第二話 それぞれの夏休み ルーキフェル=イブリス=クルミナレッテの場合
ソファに腰掛けながら、優雅な手振りで紅茶を口に運ぶ。
目前の重厚な黒塗りの机には、整頓された書類が並べられている。
異世界の魔王、ルーキフェル=イブリス=クルミナレッテは、仕事がようやく片付いてひと段落しているところだった。
人材の勧誘、知識の習得。各勢力との交渉。
計画の為に地球にやってきて、半年近くの時が流れたが、概ね順調といえるだろう。
全国を巡り、必要な人員は確保した。
知識者、戦闘員含め、魔王の御眼鏡に適った精鋭だ。
知識に関しても、全世界の本を収集し、今も保管庫の蔵書は増え続けている。
クルミ自身も、地球の価値観、医療、農業、歴史、あらゆる知恵と知識を習い、覚え、その身に染み込ませた。
人間、怪異問わず、多様な勢力と関係を持ち、知識、人材集めに役立てている。
風魔忍者に技術提供の約束も取り付け、近いうちに共同で実験も行う予定だ。
多くのことを一手に担い、成功に導いていくその手腕はまさに天才的であった。
そんな偉大な魔王はおもむろに机の引き出しを開く。
インデスト最強で、天才の、魔王の机の中身。
一体どんな代物なのだろうか。
とても貴重な逸品なのだろうか。
はたまた個人的な宝物だろうか。
秘宝?
重要機密の書類?
恋人の写真?
誰もが気になり、想像することであろう。
しかし。どれも違う。
中から現れた物。
それは――
『大戦闘クラッシュファミリーズⅣ』
世界的大ヒットシリーズ第三弾として発売された、対戦型アクションゲームだ。
色んなゲームの人気キャラクターが集結し、それぞれのファンの心を掴むことによって、世界的大ヒットを記録した。
KA-BI-のテラライドと並び、友情崩壊ゲームとしても知られている。
そして現在魔王が夢中となってプレイ中のゲームでもある。
埃が被らないように、大切に保管されるという徹底ぶりだ。
早速ソフトをゲーム機に挿入し、テレビの大画面を贅沢に使い、プレイする。
「悪魔戦士ベルゼは火力が足りんな、ならば聖なる姫騎士リンダ……だが此奴ではただの弾幕ゲー。ふむ……」
部屋は最低限の灯り。
ぶつぶつと呟きながら、ゲームに打ち込む姿に、魔王の面影はない。
地球に来て以来、すっかりゲームがお気に入りの魔王様は、格闘ゲーム、シューティングゲーム、推理ゲーム、歴史ゲーム等々、あらゆるゲームを嗜んでいる。
例外として恋愛ゲームは一作プレイしたのみで、以降手を出していない。
恋愛に興味などなく、また楽しみ方自体も性に合わないためだ。
「ちっ! 今のはヒットしただろう! 判定はどうなっている!」
ゲーム相手に怒鳴り散らしてはいるが、本当に素晴らしい作品だと思っている。
インデスト人特有の戦闘欲望を満たし、充実させる。
ジャンルも幅広く、飽きることはない。
身を削り合う死闘には及ばないものの、ゲームという代物はインデストの娯楽として成り立つだろうと確信している。
「起き攻めだと? 嘗めるなよ餓鬼がァ!」
そうなれば無闇に決闘をする輩も減り、死者も減る。
人口も維持できる。
生きていれば、人は育つ。
人が育てば、インデストの発展に繋がる。
全ては良い方向へと連鎖していくのだ。
「結果を見れば私の圧勝か。ふん、実力がないのに小技に頼ろうとするからだ。雑魚め」
WINの文字が画面に表示される。
ゲーム慣れしていない頃はクルミとて敗北続きだったが、挑み、分析し、練習を重ねることによって、今では連戦連勝だ。
魔王は最強。その言葉に偽りなしだ。
「失礼します」
クルミが次の獲物を探していると、ノックの音が部屋に響く。
「ミモリか。入れ」
画面に視線が釘づけだったが、僅かに視線が扉に移る。
入ってきたのは、黒髪におさげでメイド服の少女だ。
名を藤美守と言う。
彼女はクルミに勧誘された魔王配下の一人であり、その中でも精鋭の、魔王直属指導部隊に所属している。
どこか自信なさげな表情が特徴の異能者だ。
ちなみにメイド服なのはクルミの趣味で、本人は別にメイドでも何でもない。
