第十八話 文化祭③
「ハットリーヌ、許してもらえるといいねー」
「そうだなぁ。ま、駄目だったら慰めますかね」
「だね! 焼き鳥とか食べれば元気になるもんね!」
フリーネは手を握り、親指を立てた。
あの後、この世の終わりが訪れたような表情だった武蔵を励まし、舞の元に送り出していた。
失敗したら自殺をもしかねないため、上手くいくことを願うばかりだ。
「フリーネさんはどうする? 一緒に行く?」
「うーん、子ども達がそろそろ来る時間なんだよねー。カズくんがそれでいいなら」
「全然いいよ。大勢の方が楽しいしさ」
「うん! それに何かあっても、あたしが燃やしちゃうしね!」
不穏な言葉を発するフリーネに、和也は苦笑いだ。
少々の不安を覚えてしまうのは、これまでの彼女の行動を踏まえると、とても自然なことだった。
待ち合わせ場所の校門付近に向かうと、既に子ども達が待っていた。
「やっほー! 皆いらっしゃーい!」
「やっほー!」
フリーネの呼びかけに、元気よく応える。
あっという間に少年少女に囲まれるも、フリーネは楽しそうにじゃれあっていた。
「佐藤さん、高木さん。お久しぶりです」
「あら桐生君じゃない。あなたも一緒なの?」
「はい。フリーネさんのおまけみたいな物ですけどね」
親も数人付いてきており、和也は頭を下げて挨拶していた。
スーパーマーケットで保護者の方々とはしのぎを削る仲なので、児童よりも知り合いは多い。
大人数人に子どもは大勢、そして勇者とドラゴンで構成された集団は、文化祭巡りを開始した。
子ども達は、たくさんの楽しそうな、面白そうな場所に目を奪われる。
今にも自由に走り出して、どこに誰がいるか分からなくなりそうだ。
親や和也が注意を促そうとすると、
「迷子にならないように、皆固まって動こうね!」
フリーネがそう言うと、子ども達は素直に従った。
彼女の温かみのある声は、とても心地が良い。
学園内はともかく、ちびっ子にはかなり人望があるのだ。
学園中央に並んだ出店を巡り、しばらく道なり進むと、大きな広場に出る。
とは言っても、広場は人で埋め尽くされている。
そこは、ただでさえ人でごった返している文化祭の中でも、人が密集する地域だ。
「ねーちゃん! ここは何やるとこなの?」
「えっとねー、えっと……クイズ大会! そう今クイズ大会をやってるんだよ!」
フリーネはあちこちを見渡しながら言った。
小さな子では見つけにくいが、宣伝用の旗がいくつか立てられている。
少しは年上ぶれて、フリーネは満足そうだ。
一方和也は隣で苦笑いをしつつ、クイズ会場用に設置された舞台を見た。
そして視界に入った映像に、思わず目が丸くなる。
「あれ? クルミちゃんいるじゃん!」
フリーネが驚いて、大きく声を上げた。
舞台上にはテレビ番組に出てきそうな、押ボタン付きの机が置かれ、三つほど並べられている。
清条ヶ峰なので、設備が本格的なのは当たり前だ。
ただ、クルミが腕を組んで、偉そうに座っているのは予想外だった。
二つ結いにした銀髪の先が揺れ、海のように深い碧眼が、司会者を見据えた。
魔王様の眼力に屈し、全身と声を震わせる司会者が、なんとも哀れだった。
得点表にいたっては、他の回答者の追随を許さないレベルで、クルミのぶっちぎりだ。
会場はクルミコールに湧き、ここが本当に文化祭なのかどうかさえも、分からなくなってきた。
「答えは勇往邁進だ」
「は、はい! 正解です! なんとここまで全問連続正解! 一年ながら圧倒的な知識力だァー!」
司会者は震える手を抑えつけながら、会場中にクルミの勇姿を伝えた。
形式は早押しなので、誰よりも早く答え、正解を言い続けるという無双っぷりだ。
会場がクルミコールに沸くが、本人は凛と座して、次の問題を待っていた。
賞賛を当然のものとして受け取り、己が一番だと確信しているからこそ、あんなにも堂々と座っていられるのだ。
フリーネだったら、簡単に取り乱して、早々に脱落することだろう。
「なんだかんだでクルミちゃんも楽しんでるよねー」
「こういうの大好きだからね。勝負になったら絶対に勝たないと気が済まないタイプだしさ」
