第十話 夏祭り②
「結局、場所取りの必要なかったな」
「だな」
頷き合うと、武蔵は寂れた公園のブランコに腰かけた。
食事やイベントを一通り楽しみ、一行は例の穴場に移動していた。
公園には情報を教えてくれた老夫婦がいるぐらいで、静かに花火を堪能できる良い場所だ。
フリーネはジャングルジムの頂上に登って、花火を今か今かと待ちわびていた。
上で体を揺らす彼女を心配し、楓が下から見守っている。その姿は母親のようだった。
「おいキリュー、ここに座れ」
青い木製ベンチに座っていたクルミが、ぺちぺちと板を叩いた。
言われたとおりに、隣に行く。
「あれから考えは変わったか?」
すぐに花火が始まる。
上空を見据えたまま、クルミは和也に尋ねた。
あれから、というのは、和也が魔王軍に勧誘された時のことを指すのだと、察しがついた。
「いや、今も君の部下になるつもりはないよ。でもやってみたいことはある」
「ほう?」
クルミは僅かに眉を吊り上げたが、語気に苛立ちはない。
目は合わせず、互いに前を見ていた。
「深い理由でも何でもないんだけどさ、やっぱり人の役に立ちたいんだ」
「貴様らしいな」
和也は照れくさそうに頭を掻く。
「向こうにいる時はさ、日本に帰ったらご飯食べたいとか、家族にどう説明しようかとか、死ぬまでのんびり暮らそうとか、普通に生きるのが夢だった」
「所詮は夢だな。貴様にそんな生き方はできまい」
「うん。夢は夢だったよ。牛鬼が立花さんを狙ってるって話を聞いたとき、体が勝手に動いた。その時点で気付くべきだったんだ」
「心から平穏を望むのなら、カエデを見捨て、徹底的に不干渉を貫くのが最善だ。貴様は干渉をし過ぎだな」
クルミは呆れた物言いだったが、軽蔑したようには聴こえず、逆にどこか嬉しげだ。
「思ってたことと行動が矛盾してたよなぁ。恥ずかしい」
「口でどう言おうとも、体は正直だな」
「変な言い方はやめてくれ」
真顔で言ってのけるので、和也も苦笑するしかない。
「まずはこの世界の事情をちゃんと調べようと思う。勝手に動くと余計に迷惑がかかるだろうから」
忍者が、妖怪が、異能者が、人間が、色んな存在がいて、世界は成立している。
自分勝手に暴れて、その歯車を破壊するわけにはいかない。
各地の情勢を知り、情報を集め、判断する。
「そのうえで、自分のやるべきことを見定めて、行動する。一度関わったことは最後までやり通す」
「傲慢だな。貴様がいなくとも世界は回っている。勇者がわざわざ出張る必要はない」
「それでも手伝えることはあるかもしれない。というか君に傲慢とか言われる日が来るとは思わなかったよ」
「本気でやり通すというのなら、大いに結構だ。口を開けば家族がどうのと言っていた頃よりは、好ましいぞ」
「だからって家族をないがしろにするわけじゃないからな。親にも相談して決めるよ」
四年間、家を留守にし、散々迷惑をかけた。
家族のためになることを望んでいるし、さらに他の人の役に立てれば、万々歳だ。
「ただ物づくりとかも悪くないと思うんだ。ほら、俺そういうの得意だしさ」
螺子やお皿、日常生活で使用される物を作る。
医療やプログラミング、専門知識が人を助け、救う。
少し考えただけでも、数えきれないほどの『人の為になること』が思いつく。
和也は異世界で、ひたすら人々の命を脅かす悪と殺し合ってきた。
だが、悪を打ち倒すことだけが、人助けではない。
そして和也が必ずやる理由もない。
自由な選択肢が無限に広がっている。
「具体的ではないし、合理的でもないが、貴様も目的が出来たのだな」
「これからもっと煮詰めていかないとね。あまり手を広げすぎると、全部失くしてしまいそうだ」
「ふん、私なら全て手中に収めてみせるがな」
「魔王様は言うこと違うな」
和也は笑みを溢す。
この絶対的までの己への自信は、真似できない。
魔王が魔王足る所以を、垣間見た気がした。
「まあ、なかなか世界を救ってめでたしめでたしって、ことにはならないね」
「当然だろう。貴様の人生は一七年で終わりなのか?」
「むしろこれからが、本当の始まりなのかな」
「本当の始まりなんぞあるものか。この世に生まれた日が始まりだ。死ぬまで全力で駆け抜けろ」
クルミの言葉には、自信と強さがあった。
常に己を律し、前に立ち、突き進む。
障害物は薙ぎ払え。邪魔者は踏み潰せ。
力を信じ、責任を背負い、前に立つ。
建国という目的の為に、絶対に妥協は許されない。