「あの、どのようなお話で……もしかしてまた説教ですかもう……」
「そんなわけがなかろう。協力プレイをしないとトロフィーが手に入らんのだ。さぁ、隣に座れ」
「あ、そっちですか。はい」
クルミは体をずらし、美守が座る空間を確保する。
「今度はどんなゲームですか? シューティングゲーム? アドベンチャー? 格闘ゲーム?」
「アクションゲームだ。格ゲーに近い物はあるな」
「私、そういうの苦手なんですよね。お役に立てるでしょうか」
「なに、私の指示通りに動けばいい。簡単だろう?」
「魔王様の簡単は全く簡単じゃないんですよねぇ……」
こんな光景は日常茶飯事だ。
呼び出される理由の半分は、ゲームの協力プレイがしたい、とか、一人じゃトロフィーが取れない、とかだ。
コントローラーの扱いも慣れたもので、すっかり手に馴染んでいる。
なお残りの半分は説教で占められている。
説教でないことが分かると、途端に調子に乗るのもお約束だった。
「魔王様、失礼いたします」
続いて入室してきたのは、緑の着物の青年だった。
首にはヘッドホンをぶら下げ、何とも奇妙な組み合わせだ。
「サトリか。どうした?」
「報告書の提出に参りました」
「早いな。ご苦労だ。そこの机に置いておけ」
「承知しました」
「ミモリもサトリのように仕事が出来ればいいのだがな」
「面目ありません……」
彼も魔王配下の一人であり、サトリと呼ばれる心を読む妖怪である。
勇者の心を読むことは敵わなかったが、非常に有能な力だ。
その能力を生かし、諜報活動などに従事している。
指示に従って、報告書を運ぶと、ゲームに熱中する魔王様を瞳に宿す。
(あぁ、魔王様は今日も可憐ですねぇ。私も小言を言われたいものです。いや罵ってほしい。踏まれたい)
人間名は山本悟で、清条ヶ峰学園の三年生として在籍もする青年は、軽く変態だった。
彼の生の中で、クルミほど強烈で確固とした心を持つ存在は見たことがない。
二年生の藤堂紗和や一年生の立花楓も、ある意味強烈な心の形だったが、クルミの心は他を寄せ付けない強靭さと、極大の威圧感と、心を読まれてもお構いなしの懐の広さがあった。
誰よりも大きく。
誰よりも美しく。
誰よりも高みに位置する心に。
サトリは心酔してしまったのだ。
仮に変態への道に走ってしまったとしても。
「ねえ山本悟くーん。女の子ナンパしに行こうぜぇ」
今度は小柄な少年がイタチのような生き物に変化しながら、部屋に入ってくる。
サトリに纏わりつくと、鎌に近い形状の手でつつく。
「あのですね、鎌鼬。私、仕事中なんですよ。あなたとは違って忙しいのです。まずわざとらしく人間名で呼ばないでください」
「いいじゃないの~。ちょっとぐらいさ。ね?」
風の妖怪、鎌鼬。
日本でも有数の妖怪で、風を司る怪異だ。
普段は風間切と名乗り、学園に通っている。
同じく魔王配下、魔王直属指導部隊の一人だ。
サトリは鬱陶しそうに鎌鼬を払い、追い出そうとするが、するすると脇をすり抜け、美守の首に、マフラーのように絡まる。
「美守ちゃんの体は気持ちいいねぇ。ほんとサトリはノリが悪いから嫌だよ」
「セクハラで訴えますよ」
「人間の法律なんて僕には関係ないんだぜ? 誰に訴えようが無理無理」
「魔王様に」
「ごめんなさい」
慌てて鎌鼬は美森から離れる。
やはり強力な妖怪といえども、魔王様は怖いのだ。
隣で行われていた騒ぎにも気づかず、ゲームに熱中していたクルミだったが、突然鎌鼬の方に視線が動いた。
「おい鎌鼬。此処にいるということは、貴様、兄弟を見つけたのか?」
「い、いえ、それはまだっす」
「ならば早くしろ。鎌鼬は三体揃ってこそ真価を発揮するのだからな」
「へーい……」
「へーい、ではない。はい、だ」
「はい……」
そして再度テレビ画面の方に戻る。
痛いところを突かれて、鎌鼬は見るからに萎んでいく。
美守へのセクハラは言及されなかったが、実質「さっさと仕事しないと容赦なく追及して破滅させるぞ」と、言っているようなものだ。
