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14/23

13時間目 創立祭開催

「おお、いたいた。ユキー。」

 ふと呼びかけられ、イベント会場となる大講堂でナギとイベントの最終調整をしていたユキは、特に何も考えずにそちらを振り返った。

 そして、次の瞬間に大慌てすることになる。

「ライゼルさん、なんでこんなところに…っ⁉」

「お前を探しに。」

「だったら呼んでくださいよ! わざわざ控え室からご足労いただかなくても…っ」

「いいのいいの。おれは、そういうかったるいの嫌いだから。」

 ラフな格好をした彼は、ユキのかしこまった態度を煙たがるように手を振る。

 ライゼルは、この後始まる講演会の先陣を切るゲスト出演者だ。

 家庭の事情により高校を中退したものの、その行動力と気概で多くの人々を引き込み、二十才という若さで会社を設立。大多数が嫌がることにこそ勝機がありというのがモットーで、三十に至る今までに通信業界で何度も大企業に泡を吹かせてきたやり手だ。規模こそまだ小さい会社であるが今後の成長率は計り知れないと、投資家界隈では話題トップに挙がる人物である。

 そんな経歴を持った彼だ。

 当然、温室育ちばかりが集うくせに将来を優遇されているように見えるこの高校が大嫌いなわけで。

 先日の打ち合わせで、その時間の半分以上を無駄に費やしてくれたのは彼なのである。

 先に打ち合わせを終わらせていた他のゲストから話を聞いていたのか、彼は打ち合わせの席につくや否や真っ直ぐにこちらを見てきた。

 初めからお前にしか用はない。

 ものすごい眼力でそう訴えられ、自分も周りも一斉に息を飲んだ。

 あまりにも納得しないわ引き下がらないわで、打ち合わせをなんとか乗り切った後に、裏でそれはまあ有意義な討論をしましたとも。

 他の奴にもみっちり話を聞きたいと言うので、悪いと思ったが庶民組の面々を売った。ライゼルは特に身分を明かさずにルズたちに接触したらしく、後から彼らに「ユキの紹介でって人が来たけど、記者の人か何か?」と訊ねられた。

 今のところ、彼らにはライゼルの正体を明かしてはいない。色んな意味で気の毒だからだ。

 とまあ、そんなこんなで一悶着も二悶着もあり今に至るわけで。

「もっらいー♪」

「あっ…」

 ユキが小脇に抱えていた資料をひょいっとさらっていくライゼル。ユキが止める間もなくそれに目を通し始めたライゼルは、次第にその顔を険しくしていった。

「これ、何…?」

「うちのクラスのシフトですけど。」

「いや…人の使い方マニュアルの間違いだろ。」

 ライゼルが舌を巻くのも無理はない。

 確かにそれはシフトではあったのだが、それに加えられた備考がすごかった。

クラスの問題児の性格と思考をまとめ、その問題児がどのタイミング、誰の指示、どんな言いくるめ方なら言うことを聞くのか。そういった対処方法が、読み込むのが苦にならない程度の簡潔さで記載されていたのである。

