第十三話 文化祭に向けて②
楓は会議室の机を向き合う形に、表面を布巾で綺麗に拭いた。
元の配置に戻すことも考えて、楠が周りの机と椅子を整頓する。
楓が文化祭委員長になるにあたって、知っておかなければならないことがあった。
会議の進行の仕方、器具の収納位置、各クラスや部活動の出し物、文化祭のスケジュール、他にも多岐にわたるが、どれも違う。
数週間後に開催される文化祭は、清条ヶ峰学園の文化祭だ。
通常の文化祭とは一点、大きく異なるものがある。
E組の存在だ。
異能者や妖怪や忍者や勇者や魔王やドラゴンがいる。
彼らが全員大人しく教師の指示に従うのだろうか。答えはノーだ。
様々な事情はあるにせよ、まともに学生生活を送れていない者の集いである。
たくさんの人から注目を浴びたい生徒もいるだろうし、浮かれた雰囲気にあてられて、羽目を外しすぎる生徒もいるかもしれない。
普通の人間ならまだしも、超常の力を持つ者となると、話が変わってくる。
常識外の彼らに、常識を期待するのは間違いだ。
故に、毎年文化祭前には、E組生徒の出し物の確認をする。
一般生徒にも勿論実施するが、E組関連はより厳しい。
隠蔽できそうにないパフォーマンスは却下だし、勝手に異能などを使用するのも禁止だ。
それの判断をする係として、楓は楠と共に、各E組生徒の面接の準備を整えていた。
一年E組は特に出し物をする予定はないので、初めは二年E組からだ。
もうじき時間となる。
最後の確認として、楠が言った。
「二年E組は異能者で編成されたクラスというのは知っているね」
「はい。友達もいますし、よく知っています。ただ……」
「ただ?」
楓は言い淀んだ。
しかし、これからの面接に支障が出ると思い、意を決し、言った。
「年齢がほとんど違って、国籍も違うのは一体どういう理由が……」
真顔ながらも、申し訳なさそうな口調で尋ねた。
対して楠は、どこか遠くを見つめていた。哀愁漂う姿に、楓は何も言えない。
異能者は世界的にみても数が少なく、十代の日本人と限定すると、ほぼいなくなるといってもいい。
しかし学園長が『異能者のクラスを立ち上げる』と言ったからには、絶対にクラスとして成り立つ人数を集めなければいけなかった。
そこで当時、学園長に丸投げされ、空想に逃げかけていた楠が思いついたのは、世界中の若者を、年齢関係なしに学園へ誘うことだった。
若いころの一歳や二歳の差は大きいが、義務教育を終えた高校なら、多少の差はどうにでもなる。
全世界を巡り、時に拒否され、時に窃盗され、時に殺されかけ、人生でも四番目ぐらいの修羅場を潜り抜けて、何とか生徒を集めることに成功した。
計一五人、下は九歳、上は二九歳までと、年齢幅は大きいが、とりあえず異能者クラスの完成にこぎつけたのだ。
あの頃を思い出すと、肩の傷が疼いてたまらなかった。
「異能者の数が揃わなかったから、ああなっただけだよ。年齢差もあって話しにくいだろうけど、そこは先生がフォローするから気にしないでくれ」
悟った表情の楠に、やはり楓は何も言えず、頷くほかない。
そうこうしていると、最初の面接者がやってくる。
金髪碧眼の青年で、王子様のような容姿だ。
学園一の美男子と評判らしく、相当有名な生徒と聞き及んでいるが、和也に夢中の楓にとっては、ほとんど知らない人だった。
「Hi! カエデ君にティーチャー。ボクの華麗なる雷撃舞踏を堪能していってくれたまえ!」
入ってきた途端に、体中から電気を発生さえ、妖精のように舞う。
青白い光と端正な顔立ちが相まって、神秘的な雰囲気を醸し出す。
踊り終わると、自信満々な顔で、楓と楠を見た。
「どうだい? 去年は却下されたけれど、今年は安全面にも配慮した完璧な舞さ!」
「問題ありません。電撃対策はできています。ただし観客席には絶対に向けないでください」
「Thanks! これで青少年の純真はボクの物になること間違いないね!」
妖しげな発言を残し、雷撃王子は会議室を出ていった。
