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アフターヒーロー  作者: 望月
第五章 帰還した勇者とそれぞれの日常
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第十二話 文化祭に向けて①

 しん、と、静まる会議室に、少年の声が響く。


「はい、それでは本年度初の分か祭実行委員会を始めます。今回の進行は元生徒会会長の僕が務めさせて頂きます。え、元会長は引っ込んでろって? 最初の内ぐらいはいい……駄目? そう……わかったよ……」


 黒髪の天然パーマの少年、本間宣親は、徐々に声のトーンを落としながら言った。

 彼は全学年E組唯一の、一般家庭で育った普通の人間だ。

 学園長の『人外の中に人間放り込んだら面白そう』という発想で、自分以外妖怪のクラスに所属している。

 そのため、いつも生傷が絶えず、苦労しっぱなしだ。

 そんな三年E組委員長であり、清条ヶ峰学園の前期生徒会長でもある彼の扱いは適当で、参加者からは「藤堂さんに代われー」や「彼女いるからって調子乗るんじゃねえ!」などなど、野次が飛び交っていた。

 生徒会も後期に移り、本来はお役御免となっているのだが、後輩を見守るためという補助としての参加だ。


「ふふ、皆さんお静かに。話が進みませんよ?」


 穏やかで、どこか凄みのある一声が喧騒を両断する。

 可愛らしい茶色のボブカットで、魅惑の体つきをした女神に、皆の視線が注目した。

 藤堂紗和の神々しささえ感じる佇まいに、特に男性陣は声も出ない。

 二年E組委員長で、異能者。通称は女神。

 類まれな美貌と慈愛に満ちた雰囲気に、男たちはイチコロである。

 実は女の子が大好きで、男は恋愛対象に含まれないのは秘密だ。

 左腕の腕章には『会長』の二文字が刻まれ、本間とは比べものにならない風格を漂わせていた。


「まずは文化祭委員長を決めましょう。代表を決めなければ話になりませんから」

「そ、そうだね。前は僕がやっていたけど、三年生は無理だからね。誰かいるかい?」


 本間の声はどこか重々しい。

 委員長とはつまり、一番責任が大きく、一番前に出ることが多く、一番面倒くさい仕事だ。

 この学園の文化祭ともなれば、並の行事の比ではない重圧が降りかかってくる。

 文化祭で招待されるミュージシャンやスポーツ選手目当てだとしても、わざわざ会長になる意味はない。

 実行委員自体も、立候補する人は珍しく、大体押し付け合いかクジで決まる。

 そんな中で、すんなり委員長が決まるわけがないのだ。

 去年は宣親がクラスメイトにおだてられて、勢いで委員長になってしまったが、今年はどうなることやら。

 本間は期待せずに、会議室全体を見渡す。

 そして見た。

 凛と天を衝く、美しき手を。


「私がやります」


 楓が挙手し、紗和と視線を合わせた。

 この中で、それどころか学園生徒の中でも、最も文化祭委員長から程遠いと思っていた少女なだけに、紗和の呼吸が一瞬止まる。

 紗和のみに収まらず、各クラスの実行委員も驚き、慌てふためている。

 まるで夏に雪でも降ったかのような騒めきだ。

 本間も口をぱくぱくとさせ、手を合わせて神に祈り始めた。

 紗和は、どうにか息を落ち着かせ、楓に問う。


「か、楓ちゃんがですか? 書記ではなく、委員長ですよ?」

「はい、委員長をやりたいです」

「人前で話すことが仕事なんですよ?」

「はい、分かっています」


 座して手を挙げているだけの行為なのに、この会議室においては、抜群の存在感だった。

 可愛い子揃いの学園においても、トップクラスに美しく、物静かで、何を考えているのか分からないと評判の彼女の動きに、一同釘づけとなる。


「楠先生、私、委員長をやりたいです」


 楓の目が、楠に向けられる。

 部屋の隅に座って、経過を見守ってきた一年E組担任教師なのだが、彼も楓のまさかの行動に動揺を覚えていた。

 最近白髪の増加に頭を悩ましていたら、いつの間にか髪が減少していた現実に打ちのめされたことさえ忘れるほどだ。

 学園長からの無茶ぶりにも対応する持ち前の精神力で、一応の平静を保つ。


「……理由を聞かせてもらってもいいかな」

「生徒もお客様も皆を笑顔に出来るような文化祭にしたいからです。実現の為には、委員長の立場が一番だと考えました」


 変わらず表情はないが、楓はすらすらと言った。

 楠の知る楓は、他人が大勢いる前では、言葉をぶつ切りにして話している。

 こんなにも流暢な口調というのは初めてだ。

 しかし理由がしっかりと定まっているのなら、安心して任せられる。

 言い分はありがちだが、言葉に力がある。

 委員長は全ての責任が押し付けられるわけではなく、あくまでも軸だ。

 文化祭は皆で作り上げるものだ。

 中心となる人物の意思が、個々の繋がりを強くし、強固な輪となる。

 周りの生徒が支えてあげれば、無事に任を遂げてくれることだろう。



「……他に立候補者もいないようだし、立花さんで決定だ。異論がある子はいるかな」


 楠は立ち上がって、他の生徒の様子伺う。

