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アフターヒーロー  作者: 望月
第五章 帰還した勇者とそれぞれの日常
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第十七話 文化祭②

 多くの人々が行き交い、校内は一面人だらけだ。

 生徒や一般の入場者が入り乱れながらも、実行委員会の学生や教師陣による誘導や、あちこちに張った地図のおかげで、無事に文化祭は進行していた。


(今、文化祭なんだよね……)


 楓は会議室の窓から、ボンヤリとした顔で、人の群れを眺めていた。

 開会式を終えてしばらくは、休憩時間だった。

 とはいっても、学園内を楽しむ時間はなく、読書をしてみたり、こうして上から見学するぐらいだ。

 これといった目的はないが、改めて文化祭が始まったのだと実感する。

 待ちに待った文化祭だからか、楓の真顔も心なしか緩んでいる。


 登壇したとき、意外なことに、楓は冷静だった。

 原稿に目を向けず、ひたすら会場の人に語りかけ、最後まで話すことができた。

 思い出すと手が震えてくる。

 あの大人数の中で、自分は演説をしたのだ。

 開会式の終わりかけということもあって、集中力が途切れていた生徒もいた。

 全員が楓の話を聞いてくれていたとは限らない。

 でも最後までやりきった。

 クラスメイトや舞がどこにいるか探す余裕さえあった。

 緊張から解き放たれた脱力感と充実感が全身を巡る。


(舞ちゃんは服部君と回るって言ってたっけ。上手くいくといいなぁ)


 昨日、そんな内容のメールが舞から届いた。

 文面からでも、楽しみにしているのが伝わってきた。

 友人として、彼らの関係が良いものになっていけばいいな、と心から願っている。

 いつか自分も和也と。ちょっとだけ想像もするが、すぐに恥ずかしくなって、頭を振った。



(そういえば、迷子になったりしてないかなぁ。フリーネちゃんが少し心配……)


 さすがに学園内で迷うことはないだろうが、フリーネなら万に一つでも可能性がありそうだ。

 迷子センターで、子どもと楽しく笑い合う姿が目に浮かぶ。


「……もう行かないと」


 間もなく受付の子と交代する時間だ。

 実行委員会の面々が来る予定もないから、戸締りはしっかりとしておかなければならない。

 楓は部屋の鍵を閉め、会議室を後にした。





 ★★★★★




「……というわけだ。覚えたか?」

「あ、うん。覚えたよー」


 フリーネは机に置かれた用紙を、クルミに見せていた。

 クイズ形式のスタンプラリーを試しにやってみたのだが、これがさっぱり分からず、困っていると、クルミが偶然通りかかり、ほぼ強引に答えを要求したのだ。

 渋々ながらも、クルミは教えてくれた。

 だが懇切丁寧に説明された挙句、なんと一○分にも及び、フリーネの意識は朦朧としていた。

 道には迷ってはいなかったが、答えに迷い、意識も彷徨い気味だ。


「この世界の住人なら常識的な問題ではないのか?」

「いやぁ、世界って言っても国によって違うからねー。たはは」

「どうだかな。貴様は思考する気力がないだけで、知識自体は頭に入っているだろう」

「だって考えるのめんどいしー」


 クルミの追及を、笑ってごまかす。

 冷たい視線に身が縮こまる思いだが、さすがのクルミもこれ以上は、何も言わなかった。


「やっぱりクルミちゃんも一緒に行こうよー! あたし一人じゃ一生終わんないよ! スタンプラリー全部クリアしたら、番号順の缶バッジ貰えるんだよ! ほらあのポスターのヤツ!」


