第十一話 秋の季節
秋の訪れを、冷たい風が運ぶ。
夏と冬の間の、僅かな心地よい季節だ。
二学期が始まって、体感は一○○度を超すような体育祭や地獄のテストを終え、しばらく経った頃だった。
「涼しくていいねぇ。秋が一番好きだわ。フリーネちゃんはどうよ」
「春も夏も秋も冬も全部好きだよ! 全部違って全部に良いとこあるもん」
「意外と達観してんのな、おっどろきー」
フリーネが教室の窓から秋空を覗く。
変わりゆく雲の形に、釘づけだった。
飛び込んでくる秋の香りが、フリーネの心を満たす。
武蔵はというと、机に倒れ込むようにして、連載十年目の大作妖怪漫画を読んでいたが、目線を一瞬だけ、フリーネに動かした。
(夏服は頑張れば透けそうだったけど、こりゃ見えねえな)
早々に諦めて、ページを捲る。
逆に、楽をして見えたとしても、武蔵は罪悪感に負けて、目を閉ざしたことだろう。
見えるか見えないかの瀬戸際を、限界を探った先に、辿り着いたソレが、初めて男に達成感と興奮を齎すのだ。
この世に生を受け、はや一六年。
主に妄想で鍛えた精神性が、武蔵をある種の境地に立たせていた。
へばりつくように覗けば、希望はあったかもしれない。
だが無意味、そして確実に殺される。
楓に両断されるか、クルミに握り潰されるか、フリーネに灰にされるか。
三択で選ぶとしたら、フリーネに決めるが、いずれにしろ死亡ルート一直線だ。
死ぬにしろ、せめて舞に告白してから、天国に逝きたい。
一応、最低限の尊厳と理性を保つ思考の余地は、武蔵にもあった。
一つ席を挟んで、読書中の楓に、「なに読んでんの?」と問い掛けようと思ったが、止めた。
表紙の題名だけで、自分とは縁が遠そうな本だと分かったからだ。
面白いか尋ねても、きっと「面白い」と返ってくることも、分かりきっていた。
「昼休みだってのによー、和也どこ行ったの? さっきからいねえけど」
「クスノキに呼ばれて行ったことも忘れたのか。ゴミから塵芥に降格だな」
「ああ、その氷のような視線が体に沁みるぜぇ……」
クルミが心底気味悪そうに、頬を引き攣らせる。
時間の浪費を嫌うクルミが、思わずスマートフォンを操る手を止めてしまうほどだ。
そんなことはお構いなしに、天にも昇るような緩んだ顔で、漫画を読む。
武蔵は色々な意味で、レベルの高い人間だった。
「ちっ、やはり戦場であのような奇妙な鎧を着込むような人間は考えることが違うな。私としたことが、調査不足だった」
「好きであんなカッコしてんじゃないの! あれしかないから、ああなってんの! つうかどこで知ったんだよ!」
クルミの真剣味を帯びた表情に、堪らず声を上げた。
超戦士装甲を彼女の前で披露した覚えはないのだが、一体どこで知ったのか。
馬鹿にしたような内容とは裏腹に、至極真面目に反省する魔王の姿には、どう反応したらいいのか分からない。
この歯車の噛み合わなさには、武蔵も体がむず痒くなるのを感じた。
クルミが超戦士装甲の調査を進めるか悩むよりも早く、話題を変える。
「ああ思い出した! 文化祭がどうのとかだったか。先生に呼ばれてたよな、確かに。間違いないな」
なにやら考察を開始した魔王様に言ったつもりなのだが、これに別の人物が劇的に反応した。
「そうだよハットリーヌ! 文化祭だよ! 一年に一回! 三年に三回しかない文化祭がもうじきくるんだよ!」
「別の言い方する意味ねーぞー」
フリーネが武蔵の机に、両手を叩き付ける。
瞬く間に窓際から移動してきたが、人間の範疇を超越したクラスメイトの行いに、いちいちコメントを残さない。
人外魔境の一年E組に、いまさら芸人みたくツッコミを入れていたら、キリがないのだ。
とりあえず、話題が逸れるならありがたい。
超戦士装甲の話なると、どうしても父親の顔が頭をよぎるので、フリーネのファインプレーには感謝してもしきれないほどだ。
