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アフターヒーロー  作者: 望月
第四章 帰還した勇者と紅蓮のドラゴン 後篇
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第九話 竜の逆鱗

「…………? 出血量が妙だな」

 

 ペーテルは眉を顰め、勇者を注視する。

 上階から流れた保存用の血液が、勇者の全身を濡らしていた。

 その分を差し引いても、彼自身の出血量が多過ぎる。

 暗がりでも視認できる視力と、複数の血が混ざった状態でさえ、どれが誰の血か判別可能なペーテルだから、気付けた違和感。

 自分が負わせた傷は、背中と左腕。 

 

「コピーしたな。私の再生能力を」

 

 ペーテルは憎々しげに呟く。

 つい五分前は確かに無かった再生能力。

 だが目前で展開される光景は、そうとしか思えないものだった。

 

 

 桐生和也の劣化コピー能力は、二つの性質を併せ持つ。

 パターンA 能力複製。

 対象に触れる事で、能力をコピーし、己の物にする。

 ストックは二つ。新たにコピーしていくと、古い方から消えていく。

 ただし能力は劣化し、本人とは程遠い、威力、範囲、精度となりやすい。

 そしてもう一つ。

 パターンB 体質同化。

 対象に触れる、というのは共通だ。

 違いは、コピー対象が、特殊能力でなく、能力使用者その物という事だ。 

 火を操る能力者が火傷をしないように。電気を操る能力者が感電しないように。 

 能力者の『体質』をコピーする。

 和也はその性質を用い、肉体に様々な耐性を付与させている。

 一度コピーしたら、そのまま定着し、劣化具合も小さい。

 それを用いれば、再生能力だって手に入れられる。

 吸血鬼の腕を捥ぎ取った瞬間に、コピーの機会はあった。

 そして和也は無事にコピーを済まし、体を再生させていた。

 

「くッ……」

 

 

 便利な能力だが、勿論リスクもある。

 

 絶え間なく、裂傷が勇者の体を削り、そして血を噴き出しながら、皮膚と皮膚とを繋ぐ。

 骨はむき出しとなり、外気に晒され、また肉に埋まる。

 血肉が磨り潰され、全身をミキサーに切り刻まれているような感覚が、和也を襲っていた。

 

 体質同化は和也の肉体を強化すると同時に、その過程において、一度体を破壊。

 破壊と再生を繰り返し、より強靭な体へと変貌する。

 何度も死を迎えてもおかしくない激痛を伴い、初めてコピーは完了だ。

 異世界レルービアで幾度となく行い、魔王を斃すまでに至ったコピー能力の力。

 大きな力を得る為の対価だと思えば、些細な代償だ。

 

 

 違和感と既視感を覚えるペーテルの前で、和也は迅速に行動する。

 

 

 

 断された腕を、傷口に合わせる。

 溢れていた血は止まり、見る見るうちに薄い皮が腕を繋ぐ。

 薄皮は急速に潤いを失い、初めからそうであったかのように、和也の体に馴染んだ。

 綺麗に斬られた、皮膚も、骨も、細胞も、全てが元通りだ。

 指を鳴らし、腕の定着を確認する。

 

 劣化再生能力では、腕まで生やす事はできない。

 劣化コピーの影響によって、再生能力に大いに影響が出ている。

 無限の再生から、再生能力が落ち、血が必要不可欠な使い勝手が悪いモノになっていた。

 自力では擦り傷さえ完治はできず、前もって血を用意しておかなければならない。

 腕その物が無くなっていたら、上階から血液が雪崩落ちてこなければ、こうも上手く取り戻せなかっただろう。

 

 しかし充分だ。

 

 戦えるだけの力を回復できるのなら、今は充分。

 

 奪った剣を握り締め。和也は立つ。

 彼に敗北は許されない。

 命を惜しさに逃走するのも許されない。

 求められるのは勝利。

 勇者としての責任を、生き方を突き通すのみ。

 

「剣はさっさと回収しておくべきだったか。ここまでしぶといとは思わなかったぞ勇者君。私よりよっぽど不死身だな。さて、どうするか……」

 

