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アフターヒーロー  作者: 望月
第五章 帰還した勇者とそれぞれの日常
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第十八話 文化祭③

「ハットリーヌ、許してもらえるといいねー」

「そうだなぁ。ま、駄目だったら慰めますかね」

「だね! 焼き鳥とか食べれば元気になるもんね!」


 フリーネは手を握り、親指を立てた。

 あの後、この世の終わりが訪れたような表情だった武蔵を励まし、舞の元に送り出していた。

 失敗したら自殺をもしかねないため、上手くいくことを願うばかりだ。


「フリーネさんはどうする? 一緒に行く?」

「うーん、子ども達がそろそろ来る時間なんだよねー。カズくんがそれでいいなら」

「全然いいよ。大勢の方が楽しいしさ」

「うん! それに何かあっても、あたしが燃やしちゃうしね!」


 不穏な言葉を発するフリーネに、和也は苦笑いだ。

 少々の不安を覚えてしまうのは、これまでの彼女の行動を踏まえると、とても自然なことだった。

 待ち合わせ場所の校門付近に向かうと、既に子ども達が待っていた。


「やっほー! 皆いらっしゃーい!」

「やっほー!」


 フリーネの呼びかけに、元気よく応える。

 あっという間に少年少女に囲まれるも、フリーネは楽しそうにじゃれあっていた。


「佐藤さん、高木さん。お久しぶりです」

「あら桐生君じゃない。あなたも一緒なの?」

「はい。フリーネさんのおまけみたいな物ですけどね」


 親も数人付いてきており、和也は頭を下げて挨拶していた。

 スーパーマーケットで保護者の方々とはしのぎを削る仲なので、児童よりも知り合いは多い。

 大人数人に子どもは大勢、そして勇者とドラゴンで構成された集団は、文化祭巡りを開始した。

 子ども達は、たくさんの楽しそうな、面白そうな場所に目を奪われる。

 今にも自由に走り出して、どこに誰がいるか分からなくなりそうだ。

 親や和也が注意を促そうとすると、


「迷子にならないように、皆固まって動こうね!」


 フリーネがそう言うと、子ども達は素直に従った。

 彼女の温かみのある声は、とても心地が良い。

 学園内はともかく、ちびっ子にはかなり人望があるのだ。

 学園中央に並んだ出店を巡り、しばらく道なり進むと、大きな広場に出る。

 とは言っても、広場は人で埋め尽くされている。

 そこは、ただでさえ人でごった返している文化祭の中でも、人が密集する地域だ。


「ねーちゃん! ここは何やるとこなの?」

「えっとねー、えっと……クイズ大会! そう今クイズ大会をやってるんだよ!」


 フリーネはあちこちを見渡しながら言った。

 小さな子では見つけにくいが、宣伝用の旗がいくつか立てられている。

 少しは年上ぶれて、フリーネは満足そうだ。

 一方和也は隣で苦笑いをしつつ、クイズ会場用に設置された舞台を見た。

 そして視界に入った映像に、思わず目が丸くなる。


「あれ? クルミちゃんいるじゃん!」


 フリーネが驚いて、大きく声を上げた。

 舞台上にはテレビ番組に出てきそうな、押ボタン付きの机が置かれ、三つほど並べられている。

 清条ヶ峰なので、設備が本格的なのは当たり前だ。

 ただ、クルミが腕を組んで、偉そうに座っているのは予想外だった。

 二つ結いにした銀髪の先が揺れ、海のように深い碧眼が、司会者を見据えた。

 魔王様の眼力に屈し、全身と声を震わせる司会者が、なんとも哀れだった。

 得点表にいたっては、他の回答者の追随を許さないレベルで、クルミのぶっちぎりだ。

 会場はクルミコールに湧き、ここが本当に文化祭なのかどうかさえも、分からなくなってきた。


「答えは勇往邁進だ」

「は、はい! 正解です! なんとここまで全問連続正解! 一年ながら圧倒的な知識力だァー!」


 司会者は震える手を抑えつけながら、会場中にクルミの勇姿を伝えた。

 形式は早押しなので、誰よりも早く答え、正解を言い続けるという無双っぷりだ。

 会場がクルミコールに沸くが、本人は凛と座して、次の問題を待っていた。

 賞賛を当然のものとして受け取り、己が一番だと確信しているからこそ、あんなにも堂々と座っていられるのだ。

 フリーネだったら、簡単に取り乱して、早々に脱落することだろう。



「なんだかんだでクルミちゃんも楽しんでるよねー」

