第十話 4章エピローグ
太陽が隠れた曇天の下、瓦礫の山と化し、見る影もない吸血鬼城。
死闘が繰り広げられていたとは到底想像できない程の静けさが、辺りに漂っている。
人の匂いも、血も、僅かにしか感じられない。
ドラゴンによる圧倒的火力によって、戦いの痕跡がすっかり消されていた。
そしてその城跡の中心に、紅の竜と元勇者、そして少年と少女がいた。
「……死ぬかと思った」
和也が呆然と、ぽつりと呟いた。
「ごめーん! ちょっと張り切っちゃったんだって!」
ドラゴン形態のフリーネが、翼を軽くはためかせる。
時々炎の息吹が口元から流れていて、少年が顔を青ざめさせていた。
和也達は無事に脱出こそ出来たが、フリーネの予想以上の暴れぶりに、一度も気を抜くことが出来ず、それこそ全身全霊を以ってして撤退した。
人間時のフリーネと面識のない少年は敵じゃないと判った今でもこの通りだ。
気絶中の少女はある意味幸せだったかもしれない。
見上げるような形で、和也はフリーネと向き合う。
「それでどうするカズくん? このまま帰る? よければ乗せてくよ」
「いや一旦クルミちゃんと合流しよう。この子達の事も考えないといけないしさ」
「え!? クルミちゃんも来てるんだ! ふっふーこれも、日頃の行いのたまものってやつだね!」
嬉しそうに胸を張るが、彼女が動く度に地響きが起きてしまい、少年の青い顔が死人二歩手前になっていた。
少年の背中を摩り、少しでも気分を和らげようと努める。
「あれ? でもクルミちゃん一人でだいじょーぶなの?」
「無事に決まってるさ。魔王だからね。あと仲間も何人か連れてきているみたいかな」
「そーなのかなー。不安だけど……あ、クルミちゃんが見えた! いつもみたいになんか偉そうにしてる!」
フリーネの高さと城の残骸が相まって、下方に位置する森の全貌が見渡せた。
メイド服の少女に何か説教しているようだが、会話までは聞き取れない。
一応の安否が確認できただけでも、フリーネは心の重荷が取り除かれた気分だ。
彼女も普段の適当さと打って変わって、責任は人並みに感じているのだ。
「カエデちゃんは大丈夫? 街の人達は?」
「立花さんも無事だよ。俺の知ってる範囲じゃ死人はいないと思う。吸血鬼達は適当に暴れて、街の戦力を足止めするのが目的だったみたいだしね」
「はーよかったよかった……皆生きてて……」
フリーネが安堵の息を吐くと、粉塵が巻き上がって、和也と少年の視界を覆ってしまう。
咳込む二人に気づいて、咄嗟に翼をはためかせるが、今度は逆に暴風が発生して、少年が死人一歩手前になっていた。
「喜んでいるところ悪いけど、げほっ、まだ生き残りがいるみたいだ」
和也の言葉に呼応し、空気が渦巻いて固形化し、人の形となる。
数は二人。
緊張が場を再び支配する。
「あら、私達に気づいたの? 良い勘をしているわ」
『血の伯爵夫人』エリーザベト・バートリ。
魅惑的で、見る者を堕落させてしまいそうな淫靡な瞳。
血で染めたような赤い髪。
同色のドレスを身に纏った、美しくも、妖しい、女吸血鬼。
彼女の特筆すべき点は、その歴史上でも類を見ない異常性癖と残虐行為だ。
一般市民、貴族問わず、年若い娘を攫い、惨たらしく殺害。
鉄の処女で殺した娘の血を浴びる。
拷問によって苦痛に歪む娘の表情を見て愉悦を感じる。
女性器が大のお気に入りで、娘から切除したそれを見て、性的興奮を覚える。
生前の被害者の数は最低でも八○にも及び、妖怪として現れた彼女は今も、その歪んだ欲望を満たす為に、娘を攫っては悦に浸っている。
世界中の対妖怪組織でも要注意怪異として認識される、史上最狂の吸血鬼だ。
「であるな」
『串刺し公』ヴラド・ドラキュラ。
紳士服を着こなす、寡黙な男。
外套には竜の紋様が刺繍され、威圧を放つ。
黒髪を後ろに流して固め、額を露出させていた。
わざわざ説明するまでもなく、かの有名なドラキュラ伯爵のモデルとなった人物、ワラキア公国を支配したヴラド公だ。
無数の人間を、極めて惨い処刑法で大虐殺した話があまりにも有名だろう。
オスマン・トルコ軍との戦いで得た捕虜二万人を串刺しの刑に処し、殺害。
死体の列は幅3キロ、長さ1キロにも及んだと言われている。
しかも生きたまま木の杭に突き刺し、苦しみが長く続くよう、杭の先端を丸くして、慎重に打ち込んだと云う。
知名度、伝承共に、世界最強の吸血鬼だ。
「ペーテルは良き友人でありましたのに、心から悲しいですわ。ねえドラキュラ?」
「であるな。エリーザベト」
二人は顔を見合わせ、悲しげに目を伏せた。
その白々しさからは、悲壮感などまるで伝わってこない。
「そんな台詞をよく言えるな。ずっと城を歩いてただけなのに」
少年と少女を背後に隠し、臨戦態勢に入る。
城への侵入時、既に彼らはいた。
和也が見回りの妖怪だと判断し、警戒はしていた。
