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20時間目 友人との再会

 それからユキと二人でルキアの相手をすることしばらく。

「にぃに、今日のご飯なあに?」

 ルキアは当然のように、サヤではなくユキにそんな問いを投げかけた。

 元々泊まる予定などなかったので、完全にそこの計画は白紙状態。サヤもユキたちを駅まで送りがてら買い物をする予定だったらしく、冷蔵庫の中は寂しいものだった。

 時間もちょうどよかったので、四人で近所のスーパーに買い物に出かけることになった。

「ふふふ、たくさん買っちゃったわねー。」

「ねー♪」

 サヤの言葉にルキアがご機嫌でそう返す。小さなビニール袋を持たせてもらったルキアは、手伝いをする自分に随分と誇らしげだ。

 そんなルキアを微笑んで眺めていたナギは、ふと視線を隣にやった。

「………」

 ユキは買い物袋を片手に、黙ってサヤたちの後ろをついて歩く。

 買い物に出てからずっとこうだ。話しかける分には普通に答えてくれるし、別に機嫌が悪いという雰囲気でもない。

 なんだか、しきりに辺りの気配を警戒しているような。

 そんな印象を受けた。

 そういえば買い物に出る時、何故かユキだけが四人で出かけることを渋った。

 できるだけ外にはいたくない。

 一人でさっさと買い物に出かけようとしたユキの態度が、そう語っているように見えた。

 なんだかユキらしくない。

 時間が経つにつれ、違和感が大きく膨らんでいく。

 夕暮れに染まる時間帯の住宅街。ちょうど買い物時間なのか、道中では近所の人がサヤやルキアに話しかけてくる場面が何度かあった。

 ユキは話しかけてきた人々に挨拶こそするものの、それ以外は徹底して無言を貫いていた。

 決して自分からは空気を悪くしないユキが、取り繕うこともせずにずっと気まずげにしている。

 ユキを知りたくてここまで来たけれど、もしかしてユキにとって、ここは心休まる場所じゃないのではないだろうか。

 家族がいるから最低限帰ってはいるけど、ここに帰ることは彼にとって苦痛なんじゃないだろうか。

 高校でのユキを知っているからこそ、違和感からそんな事実を察してしまう。

(俺……また、まずいことやっちゃったかな…?)

 脳裏に浮かぶのは、真っ青な顔で自分を見下ろすユキの姿。

 自分の思いの丈をぶつけたあの日から、何かが変わってしまった。

 安心してぶつかってこい、と。

 あの時までは頼もしくそう言ってくれていたのに、思えばあれからそういった言葉を聞いていない。

 あの日を境に、ユキはこちらに対して怖がるような素振りを見せるようになった。

 うざいと口に出して怒るんじゃない。

 無言でひそやかに、できるだけ表に出さないように怯えるのだ。

 そんなのを見せられたら、自分は一体どうすればいい?

 ユキが距離感を重んじるのは、自分の心に近づかれすぎるのが怖いからだとトモは語った。

 なら今自分は、ユキの心に近づきすぎているということ?

 以前のように遠慮がなかった関係に戻りたいと思ったら、ユキが安心できる距離まで下がるしかないの?

 ユキを独占したいくらい好きだって気持ちは、ユキの身も心も全て欲しいと訴えているのに?


「―――ちょっと、待った!!」

 