「これ、ユキが作ったの?」

「いや、さすがにオレ一人じゃないですよ。うちのクラスに全校生徒のプロフィールを熟知してるデータベースみたいな奴がいるんで、そいつの助けを借りてます。」

「つまり、まとめたのはユキなわけか。」

 一人でそう結論を出し、ライゼルは溜め息をついてユキの肩に肘をかけた。

「ちくしょー…最後の最後まで隙のない奴だな、お前も。本当にお偉いさんの遠い親戚とかだったりしないのかよ。」

「そうだったら、スーパーの特売や梅雨時期の洗濯の話で盛り上がらないでしょうよ。」

「確かにー。懐かしかったわ、あの話ー。」

 過去を懐かしんで目を和ませたライゼルは、次に面白くなさそうに顔をしかめる。

「くっそ…どうりでこのタイミングなわけだよ。おれが納得するしかない状況が揃ったから、あの人自ら仕かけてきやがったのか…。」

「なんの話です?」

「いや、こっちの話だ。気にすんな。」

 気にするなと言うくせに、気にさせる雰囲気で愚痴っているのはそちらなのだが…

「あーあ…例の件、ちっとは前向きに検討すっか……」

 眉をひそめるユキに構わず一人ごちっていたライゼルは、ふとした拍子にユキの肩をぐっと引き寄せた。

「なぁユキ。やっぱムカつくからよ、お前今から高校辞めて、おれんとこ来ないか?」

「へ?」

「いい金で雇ってやるぜ?」

 ライゼルの目は本気だ。

「………」

 ユキは真剣な雰囲気で口元に手をやる。

 今後、大学卒業までにかかる学費とその間に得られる知識や経験。

 今ここで就職した場合の収入予測と、就職を選んだ場合のメリットとデメリット。

 それらを天秤にかけた時、どちらの道を選ぶのがより自分の理想に近いか。

 相手があのライゼルだっただけに、ちょっと真面目に考えた。

「そこで真面目になるあたり、お前って本当に若い頃のおれと同じ根性してるわ。温室育ちじゃこうはならねぇな。」

「え……わっ⁉」

 突然肩を強く叩かれ、ユキはその場でたたらを踏んだ。

「今はまだ冗談だよ、冗談。そこまで上り詰めたんだったら、大学卒業までトップに居座ってろ。努力は学歴に勝るってのがおれの考えだが、実際のところ学歴はないに越したことはないからな。頑張れよ。お前がそのままこのユリアとセントラルでトップを走り続けてくれんなら、ある意味おれもスカッとするからよ。」

 最後にそんなことを言いながら、ライゼルは悠々と会場を去っていった。

「……結局、あの人は何しに来たんだ?」

 冗談と言うわりには、目も口調も完全に本気だったように感じたのだが。

というか、今はまだということは、いつかはあの言葉が冗談じゃなくなる日が来るのか?

まさかそのいつかが来るまで、自分はライゼルに目をつけ続けられると?

(オレ…下手に気ぃ抜けないな……)

 渋面を作るユキの隣で。

「ユキともっと話したかったんじゃないの?」

 さっきまで完全に蚊屋の外だったナギが口を開いた。

「ユキって、今回のゲストの人全員に気に入られてるよね。もういっそのこと、ユキが俺の代わりに講演会出る?」

「絶対やだ。」

 即答し、ユキは次に考えを巡らせる。

「でも…そうだよな。なんか、できすぎてるよな。」

 彼らがナギのことを気に食わないのは分かるが、そこで何故自分にターゲットにされたのだろう。

 同じ努力型だということに親近感でも持たれたか。でもそれなら、話は打ち合わせの時間だけで終わってもいいはずだ。

 どうして彼らは、あんなに言葉巧みに様々な角度から自分のことを知りたがったのか。

 彼らが自分を通して見極めようとしていたものは、一体なんだ?

「………」

 ユキは複雑そうに口を真一文字に引き結ぶ。

 これはもしかしなくても、上手いようにレードルに使われたか。

 なんとなくそれだけは分かってしまい、ユキはやれやれと肩を落とした。

 まあいい。もうほとんど終わった話だし、こちらとしても大きな収穫を得られた。都合よく踊らされたとしても、今回は損じゃないので溜飲も下がる。

「じゃあナギ、オレはそろそろ行くぞ。」

 今日はルキアたちが来る都合上、自分はほとんどクラスの方には顔を出せない。今の内にトモやルズと話し合った方がいいこともあるし、それ以外にも各所の調整に出向かなければ。

