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アフターヒーロー  作者: 望月
第五章 帰還した勇者とそれぞれの日常
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第六話 それぞれの夏休み 桐生和也の場合(後)

 吸血鬼の出現に、和也が動揺することはなかった。

 それどころか、吸血鬼に背を向けて、呑気に寝る準備に入っている。

 月光に照らされ、どこか幻想的な雰囲気を醸し出すペーテルだったが、和也の素っ気ない反応に、渋い顔をした。


「つまらないな。ここは何故生きているとでも問い掛ける場面ではないか? なあキリュウカズヤ。私と話をしよう」


 話したがりの性分だけに、無視を決め込まれてしまうと、つまらないことこの上ない。

 ペーテルの存在を完全にないものとする和也の気を引くため、周りを物色しようと手を伸ばす。

 常人の感性を持ち合わせているならば、不快感を示してくるはずだ。


(今のあなたじゃ、何も触れられないですよ)


 ペーテルの動きが止まり、首を和也の方へと向ける。

 耳にではなく、内から響くように声が聞こえた。


「ほう、頭で念じるだけで会話が成立するのか。口に出して語り合う方が好みだが、贅沢は言えないか」


 試しに他の物にも触れようとするが、溶け込むように通り抜けてしまい、徒労に終わる。

 諦めたように嘆息すると、窓際に寄り、腕を広げて全身で月光を浴びる。


「こうして再び月の光を目にできるとは、長生きもしてみるもの……いや違うな」

(状況は理解していますね。今のあなたは……)

「死んでいる、だろう? 此処にいる私は本体の欠片。お前の能力がそうさせたのだろうが、なかなかに面白い力だ。ふむ、興味深い」

(一応コピー能力の筈なんですけど、体質同化させると本人の人格も取り込んでしまうみたいで)


 己の能力の無駄な幅広さに、能力者の和也も苦笑する。

 異能『劣化コピー』その名の通り、他者の能力を劣化させて我が身に写す能力だ。

 そして単純な超能力コピーに、体質同化という相手の身体の特徴を自分にコピーする力の、二つの要素を備えている。

 超能力コピーのストックは二つで、古い物から消えていくが、体質同化は一生残るといった違いがある。

 体質同化させた際に、体の骨が、血管が、神経が、ぐちゃぐちゃにされて再生するデメリットはあるが、基本的に強力な能力だ。

 ただし、一つ妙な点があった。

 体質同化させた相手の自我が、何故か和也に宿るのだ。

 種族も性別も年齢も関係なく、本人が既に死んでいようとも、その人の一部が、残る。

 ペーテルのように時々表に出てくることもあり、場合によっては話し相手になったり、なってもらったりする。

 体の所有者は和也で、隙を突かれて、他者の人格に乗っ取られるといったことはなく、特に困ることはない。

 あくまで、彼らは欠片であり、本人を構成していた一部分に過ぎないのだ。


(話があるなら、聞きますよ。長話は遠慮してもらいたいですけど)

「殺し合った仲だというのに、随分甘いじゃないか」

(今後ずっと付き合っていくから、お互い腹を割って話そうってだけです。フリーネさんや子供達にしたことを許したわけじゃない)

「なるほど。君の意思は解った。早速だが一つ訊いていいか?」

(どうぞ)


 体勢を逆にし、ペーテルと向き合う。

 見上げる形となっているが、目は閉じたままだ。

 傍目からは寝返りをうっただけに見えるだろう。


「お前の中には複数の魂が住んでいるが、何故今私が出てきたのか。理由を知りたい」

(あなたが一番最近コピーされたから、だと思います。くっついたばかりで剥がれやすい。剥がれるとは言っても、俺の外に出ることはありませんが)

「私は糊が渇ききっていない紙か? まあ人の中にいるというのも未知の経験だ。楽しむとしよう」


 不本意な状況でも、全力で未知を探求し、弱さを知り、楽しむ。

 死んでいようと、敵対者に取り込まれようと、彼の信念に変わりはない。


(じゃあ次は俺の番です。そうだな、本は好きですか?)