一人目から濃い人物で内心動揺したが、適切に判断し、答えられた。
この調子で、どんどん捌いていきたい。
次の生徒が入ってくる。
「失礼しますなの」
腰まで伸ばした茶髪に、くりっとした碧い目。
袖が長く、手が半分程しか出ていない。
小学生ぐらいの体型の少女だ。
というより、年齢的には小学生のはずだ。
ロシア人で、E組最年少と聞いた覚えがある。
彼女の傍には、紗和が立っており、会釈してから、口を開いた。
「申し訳ありませんが、私が隣にいてもよろしいですか?」
「構いません」
もはや保護者のようだが、実際に保護者的な立場なのだろう。
紗和の瞳には、心配そうな色があった。
「練習の成果、見せる時なの」
少女が、目を強く閉じて、体にギュッと力を込める。
一体何を披露するのか、楓は固唾を呑んで見守る。
紗和も、入り口近くの椅子に座って、彼女に慈愛に満ちた視線を送っていた。
そして少女が目を見開く。
同時に、少女の頭部から猫耳が生えた。
手で触って、耳の出来栄えを確認すると、満足そうに、にんまりと笑う。
「部分変身、上手くできたの。サワ、褒めて」
「お持ち帰……遅くまで練習した甲斐がありましたね。可愛い猫耳です」
紗和に頭を撫でてもらって、ロシア少女は気持ち良さそうに、喉を鳴らした。
彼女の異能は『変身』だ。
色々な動物に変身できる力なので、どんな生き物になるかと身構えていたが、まさかこのパターンだとは思わなかった。
電撃ダンスはまだしも、急激に耳が生えるのは如何なものか。
判断に困った楓は、素直に楠に尋ねた。
「あれを人前で披露するということですか」
「そうなるね。でも問題ないよ。大体マジックで誤魔化せる。文化祭の生徒の芸を、いちいち暴こうとする人なんていないからね」
少女を見やる。
紗和に褒めてもらい、とても嬉しそうだ。
その天使の微笑みで、紗和の頬を綻ばせている。
こちらの視線に気付いたのか、少女が不安げに言った。
「駄目、なの?」
駄目、という選択肢は一瞬にして消滅した。
楠も言うように、手品で偽装できるなら、披露しても問題はない。
余程現実離れした芸でもない限り、マジックとして処理されるのだろう。
楠の言葉からは、そんな雰囲気が伝わってくる。
楓も例年の空気というものを理解しなければならない。
初参加で委員長という大役を担うのだから、言葉の一つ一つに耳を傾け、どんな文化祭なのか知るのだ。
「いえ、問題ありません。許可します」
「わーい! サワ、やったなの!」
少女は紗和の手を引っ張って、笑顔で出て行った。
他の二年生徒の面接も終わり、次は三年E組だ。
(三年生は妖怪で構成されたクラス……妖怪……)
楓の胸に、薄らとした黒い影が差す。
妖怪は、楓がどういう存在か理解している。
これまで当たり障りのない会話はあったが、個人に深く関わるような、込み入った話をしたことはない。
楓なんて眼中にないのだろうが、それでもやはり妖怪である彼らの言動には常に緊張を強いられた。
順調に委員長になり、第一関門は突破した。
ここが第二関門だ。
次の生徒が入室する。
墨のように黒く、長い髪の女性で、艶めかしい唇と、男を惑わす色気たっぷりの豊満な肉体だ。
「男欲しいから脱いでいいかしら」
「駄目です」
楓と楠が同時に言った。
問答無用で却下だ。
緊張していたのが馬鹿らしくなる。
手元の書類を見ると、彼女の正体は絡新婦だった。
関係者しかいないこの場では隠す気もないようで、背中から巨大な蜘蛛の足が見え隠れしている。
「君、去年も同じ内容だったよね」
「先生、一昨年もですわ」
「それに勝手に男漁りするから関係ないじゃないか」
「いやん先生、伴侶探しですわ」
楠は顔をしかめ、絡新婦は体をくねらせていた。
どうやら恒例のやり取りらしく、楓はとりあえず頷いていた。
「私の肉体を晒せば、効率も飛躍的に上昇すると思うのですが、それでも?」
