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アフターヒーロー  作者: 望月
第五章 帰還した勇者とそれぞれの日常
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第三話 それぞれの夏休み 服部武蔵の場合

 忍者とは。

 世間一般における忍者の認識は黒装束で、怪しげな術を行使する人間を指す。

 しかし現実は現代の技術の遙か先をいく、超科学を有し、妖怪という異形を闇に葬る集団だ。

 レーザー兵器、自律型ロボット、強化スーツ、衛星兵器など、どれもが今日も世間に隠れて活躍している。

 人に仇なす怪異と戦うため、日々技術の向上を図り、限界まで肉体を鍛え、人々を守る。

 人々に賞賛されずとも、正当な評価を受けずとも、彼らは闘い続ける。

 強く、逞しく、鋼の精神を身に宿す者。

 それが忍者だ。



「今すぐ島を消し飛ばす兵器作らねえと! いや地球ぶっ壊すぐらいじゃねえと無理だッ! あの野郎なら謎のシールドで防ぐに違いねえ! ちくしょう今すぐ世界滅べクソがァ!」


 隈がくっきりと残る顔で、パソコンに向かって、ひたすら大量破壊兵器の作成に励む金髪の男も、残念ながら忍者だ。

 名は服部武蔵。

 金髪のオールバックで、服装は千円以下で売っているジャージ。

 こんなにも忍者らしい名前なのだが、全く忍者らしくない風貌だ。

 いつもならクーラーの効いた部屋で、のんびりと過ごし、機械をいじったり、友達とばか騒ぎしたり、好きな女の子からの返信に狂喜乱舞したり、色々と忙しいのだが、今は一心不乱に一人の男の抹殺計画を考えていた。


 事の始まりは、昨日の昼頃に、唐突に訪れた。


 その時の武蔵は、最近気になって仕方がない女子、桐生和也の妹の桐生舞に、どうやってアプローチしようか、寮にいる彼女持ちの先輩方に相談していた。

 どうやって関係を発展させていくべきか、どうやったら恋仲になれるのか、そもそもどういう風に話しかけたらいいのか、あのシスコンお兄ちゃんガード半端ねえ、そういった会話が繰り広げられていた最中。


 突然、武蔵の携帯が振動した。

 着信音から、ラインの通知だと分かる。

 間が悪いと思いながらも、差出人を確認しようと、画面に目をやると。


 