「うん……いってらっしゃい。」

 ナギが笑って手を振ってくる。

 本当は行ってほしくない。

 そう思っているのはバレバレだった。

「こら、切り替えろ。」

 ユキは顔をしかめてナギの額を指で弾く。

「この二日、ちゃんと参加すればなんだったっけ?」

「ユキと遊びに行ける。」

「だろ? だったら頑張れるな?」

 いや、どういう理屈だよ。

 そう理性の一部が訴えてくる。

 自分が構ってやることがご褒美なんて、そんな高慢なこと普段なら絶対に欠片も思わないけど。

 でも、仕方ないじゃないか。

「……うん!」

 こうして実際に、ナギは満面の笑みで頷いてしまうのだから。

(なんか……すっげぇ悪い奴になった気分…。)

 ざわりと胸をなでる罪悪感とざわめき。

 それを感じつつ、表面上は意地で無表情を貫くユキだった。

 

 ★

 

 華やかな美しさ。

 シャルロットが掲げたテーマの下に準備された創立祭は、開会式から豪華なファンファーレが鳴り響き、生花の花びらシャワーがばらまかれるという派手なスタートダッシュを切った。

 客入りは上々。これだけの人々を飲み込んでも余裕を持つ校舎の広さを思い知る。

(あともうちょい、かな…)

 校門の柱に寄りかかるユキは、携帯電話の画面を眺めていた。

 サヤから最寄り駅に着いたと連絡が来たのが十分前。ルキアのスピードを考えると、学校へ到着するまでにあと十五分ほどといったところか。

 ユキは忙しなく携帯電話の画面を操作する。

 今のところナギからの連絡もないし、クラスの方も大きな問題もなく作業が進んでいるようだ。事務からもヘルプ要請もこないし、平和そのもの。そうなるように色々と手を回して丁寧に準備したのだ。これが狙いどおりである。

 でも今は、少しくらい想定外があってくれと切に願う自分がいた。

(すごい目立ってるな、オレ…)

 ここに立ってサヤからのメッセージを確認している間に、周囲の空気が少し変わってしまったのが分かる。校門を出入りする女子たちがこちらを見て何かを話しているのが聞こえるし、明らかに自分を見て足を止めている人も確認できる。

 ここで携帯電話から顔を上げて暇な感じを匂わせてみろ。すぐに誰かに声をかけられることは必至だ。

 髪が長かった頃も声をかけられることは少なくなかったが、さすがにここまでがっついた空気は感じなかった。ナミに好き放題やられた結果とはいえ、こんなに短く髪を切ってしまったことが悔やまれる。

「あんなに嫌だって言っておいて、自分から客寄せパンダになってんじゃない。」

 皮肉げな声が聞こえてきたのはその時。

 そちらを振り向くと、シャルロットがボディーガードと数人の実行委員を連れてこちらに歩いてくるところだった。

「なんだよ。こんな日にまで突っかかってくるとか、暇なのか?」

 思い切り嫌な表情をしたユキは、特にそれを取り繕うことなくストレートに思ったことをぶつける。

 それを聞いたシャルロットがカッと顔を赤くした。

「ち、違うわよ! パンフレット配りに来たらあんたがいたのよ!」

「落ち着け。公衆の面前でキャラ崩していいのか?」

 いつだって堂々と、高慢ではなく気高さを纏って。

 確か彼女のモデルとしてのあり方はそんな感じだったはずだが。

 冷静なユキの指摘に、シャルロットはぐっと言葉に詰まったようだった。

「あんた、本当に嫌な奴ね。」

「そりゃどうも。無駄に好かれるよりよっぽどいい。」

「………っ」

 顔色どころか眉一つ動かさないユキの態度に、シャルロットがまた何かを言いたげに唇を歪める。

 しかしそこは、彼女なりのプライドがあったのだろう。

「まあいいわ。」

 一つ呼吸を入れて髪をさらりと耳にかけたシャルロットは、その仕草の合間に雰囲気を完全に切り替えた。

「偶然とはいえ、あんたに会えたのはラッキーだわ。そこに突っ立ってるだけなら、これ配るの手伝いなさい。」

 有無を言わさずパンフレットの束と実行委員の腕章を押しつけられる。

 ユキは渋い顔をしながらも、それを彼女に突き返すことはしなかった。

 こんな大勢の前で私に恥をかかせるつもり?