彼女は生まれた時から、こういう人間なのだ。
「お、花火だ」
武蔵が、光る玉が空に駆け上っていく様を見て、呟いた。
橙色の球体は、宙で弾け、花のように咲き誇る。
夜空に爆音が鳴り響き、花火の始まりを告げる。
話し込んで失念していたが、開始時刻に迫っていたようだ。
空を彩る光の花は、次々と打ち上げられる。
クルミも、武蔵も、フリーネも、楓も、皆の視線が上に釘づけだ。
その中で、和也は呟いた。
「……あの時の魔王が、君なら良かったのにな」
花火の音でかき消され、クルミの耳には届かなかった。
初めて見る花火に、はじゃいでるわけではないが、子どものような純粋な眼差しで、空を眺めていた。
和也も上に目をやった。
久しぶりの花火は、とても綺麗に見えた。
★★★★★
「せっかくだし俺達で花火やんね? コンビニで売ってるよな?」
夜空を輝かせた美しい花々も散り、静けさが戻ってくると、武蔵が唐突に言った。
ブランコから勢いをつけて立ち上がる。
「あたしはオッケーだよ!」
「私も」
「この際だ、最後まで付き合ってやろう」
女子陣からの反応も上々で、グッと拳を握る。
全員から断られていたら、自室に引きこもって、号泣しているところだ。
「そう言うと思って、用意しておいたんだ」
和也が錆びついた公衆トイレの壁の横を指差す。
花火セットがバケツに詰められ、置かれていた。
いざ花火で遊びたいとなった時に、いつでも始められるよう、前もって用意しておいたのだ。
「ンなとこに置いといて良かったのかよ」
「いいって。普段からこんなとこに来る人なんていないしさ」
「お前って案外適当なとこあるよな」
「結構適当だよ。すぐそこに川があるから、水汲んできてくれ」
「うーす」
武蔵はバケツを片手に、水を入れに行く。
初めはゆったりとした足取りだが、クルミに「さっさと行って来い」と急かされてしまい、途中から全力ダッシュだった。
「ねーねー! あたしは何やったらいいの?」
「袋を開けておいてくれ。中身ごと潰さないようにね」
「りょーかい!」
残った面子で、袋から筒状の物や手持ちの花火を取り出して、人数分に振り分ける。
クルミがまるで普通の人みたく、和也達を手伝っていたのには、皆が軽い衝撃を受けていた。
彼女が魔王らしからぬ行動をするたびに驚かれるのは、珍しいことではない。
和也がライターの火の付き具合も確認し、準備を万全だ。
水汲み係が戻ってくれば、いざ一年E組花火パーティの始まりである。
「いいか、絶対にこっちに向けんなよ! 俺は普通の人間だから、うっかり花火当てちゃいましたじゃ済まないんだからな!」
「もう、そんなことしないよー、ハットリーヌの心配性しょー!」
「フリーネちゃんが一番心配だから言ってんだよコンチクショー!」
噴出花火をぶんぶん振り回すフリーネに、武蔵が堪らず言った。
点火されて光が放出されているのだから、危ないにも程がある。
一年E組の人外勢なら当たったぐらいで、どうこうなることはないが、武蔵はあくまでも人間だ。
転べば痛いし、火に触れれば熱い。
唯一のまともな人間として、人外のクラスメイト達に理解してもらわなければならないのだ。
「花火は下に向けてやろうな、ね?」
「えー」
「子ども達と花火で遊ぶとき、そんな風にしてたら、危なくない? 武蔵は大丈夫だろうけどさ」
「むー、確かにっ」
「え、俺大丈夫じゃないよ?」
和也が手慣れた様子で、仲裁に入る。
まるで保護者のように接する風景に、静かに線香花火に興じていた楓は胸の内で笑って、クルミは露骨に顔に出して、呆れ果てていた。
「ちっ、落ち着きのないヤツだ」
「いつものことだよ」
楓とクルミはしゃがんで向かい合い、線香花火を垂らしていた。
こうして二人きりで話すのは珍しいことだ。
いつもの楓だったら、どんな会話をしたらいいか頭を悩ますが、表情も心も静かなものだ。
「クルミちゃん」
「何だ」
「ありがとう」
楓の済んだ瞳が、碧い目の魔王を見据えた。
クルミも堂々と受け止め、応える。
「何のことだ? 貴様に礼を言われるような真似はしていないが」
「家に呼んでくれたり、一緒にお祭りに来てくれたこと」
「はっ、そんなことか。それこそ礼なんぞしなくて結構だ」
クルミは意外と付き合いがいい。
武蔵への扱いは別だが、クラスメイトと良好な関係を築けている。
だから礼は不要というのは、別段不思議でも何でもない。
友人に、この程度で心から感謝する人も稀だろう。