『息子よ。明日、遊びに行くぞ』


 背筋に悪寒が走る。

 手の震えが止まらない。

 冷汗がとどまることなく溢れてくる。

 まともに呼吸さえ出来ない。

 恐怖に打ちひしがれ、そして、武蔵は自室に向けて激走する。

 背後から先輩達の心配する声が聞こえてきたが、それに構っている暇はなかった。


 父が、来る。


 武蔵にとって、悪夢以外のなにものでもない。

 世間の何十年も先を進む忍者科学の中で、その最先端を突っ走るどころか独自の技術で道を切り拓く、超天才で、超変人。


 やたら派手なデザインを好み、伊賀の頭領に案を却下されること一日三〇件。四年が経過したころに、頭領はノイローゼとなって一旦現役を退いた。


 上位妖怪の一団を葬るため、巨大ロボットを製作。見事撃滅するも、隠密しろよと各勢力に説教され、地下に封印される。父は若干荒れた。


 ついていけなくなった里の仲間から半ば追い出されるように、一家で離島に移住。父は大歓喜だった。


 それから五年以上、父に付き合わされ、新兵器という名の特撮もどき武装を試着させられる日々。

 初めの内は楽しんでいたことは秘密だが、この年になってはもう無理だ。

 前口上も技名も叫びたくない。

 夜寝る前にふっと思い出すと死にたくなる。


 何としてでも、父の来訪を止めなければならない。


 勝手に飛び出して学園に通っているのもそうだが、ヒーローが足りないからお前帰ってこいとか意味不明な理由で、強引に帰宅させられる未来が見える。


「まずどうやって俺の連絡先を知ったクソ親父ィ! ぜってえこの街には来させねえぞ! 俺は俺の平和を守る!」


 雄叫びを上げ、父の抹殺を胸に誓う。

 ようやく掴み取った平穏な学園生活をぶち壊されるわけにはいかない。

 見敵必殺。

 いやそれでは間に合わない。

 見つけるよりも早く、拠点を範囲爆撃で消すべきか。

 効率的な父の抹殺の仕方を考案しようと試みていると、またも携帯が振動する。

 今度は電話で、根は真面目な性格もあって、反射的に出てしまった。


「このくそ忙しい時に誰だ! 空気読めや!」

『舞だけど……ごめんね、また後にするね』

「今のは寝言だから気にしないでください。俺今超暇だから。もう24時間フリーだから」


 急激に態度を転換し、至極真っ当な口調になる。

 父親の存在など、とうに忘れた。いや消え去った。

 あの男の価値は天使の万分の一にも満たないのだ。


『本当にいいの? 忙しいなら今じゃなくても……』

「俺の辞書に忙しいという言葉はないからオールオーケー。それでお話というのは?」

『それならいいけど。今カメラ買おうと思ってるんだけど、良いのが分からなくて。武蔵君はこういうの詳しいから、教えてもらえないかなーと』


 実はこの男、桐生和也の妹の桐生舞と連絡先を交換済みだった。

 ある日、街を歩いていると、自転車の前で頭を悩ましている舞を発見。

 勇気を振り絞って、話しかけてみると、どうやら自転車のタイヤが急に動かなくなってしまい困っていると言うのだ。

 それをささっと直して、助けてあげたのが縁で、こうして連絡を取り合う仲にまで発展した。

 念のため、和也には秘密な話だ。

 お兄ちゃん怖い。


「予算はどんなもん?」

『二万円』

「ふーむ二万ねえ。二万となると……いやちょい待ち。確か俺の使ってたヤツがあるから、それあげるよ。若干古めの型だけど性能は折り紙だぜ」


 市販されている代物ではなく、服部家製の超科学の結晶体と化したカメラだ。

 ズーム機能、解像度、明暗の調整が極めて細かく設定でき、やりようによっては望遠鏡代わりにもなる。

 さらに使用者を守る内蔵型シールドを完備し、防弾、防水、防火機能など、ありとあらゆる無駄機能が搭載されている。

 仮に失くしても発信機がついているため、再発見も容易だ。

 情報漏洩になるかと一瞬思考したが、すぐに疑念は消えた。

 この程度の技術は忍者界隈ならどこにでも浸透している。

 今更欲しがる組織もおらず、特別な価値はない。

 武蔵が言ったように、所詮は古い型なのだ。


『え、いいの? 安上がりではあるけど、そんなの武蔵君に悪いし……』


 さすがに貰うのに抵抗があったのか、渋る様子を見せる。

 天使の声に昇天しそうになっていた武蔵は我に返り、気楽に言った。


「いいって。どうせ使わねえし。在庫処分みたいなもん」

『ならいいんだけど……本当にいいの?』

「本当にいいって。渡すときに使い方の説明もするし、調子悪くなったら俺が修理できるしな。カメラの金は自分の為に使った方が得だぜ得」

『おぉ、頼りになるぅー』

「へっへっへ」


 舞の賞賛に、気分が高まってくる。

 ここで会話を終わらせるのは勿体ない。

 もっと話していたい。

 だから、ほんのちょっと踏み込んだ話をしてみることにした。


「そういや、何でカメラがいるんだ? どっか旅行にでも?」

『乙女の秘密を暴こうなんて、不躾だよ武蔵君』

「ひえっ!? 俺としたことがとんだ失礼を……以後注意するのでどうかお許しを……!」

『もう、冗談に決まってるじゃない。素直というか、騙されやすいタイプ?』


 電話越しに、くすくすと笑い声が届いてくる。

 武蔵は気恥ずかしそうに、頭を描く。


『ほら私のお兄ちゃんって、半年前ぐらいまで行方不明だったでしょ? 家族が揃った写真なんて何年も撮ってないし、あの人またフラっといなくなりそうだし、まあ、『家族』を形として残しておきたいというか……なんか恥ずかしくなってきちゃった……』