 人類最強の戦士を前にしても、ペーテルは冷静だった、いや冷静に努めていた。

 戦場において、冷静さを欠けば、死まで一直線だ。

 あくまでも平静に敵を観察し、対抗策を練る。

 分が悪いのはペーテルだ。

 万物を斬る剣を手にし、再生能力を得た、あの化け物に勝利を見出すのは極めて難しい。

 いくら不老不死の力を有していても、あれはもう単独でどうにかなる領域を超えている。

 手札もほとんど使い切り、劣勢を覆すだけの手段が浮かびもしない。

 

(逃げるか。これはどうにもならん)

 

 表は余裕綽々、裏では完全に匙を投げる。

 ドラゴンは名残惜しいが、ここは撤退するのが得策だろう。

 今ならば、まだ逃げ切れる。

 勇者が守っている子供。

 あれすら巻き込む範囲攻撃を仕掛ければ、必然と勇者の意識はそちらに向く。

 そこがペーテルに残された唯一の脱出方法だ。

 数瞬で離脱までの算段を決め込むと、ペーテルは大げさに両腕を広げ、和也を見据える。

 

「強者の相手はこりごりだが、英雄が相手となれば話は違う! さあ来い勇者!私が品定めをしてやろう!」

 

 未だ意欲はあると、わかりやすく相手に示す。

 最初から逃げる気満々だと悟られないよう、渾身の演技を炸裂させ、全力で振る舞うのだ。

 勝ち負けに特に拘りはない。

 己が欲に従って、自由に生きる。

 謎を探求し、弱きを愛する。

 一貫とした姿勢が故に、迷いが無い。

 一○人中一○人が騙されるような、迫真の嘘。

 ペーテルの演技は完璧だった。

 

「……嘘はよくないですよ。それに」

 

 だが和也に、演技というのは通用しない。

 直感的に見抜くからだ。

 そしてその直感で和也は察していた。

 

 剣を力なくぶら下げ、空いた手で、ペーテルを指差す。

 

「あなたの相手は俺じゃない」

 

 瞬間、城全体が大きく揺れる。

 脆くなった壁が罅割れ、広がり続ける。

 揺れは徐々に勢いを増し、最早立っているのがやっとだ。

 地震、いや違う。

 フランスで地震は滅多に発生しない。

 発生しても大地震とは程遠い。

 それが、天地が怒り狂い、有象無象の弱者を蹂躙するような、激しい力を感じる。

 無感情な破壊とはかけ離れ、明確は怒りの意思が、ペーテルの全身を襲う。

 身動きができない。

 汗が滝の如く溢れ出る。

 心臓を手掴みされたかのように、息が詰まる。

 そしてそんな天災染みた現象を起こせるのは、ただ一人のみ。

 

 ペーテルと和也の間、頑丈な岩石の床が、強烈な破壊音を伴って消し飛ぶ。

 粉塵が舞い、視界が一瞬にして遮られる。

 思わず目を瞑りそうになるが、不気味な圧迫感を前にして、一秒でも視界を閉ざす真似はできない。

 腕で顔を守り、視認する。

 砂塵の中心に影が見える。

 

 正体は誰か?

 考えるまでもない。

 それはペーテルにとって、予想通りであり、最悪の相手だった。

 

 

 暴力的までの破壊を齎した張本人は、和也を目にすると、朗らかに手を振る。

 

「やっほ! カズくん! 自分で出てきちゃったぜ!」

 

 フリーネ=ドラゴニック。

 吸血鬼に捕えられ、救出目標であった人物だ。

 途轍もなく異常な状況で、普段と同様の元気な笑顔。

 先程まで囚われの身だったとは到底思えない、底抜けの快活さだ。

 和也はフリーネが無傷そうで安堵し、ペーテルはどうやってこの場を凌ぎ切るか思案を巡らせていた。

 

 脇に気を失った修道服の金髪少女を抱え、攫った張本人である吸血鬼を一瞥する。

 急速に冷たくなる瞳は、ペーテルに明確な死のイメージを強制的に刻む。

 近くに居る和也にもはっきりと感じ取れ、せめて味方には怖い顔を向けないでおこう、という心遣いが見て取れた。

 

 その視線もすぐに外され、再度温かな目で和也に戻る。

 