「好きだ。本は知恵と知識の宝庫だ。ただし物語性のある本に興味はない。見合いのつもりか?」

(まさか。どんな人間か、いや妖怪か知りたいだけですよ)

「現代ならネットで調べられるだろう。ペーテル=ブロゴヨヴィッチで検索すればいい。大した話はないが、私という妖怪を知るには充分なはずだ」


 ペーテルは露骨に不機嫌になると、充電中のスマートフォンに目をやった。

 確かに彼の言う通り、検索すれば、あっという間に答えを出してくれる。

 だが、和也が求めているのは、そんな話ではない。


(伝承の話ではなく、ペーテルさんが生きて、見て知って経験したことを、俺は知りたいです)

「それを待っていたっ。私が未知に目覚めたのはある日突然のことだったのだが――」


 堰き止められていた水が溢れだすように、自分を語りだす。

 簡単に得られる情報の価値は限りなく低い。

 相手の興味を引き付け、かつ、自らも楽しむのだ。

 一旦始まると、ほぼ一方的に言葉を叩き込むペーテルだが、和也も一字一句聞き逃さず、きちんと食いついてくる。

 ドラゴンは会話の大半を受け流していただけに、彼の弁にも熱が入る。


「――そして私はドラゴンに接触することとなり、今に至るというわけだ」

(おお、二時間ジャスト)

「私の生を語るなら、本来二時間程度では足りないがな。二四時間は余裕でいけるぞ」

(そうですか……)


 徹夜コース確定だと思われていた矢先に、想定外の終幕。

 要点を纏め上げ、無駄を省略していたそうだが、それでも二時間の時が費やされた。

 語り癖、恐るべしである。

 腹を割って話すと言った以上、和也も最後まで付き合う覚悟はあるが、少し心配になってきた。

 ペーテルは顎をさすり、ふと思い出したかのように言った。


「先程のお前の母と妹の話だが、大切な人、というのがお前にもいたのだな。強い想いが私にも伝わってきた。その人間も中にいるのか?」

(彼女はいないですよ。それはともかく、伝わるんですか? そんなことは一度もありませんでしたけど)

「お前が言ったように、私は剥がれて、表に浮上しかかっていたからな。他の中の存在より聞き取りやすいのだろう。なんなら私が今後検証してやろうか?」

(いえ、それは結構です)

「そうか……なら隙を見て勝手にやるとしよう」

(やるんですか)


 ペーテルは頬を緩ますと、さらに饒舌となって話を進める。


「私の肉体をコピーした影響で、吸血鬼の弱点も引き継いだな。日光に嫌悪感を覚えているだろう?」

(今日一日歩き回って、俺も痛感しました。元々色んな能力が混じっているから、太陽の光を浴びても灰になりませんし、鏡にも映ります。けど、こういうのはどうにもならないようで)

「日光は吸血鬼最大の弱点だ。嫌悪感程度に収まったのは、実に幸運。次は相手を見てやれと言いたいが、いざとなれば関係ないな。合理的なんてモノは糞喰らえだ。お前も同じ考えの筈だ」

(よく解ってるじゃないですか、俺のこと)

「中に居れば、多少はな」


 体質同化は、相手の良い点も悪い点も、全てひっくるめてコピーする。

 弱点の多い性質をコピーしてしまえば、和也にも劣化した弱点が定着させられる。

 ペーテルの言葉は正しい。

 相手の特徴を考慮し、慎重に使うべきなのだが、緊急事態時に、そんなことは言っていられない。


「だが私の宿主に死なれては困るぞ。クラスメイトでも利用して、上手く立ち回ってほしいものだ」

(それは賛成できません。俺にそんな器用な生き方はできないですから)

「早死にする類だな。やれやれ、私の第二の生は短そうだ」


 ペーテルは呆れ果てて、天を仰ぎみる。

 まるで英雄のような答えだ。

 そして英雄は総じて、碌な死に方をしないと相場が決まっている。

 和也は英傑かもしれないが、それ以上の存在とは呼べない。

 英雄であろうとするなら、いつか死ぬ。

 確信めいたものが、内から湧き出てくる。


「ときに、お前のクラスメイトに『混じり』がいたな。美しい弱者で、中々に未知が潜んでいる。未知の弱者、私の大好物だ……名前は、そう、タチバナカエデだ」


 吸血鬼は楽しげだが、途端に和也の表情は厳しいものとなる。


「ドラゴンには及ばないが、『混じり』もまた私が探求するに相応しい事象だった。惜しい、実に惜しい。心からそう思う」

(ペーテルさんは、そのことについて知っていることは?)

