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アフターヒーロー  作者: 望月
第五章 帰還した勇者とそれぞれの日常
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第十話 夏祭り②

「結局、場所取りの必要なかったな」

「だな」


 頷き合うと、武蔵は寂れた公園のブランコに腰かけた。

 食事やイベントを一通り楽しみ、一行は例の穴場に移動していた。

 公園には情報を教えてくれた老夫婦がいるぐらいで、静かに花火を堪能できる良い場所だ。

 フリーネはジャングルジムの頂上に登って、花火を今か今かと待ちわびていた。

 上で体を揺らす彼女を心配し、楓が下から見守っている。その姿は母親のようだった。


「おいキリュー、ここに座れ」


 青い木製ベンチに座っていたクルミが、ぺちぺちと板を叩いた。

 言われたとおりに、隣に行く。


「あれから考えは変わったか?」


 すぐに花火が始まる。

 上空を見据えたまま、クルミは和也に尋ねた。

 あれから、というのは、和也が魔王軍に勧誘された時のことを指すのだと、察しがついた。


「いや、今も君の部下になるつもりはないよ。でもやってみたいことはある」

「ほう?」


 クルミは僅かに眉を吊り上げたが、語気に苛立ちはない。

 目は合わせず、互いに前を見ていた。


「深い理由でも何でもないんだけどさ、やっぱり人の役に立ちたいんだ」

「貴様らしいな」


 和也は照れくさそうに頭を掻く。


「向こうにいる時はさ、日本に帰ったらご飯食べたいとか、家族にどう説明しようかとか、死ぬまでのんびり暮らそうとか、普通に生きるのが夢だった」

「所詮は夢だな。貴様にそんな生き方はできまい」

「うん。夢は夢だったよ。牛鬼が立花さんを狙ってるって話を聞いたとき、体が勝手に動いた。その時点で気付くべきだったんだ」

「心から平穏を望むのなら、カエデを見捨て、徹底的に不干渉を貫くのが最善だ。貴様は干渉をし過ぎだな」

 クルミは呆れた物言いだったが、軽蔑したようには聴こえず、逆にどこか嬉しげだ。


「思ってたことと行動が矛盾してたよなぁ。恥ずかしい」

「口でどう言おうとも、体は正直だな」

「変な言い方はやめてくれ」


 真顔で言ってのけるので、和也も苦笑するしかない。


「まずはこの世界の事情をちゃんと調べようと思う。勝手に動くと余計に迷惑がかかるだろうから」


 忍者が、妖怪が、異能者が、人間が、色んな存在がいて、世界は成立している。

 自分勝手に暴れて、その歯車を破壊するわけにはいかない。

 各地の情勢を知り、情報を集め、判断する。


「そのうえで、自分のやるべきことを見定めて、行動する。一度関わったことは最後までやり通す」

「傲慢だな。貴様がいなくとも世界は回っている。勇者がわざわざ出張る必要はない」

「それでも手伝えることはあるかもしれない。というか君に傲慢とか言われる日が来るとは思わなかったよ」

「本気でやり通すというのなら、大いに結構だ。口を開けば家族がどうのと言っていた頃よりは、好ましいぞ」

「だからって家族をないがしろにするわけじゃないからな。親にも相談して決めるよ」


 四年間、家を留守にし、散々迷惑をかけた。

 家族のためになることを望んでいるし、さらに他の人の役に立てれば、万々歳だ。


「ただ物づくりとかも悪くないと思うんだ。ほら、俺そういうの得意だしさ」


 螺子やお皿、日常生活で使用される物を作る。

 医療やプログラミング、専門知識が人を助け、救う。

 少し考えただけでも、数えきれないほどの『人の為になること』が思いつく。

 和也は異世界で、ひたすら人々の命を脅かす悪と殺し合ってきた。

 だが、悪を打ち倒すことだけが、人助けではない。

 そして和也が必ずやる理由もない。

 自由な選択肢が無限に広がっている。


「具体的ではないし、合理的でもないが、貴様も目的が出来たのだな」

「これからもっと煮詰めていかないとね。あまり手を広げすぎると、全部失くしてしまいそうだ」

「ふん、私なら全て手中に収めてみせるがな」

「魔王様は言うこと違うな」


 和也は笑みを溢す。

 この絶対的までの己への自信は、真似できない。

 魔王が魔王足る所以を、垣間見た気がした。


「まあ、なかなか世界を救ってめでたしめでたしって、ことにはならないね」

「当然だろう。貴様の人生は一七年で終わりなのか?」

「むしろこれからが、本当の始まりなのかな」

「本当の始まりなんぞあるものか。この世に生まれた日が始まりだ。死ぬまで全力で駆け抜けろ」


 クルミの言葉には、自信と強さがあった。

 常に己を律し、前に立ち、突き進む。