深読みかもしれないが、あの魔王なら絶対にそれに類することは考えているに違いない。
ちゃんと仕事やらないと、と、意気込む素振りを見せるが、鎌鼬の性分では数分して忘れられることだろう。
「サトリィ! 主のヘッドホンは何年モデルじゃあ!」
扉が勢いよく開かれる。
現れたのは、学生服の前を全開にした大男だ。
番長のような風格を漂わせる男は、サトリに詰め寄る。
「ああ、がしゃどくろですか。教えるのは結構ですが、お静かに。魔王様の御部屋ですよ?」
「すまんなぁ! これは失念しておったわ!」
全く話を聞かずに大笑いするのは、妖怪がしゃどくろ。
同部隊所属の怪異で、最大の巨躯を誇り、敵を喰らう、まさに怪物だ。
その裏では、清条ヶ峰学園にも通い、三年E組に在籍し、クラスの妖怪の中で一番多くの一般生徒と良好な関係を築けている人気者でもある。
人間形態でなお、二メートルを超す長身に、鎧の筋肉を纏っているために、学園でのあだ名は番長だ。
「おっと失礼。これ適当に買った品物なので、メーカーとか分かりません」
「何を言っとんじゃお主ィ! ンなのは刻まれておるに決まっておるわァ!」
「あ、本当ですね。これは失礼しました。しかしあなたは機械がお好きですねぇ。使えないのに」
「別に機械に限った話ではないわいッ! ワシは古臭いの大嫌いなんじゃ! 最新型が一番に決まっておる!」
「はぁ、そうですか」
がしゃどくろは腕を組み、ふん、と鼻を鳴らす。
妖怪は楓のような例外を除いて、機械の類を操作できない。
人間に、妖怪は機械を使う、というイメージが根付かない限り、彼らは機械の使用方法すら覚えられない。
掃除機も、冷蔵庫も、携帯も、どんな便利器具も使用不可能なのだ。
サトリのヘッドホンは単純に耳を保護する道具に過ぎない。
周囲の音を遮ることによって、読心の精度を上げるツールだ。
選択理由は見栄え重視で、本来の使用用途は完全に無視していた。
がしゃどくろに関しては新しい物が好きなだけであり、彼も機械自体にこだわりはない。
こんな感じで、背後で賑わっている男衆に、美守は嘆息する。
「うるさいですよ、皆さん。お静かにお願いしますよ。ね、魔王様?」
我らが魔王様がゲームのプレイ中なのだ。
空気を読んでほしい物である。
いくらゲームが出来る人材が美守のみでも、こうお菓子や飲み物を用意するだとか、色々とやることは思いつく。
それに魔王様だってお怒りのはずだ。
至高のゲーム時間に、こんな無粋な真似をされては嫌な筈だ。
さすがに組織の頂上に立つ人間から言われれば、間違いなく彼らは動くだろう。
とりあえず「私の為に働け愚民ども」みたいな雰囲気を味わしたい似非メイドは、同意を求めるようにして、隣の魔王の顔色を伺う。
「私は別に構わんが。書類さえ崩さなければな」
「え、そうですか。そうですよね。はい……」
美守の思惑とは裏腹に、クルミの態度は変わらず。
同じゲームで協力プレイ中なのに、どことなく気まずくなる。
気まずくなったと考えているのは美守で、クルミはそんなことは欠片も気にしていないが、とにかく美守は場を和まそうと、咄嗟に思いついた話題を振った。
「そ、そういえば魔王様は帰省なさらないのですか? 異世界の行事は存じませんが、こちらだと、そういう時期ですし。それに魔王様の御家族のお話を聞きたいな、なんて」
美守、渾身の話題変えだった。
只今、夏、お盆。
地方から都会に出てきている人間は、久しぶりの我が家に安堵し、家族との団欒を満喫している頃合いだ。
まさにベストタイミングな話題。
何も話さない、逃げの姿勢より、積極的に話しかける攻めの姿勢が大切だ。
そういった行動するという意思を、美守はクルミから学んだのだ。
「その予定はないな。父はとうの昔に私が殺し、母は顔も知らん。インデストに幾つか基地はあるが、まあ、家とは呼べんか」
急激に、部屋が静まり返る。
今度は美守のみならず、サトリも、鎌鼬も、がしゃどくろも、皆硬直し、クルミに釘付けとなる。
最初に変化があったのは美守だ。
顔がみるみるうちに青くなり、体全体が震えだす。