「あのね、文化祭は君の狩場じゃないし、小さなお子さんも来るんだ。刺激的なパフォーマンスは却下に決まっているだろう」
「ならこの太腿だけなら」
「駄目だ。もうこの説明、三度はしたんだがね……」
「あらそうだったかしら、御免なさいね」
楠が疲れ果てて、嘆息した。
すると絡新婦の目が、楓に向いた。
「委員長さん、あなたはどう? 私とイイ男探さない?」
「いえ、私には委員長としての仕事がありますので」
「そう、残念だわ。でも気が変わったら言ってね。いつでも準備万端だから」
彼女は楓にウィンクすると、軽く手を振って、会議室を後にした。
どういう意味での準備万端なのか、余計なことを考えそうになるが、無事に対処できた。
委員長だと全面に出しておけば、大抵の誘いは断れる。
断るのが苦手な楓でも簡単に言える、魔法の言葉だ。
それにしても、この学園のE組生徒は色々と自由なのだと、改めて思い知らされる。
異能の使用許可も、男漁りは無理だったが、妖怪が人間の祭りを楽しむことも、当たり前のように認めてくれる。
実行委員への指示や、物資の分配など、他にもやることはあるが、E組生徒の対応に労力の半分は費やせそうだと感じた。
「疲れたかい?」
楠が言った。
教師として、彼は楓をよく気遣ってくれる。
「大丈夫です。まだまだ仕事はありますから」
「その意気だ。次に行こう」
三年E組の志望者が、まだ残っている。
E組を終えても、一般生徒の面接が山のようにある。
楓は態勢を整えて、次に臨んだ。
「三年C組は家庭部と共同のファッションショーを予定しています。和をテーマにし、主に江戸時代の武士や町人の服を再現するつもりです」
「肌の露出には制限をさせていただきますが、問題ありません。足りない材料があれば後で紙に書いて提出してください」
「一年B組はメイド喫茶をやります。ええ、絶対にやるんです! 僕がやると決めたんです!」
「風紀を乱さないのなら構いません。ただし教室内では火気厳禁です」
「二年A組は人形劇をやるっす! 劇団やってる兄貴がいるんで、道具とかには困らないっす!」
「それは心強いですね。人形劇、許可します」
「水泳部です。シンクロやります」
「怪我のないように気を付けてください」
「……オカルト研究部、です。昨今の、妖怪の、仕業とされる事件を……まとめたレポート、や、写真を、掲示、します……フフ……あなたの、後ろに、妖怪、いるかもね……」
「怖いですね。調査もお気を付けて」
「すみません! さっきのメイド喫茶の者ですが! 男がメイド服なのは風紀を乱すに含みませんか!」
「……そこはご自由に」
「ありがとうございます!」
楓は楠と協力しながら、次々と来る各クラス、部活の代表者と話していった。
スムーズに済むものから、何とか規則の穴を突こうとするものまで、全てを順調にこなした。
楓があまりにも上手くこなすものだから、楠も内心で感心する。
きちんと受け答えできているし、判断も解決も出来ている。
口に出して褒めたいが、まだ委員長としての仕事は始まったばかりだ。
文化祭が無事に終わってから、褒めちぎりたいと思う。
一年E組のほとんどは子供らしくない。
フリーネは子供っぽくはあるが、世界最強のドラゴンで、楠よりも遙かに年上である。
年相応とかそういう以前の話だ。
和也も武蔵も幼さは残っているが、同年代と比べると、精神的にタフだ。
クルミにいたっては、完璧に自己が確立されている。
しかし楓は、そんなクラスの中でも、年頃らしく不安定で、危なっかしいところがあった。
真顔でいることが多く、クラスで最も感情が出にくい彼女だが、長年の経験から感じ取っていた。
楓の変化が、一年E組の形をよく表している、と。
「先生、どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ。さ、今日はもう終わりだ。喉も乾いただろうし、何か先生が買ってくるよ」
楠はにっこりと笑った。




