいぃぃ!? なんだよ、あの人! 全っ然喋らねぇじゃん! 俺の声、聞こえてる!?」
「ちょっと人見知りしてるのかもしれねーな。でも大体あんな感じだから大丈夫だぞ!」
「……毒、とは、食中毒のことか……」
ややあって、何かを思いついたように言ったゼンの隣で、リズがおかしそうに笑いを堪えている。
「おー、それそれ! ウィルの入隊式の前日、ナマモノ食って病院に運ばれたんだよな!」
「あれは……死ぬかと思った……」
「王様にもゼンはどうしたのかって聞かれたのだけど、さすがに生牡蠣に当たったとは言えなかったわ」
「な、生牡蠣……」
ウィルの中で、希少で最強の魔剣士のイメージがガラガラと崩れていく。
「退院当日……部隊長が、お前たちが心配だから追って合流しろと言われて来たが……」
ゼンは静かに目線をウィルに向ける。
「さっきのあの男……誰だ?」
そう言われてウィルは、静まっていた感情が再燃した。
「そうだ、あいつ……っ! あの男、どこに行ったかわかりますか!?」
「……消えた」
「どこに!?」
「言葉通り。空間に溶けるように……消えた」
「あの男って?」
ラリィが尋ねる。
「あいつが俺の親を殺した犯人かもしれねぇんだ! 早く見つけなきゃーー」
「ちょっと待って。ウィル、落ち着いて」
リズがウィルの背中に手を添える。
「ゼン。姿を消す魔法というのは可能なの?」
「……理論上は。しかし……それが出来る人間は聞いたことがない」
「なら、普通の人間ではないわね。だったら今、私たちがその男を探し出せるとは思えない」
「けど……!」
リズは静かに首を横に振る。
「それからこの洞窟の奥。何かの実験をしていたみたい」
「魔物の実験って感じだったぞ。魔物の死体とか、何かの液体とか。檻もあって、色んな魔物が閉じ込められてた」
「周辺にいた魔物たちの出所は、十中八九ここね」
「魔物の実験……」
ウィルの脳裏に、さっきの男の言葉が蘇る。
「ここにあるのは、失敗作だって言ってました」
ゼンは洞窟の奥をじっと見据えた。
ーー魔力を持つ者は、他者が放つ魔力が視える。視え方は色や大きさ、抽象的な何か……とにかく人それぞれ違って、様々な視え方をする。ゼンの場合はなんとなく感じる程度。
「消えた男と……この奥。同じだな……」
ロックウェル・バレーに到着した時、ゼンはこの妙な魔力を感じ、それを辿ってここへ来たのだ。
「一度アトレストに戻って、部隊長に報告するわ。今は深追いしたくない。いいわね?」
「……はい」
絞り出すように返事をするウィル。
ゼンはそんな彼の頭にポン、と手を置いた。
「俺は、ゼン=ハーニアス。お前の話は……部隊長から、聞いている」
淡々と、表情を変えることなく喋る。
「……あの男の気配は覚えた。焦らず、待て」




