入隊試験⑤
ウィルは引かれるがまま、リズに付いて歩く。
「趣味が悪いにもほどがあるわ。あれが第一部隊長だなんて、信じられないよね」
グラウンドを横切り、資材倉庫の陰にあるベンチまで連れて行く。ここなら人目につかない。
ウィルを座らせて、その隣にリズも座った。
「頑張ったね」
「……っ」
リズの手がウィルの頭に触れると、今まで堪えていたものが一気に溢れ出した。
涙が次から次にこぼれ落ち、嗚咽が漏れる。
リズは何も言わず、ただウィルの頭を撫で続けた。
━━どれくらい泣いていたのか、ウィルはわからなかった。思う存分泣くだけ泣いたら、急にスッキリした。そして、突如として恥ずかしさが込み上げてきた。
「あの……ごめんなさい。えと、俺、すげぇカッコ悪い……」
「私はリズ。よろしくね、ウィル」
ふわりと笑った顔がとても綺麗で、心無しかウィルの顔が赤くなる。
そう言えばこの女、刀を持っていたはず。しかし今ここに、それは無い。カストの胸に刺したままだったのだろうか。
「リズ……さん。まさか剣士じゃないっすよね?」
気恥ずかしさから、自然と敬語になるウィル。
「そのまさか、だけど」
「嘘だろ……」
ふと、カストに聞いた話を思い出した。
「十八歳くらいの美人女剣士……」
強烈に覚えているその特徴。
「……守護剣士?」
リズは自分の右手の甲をウィルに見せた。そこには青色の紋様が刻まれている。それが一瞬白く光ったかと思えば次の瞬間、リズの手に一振りの刀が姿を現した。
ウィルが見た、カストを貫いた刀である。
「これが守護剣? 刀?」
「私の守護剣はね。村雨っていうの。持ってみる?」
「いいんですか?」
少し笑ってリズは刀をウィルに手渡した。
が。
「無理無理無理無理!」
とてもじゃないが、持っていられないほど重い。
ウィルが両手で持ち上げても、地面に落ちた刀を拾い上げることが出来ない。
「守護剣て、所持者以外は持つことも出来ないの。不思議よね」
ひょいと刀を拾うと、また手の甲の紋章を光らせて刀を消した。
「便利ですね、それ。重い剣を持ち歩く必要がなくて」
「まぁね。でも頼りすぎると筋力が落ちちゃうから、気をつけているのよ。ウィルも守護剣、欲しい?」
「そりゃ、まぁ。でも……」
正直、今は剣士になりたいとは思えない。
アイザックもいない。カストもいない。それにまた、誰かを失うかもしれないと思うと、気持ちが鉛のように沈む。
「どこまで行くおつもりですか」
「ここよ、ここ。そこのベンチ」
話し声が近付いてきた。
リズは立ち上がり、その声の主が現れると、頭を下げて一歩横に退いた。
━━グリーンヒル専属剣士隊の元帥。そして彼を案内してきたのは、キリー。
「もう一度確認しますが……正気ですかな?」
「失礼ね。正気じゃないように見える?」
「キリー? あー……えーっと?」
さすがのウィルでも、元帥相手にタメ口をきく気にはなれない。しかしキリーには全く気にする様子はなかった。
「ウィル=レイト、だったな?」
「は、はい……」
元帥はため息をつく。
気が進まない。酷く気が進まない。
しかし元帥には、この決定を覆すことなどできないのだ。
「守護剣がお前を所持者に選んだ」
「はい……?」
「……やっぱり、やめませんか? 十二歳ですよ、まだ子供ではありませんか」
やはり気が進まなくて、元帥はキリーに縋るように言う。
「五年経てば十七歳よ。問題ないわ」
キッパリと言い放つキリーを見て、ウィルはあの日の違和感を思い出した。
初めてキリーに会った時に感じた違和感。その正体が今わかった。
彼女には━━影が無い。地面のどこを探しても、そこにあるはずの影が見当たらないのだ。
「ウィル。これからよろしくね」
キリーが右手を差し出した。反射的にウィルも右手を差し出し、その指先が触れようとしたその瞬間、キリーの体が白く光り、そして消えた。
「ど、どこに……?」
「ウィル」
リズが自分の手の甲の紋様を見せる。ウィルは自分の手の甲に視線を落とした。
リズと同じ紋様が、そこにはあった。
━━史上最年少。十二歳の守護剣士の誕生である。