 フリーネがポスターを指差した。

 銀色のバッチに、青色で番号が刻まれている絵だ。

 スタンプラリーを終えた参加者へのプレゼント商品だ。

 クルミの眉が微かに動くが、それだけだ。

 まだ足りない、バッジだけでは動いてくれない。

 ならば、とフリーネは身を切る思いで、苦しそうに言った。


「今ならお菓子も付けるよ! バッジはそもそもおまけで、メインは美味しいお菓子! あたしのも半分あげるから! ね、やろうよー!」


 フリーネが駄々をこね始めたのを見て、クルミは嘆息し、


「いいかフリーネ。この国の言葉に、初心忘るべからずという諺がある」


 また長い講釈が始まるのを感じ、フリーネの額に嫌な汗が流れる。


「簡単に言えば、始めた頃の気持ちを忘れるなと言った意味だ。貴様も初めは自分で思考していたはずだろう? 私に頼らずとも、貴様にならこの程度の壁は乗り越えられるさ」


 予想に反し、妙にいいことを語ってきた。

 長々とした説明ではないようなので、顔色もたちまち明るくなる。

 しかしフリーネは騙されない。


「そうやって私を混乱させて騙そうだなんて、アホの子がやることだよ!」

「貴様が言うか。まあいい。なら一生やっていろ。私はやるべきことがある。ではな」

「あ、ちょっと待ってよクルミちゃん!」


 クルミは早足でフリーネから離れ、建物の中に消えた。

 教えてもらった答えを書き写すべきか、クルミを追いかけるべきか。

 どっちも考えた挙句、フリーネは答えを書くことを優先した。

 一度答えを忘れてしまえば、またクルミに教えてもらうことはできない。

 悔しげにクルミが去った方向を見て、答えを書き殴る。

 これでスタンプラリーを続行できる。

 一応の安心を覚えて、ふと我に返った時、フリーネは思った。



「……しょし? 忘れた? どんな言葉だったっけ……」


 クルミが暗号のようなことを言っていたような気がするが、記憶にもやがかかって、答えが導き出せない。

 全く分からないわけではなく、中途半端に記憶に残っているせいか、気になって仕方がない。

 体がムズムズする。

 しばらくスタンプラリーはできそうになかった。










「ねえねえハットリーヌ、しゃしんわすれたからすって、なーに?」

「写真忘れた烏?」


 どうにも思い出せなかったフリーネは、周囲をうろついていた武蔵を捕まえていた。

 女子の集団を遠目で眺めていたようだから、きっと暇を持て余していたのだろう。

 とにかく何でもいいから、ヒントが欲しかった。

 頭のいい武蔵なら分かるかもしれないと、淡い期待を抱く。


「ぶふっ! 何言ってんだフリーネちゃん。烏が写真なんて撮るわけねえじゃん」


 武蔵はフリーネの言葉ができず、吹き出しそうになる口を手で抑えた。

 正直なところ、フリーネ自身も何を言っているか理解できないので、彼の気持ちはよくわかる。


「あのね、クルミちゃんが何か頭良さそうな言葉を教えてくれたんだけど、どんなだったか思い出せなくって」

「クルミちゃんがかぁ。ちょい待ち。調べてみるわ」


 舞と一緒に練り歩く予定だったが、人手が足りないとかで、一年A組の生徒に持ってかれてしまっていたところだ。

 舞が戻ってくるまでの時間つぶしには丁度いい。

 武蔵はスマートフォンを取り出し、検索してみるが、これといってヒットしない。

 いい結果が得られず、申し訳なさそうに口を開いた。


「わりぃなフリーネちゃん。こりゃ分かんねえわ」

「いやいやあたしこそ、ごめんだよー」


 互いに頭を下げる。


「ヒントになるようなことは言ってなかったか? その言葉が出る前はどんな会話してた?」

「スタンプラリーの答えを教えてもらってたよ! 一○分くらい!」

「問題と答えはどんなやつ?」

「晴れてるときに雨が降ることを何て呼ぶか。で、答えは狐の嫁入り! だよ!」


 フリーネはスタンプラリーの紙に書かれた文字を読み上げる。

 既にこの辺ですら、記憶が曖昧になっていた。

 武蔵はスマートフォンのメモ機能を使って、情報を整理する。

 キーワードは写真忘れた烏。クルミの言葉。意味は自分でやれ。


「あー気になるー気になるーきっになっるよー」


 フリーネはくるくると回って、歌い始めた。

 唐突な謎の行動は日常茶飯事なので、武蔵は気にも留めなかった。


(クルミちゃんのことだから、変な言い回ししただけってのも考えられるしな。暗号っつう線もある。狐の嫁入りとの関連性も捨てきれねえ)


