第四話 それぞれの夏休み フリーネ=ドラゴニックの場合
「私が鬼だぞー! 皆逃げろー!」
フリーネ=ドラゴニックは、今日も今日とて、子ども達と公園で遊んでいた。
いつものタンクトップにショートパンツで、元気いっぱいの少年少女を追っかけまわす。
暑さなんてどこ吹く風。
夏の熱気にも負けない、子どもの情熱が、彼らの原動力だ。
彼女の正体を知っている者からすれば、鬼よりもよっぽど恐ろしいドラゴンに子どもが襲われている図にしか見えないが、一般人からしたら、とても平和的な光景だ。
現に付近の住人は、穏やかな目で眺めていた。
「フリーネさーん。転ばないようになー」
その穏やかな目で眺めている人間の一人、桐生和也は、ベンチに座りながら注意を促した。
散歩をしていたら、偶然フリーネと会い、話の流れで公園まで来てしまったわけだが、こんな日も悪くないと、そのままのんびり過ごしていた。
「わかってるよー! あたしはいつだって安心安全を心掛けへぶっ!」
和也の方に見向きもしていなかったのに、声に応じた途端にこれである。
足元の石に躓いたフリーネは、顔面から地面に激突する。
和也は慌てて駆け寄って、手を差出し、立ち上がらせると、土で汚れた顔をハンカチで拭いてあげた。
こういう状況の時のために、ハンカチは自分用と緊急用の二つを用意していたのが幸いだった。
「大丈夫? まったく、今言ったばかりじゃないか」
「ごめんごめん。でもあたし頑丈だし問題ないもんねー! さあ続きだー!」
即座に獲物の捕獲に意識を切り替わるあたり、無駄にプロ意識が高い。
子ども達が全く心配せずに、逃げているところを見ると、普段からこんな感じなのだろう。
和也にお礼を言うと、フリーネは迅速に狩りを再開した。
「フリーネ姉ちゃんが復活したぞ! 死ぬ気で逃げろ!」
「プランAからBに移行! 各員、全力で役目を果たせ!」
「うひゃあ、おっぱいがきたぞー!」
心配の欠片もない無邪気な声。
余計なお世話だったかな、と、内心思いつつ、ベンチに戻る。
結局、フリーネはその後も何度も転びながらも鬼ごっこは継続し、子ども達も笑いながら楽しんでいた。
(今度弁当でも作って、持ってくるかなぁ。たくさん食べる子が多そうだし、作り甲斐あるだろうな)
どうせなら本格的にやろうか、はたまたお握りを大量に用意しようか。
そんな風に、猛暑に負けないほど熱中してメニューの構成を思考する。
そうこうしていると時間も、あっという間に過ぎていく。
少年少女らは昼になるまで遊び尽くした後に、一旦解散して、また遊ぶ約束を取り付け、各自帰宅していった。
「おつかれ。はい、ドリンク」
「ありがとー!」
前もって購入しておいた飲み物をフリーネに渡した。
物の確認もせずに、腰に手を当て、勢いよくスポーツ飲料を飲み干す。
「ぷはー! 体に沁みるね!」
空になったペットボトルをゴミ箱に投げ入れると、どかっと和也の隣に座る。
「そういえばカズくんって、あの後せんせーに何か言われた?」
「あの後? ああ、吸血鬼のアレか。無事に帰ってきてくれて何よりとか、今後の警備体制の話とか、そういうのかな」
「やっぱりカズくんも言われてたんだねー。話長くて途中で寝ちゃったから、あんまり覚えてないけどね!」
自信満々に言い切り、親指をぐっと立てる。
吸血鬼率いる西洋妖怪軍団によって、フリーネが拉致された事件から二週間が過ぎていた。
和也もフリーネも元の日常生活に戻り、それぞれ宿題や遊びやバイトに励む日々だ。
「うーん、一つ言うなら、楠先生の話で一番重要な話だったのは、しばらくはどの勢力もこの街にちょっかい掛けてくることはないってところかな」
「そうなの?」