 そんな声が飛び込んだのはその時。

 後ろを向くと、全力で駆けてきたらしい少年がユキの腕を掴んで、その場にユキを引き留めていた。

 少年は膝に片手をつき、肩で息をしながら呼吸を整えている。

 そして。

「ユキだよな⁉」

 勢いよく顔を上げた少年が、ユキにずいっと詰め寄った。

「……コネリー?」

 空色の瞳が明らかに揺れた。

 コネリーと呼ばれた彼は、ユキの口から自分の名前が出るととても嬉しそうに表情を輝かせた。

「うっわ、マジかよ! 何年ぶり⁉ 髪バッサリいってんだもん。一瞬、追いかけんの躊躇ったぞ⁉ 何? 失恋?」

「…………アホか。ただの事故だよ。」

 かなり遅れてユキが答えると、コネリーは両目を輝かせてその話に食いついた。

「何それ、ちょー気になる。」

「話すことのほどでもねぇよ。いい加減離せ。」

 ユキが努めて冷静に言葉を返す。その態度には、やはり高校では見られないぎこちなさがあった。

「あーら、コネリー君! 久しぶりねぇ。」

 ユキの後ろからサヤがひょっこりと顔を出すと、コネリーがまた驚いた顔をする。

「うわ、おばさん⁉ 全然老けてない! 相変わらず可愛いですね!」

「やだもう、お世辞がうまいんだからー。」

 お茶目な仕草で手を振るサヤに、コネリーもとても親しげな笑顔をたたえる。

「いや、本気ですって。うちのお袋なんて、もはや半分親父と化してますもん。月とすっぽんですよ、ほんと。」

「あらら、そういうこと言っていいのかしらぁ? 今度お母さんに会った時に言っちゃおうっと。」

「ああああ、ごめんなさい! それだけは!」

「ねーねー。お兄ちゃん誰ー?」

 蚊帳の外が嫌になったのか、今度はルキアがコネリーの服を引っ張った。

「おお、ルキア⁉」

 コネリーは声を弾ませてルキアの前にしゃがむ。

「おっきくなったなぁ。兄ちゃんのこと、覚えてない?」

「………?」

「そっかそっか。そうだよな。あの時はまだ三歳だったもんなー。」

 きょとんとするルキアの頭をなでて、コネリーはくすくすと笑い声をあげた。

「………」

 コネリーの話し相手がサヤとルキアに移ったことで、ぎこちなかったユキがどこか安堵したように肩の力を抜くのが分かった。

 だが、その安堵も長くは続かない。

「ユキ。どうせだから、少しコネリー君と話してから帰ってきなさい。」

「え…」

「いいんですか⁉」

 戸惑うユキを置いていき、コネリーが嬉々としてサヤに訊ねた。

「いいのよ。二人とも滅多にこっちに帰ってこないんだし、会った時に話さなきゃ。夕飯の下ごしらえならやっておくから。ルーちゃん、どうする? お兄ちゃんたちと一緒にいる?」

「うん!」

「了解。」

 変わりようがないルキアの答えに微笑み、サヤは有無を言わさずにユキが持っていた買い物袋を取り上げてしまった。

 そして―――ぽん、と。

 ユキの背中を優しく押して、特に何も告げないまま一人で家に続く道を進んでいった。

「………」

 残されたユキは、困惑してそこに立ち尽くすだけ。

 話していけと言われたところで、何を話せばいいのか分からない。

 そんな雰囲気だった。

「―――ってことで。」

 コネリーはそんなユキに構わず、彼の肩に腕を回した。

「せっかくなんだし、ちょっと付き合えよ。な?」

「………」

 明るく笑いかけるコネリーに、やはりユキは何も答えなかった。

 

 ★

 

 コネリーがユキを引っ張って向かったのは、出会った場所から数分のところにある公園だった。

 コネリーとユキは家が近所で、それこそ赤ん坊の頃からの縁らしい。母親繋がりでユキと一緒に幼少時から体操をやっていて、それを活かして今は体操競技に長けた遠くの高校に通っているとのことだ。

