10.入隊試験④
━━グラウンドの隅。剣士たちに解散しろと追い払われてから、キリーはこっそりと戻ってきていた。物陰から顔だけを覗かせ、グラウンドの様子を窺っている。
「あの人……ウィルと一緒にいた人……」
「キリーの知り合い?」
「うわぁ!?」
突然背後から声がして、キリーは思わず悲鳴を上げた。
「驚かせてごめんね」
「なんだ、リズちゃんか……」
キリーの後ろにいたのは、同じ年頃の女だった。白い肌に、紫色に染めた髪を垂らした美しい女だ。
「あの人……寄生虫に寄生されてる。動いて喋ってるけど、もう手遅れね」
キリーと同じように物陰に隠れながら、リズと呼ばれた女が言った。
「ウィルと同期の練習生よ」
「ウィルって、さっきの男の子?」
「うん」
「そっか……」
キリーとリズは口を閉ざし、ことの成り行きを見守った。
☆
「しししげん゛……試験、を゛はじめ、ま゛ず」
カストは握っていた腕を放り捨て、剣を両手で握った。腕の主から奪ったであろう真剣だ。
武器庫に走った剣士たちは、まだ戻っていない。受験生たちは模造刀しか持っていないが、部隊長たちは真剣を帯剣している。だが第二部隊長と元帥は、まるで何事も起きていないかのような顔で椅子に座り続け、事態を傍観しているばかりだった。
ブラッドフォードも剣を抜く様子はなく、ライトだけがどうすべきか決めあぐねている。ブラッドフォードが指揮を取ると言った手前、勝手なことはできない。
「一応言っておく。逃げたい者は逃げろ」
ブラッドフォードの言葉に、数人の足が動いた。そのほとんどが練習生だった。
「カストさん……アイザック……」
イアンは逃げ出していないものの、その場で泣き崩れている。ウィルもその場に留まったが、まだ理解が追いつかず立ち尽くしているだけだった。
「ブラッドフォード殿。剣士たちが戻るのを待つより、私がやった方が早い」
「それは無論、その通り。だが折角なので、こうしましょう」
ブラッドフォードは残った受験生たちに告げた。
「あれを倒してみろ」
カストがこちらに向かって走り出した。異様に速い足で、外部受験生の一人に迫る。
「くっ!」
躊躇なく振り下ろされた剣を、模造刀で受け止めた。重なり合った剣を弾き返そうと両腕に力を込めるその腕に、首を伸ばしたカストが噛みついた。
「う……うぁぁぁぁ!」
肉を噛みちぎられ、男は模造刀を投げ捨てて逃げ出した。
「腹、へっだな゛ぁ」
別の受験生に視線を向ける。剣を無茶苦茶に振り回しながら、不規則な動きで近づいていく。
「こ、こんなの、倒せるわけないだろ!?」
また何人かが逃げ出した。カストは逃げる者を追う様子はない。
「喉が、かわ゛いだな゛ぁ」
首をあり得ない角度に曲げて、イアンを見る。戦意を喪失したイアンは、模造刀を握ろうとも、逃げ出そうともしない。
「イアン! お前も逃げろ!」
咄嗟にウィルが模造刀を構え、イアンとカストの間に滑り込んだ。カストの剣を受け止める。すると先ほどと同じように、腕に噛みつこうと首を伸ばしてきた。だがその胴体を蹴り、間合いを取る。
「ウィル……やめろよ……それ、カストさんだぞ……?」
「っ!」
カストはまたすぐに剣を振り上げてきた。肩も肘も関節が外れており、切っ先の軌道が読めない。それでも、なんとか剣を受け流す。
「おっちゃん……俺、あんたのお陰で筆記試験受かったんだよ」
ウィルの首筋に噛みつこうとする横顔を、剣の柄で殴りつけた。
「あんたとアイザックのお陰で、本気で俺、剣士になってもいいって……思ったのに……!」
カストの脛に模造刀の刀身を叩き込む。ボキンと嫌な音を立てて骨が折れたが、カストの表情は変わらない。
「ブラッドフォード殿! もういいでしょう!? もう見ていられない!」
剣の柄に手をかけ、ライトが声を上げる。
「この少年なら倒せそうではありませんか。このまま戦わせ――」
ブラッドフォードが否と告げるより早く――ウィルの視界が突然、紫色に染まった。
「……っ!」
紫色の、髪だ。ウィルとカストの間に、紫の髪の女が立っている。その手には一振りの刀。刀は真っ直ぐ、カストの心臓を貫いていた。
「リズ……」
ライトの声に、リズが振り返る。
「たまたま通りかかったんですけど、魔物を発見したので駆逐しました」
ニコリと笑って言い、その笑顔をブラッドフォードへ向ける。
「何かの訓練だったのならすみません。私は何も指示を聞いていなかったもので」
「……もういい。下がれ」
「おいで」
リズはウィルの手を取り、その場を離れた。