 あの魔王様が、無意味で訳の分からない台詞を言うとも思えない。

 写真忘れた烏には、確かに意味がある。

 武蔵はそう確信し、会話を再開した。


「その時のクルミちゃんの雰囲気はどうだった? 嬉しそうとか苛々してたとかあるじゃん」

「ドヤ顔だったりイライラ気味だったりしてたかなー」

「なるほどねぇ」

「もしかしたら文化祭の中にヒントがあるかもねー」

「それもありそうだな。クルミちゃん探すがてら、少し周るか」

「いいの? 誰か待ってたんじゃないの?」

「連絡入れときゃ大丈夫っしょ。ずっと待ってんのも退屈だしよ」

「おお! ありがとハットリーヌ!」


 武蔵は素早くスマートフォンを操作した。

 初めての文化祭で気分が高揚し、待っている時間がどうにも我慢できそうになかった。


(舞ちゃんならわかってくれるっしょ。連絡来たら切り上げればいいしな)


 文化祭を楽しむついでに、クルミを見つけて答えを聞き出せば、全て丸く収まる。

 終わったら舞と文化祭デートを満喫するつもりだ。


「じゃあまずは、一番近いパフォーマンス会場にレッツゴーだね!」


 フリーネは元気よく飛び跳ね、会場に向かった。

 会場は学園敷地内の最北にあった。

 ライブ会場のように開けたステージが設置され、多くの人で賑わっていた。

 ちょうど学園の王子様と呼ばれる金髪碧眼美男子が、舞台の上で電撃とともに舞っていた。

 清条ヶ峰学園特有の光景だ。

 他では異能を使ったショーは、そう見れるものではない。

 黄色い歓声が耳をつんざき、最高に盛り上がっている。

 王子のどこか寂しげな面持ちが、観客の心をさらに熱くさせていた。

 あんなに女の子が騒いでくれるというのに、平常心どころか表情で演出するとは、さすがの王子だと武蔵は思った。

 武蔵なら確実ににやけていたことだろう。


「ああやって異能使っていいんだねー。ビックリしたよ」

「まあ割と適当にごまかせるしE組の生徒には良いストレス発散場所だかんな。客も喜ぶから、一石二鳥ってやつだ」

「でもヒントはないっぽい?」


 フリーネは辺りをぐるりと見渡して言った。

 写真を撮っている人は数多くいるが、烏に関連するものはなさそうだ。


「おや、二人ともどうしたんだい?」


 楠が背後から声をかけてきた。

 ここ最近の準備のせいか、隈ができていた。


「せんせー。しゃしんわすれたからす、ってわかる?」


 フリーネが説明しようとするが、わかりやすく伝わらなかったので、武蔵が代わりを務めた。

 あらかた話を聞き終えると、楠は顎に手を当て、


「彼女のことなら、詩的な表現かもしれないよ。狐とカラスはイソップ寓話に話があったから、そこを使っているのかもね」


 観客のどこからか、男の野太い声援が聞こえてくると、舞台の上で強烈な青白い光を放たれた。

 目によろしくない光景に、楠は疲れたように息を吐く。


