14.葬儀
━━それから部屋の中で、ウィルは剣士隊の細かな規則や仕事内容の説明を受け、必要な書類にサインをした。
グリーンヒルに拠点を置く第三部隊は、一班から十班までの約五十名で構成されている。主な仕事は、第二部隊の管轄であるグリーンヒル近郊から、さらに外にいる魔物の討伐。あるいは、援軍要請があれば支部隊に合流することもある。
「出動命令がなければ、トレーニングや講義や事務作業、って感じかな。ここまでで何か質問はある?」
「一班のメンバーは、この三人だけなんですか?」
「あぁ、そうだった。それを忘れてたわ」
苦笑するリズの横から、ラリィがひょこりと顔を出す。
「隣の部屋に、ゼンとセイルって二人がいるんだ。二人ともすげーいい奴ら! ゼンも守護剣士なんだぞ」
「三人目の守護剣士……」
確か魔剣士だとカストは言っていた。魔法も扱える剣士はとても希少なのだと。
「でも二人とも入院中。セイルはこの間の討伐中にケガして、一週間は病院から出てこれないんだってさ。ゼンも昨日なんとかって毒にやられて入院しちゃって。明後日退院だっけ?」
頷くリズ。
「だから今日は直接会わせてあげられないんだけど、少なくともこの馬鹿よりはマトモな人たちだから安心して」
「そ。オレより断然マシだからな!」
なぜか自信満々に胸を張るラリィに、ウィルは一抹の不安を覚える。今日から本当に、この男とここで共同生活をしなければならないのだろうか。
「一応確認なんですけど、寮を出て一人暮らしっていう選択肢は……?」
「残念ながら、入隊して三年間は原則寮生活よ」
「本当に残念です……」
リズの返答に、がっくりと項垂れるウィル。
「どうしたぁ? 元気出せよ! だいぶ遅くなったけど、昼飯食いに行くか。オレ、先輩だから奢るぞ!」
「行かねぇよ。荷物の整理とかしたいし、放っといてくれ」
「手伝おうか?」
「いらないって!」
リズは苦笑いを浮かべながら二人のやり取りを眺めていたが、ふと時計に目を向け、時刻を確認した。
「ウィル。今日は葬儀があるんじゃなかった? 時間は大丈夫?」
「葬儀って、例の練習生の? 今日なのか?」
アイザックとカストの話は、剣士隊の中でも既に有名になっていた。
「あー……」
アイザックの葬儀。あと少しで始まる時間だ。
「大丈夫です。行かないんで」
「行かないの?」
リズは意外そうに瞬きした。
「……そういう辛気臭いの、嫌いだし」
「そう……」
それ以上リズは何も言わなかった。ウィルと亡くなった練習生がどんな関係だったのか知らないし、無理強いすることでもない。
だが。
「行かなきゃダメっしょ」
ラリィがきっぱりと言い放つ。
「練習生の間、一緒に過ごした仲間なんだろ? ちゃんとお別れしないと」
「いいって。そういうの、うざい」
「うざくてもいい!」
そう言ってラリィは、ウィルの手を引っ張って立ち上がらせた。ウィルはその手を乱暴に振り払おうとしたが、意外なほどの力で掴まれていて解けない。
「ちゃんと気持ちに整理をつけるためにも、葬儀には行くんだ。別れの挨拶だけでもいいし、感謝の言葉でもいいし、とにかくなんでもいい。相手の顔を見て、言いたいことが言える最後のチャンスなんだぞ!」
「……」
言いたいことなら山ほどある。だけど、棺に入った姿など見たくはない。それを見たら、きっとまた――
「え、ちょっ、何やってんだ!?」
気づくとウィルの両手と両足が、赤いリボンで縛られていた。
「リズ。葬式の場所は?」
「練習生の宿舎の近くの教会」
「よし。じゃあ、行くぞ!」
「はぁ!? 行かないって言って……」
ラリィはひょいっとウィルを肩に担ぎ上げ、部屋を飛び出していった。その後ろ姿を見送るリズは、呆れた顔で小さく息を吐く。
「……ホント馬鹿」
⭐︎
「ふざけんなっ! 今すぐ降ろせ!」
「降ろしたら行かないって駄々こねるだろ?」
ウィルは担がれたまま全力で身をよじって抵抗するが、ラリィは頑なにウィルを放そうとしない。
「ガキ扱いするな!」
「葬儀に行きたくないなんて、ガキの言うことじゃん」
「……っ」
言葉に詰まるウィル。
「十四歳だっけ? 何をそんなに背伸びしてんのか知らねーけど、お前はまだガキなの。オレだってまだまだガキだし。ガキはガキらしく、辛い時は泣いて、楽しい時は笑えばいーんだよ」
「くっそ……っ!」
これ以上反論すればそれこそみっともない子供のようで、ウィルは口を閉ざした。