とはいえ、今回に限っては、少し話が違う。
「お祭りを派手にしたのも自分の為だなんて言っているけれど、本当は皆を楽しませたいってことも」
「気味の悪いことを口にするな。皆の為? ありえん。私がそんな殊勝な人間だと思うのか?」
「思う。あなたはそういう人」
楓は言い切った。
確信めいた一言に、クルミは目をぱちくりとさせるが、小さく笑って、
「面白いことを言うな。そうか貴様にはそう映るのか。理解し難いが、忘れはしないでおこう」
今度は逆に楓が驚く番だった。
クルミのことだから、反論してくると思っていた。
「何を驚いている。貴様が言ったことではないか」
「簡単に認められると、さすがに驚くよ」
「他者の意見も参考にしているだけだ。私の目的は一人では成し遂げられないからな。常に広い視野を持つ。当たり前のことだ」
クルミの目標は、インデストで国を興すことだ。
頂点の魔王がいくら優秀でも、一人で国は成り立たない。
あくまでも魔王は、世界で最も優れ、最も強大な個人にしかし過ぎないのだと、クルミは理解している。
普段の態度はともかくとして、自分以外の人間の意思を好き勝手に切り捨てることはせず、まず一考するように努めているのだ。
「私はいずれ、向こうの世界に帰る。こちらに戻ってくることはないだろう」
「やっぱり」
「ほう、よく気付いたな」
「表情とか普段の会話とか態度で、何となくわかるから」
「ちっ、私も鍛錬が足りぬな」
本当はもう一つ理由がある。
過去十数年、楓には家族しかいなかった。
長年の寂しさの反動で、素敵な友達と離れたくないと、強く思っている。
故に、親しい人間の機微を敏感に察知することができ、「らしくない」行動をすると、すぐに違和感を抱いてしまうのだ。
そこからくる感情なのか、はたまた本能なのか、楓は自分の前からいなくなりそうな人が、解る。
和也が時々直観的な行動をとり、的中するとこがあるが、あれと似たものだと思っている。
身もふたもない言い方をすれば、ただの勘だ。
「しかし一つ訂正はしておこう。断じて貴様らの為に、祭りに投資したわけではないからな」
クルミは楓に人差し指を向ける。
「この偉大で高貴で最強の私を、この世界の者共に語らせる権限を、貴様らにやろうと思ってな。祭りもその一環だ。逸話は多くて困らんからな。まあ私ほどになると、否が応でも語り継がれるだろうがなっ!」
クルミも隠すのは諦め、いつもと同じく上から目線で、力強く言った。
あくまでも己の利益のため。
もはや清々しいまでの独善的な物言いだ。
どんな相手でも、この態度を貫ける彼女を尊敬する楓は、俯きながら、
「私も、クルミちゃんみたいに格好良くいられたら……」
もっと前を向いて生きられるのに。
口には出さなかったが、胸中では言葉が続いていた。
どんな仲間を得ようと、修行しようと、過去は変わらない。
やはり『混じり』としての生まれなので、素直に明るく前を歩けるほど、楽観的ではなかった。
「私が格好いいのは世界の理だとして、貴様も悪くはないぞ」
心の暗い影が、払拭される。
線香花火が大きく輝く。
「この私に向かって、良い人だと断言する奴は貴様が初めてだ。そんな馬鹿は大馬鹿か大物だ。何より私が悪と言わなければ、悪ではないのだ」
どこまでも自分本位の価値観で、顔も心も面食らった状態だが、よくよく考えれば通常運行なので、特に問題はなかった。
「初めは中身のないヤツだと思っていたが、カエデも変わったな」
(そ、そんな風に思われていたんだ私……ぐす……)
小さな光をゆらゆらと揺らしながら、クルミは言った。
楓も無表情で頑張っているが、心の中は普通に泣いていた。
「私という完全無欠の存在が、貴様に良い影響を与えたのは間違いないだろうが、学園での経験が少しは役に立ったようだ」
「……そうかも」
学園に来て、本当に良かったと思う。
牛鬼の事件で友達の暖かさを知り、忍者、吸血鬼の事件で、無力さを知った。
それも含めて、自分の糧とした。
自分でも分かるぐらいに、楓は変わったし、ほんのちょっとは成長したと自負している。
「しかしこの線香花火とやら、もっと華美には出来んのか? このような小さな光では何も照らせんぞ」
「ふふ、それがいいの」
異世界の住人に、花火の手ほどきをする。
クルミの楽しそうな顔を見て、楓の目付きも優しく暖かいものとなる。
初めから長くない関係だとは、薄々感じていた。
そして、このまま終わらせたくないと、楓は思った。




