24.最後のメンバー
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アトレストに戻ると、リズは伝話でグリーンヒルに今回の件を報告した。
――伝話とは、伝話士と呼ばれる魔法士が扱う装置のことで、伝話から離れた場所にある別の伝話に、声を届けることができるものである。
状況が特殊であることから、第三部隊長補佐を含む別班も派遣されることになり、直接現場への案内や説明、残った魔物の駆除を行うこととなった。
すべて終えてグリーンヒルに戻ったのは、十日後の夕刻のことだった。
「戻ったか。ご苦労だったな」
寮に戻る前に訓練場に呼び出されたウィル、リズ、ラリィ、ゼンの四人を迎えたのは、第三部隊長ライトだった。
「今日は早く休んでもらうつもりだったが、ようやく全員揃ったので顔合わせをしようと思ってな」
ライトがそう言うと、後ろに控えていた男が一歩前に出てきた。
歳はゼンと同じ二十歳頃。黒髪の長身の男である。身長は高いが、ウィルが実技試験で戦った『筋肉ハゲ』のような威圧感はない。無駄な筋肉をつけていないからだろう。切れ長の目をした整った顔立ちで、キリーがイケメンと称したのも頷ける。
「セイル! 会えなくて寂しかったぞ♡」
「俺はお前らがいなくて静かで快適だった」
ラリィの言葉に、セイルは気怠い声で答えた。
「腕はどう? 後遺症はない?」
「問題ない。入院までさせて、大袈裟すぎる」
「馬鹿者! バジリスクの猛毒は普通なら死んでおるところだ!」
部隊長に怒鳴られて、セイルは不服そうな顔で口を閉ざす。
「バジリスクって、ちょこまかと動くだろ? 追いかけるのが面倒だからって、わざと腕に噛みつかせたんだよ」
「……マジかよ」
ラリィの説明に絶句するウィル。バジリスクの猛毒が致死性であることは、誰でも知っている。捕まえるためにわざと噛まれるなど、あり得ない話だ。
「……無茶な戦い方ばかりするから、毒の抗体ができているらしい……信じられない阿呆だ」
ポツリポツリと静かな声で話すゼン。
「俺の話はどうでもいい。本当に顔合わせがしたかっただけではないんだろう」
「ああ」
ライトはウィルに目線を向けた。
「報告に上がっていた黒ずくめの男だが……法紋に一致する人物はいなかった」
法紋とは、指紋のようなものだ。個々が持つ魔力には微妙な違いがあり、まったく同じ魔力を持つ人間は存在しない。それを法紋と呼ぶ。魔法士が魔法を使えば、数日間はその場に目には見えない法紋が残り、特殊な方法でそれを採取することができる。イシュタリア王国では、魔力を持つ者が生まれた時に出生届と一緒に法紋を登録する義務がある。
「ウィル。本当にお前のご両親を殺した犯人だったのか?」
「わかんねぇけど……そんな口ぶりだった」
首に下げたネックレスに指先で触れる。
「この指輪を、もう少し俺に預けておくとも言ってた」
両親を殺したかもしれない犯人。それに対する怒りはもちろんあるが、あの男は何者なのか、なぜこの指輪を奪おうとしたのか……わけがわからないことへの苛立ちの方が強い。
「その指輪は、どういった物なんだ?」
「どういったって……別に、ただの指輪だよ。十歳の誕生日に親がくれた物で、肌身離さず着けてろって」
ライトがゼンに目線を送ると、ゼンはその指輪に指先を当てた。
「……特に、何も感じない」
魔力が込められた魔道具というわけではなさそうである。
「……」
「どうしたの、セイル?」
「いや……」
じっとウィルの指輪を見ているセイルに、リズが声をかけた。セイルは何か言おうと口を開きかけたが、やめた。こめかみを押さえて大きく舌打ちする。
「……頭が痛い。ニコチンが切れた」
ライトは少し考えるような仕草をした後、口を開く。