「それにしてもお前、軽いなぁ。ちゃんと飯食ってんのか? あ、背が低いからか」
「……あとでリズ先輩に、セクハラされたって言いつけてやる」
「お。いいね『リズ先輩』! オレも先輩って呼んでよ」
「死んでも呼ばねーよ!」
ウィルは担がれたまま、緩やかな坂道を下っていく。そのうち住宅街に入り、繁華街に出るだろう。そうなれば必然的に人目も増える。
「……ちゃんと行くから、降ろせよ」
「逃げないって約束するか?」
「するから!」
ウィルを地面に降ろし、手足のリボンを解いていくラリィ。そんな彼を、ウィルは奇妙なものを見るような目で見つめた。
両親の葬儀の時ですら、ここまで強引なことはされなかったというのに、この男はメチャクチャだ。隙を見て逃げ出したとしても、絶対に追ってくるだろうという恐怖すら感じる。
観念してウィルは、教会に向かって歩き出した。
――本当に葬式に出るつもりはなかったから、ウィルの服はそのままだったし、遺族にかける言葉も用意していなかった。
アイザックに言いたいことは山ほどある。しかしきっと、こういう場所で言うような言葉ではないのだろう、とウィルは思う。
今までありがとう、とか。ずっと忘れない、とか――そういうことを言うのがセオリーなのだろうと思うけれど、それは自分自身の言いたいことではない気がした。
だからどうすればいいのかわからなくて、棺の手前で足を止める。
あと一歩進めば、棺の中のアイザックが見える。ウィルは棺から目を逸らすように、その周りにいる人たちへ視線を向けた。
声を上げて泣いているのは、母親だろうか。その肩に手を置いているのは父親だろう。静かに俯く師範や講師たち。陽気で明るい寮母たちも泣いている。練習生たちも赤い目をしていて、第三部隊長ライトの姿もあった。
「ウィル」
ウィルに気づいたイアンが、どこかほっとした顔でやってきた。
「本当に来なかったら恨んでいたところだった。もっと近くまで行ってやれよ」
「いや……俺はここで……」
「ウィル」
背中を押され、一歩前へ進む。アイザックの顔が見えた。静かに瞼を閉じた、白い顔。胸元まで白い布を被せられ、白い献花に囲まれている。
(『ただ寝ているだけみたいだ』ってよく聞くセリフだけど……あれって本当なんだな)
そんなことが頭をよぎった。
「アイザック。やっとお前のライバルが到着したぞ」
イアンが静かに声をかける。
「本当に、馬鹿みたいにウィルをライバル視してたよなぁ。稽古で負けた日は機嫌が悪いのなんのって」
何度も勝負を挑まれた。打ち合い稽古はもちろん、腕立て伏せの回数や、実地訓練で倒した魔物の数。ご飯のおかわりの回数まで競われたことがあった。
「……大人気ねぇんだよ」
ポツリと声を漏らした瞬間、何かが胸の奥から勢いよく湧き上がってきた。両親のことを思い出そうとした時と同じ、喉の奥が痛くなるあの感じ。いつもなら唾を飲み込んで堪えるけれど、顔を見てしまったら、堪えることができなかった。
「いつも絡んできやがって、本当に鬱陶しいんだよ、お前」
今にも起き上がってきて、『鬱陶しいのはてめぇの方だ』とでも言いそうなのに、当たり前だが、アイザックは動かない。
「何とか言えよ! あっさり死んでんじゃねぇよ、ふざけんな! 剣士になるんじゃなかったのかよ! 俺はなったぞ! しかも守護剣士だ! 羨ましいだろ? 悔しいだろ!? だったら早く起きろよ!」
言葉と一緒に、涙が溢れた。
「俺を……っ!」
わかっていた。葬儀でアイザックの顔を見たら、リズの前で泣いた時のように、気持ちが止まらなくなること。でも、もういい。我慢するのはもう疲れた。
「俺をまた独りにするなよ……!」
「ウィル……」
いつの間にかライトがウィルの隣に立ち、その肩に手を乗せていた。
出会った頃のウィルが、ライトの頭をよぎる。両親を失ったばかりだというのに、この少年は泣いていなかった。一度も涙を流さず、両親の葬儀にも出なかったのだと聞いた。暗い目をして、何もかもどうでもいいのだと呟いたあの声が、今もライトの耳に残っている。
「……ウィルを泣かすなんて、最後の最後にアイザックの勝ちだな」
自分も涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、イアンが笑う。
「うるせーよ……」
袖で涙を拭い、ウィルも笑った。そして今度こそしっかりと、アイザックの顔を見つめた。忘れないように。脳裏に焼き付けるように。