「こういうの大好きだからね。勝負になったら絶対に勝たないと気が済まないタイプだしさ」


 会場の炎のような燃え上がりに、和也達は去ることにした。

 子どもらも、せっかくの文化祭で見学するだけなのは退屈で仕方がない。

 道に戻る途中、またクルミが正解したという司会のアナウンスが聞こえてきた。

 全く手加減を知らない魔王様だ。

 この調子だと文化祭で行われる競争物を総なめするのではないか、和也はある意味自信を持って、そう思えた。


「フリーネねーちゃん! あれ取ってよ! あれ!」


 少年がフリーネの服の裾を掴み、せがむ。

 指差す方向には、射的屋があった。


「文化祭で射的って、ちょっと変だねー」

「射的好きの子がごり押ししたみたいだよ」

「人、少ないねー」

「ほら、あのクイズ大会の方に人が流れてるんだよ。クルミちゃんのおかげで盛り上がってるしね」


 フリーネはなるほどー、と言ってスカートのポケットを探る。

 無料券をいくつか譲り受けていて、こういう時にこそ利用すべきものだ。


「むっくんは何が欲しいの?」

「あれ! 真ん中のやつ! 俺下手くそで、ああいうの取れねーんだよな」


 フリーネの友人、むっくんは少年らしからぬ舌打ちをした。

 あの手の店は、釘を刺したりして、絶対に物が落ちない細工をすることもある。

 学生運営の射的屋で、そんな詐欺まがいのことは、教師が許さないだろうから、心配無用だ。

 どうやらお目当ては特撮物の変身ベルトらしい。

 ハットリーヌが好きそうな玩具だな、とフリーネは漠然と思った。


「いいよ! お姉ちゃんに任せておきなさい!」


 フリーネは自信満々に答えるが、射的は一度もやったことがない。

 だがお姉さんらしいところを見せたいし、簡単そうだから出来るという予感があった。

 そうして意気込み、いざ銃を構える。

 持ち方は前に並んでいた人の見様見真似で、どこかぎこちないが、そんなものは些細な問題だ。

 狙いは中央の変身ベルトだ。

 獲物は大きく、外すことはまずないだろう。

 弾数はある。

 とりあえず中心に当てて、徐々にずらし、棚から落とす。

 道筋は見えた。


「あたしに狙われたのが運のツキだね!」


 フリーネは勝利宣言をしてから、引き金を引いた。












「ごめん、駄目だった」

「いいってねーちゃん。ある意味期待通りだから」

「そーそー。こうなるって知ってた」


 当然のごとく、全弾外したフリーネは、しょぼくれて子ども達に慰められていた。

 構え方も狙いも適当で、的中するわけがないのだ。


「今度は俺がやるよ」


 和也は銃を構え、瞬く間に変身ベルトを撃ち落とした。

 残った弾で、お菓子類も次々と落下していく。

 苦い顔をする店番の生徒に、にっこりと微笑んで、品物を受け取る。


「にーちゃんすげー!」

「おにーちゃん! 私にもやり方教えて!」

「皆落ち着くんだ。ちゃんと教えるから」

「あんまりうちの子を甘やかさないでちょうだいね、桐生君」

「かーちゃんの言うこと気にしなくていいからな、にーちゃん!」


 フリーネは放り出され、今度は和也が囲まれる。

 きらきらとした少年少女の視線を一身に受け止め、和也は戦利品を分配する。

 保護者組も楽しげに混じり、フリーネだけが、おいてけぼりだった。

 お姉ちゃんとしての立場が崩れ去ったドラゴンは、恨めしそうに「おにーちゃん」を睨んだ。

 子ども達に再び姉の威厳を示さなければ、和也にポジションを奪われてしまう。

 かつてない気力が、体の底から湧いてくる。

 目指すはお姉ちゃんポジションの奪還。

 若干涙目になりつつも、フリーネは叫ぶ。


「カズくん! あたしと勝負だ!」






 ★★★★★




「…………」



 そんな微笑ましい光景を、楓は真顔でじっと眺めていた。

 受付の担当時間も過ぎ、今度は各地の状況を確認するため、移動している途中だった。

 偶然和也が目に入り、楽しそうにやっているなぁ、と内心嬉しく思っていたのだが。


「ぐぅ……気持ち悪い……」

「だから大食い大会なんてやめようって言ったのに……」


 食べ物を持った和也が向かった先にはフリーネがいて、なんと背中をさすってもらっているではないか。

 周りが賑やかで会話は聞き取れないが、二人の動きに目が離せない。

 というよりも、楓は肝心なことを忘れていた。


(私、桐生君と文化祭を回れないんだった! 大切なことなのに、完全に忘れてた!)