 障害物は薙ぎ払え。邪魔者は踏み潰せ。

 力を信じ、責任を背負い、前に立つ。

 建国という目的の為に、絶対に妥協は許されない。

 彼女は生まれた時から、こういう人間なのだ。


「お、花火だ」


 武蔵が、光る玉が空に駆け上っていく様を見て、呟いた。

 橙色の球体は、宙で弾け、花のように咲き誇る。

 夜空に爆音が鳴り響き、花火の始まりを告げる。

 話し込んで失念していたが、開始時刻に迫っていたようだ。

 空を彩る光の花は、次々と打ち上げられる。

 クルミも、武蔵も、フリーネも、楓も、皆の視線が上に釘づけだ。

 その中で、和也は呟いた。


「……あの時の魔王が、君なら良かったのにな」


 花火の音でかき消され、クルミの耳には届かなかった。

 初めて見る花火に、はじゃいでるわけではないが、子どものような純粋な眼差しで、空を眺めていた。

 和也も上に目をやった。

 久しぶりの花火は、とても綺麗に見えた。



 ★★★★★






「せっかくだし俺達で花火やんね? コンビニで売ってるよな?」


 夜空を輝かせた美しい花々も散り、静けさが戻ってくると、武蔵が唐突に言った。

 ブランコから勢いをつけて立ち上がる。


「あたしはオッケーだよ!」

「私も」

「この際だ、最後まで付き合ってやろう」


 女子陣からの反応も上々で、グッと拳を握る。

 全員から断られていたら、自室に引きこもって、号泣しているところだ。


「そう言うと思って、用意しておいたんだ」


 和也が錆びついた公衆トイレの壁の横を指差す。

 花火セットがバケツに詰められ、置かれていた。

 いざ花火で遊びたいとなった時に、いつでも始められるよう、前もって用意しておいたのだ。


「ンなとこに置いといて良かったのかよ」

「いいって。普段からこんなとこに来る人なんていないしさ」

「お前って案外適当なとこあるよな」

「結構適当だよ。すぐそこに川があるから、水汲んできてくれ」

「うーす」


 武蔵はバケツを片手に、水を入れに行く。

 初めはゆったりとした足取りだが、クルミに「さっさと行って来い」と急かされてしまい、途中から全力ダッシュだった。


「ねーねー! あたしは何やったらいいの?」

「袋を開けておいてくれ。中身ごと潰さないようにね」

「りょーかい!」


 残った面子で、袋から筒状の物や手持ちの花火を取り出して、人数分に振り分ける。

 クルミがまるで普通の人みたく、和也達を手伝っていたのには、皆が軽い衝撃を受けていた。

 彼女が魔王らしからぬ行動をするたびに驚かれるのは、珍しいことではない。

 和也がライターの火の付き具合も確認し、準備を万全だ。

 水汲み係が戻ってくれば、いざ一年E組花火パーティの始まりである。


「いいか、絶対にこっちに向けんなよ! 俺は普通の人間だから、うっかり花火当てちゃいましたじゃ済まないんだからな!」

「もう、そんなことしないよー、ハットリーヌの心配性しょー!」

「フリーネちゃんが一番心配だから言ってんだよコンチクショー!」


 噴出花火をぶんぶん振り回すフリーネに、武蔵が堪らず言った。

 点火されて光が放出されているのだから、危ないにも程がある。

 一年E組の人外勢なら当たったぐらいで、どうこうなることはないが、武蔵はあくまでも人間だ。

 転べば痛いし、火に触れれば熱い。

 唯一のまともな人間として、人外のクラスメイト達に理解してもらわなければならないのだ。


「花火は下に向けてやろうな、ね?」

「えー」

「子ども達と花火で遊ぶとき、そんな風にしてたら、危なくない? 武蔵は大丈夫だろうけどさ」

「むー、確かにっ」

「え、俺大丈夫じゃないよ?」


 和也が手慣れた様子で、仲裁に入る。

 まるで保護者のように接する風景に、静かに線香花火に興じていた楓は胸の内で笑って、クルミは露骨に顔に出して、呆れ果てていた。


「ちっ、落ち着きのないヤツだ」

「いつものことだよ」


 楓とクルミはしゃがんで向かい合い、線香花火を垂らしていた。

 こうして二人きりで話すのは珍しいことだ。

 いつもの楓だったら、どんな会話をしたらいいか頭を悩ますが、表情も心も静かなものだ。


「クルミちゃん」

「何だ」

「ありがとう」


 楓の済んだ瞳が、碧い目の魔王を見据えた。

 クルミも堂々と受け止め、応える。


「何のことだ? 貴様に礼を言われるような真似はしていないが」

「家に呼んでくれたり、一緒にお祭りに来てくれたこと」

「はっ、そんなことか。それこそ礼なんぞしなくて結構だ」


 クルミは意外と付き合いがいい。

 武蔵への扱いは別だが、クラスメイトと良好な関係を築けている。

 だから礼は不要というのは、別段不思議でも何でもない。

