入隊試験④
━━グラウンドの隅。剣士たちに解散しろと追い払われてから、キリーはコッソリと戻ってきていた。
物陰から顔だけを覗かせて、グラウンドの様子を窺っている。
「あの人……ウィルと一緒にいた人……」
「キリーの知り合い?」
「うわぁ!?」
突然背後から声がして、思わずキリーは悲鳴を上げた。
「驚かせてごめんね」
「なんだ、リズちゃんか……」
キリーの後ろにいたのは、同じ年頃の女だった。
白い肌に紫の髪を垂らした、美しい女だ。
「あの人……寄生虫に寄生されてる。動いて喋っているけど、もう手遅れね」
キリーと同じように物陰に隠れながら、リズと呼ばれた女が言う。
「ウィルと同期の練習生よ」
「ウィルって、さっきの小さな男の子?」
「うん」
「そっか……」
キリーとリズは口を閉ざし、ことの成り行きを見守った。
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「しししげん゛……試験、を゛はじめ、ま゛ず」
カストは握っていた腕を放り捨て、剣を両手で握った。脚の主から奪ったであろう、真剣である。
武器庫に行った剣士たちは、まだ戻っていない。
受験生たちは模造刀しか持っていないが、部隊長たちは真剣を帯剣している。
だが第二部隊長と元帥は、まるで何事も起きていないかのような顔で椅子に座り、この事態を傍観しているばかり。
ブラッドフォードも剣を抜く様子は無く、ライトだけがどうするべきか決めあぐねている。しかしブラッドフォードが指揮を取ると言っていた手前、勝手なことは出来ない。
「一応言っておく。逃げたい者は逃げろ」
ブラッドフォードの言葉に、数人の足が動いた。そのほとんどが、練習生である。
「カストさん……アイザック……」
イアンは逃げ出していないものの、その場で泣き崩れている。
ウィルもその場に留まったが、まだ理解が追い付かず立ち尽くしているだけ。
「ブラッドフォード殿。剣士たちが戻るのを待つよりも、私がやった方が早い」
「それは無論、その通り。だが、折角なのでこうしましょう」
ブラッドフォードは残った受験生たちに告げる。
「あれを倒してみろ」
カストがこちらに向かって走り出した。
異様に早い足で、外部受験生のひとりの前に迫る。
「くっ!」
躊躇いなく振り下ろされた剣を、模造刀で受け止めた。
重なり合った剣を弾き返そうと、両腕に力を込める。その腕に、首を伸ばしたカストが噛みついた。
「う……うぁぁぁぁ!」
肉を噛みちぎられ、男は模造刀を投げ捨てて逃げ出す。
「腹、へっだな゛ぁ」
別の受験生に視線を向けた。
剣を無茶苦茶に振り回しながら、不規則な動きで近づいてくる。
「こ、こんなの、倒せるわけないだろ!?」
また何人かが逃げ出した。
カストは逃げる者を追う様子はない。
「喉が、かわ゛いだな゛ぁ」
首をあり得ない角度で曲げて、イアンを見る。
戦意を喪失しているイアンは、模造刀を握ろうとも、逃げ出そうともしない。
「イアン! お前も逃げろ!」
咄嗟にウィルが模造刀を構え、イアンとカストの間に滑り込んだ。
カストの剣を受け止める。すると先ほどのように、腕に噛みつこうと首を伸ばしてきた。だがその胴体を足で蹴り、間合いを取る。
「ウィル……やめろよ……それ、カストさんだぞ……?」
「っ!」
カストはまたすぐに剣を振り上げてきた。肩も肘も関節が外れており、切先の軌道が読めない。
それでもなんとか剣を受け流す。
「おっちゃん……俺、あんたのお陰で、筆記試験受かったんだよ」
ウィルの首筋に噛みつこうとする横顔を、剣の柄で殴打する。
「あんたとアイザックのお陰で、本気で俺、剣士になってもいいって……思ったのに」
カストの足の脛に模造刀の刀身を叩き込んだ。ボキンと嫌な音を立てて骨が折れたが、カストの表情は変わらない。
「ブラッドフォード殿! もういいでしょう!? もう見ていられない!」
剣の柄に手をかけて、ライトが声を上げる。
「この少年なら倒せそうではありませんか。このまま戦わせ……」
ブラッドフォードが否を告げるより早く━━
ウィルの視界が突然、紫色になった。
「……っ!」
紫色の、髪だ。
ウィルとカストの間に、紫の髪の女が立っている。
その手には一振りの刀。その刀は、真っ直ぐにカストの心臓を貫いていた。
「リズ……」
ライトの声に、リズが振り返る。
「たまたま通りかかったんですけど、魔物を発見したので駆逐しました」
ニコリと笑って言い、その笑顔をブラッドフォードに向ける。
「何かの訓練だったならすみません。私は何も指示を聞いていなかったもので」
「……もう良い。下がれ」
「おいで」
リズはウィルの手を取って、その場を離れた。