 役職に就けば、一般生徒と文化祭を楽しむことはできなくなる。

 そんな容易に想像できる状況さえ、楓は考えもしていなかった。

 実行委員になったことは後悔していない。

 しかしそれはそれ、これはこれだ。



「苦いものばかりの大食い大会なんて、ただの罰ゲームか何かだよ……うう……」

「ほら口直しに甘い物買ってきたから、これ食べて」

「おお……ありがたやありがたや……でも怠いから食べさせて……」

「まったく、仕方ないなぁ……」


 和也がフリーネの口に、優しくクレープを運んだ。

 きっとあれは、恋人同士がよくやるという、『あ~ん』というやつだ。

 遠目からは、そうとしか見えない。


(ああ……)


 楓は羨ましそうに、心中で息を漏らした。

 あの二人が、そんな関係ではないのは理解している。

 だが気になるものは気になる。

 鼓動も早くなるし、自分から冷静さが失われつつある。

 今すぐどういうことなのか問いただしたいが、仕事がある。

 実行委員である以上、大切な仕事だ。

 強い理性を以ってして、雑念を振り切ろうと試みる。


「ねーちゃん大丈夫かよ、ほら水貰ってきた」

「おねーちゃんしっかり! 色々と!」

「ありがとー……」


 子どもが集まってきて、フリーネを心配そうに見ていた。

 状況はいまいち掴めないが、もしかしたら体調でも悪いのだろうか。

 そうやって足を止めてしまったのがいけなかった。


「きゃっ!」


 少年がうっかりコップを滑らせて、水がフリーネにかかってしまった。

 驚いた拍子に、和也の腕に抱き付くような形になる。


「あ、ごめん……」

「……いやそれはいいけど、早く拭かないと」


 可愛い女の子とそんな状態になってしまって、和也も動揺していた。

 少なくとも楓の目にはそう見えた。

 真顔を通り越して、彼女の表情は無だった。

 感情の欠片さえ感じさせない、平坦な無だ。

 あまりの異質さに、周囲の人は楓を避けていた。いや恐れをなして逃げていた。

 表がこんなにも無であるならば、


(あああああああああああああああああああああああああああっ!)


 当然、裏は凄まじいことになっている。

 この衝撃はツァーリボンバを超越し、もはや超新星爆発クラスと断言してもいい。

 今すぐ位置を代われと迫りたい。

 でも会長としての仕事がある、責任がある。

 理性と欲望のせめぎ合い。

 理性は諌める、何の為に文化祭実行委員になったのだと。クルミの、皆の笑顔を見るためではなかったのかと。

 欲望は囁く、動物になれよと。本能の赴くままに居場所を勝ち取れと。

 そして楓は数瞬に渡った理性と欲望の激闘の末、決断した。


「仕事に、行こう」


 無機質の声で放たれた言葉は、楓の足を動かすには充分な力があった。

 口に出したからには、やらないわけにはいかない。

 また彼らを見てしまえば、もうここから離れられなくなる。

 楓は振り返らずに、仕事に向かった。





 いくつか現場を視察し、迷子がいないか辺りを見ていると、クルミが三年の先輩とメイドを引き連れて、楓のいる方向に歩いてきた。

 クルミが勧誘したという三年生徒とは関わりがなく、彼らが近くにいると、緊張してしまって、話しかけにくい。

 確か鎌鼬、サトリ、がしゃどくろ、そして異能者の藤美守だったはずだ。

 勇気を出して一歩踏み出そうか悩んでいたら、ふとある物に気付いた。


「あっ……」


 クルミの手に、金色に光るバッジがあった。

 スタンプラリーで全箇所通過しなければ貰えない物だ。

 しかも刻まれた番号は「1」だ。

 見えたのは一瞬で、すぐに懐に仕舞われてしまったが、それだけで充分だった。


「全く、貴様らは他にやることがないのか」

「このような人が溢れた場所、何かが起こるやしれません。我々はあなた様の矛と盾。付き従わない道理がありません!」


 熱く語るサトリに、教導部隊の面々は「うわこいつめんどくせえ」といったような表情を浮かべるが、本心は似たり寄ったりなのだろう。


 そのまま両者はすれ違った。

 クルミが話しかけてくれる理由はないし、楓が言葉を掛ける意味もない。

 楓は、真顔ではなく、年相応な朗らかな笑みを、ほんの少しだけ浮かべた。

 楓の足はどこか軽やかだ。

 心地のいい秋の風が肌を撫で、ふと顔を上げれば、透き通った青空がよく見えた。


次回5章エピローグ

明日の12時に更新します

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