キリー
昼過ぎ、一度リズと合流したウィルたちは、オーガのことを彼女に報告した。
「普通の剣では斬れないオーガねぇ……」
見通しの良い川辺で昼食のサンドイッチを齧るリズとラリィ。
ウィルの二日酔いは大分マシにはなったものの、まだ食欲はない為水だけで済ませた。
「昔親父が倒したオーガは、斬れないほど硬いってことは無かったと思うんですけど」
「そうね。そんな話は私も聞いたことがないわ」
リズは地図を見る。
昨日調査したのは南北に流れるこの川沿い。生息するはずのない弱った魔物が多くみられた。
先ほどリズが調査に行ったのは、川の東側の登山道付近。川から離れるほど魔物は衰弱している様子がみられ、既に死んでいるものもいた。
そしてウィルたちがオーガに遭遇したのは、川の西側。
「……そっちの方が当たりかもね」
「じゃあコレ食ったら、もうちょっと調べてみるか」
ラリィに言われて、リズは折れたウィルの剣を手に取った。これでは使い物にならない。
「街に戻れば予備があるけれど、どうする?」
「まぁ……こっちでなんとかやってみます」
ウィルは左手の紋章を指差した。守護剣は大き過ぎて使いにくいが、使えないことはない。
「あ。ちなみになんですけど、ソレみたいに守護剣が折れたり傷付いたりした場合、キリーに何か影響とかってあるんですか?」
「守護剣は傷付かないし、刃こぼれもしないはずよ。だから影響はないと思う」
「キリー? キリーって?」
二人の会話を聞いていたラリィが首を傾げた。
そう言えば精霊の話は他言無用だったーーと、ウィルは内心で焦る。
それを察して、リズは小さく笑った。
「班の中でなら大丈夫。私の村雨も、ゼンのシュイ=メイのことも知っているから」
「それなら……」
ウィルは手の紋章からキリーを解放する。
「あら? ラリィくん! 久しぶりー!」
「おぉ! キリーじゃん! キリーって、このキリーの話? え? 精霊? どゆこと?」
「顔見知りなのか?」
親しげな様子のキリーとラリィ。
「ラリィくんとは友達なの。予定通りリズちゃんたちと同じ班に配属されたのね、ウィル。うふふ♡」
何やらニコニコと嬉しそうにキリーは笑う。
「ウィルは可愛くてカッコいいしー、リズちゃんは綺麗だし、ラリィくんもゼンくんもセイルくんもイケメン♡ ……過去最高の完璧な班じゃない!?」
「キリーはとにかく、顔がいいのが好きなのよ。城や訓練場に顔を出しては、お気に入りを見つけて声を掛けていたからね」
「はぁ……?」
「ラリィくんとセイルくんも、私のご主人様になってもらおうかなって悩んだのよ。でもラリィくんは剣の使い方がちょっとアレだったし、セイルくんは少しだけ怖かったから……ウィルまで待って正解だったわー♡」
「そっか。キリー、守護剣の精霊だったのか。匂いがしねーなって思ってたんだよなぁ。あ、ホントだ。幽霊みたい」
キリーの腕に触れようとして空振りする自分の手を、楽しそうに見るラリィ。
「ねぇ、ここはどこ? グリーンヒルじゃないわね?」
「ロックウェル・バレーだよ」
見渡す限りの大自然。キリーの顔が生き生きとする。
「二十三年間グリーンヒル城の周りから離れられなかったから、すっごく新鮮!」
主を持たない守護剣は、城の武器庫の中に保管されていた。その間キリーはある程度自由に外を行き来していたが、守護剣から遠く離れることは出来なかったのだ。
「綺麗な川ね」
ニコニコと川の水を覗き込むキリー。その顔と、水面には映らない彼女の姿をウィルは交互に見遣る。
「本当にフツーの女だな」
「ん?」
「……なんでもねぇ。じゃあキリーは、俺がいる場所から離れられないってこと? 俺が呼び出さない間はどこにいんの?」
「ウィルから離れられるのは大体半径二キロくらいまでかな。その紋章の中にいる時は、何もない真っ暗なところで大体寝てるわ。だから、時々こうやって封印を解いて呼び出してね」
「ふぅん」
何もない真っ暗なところで寝ているーー何でもないように言ったキリーだが、それはとてもつまらないのではないだろうかと、ウィルは思う。
「それから、私と剣は同時には出せないから気を付けて」
キリーは視界の端にゴブリンを見つけて、自ら紋章の中に姿を消した。
ウィルは守護剣を手中に収めると、その大剣で魔物を斬る。
リーチが長くて距離感が掴みにくい。だが、面白いほど斬れる。
「大剣だとは聞いていたけど、本当に大きいわね……」
「ウィルの方が剣に振り回されてるように見えるもんなぁ」
驚嘆するリズと、楽しそうに笑うラリィ。
「それじゃあ、あっちの方の探索に行きましょうか」
 