だが結局ペーテルとの戦いにも助勢せず、これまで無干渉だった彼らが今更何の用なのか。
正体が分かっていない和也でも、二人の実力は直感的に理解している。
強い。
これまで遭遇した妖怪の中で、確実に最強クラスだ。
どんなに取り繕っても、万全な状態とは言えない現状において、非常に厄介な相手だ。
「ペーテルが余興を用意してくれると言うものだから、わざわざこんな辺鄙な島まで来ただけですもの。指図を受ける理由もなければ、助ける理由もありませんわ」
「であるな」
ペーテルが奥の手として呼び寄せていた吸血鬼、それが彼ら二人だ。
ただ、格下のペーテルの指示に従わず、戦いの様子を観察しながら、城を満喫していたというのが実状だった。
それでもなお、最強と最狂の実力の価値は、命令無視も独断行動のマイナス面を大きく上回る。
どれだけ対吸血鬼用の装備を用意し、作戦を練っても、勝てる保証はないのだ。
そう断言できる力が、彼らにはあった。
「お喋りは程々にしておくとして、ドラゴン? あなたに話があるの?」
「である」
余裕を崩さず、エリーザべトはドラゴンを見据える。
彼女の狙いはこうだ。
ドラゴンを制御し、利用する事。
世界最強の力を野放しにしておくには危険過ぎる。
その想像を絶する能力は、この目にしかと焼き付いている。
誰かがドラゴンをコントロールし、正しく導かなければならない。
力を生かさなければならない。無駄遣いなどさせてはならない。
強大な力は振るってこそ、その真価を発揮する。
そして偶然、その誰かに、エリーザベトが収まるだけの話だ。
「私達と手を組まないかしら? あなたの力を正しく使えば――」
「めんどくさい」
かったるそうにドラゴンが腕を振るった。
吸血鬼二人が巻き込まれた。
止めは和也らに気遣って吐かれた、小さな炎の息吹。
そんな片手間の行動で、最強と最狂はこの世から消え去った。
残されたのは静寂。
やたらと濃い人物がいた痕跡は完璧に消え去り、正直、状況がよくわかっていない和也に、フリーネは言った。
「話が長くなりそうだったので、つい」
クルミが合流するまでの間、人の話は最後まで聞きましょう、と、真剣に諭す元勇者の姿があった。
☆☆☆
「これはまた、酷いデスネ」
闇が支配し、星が照らす夜。
ドラゴンによる大規模な破壊の末、何もかもが死んでいるように静かだった。
地元の人間でもなければ、妖怪でもない。
城の跡地、彼は其処にいた。
使い古したリュックサックを背負った、茶髪の青年。
転ばないように気を付けながら、山積みの瓦礫に触れる。
一瞬、青年が念じると、何も無かったはずの彼の手には、剣があった。
吸血鬼が所持していた、万物を斬り裂く剣。
ドラゴンの炎さえも斬り裂いて、傷一つなく、剣は現存していた。
「まァ、これが無事ナラ、特に問題はありませんガ」
お目当ての品を手に入れる事が出来て、満足そうに微笑む、事はなかった。
目を瞑り、自分自身に言い聞かせる。
「これは落ちていた物を拾ったダケ……決して盗んだけではありませン……そう落ちた物を拾ったダケ……」
一通り言い終わると、背後の人物に気さくに声を掛ける。
全身を黒のライダースーツに西洋のプレートアーマーを掛け合わせたような、重厚感とスリムさを両立させた出で立ち。
フルフェイスの兜を被っているために、表情は読み取れない。
「こんな事をするナラ、わざわざ拾うナ? ごもっともですガ、性分デシテ」
フルフェイスの人物と会話しながら、リュックの中を探る。
「せっかく剣を回収できるよう二、調整したのですカラネ。あのままカズヤ君が持って行ってしまったラ、色々と狂ってしまいますヨ」
鐘を鳴らしたり、本を絶妙な位置に置いたり、などと色々と愚痴を漏らす。
吸血鬼の城で和也達に不都合な出来事、好都合な出来事、それらは人為的に引き起こされていたのだ。
「あの吸血鬼モ、なぜドラゴンが人の姿をしているのカ、その意味を考えるべきでしたネ。そこが一番重要なのですカラ
ついに探していた物を手で掴み、にやっと笑う。
「飴チャン、舐めると美味しいデスヨ? エ? いらなイ? そうですカ……」
断られ、残念そうに引き下がる。
出してしまったのは勿体ないので、自分で食べる事にした。
程よい酸っぱさが口を刺激して、とても心地いい。
「それでハ、目的の物は回収できましたシ、帰りましょうカ。学園唯一の、正式な『警備員』サン?」
青年がフルフェイスの人物の肩に触れる。
その瞬間に、彼らはもう、其処にはいなかった。
お読みいただき誠に感謝申し上げます。
これにて4章は完結です
駆け足で終わらせたのが心残りですが、ドラゴン最強伝説なのは伝えることはできた思います。ドラキュラさんは達は、その…はい…
5章は学園、学園生徒、メイン5人の日常とか真面目な話を予定しております。シリアスバトルはありません
本日中に3章、4章の人物まとめを更新する予定です