 友人に、この程度で心から感謝する人も稀だろう。

 とはいえ、今回に限っては、少し話が違う。


「お祭りを派手にしたのも自分の為だなんて言っているけれど、本当は皆を楽しませたいってことも」

「気味の悪いことを口にするな。皆の為? ありえん。私がそんな殊勝な人間だと思うのか?」

「思う。あなたはそういう人」


 楓は言い切った。

 確信めいた一言に、クルミは目をぱちくりとさせるが、小さく笑って、


「面白いことを言うな。そうか貴様にはそう映るのか。理解し難いが、忘れはしないでおこう」


 今度は逆に楓が驚く番だった。

 クルミのことだから、反論してくると思っていた。


「何を驚いている。貴様が言ったことではないか」

「簡単に認められると、さすがに驚くよ」

「他者の意見も参考にしているだけだ。私の目的は一人では成し遂げられないからな。常に広い視野を持つ。当たり前のことだ」


 クルミの目標は、インデストで国を興すことだ。

 頂点の魔王がいくら優秀でも、一人で国は成り立たない。

 あくまでも魔王は、世界で最も優れ、最も強大な個人にしかし過ぎないのだと、クルミは理解している。

 普段の態度はともかくとして、自分以外の人間の意思を好き勝手に切り捨てることはせず、まず一考するように努めているのだ。


「私はいずれ、向こうの世界に帰る。こちらに戻ってくることはないだろう」

「やっぱり」

「ほう、よく気付いたな」

「表情とか普段の会話とか態度で、何となくわかるから」

「ちっ、私も鍛錬が足りぬな」


 本当はもう一つ理由がある。

 過去十数年、楓には家族しかいなかった。

 長年の寂しさの反動で、素敵な友達と離れたくないと、強く思っている。

 故に、親しい人間の機微を敏感に察知することができ、「らしくない」行動をすると、すぐに違和感を抱いてしまうのだ。

 そこからくる感情なのか、はたまた本能なのか、楓は自分の前からいなくなりそうな人が、解る。

 和也が時々直観的な行動をとり、的中するとこがあるが、あれと似たものだと思っている。

 身もふたもない言い方をすれば、ただの勘だ。


「しかし一つ訂正はしておこう。断じて貴様らの為に、祭りに投資したわけではないからな」


 クルミは楓に人差し指を向ける。


「この偉大で高貴で最強の私を、この世界の者共に語らせる権限を、貴様らにやろうと思ってな。祭りもその一環だ。逸話は多くて困らんからな。まあ私ほどになると、否が応でも語り継がれるだろうがなっ!」


 クルミも隠すのは諦め、いつもと同じく上から目線で、力強く言った。

 あくまでも己の利益のため。

 もはや清々しいまでの独善的な物言いだ。

 どんな相手でも、この態度を貫ける彼女を尊敬する楓は、俯きながら、


「私も、クルミちゃんみたいに格好良くいられたら……」


 もっと前を向いて生きられるのに。

 口には出さなかったが、胸中では言葉が続いていた。

 どんな仲間を得ようと、修行しようと、過去は変わらない。

 やはり『混じり』としての生まれなので、素直に明るく前を歩けるほど、楽観的ではなかった。


「私が格好いいのは世界の理だとして、貴様も悪くはないぞ」


 心の暗い影が、払拭される。

 線香花火が大きく輝く。


「この私に向かって、良い人だと断言する奴は貴様が初めてだ。そんな馬鹿は大馬鹿か大物だ。何より私が悪と言わなければ、悪ではないのだ」


 どこまでも自分本位の価値観で、顔も心も面食らった状態だが、よくよく考えれば通常運行なので、特に問題はなかった。


「初めは中身のないヤツだと思っていたが、カエデも変わったな」

(そ、そんな風に思われていたんだ私……ぐす……)


 小さな光をゆらゆらと揺らしながら、クルミは言った。

 楓も無表情で頑張っているが、心の中は普通に泣いていた。


「私という完全無欠の存在が、貴様に良い影響を与えたのは間違いないだろうが、学園での経験が少しは役に立ったようだ」

「……そうかも」


 学園に来て、本当に良かったと思う。

 牛鬼の事件で友達の暖かさを知り、忍者、吸血鬼の事件で、無力さを知った。

 それも含めて、自分の糧とした。

 自分でも分かるぐらいに、楓は変わったし、ほんのちょっとは成長したと自負している。


「しかしこの線香花火とやら、もっと華美には出来んのか? このような小さな光では何も照らせんぞ」

「ふふ、それがいいの」


 異世界の住人に、花火の手ほどきをする。

 クルミの楽しそうな顔を見て、楓の目付きも優しく暖かいものとなる。

 初めから長くない関係だとは、薄々感じていた。

 そして、このまま終わらせたくないと、楓は思った。


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