第十四話 文化祭に向けて③
今日の仕事は各クラス、部活のするパフォーマンスの宣伝用紙を回収し、パンフレットにすることだった。
生徒全員に配布するので、紙の消費量も尋常なものではなくなる。
経費はともかく、時間がかかるのは目に見えて分かっていた。
しかし、コピー機を使わなくても、複製する手段はあった。
「………………」
暗い会議室に、楓以外の人物はいない。
楓は席に姿勢よく座っていて、目前の机には山積みとなった紙が並んでいる。
そして宙に突如出現したプリントが、次々と積まれていく。
楓の片方の能力は『限りなく本物に近い偽物を生成すること』だ。
簡潔に言えば、複製能力だ。
彼女は力を使って、紙をコピーし、着実に数を増やしているのだ。
機械ならコピーの途中に紙がなくなったり、インクが無くなってしまうが、紙ごと複製してしまえば関係ない。
「まだ半分……頑張らないと」
成果を視認し、気合いを入れる。
楓の力で複製された物は、オリジナルと比べると、紙の触感が変わっていたりするが、誰も気づきはしないだろう。
コピーし終われば、今度は全て半分に折って、本の形にする。
パンフレット作りの中で、最も時間が費やされる作業なので、さっさと複製を終わらせて、余裕を作りたい。
迅速に、確実に、楓は仕事をこなしていった。
複製が終わり、冊子にする作業に入る。
今度は実行委員と協力しての仕事だ。
まず初めに、アナログな紙折り機で、半分に折った。
まとめて二つ折りにでき、余裕もあるため、実行委員との会話も弾む。
「立花ちゃんって料理できるんだよね? フリーネが言ってた」
「はい、母に教えこまれまして」
「よかったら今度教えてよ。男の胃袋を握り潰すぐらいのさ!」
「握り潰しちゃダメでしょ。楓さんも本気にしなくていいからね」
これまで会話したことがない生徒が大半であったが、同性の人は気さくに話しかけてくれた。
E組生徒は学園でも特殊な存在なので、なかなか接点を作りにくいと言っていた。
そう思うと、舞はある意味特別なのだなと感じる。
「楓さん、男ども見ると面白いよ」
言われて、男子が固まっている方を見た。
妙に熱気に溢れていて、顔も晴れ晴れしい。
彼らは楓の視線に気付くと、慌てて背中を向けたり、手を振ったりしてきた。
「あいつら可愛い女の子がいるから張りきってんの。ほんと男子って単純よね」
「まったく私の美少女っぷりに男子もメロメロで困っちゃうわー。立花ちゃんも見習っていいのよ」
「あんたは黙ってなさい」
(先輩は男の子に人気で凄いなぁ)
楓は異性のことなんてさっぱりだ。
彼らの原動力が、自分にあると考えもせず、周りの実行委員の言葉を鵜呑みにしてしまっていた。
自分も和也に見てほしいな、と一瞬思ってしまったが、恥ずかしくなってすぐに頭の外に放り出した。
目の前の仕事に集中し、委員長としての責務を果たすのだ。
最後の一枚を折り、いよいよ本として形となる作業に突入した。
始めこそ、実行委員同士会話をしながら、折り続けていたが、段々と口数も少なくなっていく。
同じ動作を繰り返すことに飽きても、終えるまで手を止めてはならない。
単純な疲労と精神的な負担で、喋る気力さえも奪っていくのだ。
委員長として、明るい話題を出さねばとは思ったが、元々コミュニケーション能力に欠けている楓に、そんな気が利いたことができるはずもなかった。
折っている間、ひたすらに沈黙だった。
机に紙の束を、ページ順に並べて、順番が揃うように、一枚ずつ重ねる。
取りやすいように、机の周りをぐるぐると歩く。
そうして全ページがあるか確認し、ホチキス止めの担当者に渡す。
担当者は冊子の表紙カバーに紙を挟み、ずれないようにしながら、カチっと鳴らす。
当然、言葉はなく、黙々と実行委員は重ね続け、止め続ける。
時計の針を刻む音だけが、会議室に響く。
(き、気まずい)
