ようこそ愛の巣へ
入隊式は簡単に終わった。
元帥からの短い挨拶と、各部隊長の紹介。その際に第一部隊長ブラッドフォードがウィルを睨むような目で見ていたような気がしたが、ウィルは気付かないふりをした。
新たな剣士十八名に記章が手渡され、そこで所属先も言い渡された。
「ウィル=レイト。第三部隊一班」
ラリィが言っていた通りで、内心ガッカリする。願わくば、ただの通りすがりの変な人であって欲しかったのに。
残りの十七名は、ことごとく第三部隊の地方支部に配属された。
「グラウンドに各自配属先の班長が待機している。後は班長の指示に従うこと。では━━解散」
第三部隊長ライトの号令で、それぞれがグラウンドに向かって歩き出す。
「ウィル=レイト」
訓練場の出口で、ウィルはブラッドフォードに呼び止められた。
「守護剣士に選抜されたそうだな」
「……はい」
魔物と化したカストと受験生を戦わせたことで、ウィルはこの男に淡い嫌悪感を抱いていた。短い返答にその色はわずかに隠しきれておらず、ブラッドフォードの眉がピクリと跳ねる。
「実技試験は見事であったが、あまり調子に乗るなよ。ただでさえ守護剣士が子供ということで、その価値が汚されたのだ。せめて素行には気をつけろ」
棘のある言い方に、なぜ先ほどから彼が自分を睨んでいたのか理由がわかった。
ウィルが守護剣士になったことが、気に入らないのである。
(部隊長の肩書きを持った大人がダセェな)
心に思ったことをそのまま口に出そうとした時、ウィルの右手が誰かに引かれた。汗臭い訓練場には似合わない石鹸のいい匂いが、ウィルの鼻腔に届く。
「お話し中失礼します。彼に書いてもらう書類が沢山あるので、もういいですか?」
「あ……リズさん」
「……行け」
ブラッドフォードは苦い顔で片手を振る。
リズはウィルの手を握ったまま小さく頭を下げて、訓練場を出た。
「権力を持った相手には、下手に口答えしない方がいいよ」
不貞腐れた顔のウィルに、リズは笑いかける。
「第三部隊部隊一班へようこそ、ウィル。私が班長のリズ」
「あんた……あ、いや、リズさんが?」
「まずは寮に案内するね。付いて来て」
これはウィルにとって嬉しい予想外だった。リズとはこの間会ったきりだが、嫌な感じのしない人だと思っていた。
女だが、カストとウィルの間に一瞬で入り込んだ瞬発力と、急所を一撃で捉えた正確さは見事だった。守護剣士ということはやはり剣の腕もいいのだろうし、何よりも優しくて美人だ。
「あそこに見えるのが男子寮。こっちが女子寮。どちらも基本的に、異性や部外者の立ち入りは禁止」
リズが指をさしたのは、三階建ての大きな建物が三棟と、二階建てが一棟。低い方が女子寮である。
「向かって一番右の男子寮の一階が食堂。ここは食券を買えば誰でも食事ができるの。唐揚げが美味しいから、今度試してみてね」
「はい」
ニッコリと笑うリズに、少し赤い顔で頷くウィル。
「ウィルの部屋はその棟の一番上。今日は特別に中まで案内するわ」
寮の入り口で管理人と思しき男とやり取りをした後、リズは男子寮の中に入って行く。
「そう言えば、あれから守護剣は出してみた?」
寮の廊下を歩きながらリズが尋ねた。
薄暗くて古い練習生の宿舎とは違い、しっかりとしたコンクリートの壁は白くて明るい。掃除も行き届いていて、清潔だ。
「いや、なんか……よくわからなくて」
色々なことが同時に起きすぎていて考える余裕がなかったことに、ウィルは今更気付く。そう言えば、一体キリーはどこへ消えたのだろうかと、ふと頭をよぎった。
「そうよね。落ち着いたらコツを教えてあげる。……早く出してあげないと、怒っていそうだし」
「?」
リズの言葉の意味がよくわからず、ウィルは首を傾げた。
「それから、先にひとつ謝っておくね」
「なんですか?」
部屋に着いたのであろう。リズはひとつのドアの前で足を止めた。
「この寮、ふたり部屋なの。基本的に班のメンバーと同室なんだけど……ごめんなさい。私は一応反対はしたのよ」
言いながら部屋のドアを開ける。
それと同時に、パンッと何かが勢いよく破裂する音がして、ウィルの目の前にカラフルな紙吹雪が舞った。
「いらっしゃーい♪ ようこそ、オレたちの愛の巣へ!」
部屋の中にいたのは、パーティー用のクラッカーを構えたラリィの姿だった。
「嘘だろ……」
頭を抱えて床に崩れ落ちるウィル。
「あれ? 既に顔見知り?」
「リズ♡ 男子寮にリズがいるなんて、なんかイケナイ感じだなぁ」
「……ラリィ。私の質問に答えなさい。既に顔見知りなのか、って聞いてるの」
ウィルはぎょっとしてリズを見上げた。今のセリフとドスのきいた低い声は、リズの口から出たものなのだろうか。
「だって、どんな奴なのか待ちきれなかったんだもん」
「ウィルに何をしたの? どう見てもあんたと同じ部屋でショックを受けてるんだけど? あんたとの初対面はインパクトがあるから、絶対にひとりで会いに行くなって言ったよね?」
「何もしてないって。道案内してやろうか、って声を掛けただけし」
「ウィル、本当に何もされなかった? こいつ異常に小さい子供が好きだから心配なんだけど……」
「オレは小さくて可愛い、リボンの似合う女の子が好きなだけだぞ」
「気持ち悪い……っ」
さっきまでの女神のようなリズはどこへやら、吐き捨てるように言ったその目は、心の底から軽蔑しているそれだ。
「とにかく、こいつに何かされたらすぐに私に報告してね」
「は、はい……」