「牛鬼に忍者に吸血鬼が立て続けに返り討ちにあって、もう手を出さないほうが無難だって分かったんだろうという話らしい。怪しい動きがあった組織もすっかり鳴りを潜めているんだと」
「じゃあ平和なんだね今は! やったね!」
「そうだなー。しばらくは平和かな」
呑気に笑っているフリーネだが、一番の原因は彼女の存在が公になったことだ。
世界最強クラスの絶大な力を保有するドラゴンがゆえに、これまで表向きは山蜥蜴として生活していた。
一か月前の和也なら、秘匿する理由は分からずにいただろう。
けれどもドラゴンの力の一端を知った今ならば、隠していた理由が理解できる。
他の追随を許さない圧倒的なまでの破壊力、火力、防御力。
気分一つで国を滅ぼしてしまいそうな力が、ドラゴンにはある。
だが今回の件で、正体が露見してしまい、学園側も隠し通すのを諦めたのだ。
いくらなんでも派手にやりすぎたからだ。
妖怪との戦闘。
日本からフランスへの渡航。
城を木端微塵に破壊。
最上位の吸血鬼を瞬殺。
言い出したらキリがないが、とにかく目立ちまくりなので、隠しようがない。
学園長の思惑はともかく、楠を含めた教師陣の根回しと血の滲むような努力のおかげで、面倒な事態は避けたと、和也は聞いている。
「吸血鬼に人質にされていた子も元気みたいだし、安心したよ。さっき遊んでいた子の中にいただろう?」
「うん、さっちゃんのことだね! あの時のことも全然覚えてないみたいだし、ラッキーだよ! 辛いことなんて忘れてたほうがいいもん」
「……それもそうだ」
フランスで吸血鬼に囚われていた修道服の少女も少年も、現地の組織に保護され、無事だ。
吸血鬼が迅速に街から撤退したので、日本、フランス含めて、死者はいない。
あの事件で命を落とした人間がいないのは幸運といえる。
「じゃあそろそろ帰るかな。フリーネさんも帰るなら、寮まで送っていこうか?」
「いちいち帰らなくて済むように、実はだね、ふっふっふ、お握りを握ってきたのですよ! カエデちゃんがいないから大変だったけどね!」
そう言って、ベンチの下に置いてあった風呂敷を和也に見せびらかす。
しっかりと保冷剤も一緒に巻き付けてあり、熱で腐らない対策もしてある。
保冷剤付きという点を差し引いても、風呂敷がぱんぱんに膨らんでいることには、和也も苦笑いをする他ない。
「そんなにあるなら、子ども達に分けてあげればよかったんじゃないか?」
「うん、だから皆一個ずつあげたよ! 喜んで食べてくれたから嬉しかったぜい!」
「そ、そうか」
全く減ったように見えない握り飯の塊に、動揺しそうになる。
一体何個作ったのか気になるところ、というよりも食べきれるか不安で仕方ないが、フリーネならペロリと平らげてしまいそうで怖い。
「じゃあまたねー。あ、そうだカズくん」
風呂敷の中に手を突っ込み、物を取り出すと、少々不格好な形のお握りを和也に手渡す。
「なんか元気なさそうだから、これあげる!」
一瞬、和也は意外そうな顔を見せるが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
確かにお握りらしき形をしているそれは、フリーネの熱意が籠められていそうで、美味しそうに感じる。
「ふふ、ありがとう」
「へっへー、どういたしまして! 暑かったら、ちゃんと水分ほきゅーはしようね!」
「……今度からそうするよ」
握り飯を一口食べると、フリーネに手を振って、和也は公園を後にした。
絶妙な塩加減が食欲を刺激し、口に運ぶ手が止まらない。
彼女の隠れた才能に感動しつつ、機会があったら、ちゃんとした握り方を教えてあげようと、密かに決意したのであった。