会場の炎のような燃え上がりに、和也達は去ることにした。
子どもらも、せっかくの文化祭で見学するだけなのは退屈で仕方がない。
道に戻る途中、またクルミが正解したという司会のアナウンスが聞こえてきた。
全く手加減を知らない魔王様だ。
この調子だと文化祭で行われる競争物を総なめするのではないか、和也はある意味自信を持って、そう思えた。
「フリーネねーちゃん! あれ取ってよ! あれ!」
少年がフリーネの服の裾を掴み、せがむ。
指差す方向には、射的屋があった。
「文化祭で射的って、ちょっと変だねー」
「射的好きの子がごり押ししたみたいだよ」
「人、少ないねー」
「ほら、あのクイズ大会の方に人が流れてるんだよ。クルミちゃんのおかげで盛り上がってるしね」
フリーネはなるほどー、と言ってスカートのポケットを探る。
無料券をいくつか譲り受けていて、こういう時にこそ利用すべきものだ。
「むっくんは何が欲しいの?」
「あれ! 真ん中のやつ! 俺下手くそで、ああいうの取れねーんだよな」
フリーネの友人、むっくんは少年らしからぬ舌打ちをした。
あの手の店は、釘を刺したりして、絶対に物が落ちない細工をすることもある。
学生運営の射的屋で、そんな詐欺まがいのことは、教師が許さないだろうから、心配無用だ。
どうやらお目当ては特撮物の変身ベルトらしい。
ハットリーヌが好きそうな玩具だな、とフリーネは漠然と思った。
「いいよ! お姉ちゃんに任せておきなさい!」
フリーネは自信満々に答えるが、射的は一度もやったことがない。
だがお姉さんらしいところを見せたいし、簡単そうだから出来るという予感があった。
そうして意気込み、いざ銃を構える。
持ち方は前に並んでいた人の見様見真似で、どこかぎこちないが、そんなものは些細な問題だ。
狙いは中央の変身ベルトだ。
獲物は大きく、外すことはまずないだろう。
弾数はある。
とりあえず中心に当てて、徐々にずらし、棚から落とす。
道筋は見えた。
「あたしに狙われたのが運のツキだね!」
フリーネは勝利宣言をしてから、引き金を引いた。
「ごめん、駄目だった」
「いいってねーちゃん。ある意味期待通りだから」
「そーそー。こうなるって知ってた」
当然のごとく、全弾外したフリーネは、しょぼくれて子ども達に慰められていた。
構え方も狙いも適当で、的中するわけがないのだ。
「今度は俺がやるよ」
和也は銃を構え、瞬く間に変身ベルトを撃ち落とした。
残った弾で、お菓子類も次々と落下していく。
苦い顔をする店番の生徒に、にっこりと微笑んで、品物を受け取る。
「にーちゃんすげー!」
「おにーちゃん! 私にもやり方教えて!」
「皆落ち着くんだ。ちゃんと教えるから」
「あんまりうちの子を甘やかさないでちょうだいね、桐生君」
「かーちゃんの言うこと気にしなくていいからな、にーちゃん!」
フリーネは放り出され、今度は和也が囲まれる。
きらきらとした少年少女の視線を一身に受け止め、和也は戦利品を分配する。
保護者組も楽しげに混じり、フリーネだけが、おいてけぼりだった。
お姉ちゃんとしての立場が崩れ去ったドラゴンは、恨めしそうに「おにーちゃん」を睨んだ。
子ども達に再び姉の威厳を示さなければ、和也にポジションを奪われてしまう。
かつてない気力が、体の底から湧いてくる。
目指すはお姉ちゃんポジションの奪還。
若干涙目になりつつも、フリーネは叫ぶ。
「カズくん! あたしと勝負だ!」
★★★★★
「…………」
そんな微笑ましい光景を、楓は真顔でじっと眺めていた。
受付の担当時間も過ぎ、今度は各地の状況を確認するため、移動している途中だった。
偶然和也が目に入り、楽しそうにやっているなぁ、と内心嬉しく思っていたのだが。
「ぐぅ……気持ち悪い……」
「だから大食い大会なんてやめようって言ったのに……」
食べ物を持った和也が向かった先にはフリーネがいて、なんと背中をさすってもらっているではないか。
周りが賑やかで会話は聞き取れないが、二人の動きに目が離せない。
というよりも、楓は肝心なことを忘れていた。
(私、桐生君と文化祭を回れないんだった! 大切なことなのに、完全に忘れてた!)