「あのさ、カズ君。実はあたし、すっごく怒ってるんだ」

「……だろうね」

「カズ君もここまで来るのに、すごい頑張ってたと思うんだ」

「そうだね、結構無茶やったかも」

「でもさ、あたし、ずっと閉じこもってたからさ、色々と溜まってるんだ」

 

 フリーネは目を細め、気絶した金髪少女の頭を撫でる。

 

「ほら見てよ、この娘の頭……大きいたんこぶできちゃってる……可哀想に……」

 

 慈しみに溢れた瞳で、こんな事を供述しているが、やったのはフリーネである。

 少女を吸血鬼の催眠から助ける為に、フリーネは一計を案じた。

 部屋にあった本棚の上に並べられていた本。

 度重なる振動により、徐々に位置が変わってしまい、今にも落ちそうになっていた。

 少女に近寄ろうとすると、一定の間隔を保つために必ず移動する。

 部屋の都合上、少女に近付きすぎた場合は、首元のナイフが食い込む。

 これらを利用し、本棚の下まで誘導する事ができたら、後は簡単だ。

 本が落下してくるまで、ひたすら待機。

 

 もしも先に本が落ちてきたら。

 もしも本が落ちてこなかったら。

 もしも落下しても気絶しなかったら。

 

 フリーネは考えもしなかった。

 閃いた作戦が最高だと信じて疑わず、純粋に待っていた。

 馬鹿だと罵られても、反論できない愚直なまでの思考回路。

 だが、待って、待って、待ち続けて、成功したのなら、フリーネの勝ちだ。

 誰が何と言おうとも、フリーネは賭けに勝った。

 そして一秒が一時間にも感じた、我慢の時を耐え、ついに訪れた好機。

 暴発しそうな感情を胸にし、フリーネの肌が、段々と刺々しい紅き鱗へと変貌していく。

 

「ターちゃんの仇、取らないとね。カズ君、ターちゃんをお願い」

 

 抱き抱えていた少女を、和也に受け渡す。

 補足するが、金髪シスター少女の意識を刈り取ったのは、フリーネである。

 

「子どもの敵はあたしの敵。ターちゃんのたんこぶ分は痛い目みてもらうからね!」

 

 何度でも言うが、たんこぶを作った張本人はフリーネである。

 

「というわけで、ぶっ飛ばすよ?」

 

 

 人の形から、異形のモノへと変わる。

 猛々しい翼が生え、瞳は燦々と輝き、体躯は通路を強引に破壊するまでに巨大化する。

 蜥蜴のような風貌、鋭利な牙、大木の如き脚部。

 紅の鱗はそれだけで最強の守護であり、最強の刃物。

 

 最強故に、束縛を知らず。

 最強故に、我慢を知らず。

 最強故に、誰よりも自由で。

 最強故に、誰よりも無知だった。

 異常で異質な純粋無垢な力の塊。

 それこそがドラゴン。

 この世界において、絶対無敵の存在。

 

 ペーテルはこの世で最も触れてはならないモノに触れてしまったのだ。

 竜の逆鱗に。

 

 

 

「くそッ!」

 

 

 ペーテルは全力で離脱を開始した。

 城はもう崩壊の一途を辿っている。

 直にドラゴンに破壊し尽くされて、跡形もなく消し飛ぶだろう。

 まだペーテルとフリーネの間を阻む障害物が多い現状なら、逃走できる確率を高められる。

 気付けば、心も読めなくなっている。

 先手を打って行動する事も、もはや叶わない。

 

 この世の支配者とでも称すべき、絶対的な存在感。

 ペーテルに勝利という選択肢はもはや残されていない。

 逃げ切るか、死ぬか。

 その二択のみ。

 

 まるで飴細工のように、瓦礫は牙に噛み砕かれ、爪に引き裂かれる。

 万物を斬る剣とは異なり、単純な物理的破壊。

 風貌も相まって、これほど化け物という名が相応しい存在もいない。

 

(早く逃げないと、俺も危ないな……)

 