 シャルロットの芸能人オーラがそう圧力をかけてくる。

 確かに今は外の目が痛い。実行委員長である彼女の指示に大人しく従うのが一生徒として最良の判断だし、ここで下手に反抗的な態度を取って悪目立ちしたくはない。

 それに今は、仕事がある方がありがたい状況でもあるし。

「母さんたちが来るまでの間だからな。」

「よろしい。」

 シャルロットは、素直に腕章を身につけるユキを見て満足そうに口の端を吊り上げた。

 これがトップモデルの実力というやつだろう。彼女の薔薇が咲き誇るような微笑みに、周辺にいた人々が揃って感嘆の息をついた。

「あとこれ。」

 続いて彼女に渡されたのは一枚のカードだ。

「何これ?」

「ステージのバックパスよ。」

「なんで?」

「あんたが吹っかけてきたんじゃないのよ。」

 シャルロットはふんと鼻を鳴らした。

「本当は最前列のチケットでも渡してやろうかと思ったけど、あんたはそういうタイプじゃないでしょ。だから裏から見てなさいよ。私が作り上げた最高の舞台を。」

「………」

 考えること数秒。

「あー……」

 そういえばそんなこともあった。

 この一週間、彼女より数倍は大物とばかり話していたせいで、完璧に彼女とのやり取りを忘れ去ってしまっていた。

「どうなの? 完璧とやらは実現できたのか?」

「もちろん。」

 こちらの質問に対し、シャルロットは間髪入れずに頷いてみせた。

「私も、何をあんなに意固地になってたのかしらね。あんたなんかいなくたって、完璧は作り上げられる。いえ、今あるもので最高の舞台を作り、オーディエンスから最大の称賛を得ることこそが完璧よ。まあもちろん、私の理想が叶えられるに越したことはないけどね。」

 彼女の言葉と瞳に迷いはない。どうやら強がっているわけじゃなく、本気で今日と明日のショーに自信を持っているようだ。

「ふーん。なら、それでいいんじゃねぇの。」

 要らないと返すのも失礼かと思い、ユキはカードを制服の胸ポケットにしまう。

「な…何よ。随分あっさりじゃないの。…………ん?」

 始めは困惑していた様子のシャルロットが、そこで突然黙り込んだ。

 これ幸い。仕事に逃げるなら今だ。

 そう思って彼女から離れようとしたユキだったが。

「待ちなさい。」

 威圧感を孕んだ彼女の一言に足止めを食らってしまった。

「認めたくないけど、これってあんたの思いどおりの結果じゃないの?」

「…………お、気づいた?」

 おやおや、これは案外早く気づかれたものだ。明日の本番が終わるまでは、そこに思い至るほど気が回らないだろうと踏んでいたのに。

「チョロくて助かったよ。」

 気づかれたのなら隠すこともない。

 ユキはにやりと策士の笑みをたたえた。

「―――っ‼」

「さーて、仕事仕事っと。」

 シャルロットがまた何かを言い出す前に、ユキは逃げるように柱から体を離した。

 ふと前を見れば、こちらを見て固まっている人々が大勢。

 国内屈指の広さを誇る高校の前なので歩道は広く取られているのだが、これは少々他の歩行者に迷惑だ。警備員が敷地の中に入るように指示をしているのだが、彼らがそれを聞く気配はない。