「少し抑えてもらわないと困るな、少し行ってくるよ。そうだ、こういうのはハル君が得意だから、美術室に向かうといい」


 楠は早足で舞台袖に向かっていった。

 異能パフォーマンスの監視も、彼の仕事の内だ。

 また疲労で白髪が増えそうだと、心配になる。


「んじゃ美術室に行きますか」


 武蔵とフリーネは会場を後にして、校舎を目指す。

 美術室は校舎の三階に位置し、ここからでは距離がある。

 道中、フリーネは笑顔で言った。


「それにしてもハットリーヌがいてくれて助かるよ! あたしだけだったら、途中で放り出してたもん!」

「フリーネちゃんは飽きやすいだけのような……」


 武蔵は呆れたように言うが、褒められて悪い気はしない。


「ま、俺の任せなって! 必ずこの謎を解いてやるぜ!」

「おお! カックいい!」


 フリーネがおだてるものだから、武蔵もさらに調子に乗る。

 さながら彼氏と彼女がよろしくしているような光景だが、武蔵は天使一筋で、フリーネは恋愛のレの字もない無垢なドラゴンである。

 ある意味においては、武蔵が学園入学当初に抱いていた想いが達成できている。

 しかし、本人にその自覚がないのだから、困りものである。

 武蔵は気分を良くして、フリーネに色々な薀蓄を語りながら、美術室まで歩いた。


「珍しイ組み合わセですネ。どうかしましタ?」


 椅子に座って、見学者を見守っていたハルは首を傾げていた。

 武蔵もフリーネも美術に興味が薄い生徒なので、驚いているのだろう。

 実際、こういう時でもない場合、二人は来ない自信があった。


「せんせーはさー、しゃしんわすれたからすって分かる?」

「楠先生はイソップ寓話が関連してるんじゃないかと言ってました。ハル先生はどうですかね」


 簡単に事情を説明すると、ハルはスケッチブックを持ってきて、絵を描き始めた。


「必ずしも狐とカラスが関連しているトハ限りませんカラ……」


 瞬く間に描き上げ、絵を二人に見せる。

 可愛らしくデフォルメされたカラスが、カメラを首にぶら下げていて、慌てふためく絵だった。

 まさしく言葉のまま絵にしたかのようだ。


「クルミちゃんがこれのまんまを言ったとは思えねえっすけど……」

「ハハ、遊び心は大事デスヨ」


 ハルはスケッチブックを仕舞い、ロダンが製作した『考える人』のようなポーズをした。

 きっと、絵は本当に遊びで、真面目に考えてはいなかったのだ。

 彼が思考している間に、ふと美術室を眺めた。

 浮世絵や油絵、他にも水彩画など、様々な絵が飾られている。

 美術部とハルが描いた作品を中心に、怪しい置物や異国の民族衣装も並べられていた。

 旅行好きのハルが購入したお土産だと思われる。

 美術の授業で、よく海外の話をしているから、間違いないだろう。


(絵ねぇ。軽く見てみっか)