会話が苦手な楓が言うのも何だが、もっと喋っていてもらいたい。
淡々とした空気が、どうしようもなく居心地の悪さを感じさせる。
しかし手を動かし、仕事を終わらせなければならない。
窓の外を見れば、とっくに真っ暗だ。
胃のあたりが痛みながらも、楓は何とか作業を進ませるのだった。
★★★★★
(どんな企画だったら、喜んでくれるんだろう……)
委員会の仕事を終わらせ、自室でノートと睨めっこだ。
文化祭を成功させるのはもちろんだが、クルミに喜んでほしくて実行委員長にまでなったのだ。
彼女が笑顔になりそうなイベントを、何としてでも文化祭に盛り込まねばならない。
(クルミちゃんなら、やっぱりゲーム? 確かゲーム研究部があったけど……それだけ
じゃ足りないだろうし……)
クルミがゲーム好きなのは、楓もよく知っている。
夏休みにクルミの家でゲームをしたし、詳しいことまでは分からないが、かなりやり込んでいる様子だった。
学校に携帯ゲーム機を持ち運んでいるのも目撃したことがある。
ゲーマーな彼女が、興味を惹かれ、喜ぶようなゲームイベントとなると、なかなか難しい。
かといって、ゲーム一色の文化祭は論外だ。
クルミだけでなく、たくさんの生徒が楽しむことが出来なければ、委員長失格だ。
ノートに幾つか案を書きつつ、余計な要素を省いていく。
同室のフリーネは爆睡していたので、楓も気兼ねなくやれた。
連日、楓の部屋の灯りは、夜遅くまで消えることはなかった。
★★★★★
「委員長さーん! 赤と青の色紙足りなくなったんで追加くださーい!」
「少し待っていてください」
開会式の宣言の文章に頭を悩ましていると、同学年の生徒から声をかけられた。
資材は会議室に持ってきているので、その場で探して渡した。
「角材が足りないっす!」
「布がなくなった!」
「パフォーマンスなんですけど、人数を追加してもよろしいですか!」
「男子がさぼって仕事してくれません!」
会議室にいると、物資の補充や色々な相談が寄せられてくる。
楓が一年生で、上級生に感じる緊張感もないためか、たくさんの生徒が押しかけてくる。
楓は丁寧に対応し、問題を解決していく。
一人で出来ないのなら、実行委員や楠と協力して、対処する。
忙しいながらも、順調だった。
「立花ちゃん、現場の写真撮りに行こうよ。パフォーマンスとか出し物の宣伝用にさ」
カメラを片手に、仲の良い実行委員の一人が言った。
楓は作業の手を止めて、辺りを見渡した。
駆け込み乗車状態は過ぎ、少し席を離れても、支障はない。
書類を整頓し、立ち上がる。
「すぐに行きます」
「おっけ。じゃ一年から回ろうか!」
実行委員の少女は、にんまりとした表情で、楓の手を引っ張って行った。
楓を見て、たじろぐ男子の様子をカメラに写してやろうと意気込んでいるのだ。
当の本人は、言葉が詰まらないように、前もってシミュレーションするのに意識が奪われていたが。
初めに来たのは、一年A組だ。
A組はたこ焼き屋を開く予定で、学園の中庭に屋台を作っていた。
「あれ楓ちゃんじゃん! 委員会の仕事?」
「うん。写真を撮りに」
「写真? いいよいいよ。皆写真撮るってー!」
ジャージ姿で、釘を打っていた舞が、クラスメイトに呼びかけた。
彼女はA組に在籍し、委員長を務めている。
おかげで写真撮影も容易だった。
生徒が懸命に屋台を作り上げているのを見て、これが文化祭なのだと、改めて思う。
委員長になったはいいが、文化祭自体は初参加だ。
見る物すべてが新鮮だし、心が躍る。
わくわくして、何度もシャッターを切った。
「そういえばE組は何かやらないの? お兄ちゃんはダンス部とやるみたいだけど」
「私達は何も。人数もいないから」
「五人だもんね。でも五人なら五人で楽しそうだよね。人数いないから助け合えるって感じでさ」
(はっ! その手があった!)