 この人だかりの原因は、十中八九自分とシャルロットだろう。

 なら、これを収めるのも自分たちにしかできまい。

「おい、とりあえず道路を片づけるぞ。」

「え…」

「オレはオレで自分の蒔いた種を回収するから、お前もそうしろって話。」

 極力シャルロットだけに聞こえるように用件を伝えると、ユキは彼女に背を向けて一歩前に踏み出した。

 それで周りの注目が集まるのを感じつつ、目を閉じて軽く呼吸を整える。

 ―――これは仕事。

 意識を切り替え、ユキは真っ直ぐ顔を上げた。

 そして。

「そこにいると危ないですよ。せっかくここまで来たんですから、どうぞ中でゆっくりしていってください。」

 柔らかい微笑みで校門の内側を示す。

 ユキが表情を緩めると、さっきまで漂っていた厳しめな雰囲気はどこへやら。遺伝子が本来の仕事をして、人当たりのよい穏やかさが彼を包む。

 先ほどまでのやり取りを見るなら、それは明らかな営業スマイルでしかない。

 ないのだが…

「はい。」

 ユキの微笑みに頷かない女性はいなかった。

「おい、早く指示回せ。」

 パンフレットを渡しながら人々を校内に誘導し、ユキはすれ違い様にシャルロットの脇を小突く。

「役目を取っていいならオレが指示飛ばすけど、どうすんだ?」

 賢い彼女だ。多分これだけで、こちらが言いたいことは通じるはず。

 案の定、シャルロットは一気に表情を引き締めた。

「ユキ、そのまま進んで受付テントとの中間辺りに陣を張って! そこでパンフレットの配布とお客様ご案内を! 一人じゃ大変だから、上手いように受付テントにもお客様を流して‼」

「はいよ。」

「メル! ユキの傍について、ひたすらユキにパンフレットを補充して! ハイネルとロダーはユキが流したお客様を受付テントにご案内してちょうだい!」

「はい‼」

「残りは私についてきて。突発プランBを決行よ。用意はいいわね! すぐに他のメンバーも召集しなさい!」

「はい!」

「警備員さんの方々、お騒がせしておりますわ。どうかそのまま、混雑緩和にご協力くださいな。」

「は、はい…。」

 シャルロットに指示を受けた実行委員の面々がきびきびと動き、まさか自分たちに声をかけられるとは思っていなかった警備員たちも、ぎこちなく彼女に頷いて自身の仕事をこなす。

「さぁ、ご来場の皆様! この度はようこそ、私自慢の創立祭へ!」

 最後に彼女は大声を張り上げ、人々の視線を一斉に自分に集めた。

「時間もちょうどお昼頃。お腹も空いてくる頃ではなくて? 五分後から、実行委員がグルメツアーを開催させていただきますわ。ご興味のある方は、どうぞこちらへ。」

 艶やかな笑顔でシャルロットが笑えば、校門前にたむろしていた人々が引き寄せられるように彼女を追いかけていく。

 圧倒的な存在感で人々を誘導する彼女はユキの向かい側で止まると、その後はユキと同じように片っ端からパンフレットを配りながら人をどんどん奥へと流していった。奥に流された人々は他の実行委員に渡され、ある人は校舎の中へ、ある人はグルメツアーへと散っていく。

 やはりシャルロット目当てに訪れている人は多く、そのほとんどが彼女に握手を求めた。彼女は決して握手を拒まず、相手に不快に思われない程度に言葉を交わしてファンをさばいていく。長く居座ろうとするファンへの対応もお手の物だった。

 手紙や差し入れもその場では受け取り、すぐに後ろのボディーガードへ。この動きにも隙はない。

 さすがはこんな白昼堂々と人の往来が激しい表通りに出てきただけはある。

「なんか、すごいね…」

「ほんと。正直ふんぞり返ってるだけの委員長かなとか思ってたけど、バリバリ仕事してるじゃん。」

「別に、テレビで猫被ってるってわけじゃないんだな。ふつーに話してくれたわ。」

「あんま興味なかったけど、今日のファッションショー行ってみようかなぁ。」

 ちらちらと聞こえてくるシャルロットへの好評価。

 彼女がすぐさまこちらの意図を察してくれて助かった。この状況でもし自分が指示を出して現場を回していたら、彼女の面目が丸潰れだっただろう。

 芸能人のイメージを落とさないようにするもの一苦労。ぜひとも今後は接触を控えたい。

 時おり何故か自分まで握手を求められながら、ユキはただ無心で仕事をさばく。

「にぃにーっ‼」

 気づけばそんな声が聞こえてくる頃。

「シャルロット‼」

 ユキは向かいに声をかける。

「何ーっ!」

「オレは抜けるぞーっ‼」

「はあっ⁉」

「は、じゃねぇよ! そういう約束だろう‼ ってことで、後はよろしく。」

 後ろについていたメルにパンフレットを託したユキは、残念がる女性の方々を一切気にしないようにして実行委員の腕章を外した。外した腕章は、パンフレットを入れてあった段ボールに放り投げておく。