 公園に向かう最中、コネリーは気さくな態度で自身のことを語った。

 そして公園でルキアを遊ばせつつ、自分たちはベンチに座ってからしばらく。

「うわ、すっげぇ。テレビの中の人がいるー。」

「やっぱユリアって、有名人が集まるの?」

「女子のレベルってどんな感じ? 可愛い子いるー?」

「ってか、ユキ! その頭どうしたんだよ? 懐かしいな、そこまで短いのー。」

「だあああっ、もう! いい加減うぜえぇぇっ‼」

 気まずさをこらえるレベルも突破してしまったのか、とうとうユキがベンチから立ち上がって怒鳴った。

「コネリー、お前何した⁉ 次から次へと…」

 自転車を一生懸命こいで一人目が現れたのは、公園に到着してからたった五分後のこと。それから二人目、三人目と人がどんどん増えていき…。

 ベンチに座ってからまだ数十分。

 周囲にはざっと十人ばかりの少年たちが集まっていた。まるでちょっとした同窓会だ。

「ユキを捕まえたってグループに報告したら、みんなしてすぐ来るって言うんだもん。ユキ、どんだけみんなに会ってなかったんだよ。」

「そ、れは……」

 ユキの顔がひきつる。

「そうなんだよー。こいつ、伝説のモンスター並に姿見せねぇの!」

 ユキの答えを待たずに誰かがふざけた口調で言うと、周りの少年たちもにこやかに笑った。

「はははっ、確かに! 自分、ユキに会うの卒業式以来なんだよ? もしかしたら、ご利益あるかな⁉」

「あるある! お前志望校ギリギリなんだから、拝んでおけばー?」

「それについては、ご利益にじゃなくてリアルに拝みたいな! ユキ、頭いいだろー⁉」

 一人がユキに向けて綺麗な直角で頭を下げると、周りはまた暖かい笑い声で満ちる。

 傍目から見るなら、それはどこにでもある友人たちの集い。アルバムで見たのと同じで、とても微笑ましい日常のワンシーンだ。

「………」

 違うのは、皆の中心にいるユキの表情だけ。

 ナギは思わず眉を下げた。

 今まで見たことがないその苦しげなユキの様子を見ていると、こっちの胸まで潰れてしまいそうだ。

「なぁ、ユキ。まだ体操の勘って残ってる?」

 黙り込んでいるユキに、ふとコネリーがそんなことを訊ねた。

「え…と、どうだろ?」

「いや、これなんだけどさぁ~」

 コネリーは自分も立ち上がり、ユキの隣に並んで携帯電話の画面を見せる。

 気になったので一緒になって画面を覗き込むと、そこに流れていたのはマットの上で華麗に舞う男性の映像だった。

「今度、受験生相手に手本見せなきゃいけないんだけどさ、おれ昔から床は一番苦手だったじゃん?」

「……なんだ。まだ苦手だったのか?」

「そうですー。悪かったね。」

 少し意外そうなユキに、コネリーは恥ずかしさを紛らわすように唇を尖らせた。

「お前は本番に弱いから、この際とことん人目につく場所で鍛えろって、苦手な床ばっか色んな人の前でやらせんだぜー。ひどくね? おれんとこの教官。」

「いや、それは目をかけられてる証拠だろう。何ふ抜けたこと言ってんだ。」

「おっと、まさかの正論返し。さすが、ユリアに行ってる奴の言うことは違うわぁ…」

「で? これが何?」

「あ、そうそう。」

 暗に話が脇道に逸れていることを指摘され、コネリーは携帯電話をポケットにしまった。

「ユキって、おれとは逆で床が大得意だっただろ? 勘が鈍ってないなら、ちょっと見てほしいなって。ほら、昔から他の人の癖とか傾向とか予想するの上手かったじゃん。」

「うーん…あれは昔のことだしなぁ……」

「え、そうでもなくない?」

 とっさに思ったことを一言。

 瞬間、自分に集まる全員の視線。

 それらは特に気にすることなく、ナギはユキに向けて小首を傾げてみせた。

「だって、何度かガルム先生経由で部活の勧誘受けてたよね? 体操の勘、鈍ってないと思うよ。あの動画の内容くらい、余裕でできるでしょ?」

 普段の体育の授業を見ているので、それに関しては疑いようがないと思う。

 しかしナギの断定を、ユキは素直に認めはしなかった。

「余裕、ではないと思うけど…」

「できなくはない、と?」

 そこでまたコネリーが口を開く。

「ちょっと、ちょっとこっちに。」

 コネリーはユキを引っ張り、遊具が邪魔をしない開けた場所へと向かった。

「何?」

「ちょっとやって?」

「はっ⁉」

 まさかのお願いにユキが目を剥いた。

「いや、無理だって!」

 首を左右に振るユキだったが、対するコネリーは何かを確信した強い目をしていた。