 全員、驚いてはいたが、文句はないようだ。


 こうして立花楓は、文化祭委員長になった。





 ★★★★★





 しばらく現会長の紗和、元会長の宣親、教師の楠と打ち合わせをし、会議室を出た。

 少し離れた柱に、和也がもたれかかっているのが見えた。

 楓の存在に気付いた和也が駆け寄ってくる。


「お疲れ。どうだった?」

「委員長になったよ」

「そっか。……って、委員長!? 文化祭の?」

「うん、文化祭委員長。一年生は珍しいって」

「そりゃ一年生は珍しいだろうな……」


 一年生で文化祭のトップを務める度胸に、和也は疑問と感心を覚える。

 この妖怪少女はこんなにも目立つ役を好む性格だったのだろうか。

 文化祭委員長。和也が知る楓とは、結びつかない肩書きだ。


「そのファイルは全部文化祭の?」

「うん。見る?」


 楓はクリアファイルに挟んだプリントの束を、ぱらぱらと捲る。

 和也が横から覗き込み、そのちょっとしたパラパラ漫画が出来そうな量に、頬を引き攣らせた。


「大変だろうけど、絶対に良い文化祭にしてみせる」


 そう言ってプリントを眺める楓の目には、力強さがあった。

 本人がこんなにもやる気に溢れているのなら、立候補の理由なんて些細な問題だ。

 内心で、楓の前向きな成長に涙しつつ、和也はグッと拳を握る。


「何かあったら俺も力になるし、いつでも頼ってくれ。たぶん暇だからね」

「ありがとう。その時はお願い」


 楓は控えめに手を振って、その場で和也と別れる。

 文化祭準備の本格的な活動は明日からだ。

 少しでも負担を軽減するには、翌日からの流れだけでも把握しておいたほうがいい。

 万全の態勢で文化祭に臨むためにも、必要なことということだ。

 和也は、すたすたと歩く楓を、角を曲がるところまで目で追った。


「楓ちゃん、どうしたのでしょうか。和也君に心当たりは?」


 丁度、紗和が会議室から出てきた。

 背後には本間と楠もいる。

 全員揃って、納得のいかない面持ちだ。

 クラスメイトも、先輩も、教師も、誰も楓が立候補した事実を受け止めきれていないあたり、普段楓が周りにどう思われているか分かるだろう。


「俺も何も。委員長やるような性格じゃなかったと思うんですけど」

「そうですか……私もさっぱりです。もっとお話しておくべきでしたか。二人きりで」

「僕は天変地異の前触れかと思ったね。だってありえないでしょ」

「先生としても驚きだよ。いい変化ならいいんだが」


 四者様々な思いを抱き、楓が消えていった角に目を向けた。

 明るい陽射しが、角を照らしていた。



 ★★★★★





(よし終わり!)


 真顔で両手の拳をギュッと握る。

 楓は和也と別れたのち、自室に戻り、書類の確認をしていた。

 ようやく作業がひと段落し、肩の力を抜いていたところだ。

 腰かけていた椅子にもたれ掛り、軽く息を吐く。

 時計を見れば、日付が翌日に変わった頃だ。


「まだ寝てないのー? もう寝ようよー」


 布団にくるまっていたフリーネが、起き上がって目を擦りながら言った。


「ごめん、起こしちゃった? もうすぐ私も寝るから」

「ずっと文字とにらめっこしてて疲れない? ていうか何で委員長なんてやるのー?」


 フリーネは枕を抱えて、眠たそうにしながら呟いた。

 楓は僅かに目を明後日の方向に動かし、数秒してフリーネを見る。


「秘密。でもフリーネちゃんにもいいこと」

「そーいう気になる言い方ははんそくー! もー、カエデちゃん抱き枕にしてやるんだからぁ……」


 フリーネは大きな欠伸をして枕に倒れ込み、瞬く間に寝息を立てた。

 世界最強のドラゴンでも睡魔には、あっさりと負ける。

 最近は楓を抱き枕替わりにしてくるので、少々困っていたが、今日は免れそうだ。

 書類を整理しなおし、棚に置く。

 いつでも寝られる準備は整えていたので、そのままベッドに入り、天井を眺めた。


(クルミちゃんのためにも、いい文化祭にしないとっ! 明日から頑張ろう!)


 楓が文化祭実行委員になり、委員長にまでなったのは、クルミにも、もっとこの世界で楽しんでほしいからだ。

 三年で帰ってしまう彼女に、楽しく、素敵な思い出を、たくさん作ってあげたい。

 クルミが聞いたら、余計なお世話だと言うだろう。

 そんな気遣いを嫌って、文化祭に不参加ということもあり得る。

 しかし、言わなければいいのだ。

 クルミの耳に入れないように、友人にも伝えていない。

 人生最大の山場の到来になりそうだが、三年の期限しかないクルミを思うなら、こんなのへっちゃらだ。

 ほんの数週間、いつもと違うことをするだけ。

 たったその程度の話だ。

 結果、周りにどう思われていようとも、クルミが楽しめたのなら、楓は幸せだ。



 そうして目を閉じて、クルミが笑顔になる光景を思い浮かべる。

 高笑いしか想像できなかったのは、秘密である。



明けまして、おめでとうございます

今年は早く更新できればいいなと思っています

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