コントローラーも振動させて、もはやゲームどころではない。
地雷原を駆け抜けて爆発させまくったかのような、いや現在進行形で爆破し続けていると云ってもいい。
とにかく、謝罪し、許しを請わなければ。
その発想に至るまでに時間を要するほど、混乱状態に陥りながらも、何とか口を開こうとする。
だが想定外のショックによって、金魚のように口をぱくぱくさせるしかなかった。
「ミモリ、手が止まっているぞ。集中しろ」
「い、いえ、いや、い、いや、魔王様、あの本当に不躾な問いだったと言いますか、その……」
「謝罪は不要だ。そもそもこの世界における『家族』と同じ括りで考えるな。インデスト人に家族に対する拘りはない」
何気にない調子で、淡々と語る。
だが、その背後でひそひそと男三人衆が顔を突き合わせていた。
「おいおいおいミモリちゃん完全にやっちまったパターンじゃん」
「ああ、魔王様、なんて御労しい……」
「これはまずいのう。マジまずいのう」
「父親自分で殺して、母親の顔知らないって間違いなくアレじゃん。超泥沼じゃん」
「ええいここは私が魔王様を元気づけなければ、私がひたすら罵倒を受ける人形にならねばっ
「お主は黙っとれい」
男衆が混乱している中でも、クルミは目は依然として、ゲーム画面に向いている。
「強者こそ美しく、尊ばれ、高貴とされる価値観なのだぞ? 血の繋がりが特別な意味を持つことはありえん。だが、そうだな。ふむ……」
ゲーム以外に思考を割き、クルミは思う。
インデスト人が子を産む理由は、己を超える強者を誕生させるためだ。
腕力にしろ、知恵にしろ、自らと同等以上の強き者に、育て上げ、そして打ち倒す。
誰よりも己を知り、誰よりも己が知る相手と闘うことによって、最高の死闘を愉しむことができる。
さらなる高みに至るまでの、踏み台。
それがインデストにおける、子供の扱いだ。
しかし、この世界における家族はどうやら違うようだ。
家族を重視し、力を持て余している和也がいい例だろう。
クルミからすれば、勿体ないし、理解できなかった。
そして無性に苛立たしい。
家族を理解できずにいる自分が、他の人間より劣っているように思えるからだ。
それは魔王の誇りが許さない。
だから真剣に考える。
(家族とは住居を共にし、生活する小集団。その点を踏まえれば……)
ちらりと、周囲の部下達を窺う。
現在の彼らの住居はここだ。
インデストについての勉強や戦闘訓練など、すべて此処で行っているので、わざわざ別の家に住まわせておく理由もない。
妖怪三人組に関しては学園の寮暮らしで、学園長の目が近いということもあって、迅速に引っ越しをさせていた。
つまり、クルミは美守、鎌鼬、サトリ、がしゃどくろと同居している。
これは家族という概念に含まれるのではないだろうか。
そうだ、そうに違いない。
答えは見えた。
「現状を考えれば、貴様らが私の家族のようなものか」
どこか納得のいった様子で、呟いた。
あまり深く思考した結果とは言えないが、家族という言葉が胸に染み込んでいく。
そうして答えも導き、興味を失った魔王は再びゲーム世界に飛び込んでいった。
クルミとしては、至極どうでもいい問答だった。
けれども、美守たちが簡単に流せるはずもなく。
「私なんかを家族にしてくださるなんて……うう、ぐす、私魔王様に一生ついていきます! 私のことお姉ちゃんって呼んでもいいですからね!」
後々、「貴様が姉? 阿呆か。人生やり直してから言え」と真面目に切られる未来を知らずに号泣する美守。
「ねえ、がしゃどくろ。ツンデレの破壊力ってやばいね」
魔王様のデレていないデレに一瞬ときめいちゃった鎌鼬。
「ツンデレ。太古より色褪せぬ素晴らしき文化じゃ。そも、ツンデレの歴史とは……」
うんうんと頷きながら、ツンデレを語りだす、がしゃどくろ。
「魔王様ァー! 私だァー! 踏んでくれェー!」
変態に覚醒するサトリ。
とまあ、そんな感じで、無駄に騒がしい魔王一家の、とある夏の一日が過ぎていくのだった。