「いーや、その顔はできるやつ。それに、クラスメイトが言うんだから間違いないだろ。」

「オレじゃなくて、あっちを取るのかよ! ナギ! お前が余計なこと言うから―――」

「気にしないでー。むしろグッジョブ!」

 ユキの抗議を強引に遮ったコネリーは、ナギに向けて親指を立てる。そして、すぐさまユキに向き直った。

「頼むって! おれを助けると思って!」

「お前が助かる道理が分からねーよ。」

「固い理屈はこの際置いといて。」

「でも何もアップしてないし、あのレベルはちょっと…」

「触りだけ! だったら触りだけでいいから! な?」

「……期待はすんなよ?」

 押しに押され、ようやくユキが折れた。

 さすがはユキの幼なじみ。ユキの扱い方をよく心得ている。

 ユキは溜め息をつき、少し時間をかけて体をほぐした。

 そしてウォーミングアップの一部という軽いノリのまま、その場でくるりとバク転を披露してみせる。

「うえ…ジーパンじゃ動きにくいな……」

 きっちりと綺麗な着地を決めておいて、ユキが述べたのはそんなこと。

 すると。

「にぃに、すごーい‼」

 さっきまで砂場で遊んでいたはずのルキアが、目をキラキラさせてユキたちの方へすっ飛んでいった。

「……やっぱ、ユキは姿勢綺麗だなー。全然軸にブレがないや。」

 ものすごく真面目にユキを見つめていたコネリーは、そんな感想をこぼす。

「まあ、そこは常日頃から父さんに鍛えられてたからな。気にするのが身に染み着いてるのかも。」

「なるほどなー。おれはどうしても、後半になるとバランスが右側に寄るんだよなー。ちょっと見ててもらえる?」

「おう。」

 コネリーの真面目な空気に、今度はユキも文句を言わずに頷いた。

 それからは二人で華麗な技を見せ合っては何かを話し合い、また宙を舞っては難しい顔で額を突き合わせている。さっきからルキアが大興奮で手を叩いたり飛び上がったりしているのだが、珍しいことにあのユキが全然それに気づいていない、

 体を動かすことで少しは気が紛れたのだろうか。それとも話題が自分のことじゃないからなのだろうか。コネリーと話し合うユキからは次第にぎこちなさが抜けていき、次第にちょっとずつ笑えるようになっていった。

「久しぶりに始まったな。体操バカ二人の研究会。」

「ありゃ一時間は終わらねぇぞ。」

 昔は特に珍しい光景でもなかったのか、彼らは微笑んでユキたちの様子を遠くから眺めるにとどめていた。

「今なら、大丈夫だよな?」

 ふと一人が言うと、彼らは互いに頷き合う。

 何事だろうかと彼らの様子を見ていると、表情を引き締めた彼らの視線が一斉にこちらを向いた。

「え……俺?」

 ナギはきょとんと目をしばたたかせる。

「あのさ…」

 ナギの一番近くにいた少年が、しきりにユキたちの様子を気にしながら口を開く。

「高校でのユキって、どんな感じ?」

 訊ねられたのはそんなこと。

「……えっと…どんな感じ、というと…」

 突然変わった周囲の空気についていけなかったのだが、とりあえずそう聞き返してみる。

「無茶しすぎてぶっ倒れたりとか、その…変に孤立とかしてない?」

「え…?」

 瞼を叩くナギ。

 倒れる?

 孤立?

 どれも今のユキには無縁の言葉だったので、戸惑ってしまったナギはしばらく何も言えなかった。

 だが、こちらを見つめる皆の表情は真剣そのもの。

 大袈裟な表現でもなんでもなく、皆は本気でそれを心配している。

 空気を読むことが苦手な自分にも、痛いくらいにそれが伝わってきた。

「……そんなことないよ。」

 嘘はつかない。

 ありのまま、自分が見てきたユキのことを語った方がいい。

 なんとなくそう思った。

「―――そっか。」

 ナギからひととおりの話を聞いた彼らのほとんどは、心底安堵したように肩から力を抜いた。

「ちょっとは…立ち直れたのかな?」

「分からない。あいつ、力抜くの下手くそすぎるからな…」

「でも少なくとも、高校ではまだ気楽にやってるんだよね。」

「それが分かっただけでもましか。」

 彼らの間で囁かれるのは、不穏な何かを感じさせることばかり。

「何か…あったの?」

 訊ねてみると、彼らは深刻そうな表情で視線を交わした。

「親父さんが死んでから高校に入るまでのユキって、ほんとに見てられなくてさ…」

「ぶっちゃけあの時は、ユキも親父さんの後を追って死んじまうんじゃないかって思ったよ…」

「ほんとにな…」

 彼らは複雑そうな気持ちを滲ませてユキを見つめる。

(どういう…こと……?)