 武蔵は目を細め、飾られた作品を鑑賞する。

 ハルの絵は統一性がなく、好き勝手に描いているように見えた。

 灰色の塔がぽつんと立っているだけの絵や、人がうじゃうじゃ敷き詰められた繁華街の様相などなど、様々だ。

 芸術性なんて分からないので、上手い絵だな、というぐらいしか感想が浮かばない。

 客層も、その手のジャンルに精通していそうな人しかおらず、場違い感を覚えた。


「ねえねえハルせんせー、どう? わかった?」

「いえまったク。さっぱりデスヨ」


 ハルは降参したとばかりに、両手を挙げた。

 フリーネは残念そうに俯く。


「そっかー。せんせーごめんよー」

「謝るのはボクの方デスヨ。お力になれず申し訳ナイ」


 互いに頭を下げる。

 フリーネも自分が無理難題を押し付けている自覚はあった。


「お詫びにコレをどうゾ」


 ハルは机に置いてあった紙袋から、飴を取り出し、二人に手渡した。


「わーい! せんせーありがとー!」


 フリーネは喜んで受け取ると、早速口に放り込んだ。

 そして余計な手間を取らせた謝罪をし、美術室を後にした。

 ハルが手を振って見送りをしてくれたのが、印象的だった。

 売店で飲み物を買い、行くあてもなく歩いていると、武蔵は言った。


「ねーハットリーヌ? まだ続ける?」


 フリーネは手をぶらぶらとさせて言った。

 狐の嫁入りだのイソップ寓話だのそのままの意味だの、範囲が広がりすぎて、わけがわからないことに陥ってしまっている。

 気になるには気になるが、正直飽きてきていた。

 美味しい食べ物の匂いが漂い、子どもたちが走り回っている姿を見て、どんどんやる気も削がれていた。


「いや最後までやろーぜ! 気になるじゃん!」


 武蔵は口調を強くして言った。

 ここまできたら何としてでも意味を知りたい。

 諦めるという選択肢はないのだ。


「つーかクルミちゃん探したほうが早いんじゃねえかなコレ」

「でも素直に教えてくれそうにないよねー。どうせお説教だよ」

「クルミちゃんだもんなぁ。俺が土下座して頼み込んでも無視だろうな」


 武蔵は怠そうに息を吐いた。

 クルミからの扱いは、自分が最も理解している。

 ゴミと罵倒され、扱いもぞんざいな武蔵が丁寧に訊いたとしても、まともな答えが返ってくるとは思えなかった。


「ねえハットリーヌ、ちょっとアレやってみようよ!」


 フリーネが指差す方向には少年達が群がっていた。

 記憶が正しければ、ストラックアウトと呼ばれる競技だ。

 ボールを投げている少年を応援し、当たれば喜び、外れたら落胆していた。

 知識としては知っているが、実物を見るのは初めてだ。


「ストラックアウトか……ま、少しならいいか。いいぜ、やってみっか!」

「そうこなくっちゃ! レッツゴー!」


 武蔵は快諾し、少年の集団に混じっていった。

 写真忘れたカラスの意味は知りたいが、別に後回しにしたっていい。

 舞からの連絡が来ていないことを確認して、心置きなく第一投を投げた。


「いらっしゃいませー! 焼き鳥どうっすかー! お安いですよー!」

「お化け屋敷やってまーす!」

「間もなくダンス部によるパフォーマンスの時間でーす!」


 あちこちから呼び込みの声が聞こえてくる。

 人で賑わい、誰もが楽しそうに喋り、文化祭を満喫している。

 学生らしい手作り感溢れる屋台も、これが文化祭なのだと感じさせてくれた。

 女の子もどこか開放的で、潤いを齎してくれる。

 ああ、なんて素晴らしいのだろう。

 文化祭、万歳。


「いやぁ極楽極楽っ」


 フリーネは嬉しそうに焼き鳥を頬張ると、新たな標的を探しに店を見て回る。


(つーかダンスって確か……)


 ダンスと言えば、確か和也が加わっていたはずだ。

 どうせ行くあてもなく、時間を潰してしまうなら、少しくらい見に行ったっていいだろう。


「なあダンス部覗いてみね? 和也も出るって話だし」

「おおいいね! ついでに訊いてみてもいいし! うん、いこういこう!」




 ホールに入ると、既に満員に近い人数で、座れる場所が見当たらなかった。

 女性の比率が高く、甲高い声が場内に響いている。

 あまりのひしめきように、フリーネは壁にもたれかかって、極力人の群れから離れた。


「人多すぎなんじゃないかなー……」

「この学園のダンス部結構有名なんだぜ。で、イケメンも多いから女子人気も高いとかなんとか。まあ、もし俺がいたら、こんなホールじゃ収まりきらねえ数の女の子が来るけどな!」