「現状、その男の顔がわかるのはウィルとゼンだけだな。ウィルの話からすれば、また接触してくる可能性もある。見つけたら必ず報告しなさい」
「……はい」
「言われなくても」
できることならば、自分の手で捕まえて本当のことを話させたいと思う。
「例の洞窟では魔物を融合させて、合成獣を創っていたようだ。火力の強い鬼火など、そうやって創り出したのであろう。常軌を逸している。気をつけろ」
☆
「リズ」
ウィルたちと別れ女子寮に向かう途中で、リズは背後から呼び止められた。
リズは足を止め、思い切り顔をしかめる。
(疲れている時に聞きたくない声だわ……)
しかし振り返った時には、穏やかな笑みを浮かべてみせた。
「はい。何か御用でしょうか、第一部隊長」
ブラッドフォードは小さく鼻で笑う。
(本当に、剣士にしておくのが勿体ないくらいいい女だな)
「遠征に行っていたと聞いたが」
白々しい、とリズは胸中で悪態をついた。
「今戻ったところです」
「それはご苦労だったな。本部所属の第三部隊は、遠征が多く大変であろう?」
「いっそ支部に配属された方が楽かもしれませんね」
こうやって一々この男に絡まれなくて済むのだから。
「遠征先はアトレストだったか? 温泉は楽しんだか?」
ブラッドフォードの手が伸びてきて、リズの髪に触れた。リズは鳥肌が立つのを我慢して、なんとか笑顔を保つ。
「すみません。疲れているので――」
「意地を張らず、いい加減うちへ来い」
立ち去ろうとしたリズの手を掴み、腰を引き寄せるブラッドフォード。
「第一部隊にいれば遠征で疲弊することも、危険な現場へ出ることもないのだ」
「それは以前もお断りしたはずです」
「お前はそれでいいかもしれないが、お前のチームメイトも、どんな僻地へ向かわされるかわからんぞ」
(あぁ、面倒くさい……)
これ以上、どう穏便に済ませればいいのかわからない。第一部隊に行きたくはないが、こうやって遠回しに嫌がらせをされるくらいなら、もういっそのことそういう関係になった方が楽かもしれないとさえ思う。
「私は――」
「リズせんぱーーーい! リズせんぱーーーい!!」
遠くからウィルが大声を上げて走ってきた。ブラッドフォード
慌ててリズから離れる。
「……ちっ」
「リズ先輩! ちょっとわからない事があって! ホント、めっちゃわからなくて、今すぐ教えて欲しいんです!」
「え? な、何?」
「ここじゃアレなんで。あ、リズ先輩借りますね。失礼しまーす!」
ブラッドフォードの返事も聞かず、ウィルは半ば強引にリズの手を引いてその場を離れた。
「性格が悪いだけじゃなくて、クソエロジジィじゃねぇか」
「ウィル……」
「いくら権力持ってても、今のは殴っていいでしょう。セクハラですよ、セクハラ!」
「気持ち悪かったよね」
「ゲロ吐くかと思いました!」
リズは思わず笑う。リズの笑顔を見て、ウィルも笑った。
「ありがとう、ウィル」
「リズ先輩には何度も助けてもらってるんで。また絡まれそうになったら、いつでも呼んでください」
「……私のせいで、嫌な仕事ばかり振り分けられるかも」
「そんなの、リズ先輩のせいじゃなくて、あいつの腐った性格のせいじゃないですか。どうします? うちの部隊長に言いつけてやりましょうか?」
リズは静かに首を横に振った。こんなことで部隊長の手を煩わせたくはない。
薄闇に染まっていく空を見上げて、リズは大きく息を吸った。
「大丈夫。泣き寝入りするほど弱くはないから」
「それはそっか」
ただの女ではないのだから。
「リズ先輩って、なんで剣士になろうと思ったんですか?」
ふと頭に浮かんだ疑問。ウィルが言うのも変だが、リズはまだ若い。ましてや女が剣士を目指すのは珍しい。リズはウィルを振り返って、人差し指を口元にあてた。
「内緒」




