23.魔剣士
「鬼火の火力じゃねぇだろ!?」
小さな手のひらサイズの鬼火が、あり得ないほどの炎を吐き出しているのだ。
ウィルはその小さな的を狙って剣を振り下ろす。だが鬼火はピタリと炎を吐くのを止めると、高速で動いてウィルの斬撃から逃れた。
「洞窟の外に出したら山火事になるわ!」
「そんな事言ったって、速すぎて斬れな……ぅおっ!?」
捕らえきれない速さで逃げていた鬼火は、ウィルに向かって炎を吐き出した。
外に逃げて木々に燃え移ると大惨事になる。ウィルは洞窟の中に逃げ込んだ。
「ウィル、駄目! 中にもまだいるの!」
洞窟の奥から、肌を焼く熱気と共に鬼火が2匹姿を現した。
ーー挟まれた。
リズがウィルの後の鬼火に刀で斬りかかるが、刀身が届く前に避けられてしまう。
「ウィルが丸焼けになっちゃうー!?」
ラリィが悲鳴を上げたと同時。
ドンッ!
と、短い音と共に稲妻が鬼火に直撃した。
鬼火が纏っていた青白い炎は消え失せ、ごろんと地面に転がり落ちる。
「何だ? ……魔法……?」
更に続いて2回。
小さな落雷の衝撃を受けて、次々と鬼火が撃ち落とされる。
「……無事、か?」
静かな男の声。
ウィルは知らない、しかしリズとラリィはよく知っている声だ。
「ゼン!」
洞窟の脇に、男が立っている。
ラリィにゼンと呼ばれた、癖毛混じりの男である。
「助かったわ、ゼン。ありがとう」
「ん……」
ゼンはリズに小さく頷いてから、洞窟の中に入った。
口の中で小さく何かを唱えると、彼の手の中に明るい光の球が出現する。
「ゼン……魔剣士の?」
「……」
ウィルの呟きに、ゼンは目だけを動かしてウィルを見た。しかし何かを言うことはなく、地面で焼け焦げている鬼火に光を翳す。
「……ただの鬼火、だな」
「見た目はね。でも、火力とスピードが異常だわ」
「……」
無言で鬼火を観察するゼンに、ウィルが1歩近付いた。
「あの、ありがとう……ございました。丸焼けになるところでした」
「……」
「えっと、ゼン先輩……ですよね? 俺、この前この班に配属されたウィル、です」
「……」
「入院してたって聞いて……もう大丈夫なんスか? なんか、毒にやられたとかって」
「……?」
「?」
「……」
「……」
沈黙に耐えかねて、ウィルはラリィのところへ向かった。
「おいぃぃ!? なんだよ、あの人! 全っ然喋らねぇじゃん! 俺の声、聞こえてる!?」
「ちょっと人見知りしてるのかもしれねーな。でも大体あんな感じだから大丈夫だぞ!」
「……毒、とは、食中毒のことか……?」
ややあって、何かを思いついたように言ったゼンの隣で、リズがおかしそうに笑いを堪えている。
「おー、それそれ! ウィルの入隊式の前日、ナマモノ食って病院に運ばれたんだよな!」
「あれは……死ぬかと思った……」
「王様にもゼンはどうしたのかって聞かれたのだけど、さすがに生牡蠣に当たったとは言えなかったわ」
「な、生牡蠣……」
ウィルの中で、希少で最強の魔剣士のイメージがガラガラと崩れていく。
「退院当日……部隊長が、お前たちが心配だから追って合流しろと言われて来たが……」
ゼンは静かに目線をウィルに向ける。
「さっきのあの男……誰だ?」
そう言われてウィルは、静まっていた感情が再燃した。
「そうだ、あいつ……っ! あの男、どこに行ったかわかりますか!?」
「……消えた」
「どこに!?」
「言葉通り。空間に溶けるように……消えた」
「あの男って?」
ラリィが尋ねる。
「あいつが俺の親を殺した犯人かもしれねぇんだ! 早く見つけなきゃーー」
「ちょっと待って。ウィル、落ち着いて」
リズがウィルの背中に手を添える。
「ゼン。姿を消す魔法というのは可能なの?」
「……理論上は。しかし……それが出来る人間は聞いたことがない」
「なら、普通の人間ではないわね。だったら今、私たちがその男を探し出せるとは思えない」
「けど……!」
リズは静かに首を横に振る。
「それからこの洞窟の奥。何かの実験をしていたみたい」
「魔物の実験って感じだったぞ。魔物の死体とか、何かの液体とか。檻もあって、色んな魔物が閉じ込められてた」
「周辺にいた魔物たちの出所は、十中八九ここね」
「魔物の実験……」
ウィルの脳裏に、さっきの男の言葉が蘇る。
「ここにあるのは、失敗作だって言ってました」
ゼンは洞窟の奥をじっと見据えた。
ーー魔力を持つ者は、他者が放つ魔力が視える。視え方は色や大きさ、抽象的な何か……とにかく人それぞれ違って、様々な視え方をする。ゼンの場合はなんとなく感じる程度。
「消えた男と……この奥。同じだな……」
ロックウェル・バレーに到着した時、ゼンはこの妙な魔力を感じ、それを辿ってここへ来たのだ。
「一度アトレストに戻って、部隊長に報告するわ。今は深追いしたくない。いいわね?」
「……はい」
絞り出すように返事をするウィル。
ゼンはそんな彼の頭にポン、と手を置いた。
「俺は、ゼン=ハーニアス。お前の話は……部隊長から、聞いている」
淡々と、表情を変えることなく喋る。
「……あの男の気配は覚えた。焦らず、待て」