胸の内に、稲妻が走る。
わざわざ委員長になって、文化祭全体を仕切ろうとしなくてよかったのだ。
クラスの出し物を、皆で考え、選び、作る。
クルミといる時間も格段に増えるし、彼女の意見も反映しやすい。
やりたいと言い出せば、おそらく和也達は協力してくれただろう。
もはやどうしようもないことだが、行動する前に、もっと思慮を重ねるべきだったと反省する。
今は文化祭実行委員長の務めを果たし、最高の文化祭を目指すときだ。
写真を撮り終わると、次の現場に移動する。
他のメンバーに手伝ってもらいながら、作業風景を写真に収めていった。
いくつか回っていると、同伴の女生徒が残念そうに言った。
「E組は行かないんだよね」
「はい。手品のタネが明かされる危険は極力避けたいらしいので」
「ざーんねん。E組なら面白い写真たくさん撮れそうなのに」
「そうですね……」
女生徒は文句を言い続けていたが、しばらくして落ち着いた。
うっかり異能や妖怪姿でいるところを目撃されたら、写真がどうのという話ではなくなる。
気持ちは分かるが、これも一般生徒とE組生徒の安全のためだ。
彼らの写真は、写真部所属のE組生徒か、教師が撮ることになっている。
もしかしたら、既に写真撮影会中かもしれない。
三年の階に向かっている途中、見知った人物が目に入る。
以前の面接の際、やたらと色っぽかった絡新婦の先輩だ。
艶めかしい視線を、男子に送っていた。
「立花ちゃん、あの先輩と知り合い?」
「いえ、一度話したことがある程度です」
「そっかー。出来れば男をモノにするテクニックをご教授願いたかったけど、仕方ないか」
女生徒は肩を落として悔しがっていたが、彼女の人を惹きつける雰囲気は、絡新婦の特性によるものだから、人間の参考になりようがない。
「じゃあさ、藤堂ちゃんはどうかな。真似すれば、男もコロッと墜ちそうじゃん」
女生徒が視線を向けた方向に、紗和がいた。
数人の女の子に囲まれて、幸せそうに話している。
隣には変身能力持ちのロシア人少女が、べったりと張り付いていた。
まるで親子のようで、微笑ましい光景だ。
「どうでしょうか……」
楓の声色が若干低くなる。
紗和は学園の女神で、慈愛に満ちて、ほんわかとした女性だが、そのような動機で、女神の真似ができるか怪しいものだ。
少なくとも、紗和の真実を知らない楓は、そう思っていた。
「そしたらさ、学園の王子もゲットできそうだよね」
女生徒は、校門の前で飾り付けをする男子の集団を指差した。
学園の王子とは、面接で電撃舞踊を披露した二年E組の男子生徒のことだ。
金髪碧眼で目立つ容姿をしており、一目で誰を指しているのか理解できた。
集団の中には和也もいて、王子と仲が良さそうに話している。
王子のボディータッチが妙に多いのは偶然だろう。
海外のコミュニケーション方法は多彩だな、と、感心した。
「シャッターチャンスってね」
女生徒がここぞとばかりに、連続でシャッターを切る。
作業風景の一部ではあるので、これも仕事だと言い訳できる。
女生徒も、王子に夢中で、楓は眼中にない。
楓はしきりに辺りを見渡し、息を吸い込むと、カメラを構えた。
狙いは学園の王子の横だ。
(一枚ぐらい、いいよね)
楓の宝物がまた一つ、増えた。
「今日はせっかく早く帰れるのに、まだ帰らないの?」
「はい。出来る限りのことをしたくて」
「そっかー。程々にね。お疲れ様」
「お疲れ様です」
これで実行委員は、楓以外全員帰宅した。
会議室に残っているのは楓だけだ。
窓の外は赤色が薄く広がっていて、目に眩しい。
今日行う予定だった作業は終えているが、楓にはまだやることがあった。
手提げ鞄から、本を取り出す。
図書室から借りてきた、祭りに関する本だ。
文化祭に利用できそうなイベント、考えなどはノートにまとめ、勉強している。
いつまでも部屋が明るくてはフリーネに迷惑なので、楠の許可を貰って、会議室の使用時間を延長させてもらった。
(使えそうな物は……これとか意外と……)
内容を吟味して、学生の祭りにそぐわない催しは排除する。
事務的な作業は得意で、こんな一人ぼっちで、本と向き合っていても苦ではない。
むしろ大人数で沈黙されると、いたたまれない気持ちになる。
他にも並列して、案内書の作成や名簿の確認等も行う。
やることは大量にあるが、この数日の激務で、楓にも耐性ができた。
初日よりは、はるかにずっと気が楽だ。
(名簿の数は足りてる……案内書の順序も間違ってない……………………あれ……)
だからなのか、いや疲れも溜まっていたのだろう。
楓の視界は徐々に黒く染まり、ぐらぐらと揺れる。
瞼が重い。
気を持ち直さないいけない。
そう考えた途端に、楓の意識は闇に溶けていった。