「へー、そーなんだー」


 武蔵の軽口を軽く流し、フリーネは幕が垂れている舞台を見た。

 事前に学園の情報を調べていた武蔵と違って、これといった理由もなく入学したために、学園のことをほとんど知らなかったのだ。

 強いて言うならば、古くからの友人である学園長に誘われたから、気紛れで入学しただけだ。


「んだよ。フリーネちゃんは学園のこと知ろうぜ。そうすりゃもっと楽しくなるってもんだしさ」


 珍しくもっともな意見を言う武蔵に、確かになあ、と同意する。

 口ぶりからするに、名の知れたダンス部なのは分かる。

 だがフリーネは知らなかった。

 学園のことを知ろうとさえしなかった。

 今日も武蔵に解説されて、初めて頭の中に入った気がする。

 考えることが苦手だといえ、『しゃしんわすれたからす』といい、文化祭のことといい、少しは自分の頭を使うべきなのかな、と何となく思った。


「お、始まるみたいだぜ」


 武蔵が呟くと、幕が上がる。

 ダンス部のショーの始まりだ。



 ★★★★★




「おつかれー!」

「おう和也、なかなか良かったぜ」

「ありがとう。でももっと早く来れば、いい位置取れたのに」

「見えてたのかよ」

「割と見えるもんだよ」


 公演が終わり、会場の外の木陰で休憩中だった和也に声を掛けた。

 ダンス部のパフォーマンスは見事だった。

 観客に息を吐く暇さえ与えない迫力と、心を噴火させるような熱い踊り。

 そしてボイスパーカッションを織り交ぜた構成で、プロ顔負けのダンスであった。

 ちなみに和也は端っこで、連続宙返りを披露したり、色々と大技を繰り出し、会場を盛り上げていた。


「俺なんかまだまだだよ。テクニックにしろ感覚にしろ、もっと練習が必要だったよ。運動量も倍にして、イメージトレーニングも増やさないと……」


 周りのダンス部部員が「修行僧か何かかよ」と漏らしてしまい、和也が肘で小突いた。


「つーかこれっきりじゃないのかよ」

「機会があればまたやりたいかな。皆、来年も出ていい?」


 和也の問いかけにダンス部部員が怠そうに首を縦に振ったり、親指を立てたりした。

 適当な肯定ではあったが、和也は満足そうに微笑んだ。


「あ、そーだ。カズくん、しゃしんわすれたからす、ってわかる?」

 フリーネはすっかり頭から抜け落ちていたソレを、和也に尋ねた。

 事情を説明し、楠やハルにも訊いたこと、途中で忘れていたことなど、全部を離した。

 そうして話し終わった途端に、和也は口を開いた。


「初心忘るべからず、じゃないかな」


 その言葉が、フリーネと武蔵の脳内を巡る。

 何故初心忘るべからずに繋がるか、武蔵にはさっぱり理解できずにいた。

 頭の上に疑問符を浮かべている忍者に対し、フリーネはというと、


「おおそれだよカズくん! 初心忘るべからず!」


 フリーネの表情はたちまち明るくなり、子どものように『初心忘るべからず』と連呼し始めた。


「え、それが正解なの?」

「うん、そうだよ! そうなんだよ! 初心忘るべからず! あースッキリしたっ」


 晴れ晴れしいフリーネの笑顔に、武蔵はたまらず叫んだ。


「写真もカラスも関係ねえじゃん!」


 何をどう聞き間違えたら、写真忘れたカラスになるのか。

 百歩譲って、そのように聞こえるとしても、語感が似ているだけで、ほぼノーヒントだ。

 答えに辿り着くわけがなかった。

 無駄足を踏みまくった挙句、先生方にも迷惑をかけたという事実に、肩が重くなる。

 しかしこれでようやくスッキリすることができた。

 もしも解決できなかったら、一週間は眠れない夜が続く自信があった。


「うっし、意味もわかったことだし、本格的に楽しむとしますか。和也も一緒に行こうぜ。どうせもう暇だろ?」


 武蔵の問いに、和也は答えなかった。

 ただ首を傾げ、こう言った。


「それはそうと、舞はどうした? 一緒に回るんじゃなかったのか?」


 血の気が引いていくのが分かった。

 顔がたちまち青ざめていく。

 この世の終わりが差し迫ったような感覚だ。

 舞のことをすっかり忘れていた。

 写真忘れたカラスとかいう無理難題のせいで、完全に脳の片隅に追いやられていた。


「やべえ! 忘れてた!」


 武蔵は慌ててスマートフォンを取り出す。

 通知が一件だけあった。

 僅かな希望にかけて、震える指でタッチすると――


『お邪魔みたいだから、私はクラスの子といるね』


 武蔵は死んだ。


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