「クルミちゃんは文化祭どうするの? よかったら、あたしと一緒に回ろうよ! カエデちゃんも一緒だよ!」
「ふむ、一度ぐらいは見学してやってもいい。だがフリーネ、貴様と共にいる気はないぞ」
「ぶーぶー、なんでさー!」
「貴様はどうせ食べ歩きしかせんだろうが。付き合いきれんわ」
「ぎくっ!」
フリーネは口笛を吹いて、誤魔化そうとするが、その行為自体が怪しすぎた。
清条ヶ峰学園にも、文化祭は存在し、当日は一般客も招いている。
しかも学園特有である、異能者や妖怪のおかげで、他の学校では決して見られないパフォーマンスが公開されるので、毎年盛況だ。
学園長も珍しく力を入れている行事で、潤沢な資金と網のように広がる人脈で、世界的に有名な大物が来ることもあり、有名人みたさで、遠方から参加する人もいる。
地域どころか世界も巻き込んだ、清条ヶ峰学園が誇る一大イベントなのだ。
「そ、そこを何とか……」
「私は人の多様性については認めている。貴様の嗜好に口出しはしない。だが、私が同行する理由はない。諦めろ」
「うわーん! こうなったらカエデちゃんと二人で行っちゃうからね! あとで一緒に行きたいって言っても、仲間に入れてあげないからね! ね! カエデちゃん!」
楓に同意を求める。
彼女は一旦本を閉じると、申し訳なさそうな声で、
「ごめんなさい。私も回れないと思う」
「カエデちゃんも!? なんで!?」
「その……」
声に感情は宿るものの、無表情のせいで、何を考えているのかさっぱりだ。
楓の両頬を引っ張って、手で弄ぶ。
楓は頑張って答えようとするが、正常に発音できず、とにかく喋りにくい。
「なんでなのさー!」
(答えたいけど、答えられない……)
餅のように頬を引き延ばして、パン生地をこねるように、撫でまわす。
楓も抵抗せず、されるがままになっているのも問題だ。
「おいフリーネ、その辺にしてやれ」
「ぶー、みんな冷たーい」
見かねたクルミが、フリーネのおでこを小突くことで、ようやく止まる。
世界最強のドラゴンだと知ったうえでも、こんな真似ができるのは、クラスメイト以外にいない。
魔王にいたっては、平気で軽口を言い合う仲でもあった。
「おーいみんなー、連絡があるから聞いてくれー」
楠との話を終え、和也が戻ってきた。
いくつかのプリントを手にし、その中の一枚を黒板に張り出す。
「まず一つ。今度の文化祭で、部活動の出し物以外でパフォーマンスをやりたい人は文化祭の一週間前までに、楠先生に申請してください。申し込み用紙はこれ」
輪ゴムで縛った、細長い紙の束を指す。
黒板のプリントに、細かい日時や条件が記されており、フリーネと武蔵が顔を寄せて、確認する。
「パフォーマンスって例えばどういうのやるの?」
「ダンスとか劇とか、屋台の出店も含むのかな。異能とかは適当な理由で誤魔化すらしいから、やりすぎない程度にやってもいいって」
「じゃあ口から火を噴いてもいい?」
「いいんじゃないかな。でもドラゴンの姿は止めておいたほうがいいと思うよ」
「む、ばれたかー」
フリーネは悪戯が見つかった子供のように笑うが、こればかりは学園側も困ると考えられる。
変身するなら、最初から最後まで通さないと、言い訳のしようがない。
「和也はなんかやんのか?」
「俺はダンス部の人達と踊るよ。バックダンサー的な感じで」
「マジかよ」
「数合わせだって話だし、大して出番ないと思うけどな。まあ頼まれたからは、ちゃんとやるさ」
「ご苦労なこった。俺たちゃ部活入ってないから遊び放題だってのに」
武蔵が残念そうに言った。
結局、全員部活に入部することはなく、各々自由に学園生活を満喫していた。
しかし運動神経の良い人間を放っておくはずもないので、和也も武蔵も助っ人や練習相手として参加する場合もある。
武蔵は年に一度の文化祭でも協力を惜しまない精神に、半分呆れ、半分感心する。