 声しか届かない、この状況でも、赤面しているのだろうと想像できる。

 この子は天使か。

 武蔵はそう思った。

 やはり武蔵の目に狂いはなかった。

 家族を想い、なけなしのお金でカメラを買おうとし、武蔵の想像の中で赤面する少女。

 素晴らしいと断言せざるをえない。

 地上に降臨せし、天が遣わした最上級天使。

 舞is エンジェル。

 もはや自分でも何を言っているのか、さっぱりだ。

 だがとにかく天使が此処におられるのだという事実は確かだ。


『武蔵君、本当にありがとうね。忙しいのに時間を貰っちゃって。会う日はまた今度決めよう』

「おう。俺に出来ることなら何でも言ってくれ」

『はは、頼もしいね武蔵君はっ。うちの兄も機械に強かったならいいんだけど。それじゃ、またね』

「おーう」


 そこで忍者と勇者の妹の通話は終了した。

 ふう、と、一息吐くと、満足げに頬を緩める。

 にやけた顔は、変質者そのものだが、誰かが見ているわけでもないので、ずっと緩みっぱなしだ。

 あんな良くできた女の子と話せるだけでも、武蔵は幸せ者だ。

 両親のことは詳しく知らないが、きっと立派な方々なのだろう。

 なのだろう、どころか、立派な方々の筈だ。

 舞の言葉からも、家族を想う気持ちが強く伝わってきた。

 彼女を育て上げたことも、この世に降臨させてくださったことも含め、感謝しきれない。


 ふと、PCの画面に目をやる。


 映し出される父親訪問妨害計画の数々。

 殺傷力高めの兵器の設計図。

 蘇る悪夢。



 自分は、どうしてこうなのか。

 そう思わずにはいられない。

 血の繋がった家族だ。

 世界で唯一、武蔵が父と呼ぶ人間だ。

 特撮趣味にしろ、空気の読めない発明にしろ、どんな性格にしろ、父は父だ。

 抵抗するのではなく、歩み寄ることも大切なのではないのか。

 舞も、父親を異常に毛嫌いする男に好感を抱きそうにない。


「たまには、な。たまには話してやってもいいかもな。たまには」


 ほんの気紛れなのかもしれない。

 ちょっとした親孝行な気分だったのかもしれない。

 自分で言い訳しながら、父と対話するために、携帯を操作する。

 別に息子が父親と会話するだけなのだ。

 何ら不思議なことではない。

 ごく自然な、家族同士の、どうでもいい会話。

 適当に話して、適当に切り上げればいい。

 詳しい場所や、いつ落ち合うかの約束をしないと、あの父親のことだ、寄り道して目的地に辿り着かないだろう。

 無機質な文章のやり取りでなく、暖かさの籠った声で、適当にやればいいのだ。


 そして、武蔵が通話しようと画面をタッチしようとした瞬間。



『過去の特撮作品を視聴していたら、止まらなくなってしまってな。これから甲賀の者と鑑賞会だ。すまんな、息子よ。今回は延期ということにする。ワッハッハ』


 押す寸前のポーズで、硬直する。

 文面を何ども読み返す。

 頭の中で文章を理解すると、携帯をベッドに放り投げる。

 そうして武蔵は無言で、無機質な面持ちで、再度PCの画面と向き合った。


「さーて、あの親父ぶっ殺しますか」






 ――彼らの関係が改善されるのは、当分先になりそうだ。


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