「気になるか? なら教えよう、と言いたいところだが、生憎、私も詳しいことは知らない。探求する前に死んだからな」


 恨めしそうに、鬼の目が和也を見る。

 自業自得だと自覚はあるが、それはそれ、これはこれだ。


「ただ一つ言えることがあるなら、『混じり』はタチバナカエデだけではないだろう。複数いると考えていい」


 複数という言葉に、和也の眉根が動く。


(根拠は?)

「彼女が生まれたのは約一六年前だぞ? 妖怪の新種とまで呼ばれているのに、次が生まれてこないのは妙だ。まあ主に経験則からくる勘だがな」

(俺も勘に過ぎませんが、あなたの言うことは正しいと思います。経験則はばかにできない)

「伊達に三桁は生きていないからな。信用するといい」


 楓以外にも、『混じり』はいるのか。

 和也も、疑問に思っていたことだ。

 彼女のほかには存在しないと聞いていたが、少々納得がいってなかった。

 最初の『混じり』が誕生してから十数年、本当に次の『混じり』は生まれてこなかったのか。

 妖怪への知識も不足気味の和也でさえ思いつく程度は、とうの昔に調べられていると思い、口に出したことはなかった。

 そんな和也を見透かしたように、ペーテルは言った。


「人間視点では、既存の妖怪を組み合わせただけの雑種だ。続々と生まれる妖怪への対処に精一杯なのだから、研究は進んでいないし、意欲もない。表向き実例は一人のみで、まともな調査も出来ない。都合の良いことにな」


 妖怪の研究は日々進歩し、様々な対策や兵器が生み出されている。

 だが妖怪は星の数ほど存在し、人が増えれば増えるほど、伝聞は広がり、力を強めていく。

 人間が発展すればするほど、怪異もまたその影を色濃いものとするのだ。

 物の怪の間で問題になっていたとしても、人間からすれば、変わった妖怪の一種だ。

 楓自身が秘匿され、観察対象も見つからない。

 調査が後回しになるのは必然的と言えよう。


「尤も、妖怪にとっては大問題なのだがな。両者の性質を受け継いでいる時点で、彼女は妖怪として正しくはない。例えば、咬んだ人間を狼にする吸血鬼がいるか? いないだろう? 二つが混じれば、もはや別の何かだ。根本的に今までの妖怪とは違う」

(なのに妖怪達は調査しなかったんですか?)

「この国の言葉にあるだろう。臭い物に蓋をせよ、触らぬ神に祟りなし、と。ここの妖怪は真実を暴くことより隠すことにした。そちらを優先した理由は……分からないでもないがね」


 ペーテルはどこか寂しげに、ベランダから月を見上げた。


「新しきは古きを駆逐する。抗うことのできない時代の淘汰。それだけの話さ」


 楓は始まりだ。

 彼女を排除したところで、問題が解決しないことは、簡単にわかることだ。

 いつか次が来る。

 避けることはできない。

 十年後か、一年後か、一か月後か、明日か。

 いずれ必ず、その日はやってくる。

 時代は変わる。

 妖怪とて、例外ではない。


 かつて牛鬼は楓を火種と称した。

 つまりは、起爆剤だ。

 楓がはじまりの『混じり』として表舞台に立てば、呼応する『混じり』が現れるかもしれない。

 その影響が新たな『混じり』を生むかもしれない。

 一人の新種を起点とし、連鎖し、古を排除する。

 楓を辺境に閉じ込めていた理由だ。


「ふっ、感傷的になってしまったな。話足りんが、今日はこのくらいにしよう。次はより濃く、話を練り上げ、万全の態勢で臨むこととする」


 拳を握り、口調に熱が入る。

 するとただでさえ半透明だったペーテルが、どんどん薄くなり、最後には消えてなくなった。

 和也の奥底に帰っていたのだ。

 ペーテル=ブロゴヨヴィッチ。

 新たな中の住人。

 数多くの人が、中に存在するが、こんなにも際立った人物は片手で数えるほどしかいない。

 己の中が賑やかになったことは、喜ぶべきか、悲しむべきか。

 最後に嘆息すると、和也は眠りについた。



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