「おっにぎり、おっにぎり、楽しい嬉しいおにぎりたーいむ!」
足をばたつかせながら、風呂敷を太ももの上に広げる。
山のように積まれたお握りを前に、自然と唾液が溢れてくる。
この幸福感を味わうために、朝早くに起きて、眠気に耐えて、頑張って握ったのだ、
フリーネのテンションは本日最高潮に達していた。
しかし、フリーネの幸せタイムは一時中断させられることとなる。
「む? 電話?」
ポケットに入れているスマートフォンが振動し、高まり続けていた気分が停滞する。
空気が読めない電話に不機嫌になりかけながらも、面倒事はさっさと終わらせたいので、応じることにした。
「もっしもーし! あたし今からお握り食べるので、早めに終わらせてね! できれば一分くらいでね! というか誰ですか!」
『君の通う学園の学園長だ。手短に終わらせるから心配しなくていい』
「なーんだ、がくえんちょーか。どうかしたの?」
男性とも女性ともとれる、中性的な声が電話越しに届く。
清条ヶ峰学園の学園長を務める謎の存在であり、誰も顔を知らないとまで言われているのに、フリーネは緊張するどころか、逆に気が緩んでいた。
まるで長年の友人と話すかのように、気軽な口調だった。
『いや楠君から君に伝言だ。夏休みの宿題を終わらせないと、二学期から毎日補修をさせるから、そのつもりで。とね』
「えー! そんなの嫌だよ! 補修する時間があったらアイスもドーナツも何十個も食べれるのにぃ! そもそも何でそれをがくえんちょーが言うの!? は! もしやあたしに堂々と言う勇気がなくて……」
『彼は世界中飛び回っているからね。単に時間がないだけさ。まあ、そう命令したのは私だがね』
お握りを口に放り込み、会話を続ける。
「むぅ、カエデちゃんに見せてもらわないと……そうだ、がくえんちょーもお握り食べる? あたしが作ったんだよ!」
『君の自作かね。ではいただくとしよう』
直後に、風呂敷の上から一つ、握り飯が消失する。
フリーネに驚いた様子はなく、ぱくぱくとお握りを食していた。
『なかなかに美味じゃないか。これまた意外な才能だ』
「ほええ、がくえんちょーにも味覚ってあったんだね! おっどろっきー」
『勧めたのは君だろうに。味を感じる程度、どうにでもなるさ』
「それにしても、せんせーは世界中に旅行かぁ。いいなぁ、あたしも行きたいなぁ」
『彼のように激務に耐えられるなら、即刻、南米に飛んでもらうが』
「激務なんてムリ! 絶対にムリ! 気ままに旅したい! どうせならレルービアとかインデストがいいよ! もう三○○年はずっと地球にいる気がするもん」
『行くのは構わないが、暫く地球の子らと会う機会は減るから注意するといい。特に時間の管理が杜撰な君なら、気づいたら一○年というのも有りうるだろう』
「む、それは言えてる……そだね、今はこっちの子と遊んでる方が楽しいかな! よし、もう一○○年は地球であそぼ!」
お握り全てを平らげ、勢いよく立ち上がる。
エネルギー充填完了。ぐっと背筋を伸ばす。
午後からは何をして遊ぼうか、腕をぐるぐる回して、頭に色々な遊びを思い浮かべる。
「さーて今度は何して遊ぼうかなー。缶けりにダルマさんが転んだに……ううん決められないぞ! あ、電話間違えて切っちゃった、まあいっか! がくえんちょーだし!」
世界最強のドラゴン、フリーネ=ドラゴニックは今日も自由気ままに、夏を謳歌する。
たとえ勇者でも魔王でも謎の学園長でも、彼女の意思を砕くことはできないのだ。
「宿題は……後でできるもんね! うん、きっと大丈夫! ……ほんとに大丈夫かな…………」
案外、身近なところに対ドラゴン最終兵器があるかもしれないが。