 少女の保護を任され、フリーネから離れていた和也は、隠していた少年を確保していた。

 聖水の瓶を大事そうに握って、恐怖に震えながらも、少年は無事だった。

 何事もなかったようで安堵すると、和也は空いた手で少年を抱き抱える。

 下はどんどん崩れていき、足場は次々と崩落していく。

 立ち止まっている猶予はない。

 

「しっかり捕まっててくれよ!」

 

 少年にそう言って、和也はフリーネに粉砕された天井から、上へ上へと駆け上っていく。

 肉体は再生したものの、血を流し過ぎたために、怠さが動きを重くした。

 フリーネの戦闘の助太刀をするには、身体的にも状況的にも厳しいモノがあった。

 しかし。

 

 身が潰されそうになる圧迫感。

 存在するだけ他を圧倒する巨躯。

 世界最強のドラゴン。

 

 初めから彼女を手助けする余地なんてない事は、和也も直感的に理解していた。

 

 

 

 フリーネは和也との距離が離れたのを気配で察すると、気体になってこの場から逃れようと試みる吸血鬼に瞳が向けられた。

 おそらく距離を稼げ、気体にでもなれば、物理攻撃を無効化できると思っているのであろう。

 甘い。

 その程度で逃走できるなら、ドラゴンは最強などと称されない。

 

 刹那、ドラゴンの咆哮が響き渡る。

 大気が震え、城が震え、波紋のように衝撃が広がる。

 強烈な振動が気体化していたペーテルを吹き飛ばし、強制的に気体化を解除させた。

 気力を振り絞り、崩れかかっている床に着地し、怪物を見上げる。

 ただ吠える、それだけの行為。

 本来攻撃とも呼べない行動ですら、暴力にできる桁違いの能力。

 

 勝てる気がしないとは、まさにこの事だ。

 絶望に打ち拉がれてもおかしくない状況で、渇いた笑みが自然と湧いてくる。

 笑って、狂ってでもいないと、アレと対峙すらできない。

 伝説で英雄はドラゴンを見事討ち滅ぼすが、あんなのを前にして戦えるのは狂人だけだ。

 そう思うと、英雄は碌な死に方をしないのも納得がいく。

 狂人だから、まともな死に方をしないのだ。

 狂人には、狂人の、相応しい末路がある。

 また一つ、謎が解けた。

 不思議と満足感を覚え、穏やかな気持ちになる。

 この期に及んで、無関係の事を思考し、納得し、高揚感に浸れるのは、ペーテルもまた狂人ベースの妖怪だからか。

 

 生き残る未来が見えなくとも、ただ死を待つのは滑稽だ。

 一度逃走に失敗したぐらいで、心が折れるほど軟弱な生き方はしていない。

 再度、ペーテルは離脱を目指す。

 下は瓦礫で埋まる一方で、逃げ道は消え失せている。

 やはり無事に逃げるには上だ。

 上から脱出し、森に姿をくらます。

 目視困難となれば、充分に逃走可能だ。

 ましてや此処はペーテルの本拠地。

 土地勘も、伝手もある。

 いずれにしろ、この窮地を脱するにはドラゴンを突破しなければならない。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 死力を尽くし、雄叫びをあげ、ペーテルは雷撃を放つ。

 催眠も効かない。

 読心も効かない。

 人質はもういない。

 となれば物理的な手段で、ドラゴンを無力化するのみだ。

 肉体への負担を顧みない渾身の一撃。

 不死の体が、朽ちかけ、傷だらけになろうとも、電撃を迸らせる。

 一帯を閃光で包み、ドラゴンまでも巻き込んだ。

 雷に負けず劣らずの破壊力を持つそれは、確かに必殺の技に等しい。

 が、相手はドラゴン。

 気怠そうに電撃を打ち払うと、大きく開口する。

 

 奥から見えるのは、赤い気流。

 爪、牙、鱗、翼、どれもが驚異の攻撃力を誇るが、ドラゴンの最大の武器はもう一つある。

 

 紅蓮の炎。

 

 放たれる炎熱の濁流は、灰すら燃やし尽くし、万物を滅ぼす。

 瓦礫も、ペーテルが揃えていた拷問器具も、燃えるはずのない、溶けるはずのない物質も、一切の例外なく、炎へと消える。

 