 ごくりと空気の塊を嚥下するナギ。

 喉がカラカラになっている。

 知らない。

 そんなユキ知らない。

 自分やトモが見てきたユキはいつだって自信満々で、どんな逆境でもめげないくらい強くて。

 今彼らが話したような不安要素なんて、一つとしてなかった。

 視線を下げて両手を握ってきたナギは、ゆっくりと顔を上げる。

 コネリーと話すユキの微笑み。

 途端にそれが、精巧な作り物に見えてきてしまう。

 今まで見てきたユキが全部偽物だったとは思わないけれど。

 不安はどうしたって募る。

「あ……悪い。初対面なのに、こんな話したら重いよな。」

 顔面蒼白で立ち尽くすナギに気づいた彼らが、それぞれ気まずそうに黙った。

「……め…」

 衝動的に喉が震えた。

「だめ! ユキのこと、もっと教えて‼」

 危機感を露にして叫んだナギに、誰もが驚いて瞼を叩く。

 ナギは必死に訴えた。

「最近のユキ、なんか変なんだ。何かを怖がってて、なんか、なんか……近寄られすぎるのが嫌、みたいな感じで…」

 最後の方はトモの言葉を借りてしまった。

 でも、逸るこの気持ちを彼らに伝えなきゃいけないと思った。

 ちょっとは立ち直れた?

 絶対に違う。

 それだけは断言できる。

「……マジか。」

 彼らはまた表情を強張らせた。

「やっぱ、まだ…?」

「でも、一応高校では孤立してないんだろ…」

「孤立してないから大丈夫って、それは違うだろ。」

 戸惑う彼らの中で、ただ一人否を唱えた人物がいた。

「あ…」

 ナギは思わず声をあげる。

 彼のことは、さっきから目についていた。

 自分が高校でのユキのことを話した時、安心する皆の中でただ一人険しい顔をしていたからだ。

 彼は語る。

「さっきまでのユキの顔見てた? すげぇこっちの顔色気にしてただろ。それだけのことをした自覚があって、罪悪感持ってる証拠じゃん。根が真面目で優しいあいつのことだから、入学を機にやり方を変えたんだろ。」

「やり方…」

「今だから分かるけど、おれがユキの立場だったとしてもそうするよ。だって、ユリアには自分を知ってる奴がいないんだ。なら、おれらのことみたいに……自分が傷つくこと承知で、全否定する必要なんてないじゃん。」

 過去の事情を知っている彼らは、そう言われた時点で何かを悟ったようだった。

 だからか、次に彼が告げたことを否定する人はいなかった。

「その人の言うとおりで、ユキが近づかれるのを嫌がってるなら……きっとまだ、ユキは自分の殻に閉じ籠ったまんまだよ。何も変わってない。お父さんのことも、おれたちとのことも、トラウマになってるってことじゃんか。」

「………」

 そこに落ちる沈黙は重い。

「なぁ。」

 彼はすぐに沈黙を自ら破り、ナギに声をかけた。

「聞いてのとおり、これ以上ユキのことを知ったところで、面白いことも何もないよ。別に無理して知る必要ないし、ユキが高校にそれを持ち込んでないなら、ユキは昔のことを知られたくないってことだと思う。」

「……で、でもっ」

「でも、知りたいわけ?」

「う、うん…」

 ナギはこくりと頷いた。

 知ることが怖くないと言ったら嘘になる。

 でも、知りたくないとは思わない。

 そこに関してだけは迷いなどなかった。

「―――そう。」

 しばらくナギを見つめていた彼は、ふと目を閉じる。

 

 そして、静かに語り始めた。


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