役職に就けば、一般生徒と文化祭を楽しむことはできなくなる。
そんな容易に想像できる状況さえ、楓は考えもしていなかった。
実行委員になったことは後悔していない。
しかしそれはそれ、これはこれだ。
「苦いものばかりの大食い大会なんて、ただの罰ゲームか何かだよ……うう……」
「ほら口直しに甘い物買ってきたから、これ食べて」
「おお……ありがたやありがたや……でも怠いから食べさせて……」
「まったく、仕方ないなぁ……」
和也がフリーネの口に、優しくクレープを運んだ。
きっとあれは、恋人同士がよくやるという、『あ~ん』というやつだ。
遠目からは、そうとしか見えない。
(ああ……)
楓は羨ましそうに、心中で息を漏らした。
あの二人が、そんな関係ではないのは理解している。
だが気になるものは気になる。
鼓動も早くなるし、自分から冷静さが失われつつある。
今すぐどういうことなのか問いただしたいが、仕事がある。
実行委員である以上、大切な仕事だ。
強い理性を以ってして、雑念を振り切ろうと試みる。
「ねーちゃん大丈夫かよ、ほら水貰ってきた」
「おねーちゃんしっかり! 色々と!」
「ありがとー……」
子どもが集まってきて、フリーネを心配そうに見ていた。
状況はいまいち掴めないが、もしかしたら体調でも悪いのだろうか。
そうやって足を止めてしまったのがいけなかった。
「きゃっ!」
少年がうっかりコップを滑らせて、水がフリーネにかかってしまった。
驚いた拍子に、和也の腕に抱き付くような形になる。
「あ、ごめん……」
「……いやそれはいいけど、早く拭かないと」
可愛い女の子とそんな状態になってしまって、和也も動揺していた。
少なくとも楓の目にはそう見えた。
真顔を通り越して、彼女の表情は無だった。
感情の欠片さえ感じさせない、平坦な無だ。
あまりの異質さに、周囲の人は楓を避けていた。いや恐れをなして逃げていた。
表がこんなにも無であるならば、
(あああああああああああああああああああああああああああっ!)
当然、裏は凄まじいことになっている。
この衝撃はツァーリボンバを超越し、もはや超新星爆発クラスと断言してもいい。
今すぐ位置を代われと迫りたい。
でも会長としての仕事がある、責任がある。
理性と欲望のせめぎ合い。
理性は諌める、何の為に文化祭実行委員になったのだと。クルミの、皆の笑顔を見るためではなかったのかと。
欲望は囁く、動物になれよと。本能の赴くままに居場所を勝ち取れと。
そして楓は数瞬に渡った理性と欲望の激闘の末、決断した。
「仕事に、行こう」
無機質の声で放たれた言葉は、楓の足を動かすには充分な力があった。
口に出したからには、やらないわけにはいかない。
また彼らを見てしまえば、もうここから離れられなくなる。
楓は振り返らずに、仕事に向かった。
いくつか現場を視察し、迷子がいないか辺りを見ていると、クルミが三年の先輩とメイドを引き連れて、楓のいる方向に歩いてきた。
クルミが勧誘したという三年生徒とは関わりがなく、彼らが近くにいると、緊張してしまって、話しかけにくい。
確か鎌鼬、サトリ、がしゃどくろ、そして異能者の藤美守だったはずだ。
勇気を出して一歩踏み出そうか悩んでいたら、ふとある物に気付いた。
「あっ……」
クルミの手に、金色に光るバッジがあった。
スタンプラリーで全箇所通過しなければ貰えない物だ。
しかも刻まれた番号は「1」だ。
見えたのは一瞬で、すぐに懐に仕舞われてしまったが、それだけで充分だった。
「全く、貴様らは他にやることがないのか」
「このような人が溢れた場所、何かが起こるやしれません。我々はあなた様の矛と盾。付き従わない道理がありません!」
熱く語るサトリに、教導部隊の面々は「うわこいつめんどくせえ」といったような表情を浮かべるが、本心は似たり寄ったりなのだろう。
そのまま両者はすれ違った。
クルミが話しかけてくれる理由はないし、楓が言葉を掛ける意味もない。
楓は、真顔ではなく、年相応な朗らかな笑みを、ほんの少しだけ浮かべた。
楓の足はどこか軽やかだ。
心地のいい秋の風が肌を撫で、ふと顔を上げれば、透き通った青空がよく見えた。
次回5章エピローグ
明日の12時に更新します