 次元が違う。

 理不尽。

 そんな言葉が頭をよぎる。

 

 あの炎に焼かれたら、どう足掻いても死ぬだろう。

 ドラゴンも明確な殺意を以ってして、ペーテルを殺しに来ている。

 下手に逃げても無駄だ。

 逃げ切れる光景が微塵も想像できない。

 だからペーテルは逆転の発想を実行する。

 

 

「があああああああああああああッ!」

 

 敢えて炎に突っ込んだ。

 これにはドラゴンも驚いたのか、僅かに炎の勢いが弱まった。

 勇者がペーテルにした作戦と同じだ。

 普通はしない事を躊躇なく行い、動揺を誘う。

 ただし、その苦痛は和也とは比べ物にならない差があった。

 

 炎に身を焦がされ、体を形成していたパーツが灰になり、消える。

 肉は焼け爛れ、骨は剥き出しとなって、炎に触れた部分から、

 一瞬の出来事のあまり、痛みが遅れてペーテルを蝕む。

 それでもなお、生への執着が、生き地獄よりも勝った。

 炎よりも早く、上に駆け上る。

 時に雷撃で勢いを増しながら、障害物を無視しながら、強引に逃げていく。

 

「熱い、がぁ! くそ! ああ! 私は絶対に生きるぞ! 絶対にだ!」

 

 自分に言い聞かせるように、ひたすらに吠える。

 灼熱の波に耐え、生き延びる。

 ペーテルには炎に耐え得る精神力と、稼いだ時間の猶予があった。

 生き残る未来が、確かに見えてきた。

 けれども、彼は大事な事を失念していた。

 

「なっ……は?」

 

 突然、ペーテルの顔面に液体が降りかかる。

 初めは全く意味が分からなかった。

 ドラゴンから逃げなければいけないというのに、こんな物に構っている暇などない。

 そう思い、逃走を続けようとするが、途端に顔を強引に剥されたかのような、強烈な痛みが走る。

 顔面が溶け、原形を失っていく。

 これは聖水だ。

 吸血鬼の弱点の一つ。

 しかし何故急にこんなものが降って来たのだろうか。

 顔を掻き毟り、痛みをごまかし、上を見た。

 原因はすぐに判明した。

 犯人は人質に利用した少年だった。

 少年は瓶から溢れた聖水を止めようと必死の様子だ。

 勇者の機動を考慮すれば、瓶に罅が入っても不思議ではない。

 だが、よりにもよって、力を持たない人間が、今ここでそれを。

 

「この、無力な子供の分際で――」

 

 かひゅ、と空気を吐く音がした。

 

 漏れたのはペーテルの口からだ。

 今度は何事かと、考える必要もなかった。

 

 ペーテルの喉に剣が突き刺さっていた。

 万物を斬り裂く剣。

 勇者の腕を斬り裂き、そして勇者に奪われた最高の武器。

 

 虚ろな目で、勇者を見る。

 彼は既にこちらに目すら向けていない、遠い向こうだ。

 ドラゴンに意識を集中させた挙句、この体たらく。

 全くもって救いようのない、愚かな判断だった。

 急に冷静になったのは、死を迎える覚悟ができてしまったからだろうか。

 ふと、横に目を向ければ、壁の砕けた隙間から、暖かな光が差していた。

 吸血鬼の最も有名な弱点、太陽だ。

 いつの間にか曇天の裂け目から、光が漏れ出していたようだ。

 

 一度生で見てみたいとは思っていたが、まさか今際の際に見ようとは。

 あれほど、強く、偉大で、頼もしい光はないだろう。

 ペーテルの眼から見ても、そう思う。

 暖かな光は安心感を齎し、人に活力を与える。

 どんな存在よりも、美しい強者だと、心から思う。

 そうして、ペーテルは身を焼き尽くされる中、呟いた。

 

「……やはり大嫌いだ。太陽なんてモノは」

 

 どんなに美しかろうが、強者は強者。

 謎も何もない。

 どこか満たされたように、寂しげに、始まりの吸血鬼は炎に散った。


もしかしなくても作中最強はドラゴン



次回で4章は終わりです。

なるべく早く更新したいと思います

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