「他にも手伝う部はあるけど、俺だって普通に文化祭は回るよ」
「誰と回んの」
「他のクラスの友達と」
「え、俺は?」
ちょっと落ち込む親友の肩に腕を回し、教室の隅っこまで移動して、耳元でひそひそと呟く。
フリーネが混ぜて欲しそうに、こちらを伺っているが、彼女が聞いても楽しい話ではない。
「武蔵は舞と一緒に行けばいい。話が通りやすいようにセッティングはしておく。俺のことは気にするな」
「いいのか!? 神かお前はっ! ……まあ、それはマジでありがたいけどよ、その、なんだ、何で俺が舞ちゃんのこと好きって知ってんの?」
ある意味、命を懸けての問いだった。
武蔵の額を冷たい汗が流れる。
「武蔵は顔に出やすいからな。すぐに分かる」
「そんなにか?」
「そんなにだ」
武蔵はじっと黒板を見つめる楓に目をやった。
あれぐらいの無表情とはならなくとも、忍者として最低限の表情の制御は必要だ。
実戦で前口上やら技名を勢い任せで叫んでいたのが裏目に出た。
あのせいで感情を隠すのが苦手になってしまっていた。
全部父親のせいにしてもいいのだが、少しは自分も反省すべきだと感じる。
「つうか夏祭りの時といい、シスコン兄貴がどういう風の吹き回しだよ」
気を取り直して、和也に訊く。
妹に近寄る変な男は、海に沈めるとかどうのと、平然と口にしていた男とは到底思えない行動だ。
「いくら俺でも妹の恋愛に口出すわけないって。さすがに気持ち悪いだろ。ま、上手くいくかどうかはお前に懸ってるんだ、頑張ってくれ」
「そ、そうか。そうだよな、妹の恋愛にあーだこーだ言う兄貴もいないよな! ったくお前にバレたら海に沈められるかもって、ビビってたのが馬鹿みたいだぜ」
「いや父さんだったら、本気で沈めかねないから注意しろよ」
不穏な言葉が聞こえてきたが、お兄様公認は心強い。
思いもよらない朗報に、気を良くした武蔵は、和也の肩を強く叩く。
「ねーねー! なんの話してるのー?」
我慢しきれなかったフリーネが、和也と武蔵の間に割って入ってくる。
「残念、たった今終わったとこ」
「ぶー! 教えてくれたっていいのにー!」
赤毛の暴れ馬を宥める傍ら、和也はもう一枚のプリントを手に取った。
「それで最後に一個。文化祭の実行委員やりたい人いる? 一応貰ってきたけど」
ひらひらとプリントを宙に漂わせる。
文化祭は文化祭実行委員会と生徒会が協力して開催する。
祭りの規模が色々と逸脱し、負担も尋常ではなく、きちんと役割を分担しての活動となる。
三年生は学園祭を楽しむ側に回ることも多く、主力は二年生になるが、それだけでは足りない。
少ないのなら、一年生で補うという理由で、申込書を押し付けられた和也だったが、初めから立候補する人間がクラスにいるとは思っていない。
「文化祭の実行委員なんざ一年でやる奴なんていないだろ。めんどくせーし」
「やる人はやるよ。だけどやっぱり最初は遊びたいだろうしなー。清条ヶ峰の学園祭は凄いって言うし」
「俺がこの学園選んだ二番目の理由だからな。そりゃすげえに決まってる」
「一番目は可愛い女の子が多いから、だろ?」
「わかってんじゃねえか」
一つ付け加えるとするのなら、一年E組の生徒で学園祭にやる気を出す理由がある者がいない。
ほとんどがまともに学校に通えた経験がないのだから、楽しむか観察するかの二択で収まってしまう。
主催者側になりたいと望むのは稀だ。
「やりたい人がいたら、この紙を持っ――」
しかし和也の言葉は、意外な人物によって遮られる。
「桐生君」
楓は席から立ち上がって、和也を見据える。
彼女の瞳は力強く、確かな光が宿っていた。
「私、文化祭実行委員に立候補する」
40万字を超えて、ようやく学園ジャンルらしいイベントが本筋になりました
学園関連についても掘り下げていく予定です