 校門の方に目を向ければ、ルキアが全力でこちらに駆けてくるのが見えた。

「にぃにーっ‼」

「危ない、危ない! 兄ちゃんは逃げないから!」

 ユキはルキアを迎えるように手を広げる。そして勢いよく胸に飛び込んでくる弟をしゃがみながら受け止め、次に軽々と小さな体を持ち上げた。

「おおっ…ルキア、足早くなったなー。」

 思いの外強い衝撃を受けたもので、ユキは思わず目を丸くする。

「うん! あのね、ルー君ね、かけっこで一番だったんだよー。」

「そっかー。すごいな。さすがは兄ちゃんの弟だ。」

 ユキが笑って頭をなでてやると、ルキアはそれはもう嬉しそうに頬を緩ませた。

「ルーちゃん、ユキー。」

 かなり遅れて、息を弾ませたサヤが小走りで駆け寄ってくる。

「もう、ルーちゃんったら……お兄ちゃん見つけたら止まらないんだから…」

「何、母さん、もうバテてんの? 年?」

「あら失礼ね。こんな若くて可愛いお母さんに。」

 ユキと軽口を叩いて笑い合ったサヤは、ふとユキの耳元に手をかけた。

「あらまあ……ほんとにバッサリいったわねぇ。ウォルトさんからメッセージが来た時は、何かの間違いかと思ったわよ。」

「オレも何かの間違いだと思いたかった。しばらくみんなの反応が変でさ、正直めちゃくちゃ居心地悪かったよ。」

 いやほんとに、冗談抜きでえらい目に遭いました。

 辟易とした息をついてうんざりするユキに、サヤはくすくすと笑った。

「でも、よく似合ってるわよ。かっこいいじゃない。ね、ルーちゃんもそう思うわよねー?」

 サヤが問いかけると、ルキアはじーっとユキの顔を見つめ始めた。

 きょとんとしたその顔は、まるで初めて見るものを不思議がっているようにも見える。

「あー…。ルキアは髪が長い兄ちゃんしか知らないもんなー。そりゃ見慣れないわな。」

 サヤがよくアルバムを見るので、ルキアも髪が短い頃の自分の写真くらい見たことはあると思う。だがあの時と今では相当雰囲気も違うし、ルキアが戸惑うのも仕方ないだろう。

「………」

 こちらを見つめる無垢な瞳。

「ん?」

 ユキは優しく微笑みかける。

 そこには、多少見た目が変わったところで揺らぐことはない家族への慈愛がこもっていた。

 それだけでルキアとしてはもう十分だったのだろう。ルキアはパアッと表情を輝かせると、ありったけの力を込めてユキの首に抱きついた。

「こっちのにぃにも好きーっ‼」

「………っ」

 ユキは思わず息を飲む。

 ほっと体から力が抜けて、それで自分が少しだけ緊張していたことを自覚した。

 サヤはきっと動じないだろうとは思っていたが、ルキアにどんな反応をされるかは分からなかったので、ちょっとだけ身構えてしまっていたらしい。

 家族はこの変化を大袈裟にせず、自然体で受け入れてくれる。

 そう感じられたのはやっぱり嬉しかった。

「そっか。ありがとな。」

 破顔したユキは、サヤと笑い合いながらルキアを強く抱き締めてやる。

 その笑顔は、さっきまでの営業スマイルとは違って純粋なもの。

「―――っ‼」

 シャルロットを含め、それを直視した人々は完全にその笑顔に魅了されてしまっていた。

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