第七話 元勇者VS吸血鬼②
吸血鬼、ペーテル=ブロゴヨヴィッチが、フリーネ=ドラゴニックを事態の収拾に利用しない理由は、至極単純だ。
暴れられると皆死ぬから。
物理的な拘束は不可能で、小さな命を鎖として縛るしか、制限する方法が無い。
ありとあらゆる物を斬る剣で脅したところで、燃やされて終わりだ。
明確な実力差がドラゴンとそれ以外にはある。
どうにか噴火寸前で留まっているが、ちょっとした拍子で爆発すると、全てが水の泡。
その気になれば、森羅万象を破壊する力をドラゴンは身に宿している。
何もさせない方が、遥かに合理的だ。
おかげでフリーネは部屋内であれば、自由に行動できるよう配慮されていた。
あえて自由を提供し、自分が捕まっているという認識を逸らさせるためだ。
都合のいいことに、彼女は知識はあっても頭は回らず、思考を誘導するのは存外難しくない。
本も、お菓子も、ふかふかのベッドもあった。
喉元にナイフを突きつける子供はいるものの、一日過ごすには丁度いい快適な空間だ。
つまるところ、フリーネは意外と自由だった。
ペーテルは部屋を出てから帰って来ず、人質の子供は言葉を発さない。
本は読まず、せいぜい漫画を時々流し読み。
お菓子は全て残さず食べた。
吸血鬼の理解不能な企みに、部屋を震わす程激怒していたが、時間が経てば冷静にもなる。
冷静にもなれば、視界が明るく開けてくる。
「ねえターちゃん、その危ないモノ離して?」
「…………」
ターちゃん、吸血鬼に人質として捕えられた金髪の少女だ。
全く喋らないので、適当に思いついた名で呼んでいる。
戦闘能力こそ絶大なのだが、細かい調整が苦手で、ナイフのみを処理できず、ほとほと困っていた。
女の子さえどうにかできれば、後は余裕だ。
全部ぶっ壊して燃やし尽くす。
あの憎たらしい吸血鬼は灰すらも燃やす。
子どもの敵はフリーネの敵。
フリーネ限定の敵は割とどうでもいい、という姿勢で人生もとい竜生を謳歌している彼女にとっては、度し難い相手だった。
「ほらさっきから凄い揺れてるし、本棚の上の本とか落ちそうだよ? お姉ちゃんのとこにおいで? 何もしないから」
「…………」
手招きし、膝の上に座らせようと試みるが、帰ってくるのは無言の拒否反応だ。
ついでに先程から地震かと勘違いしてしまうばかりの揺れが、部屋を襲っていた。
ターちゃん(仮)も態勢を崩しそうになりながら、何とか立っている。
出て行った吸血鬼の仕業だとは推測できるが、どうしてこんなにも暴れているか考えてみた。
自分の家で破壊活動する意味なんて思いつかない。
意味があるのなら、それは破壊する相手がいるという事だ。
相手は誰か。
街から飛び去る際、和也がキメラに飛び乗っているのを見た。
此処まで辿り着けているかはまでは把握できていないが、あの青年なら国境を平然と渡ってきそうだ。
一番の候補としては桐生和也だろう。
他にフリーネを助けられる状況だったのは、知る範囲ではもう思いつかない。
嬉しいような、辛いような、悲しいような、色んな感情がごちゃ混ぜになって何とも言葉にし難い感覚だ
それに彼が強いのは事実であっても、心配なものは心配だ。
吸血鬼のホームで、卑怯上等の手段を選ばない敵。
いくら強力な能力があったところで、必ず勝てるとは限らない。
そう考えると、どんどん不安になってくる。
フリーネの居場所も分かっていないだろうし、自身も身動きが取れず、助けに向かう事もできない。
せめて、何か外部に自分の位置を教える方法があれば……
「あーもう! 何にも思いつかないよー!」
両腕を大きく上げて叫ぶ。
脳が筋肉で出来ているような者に、知能を生かせるわけがなかった。
不満がつのり、怒りが沸々と再燃する。
けれどもそこで怒ったところで、事態を打開できず、ただ悶々と部屋に縮こまるのみだ。
頭を振って、別の事を思考する。
例えば和也、和也と言えば、結構いい人。結構頼りになる人。偶にお菓子くれる人。楓の寝言で名前を呼ばれている人。
後は、そう、口笛。
先日、学校の怪談を退治した時だ。
怪異を呼ぼうと、口笛を吹こうとして失敗して、和也に教えてほしいと頼み込んだ覚えがある。
あれから練習もしていないため、全然吹ける気配はない。
雰囲気も暗く、脱出方法も見つからず、不安だけが残る今、気晴らしには丁度いい。
唇を尖らせて、すーすーと息を吐く。
どうにも上手くいかず、試行錯誤しながら続ける。
流石にこの行動は危険だと見做されず、ターちゃんの動きに変化は見られない。
ちょっとした抵抗気分でもあったし、フリーネは黙々と口笛の練習にはげむ。
こんな小さな音が外に聴こえるはずもなく、誰からも邪魔されずに出来る。
それこそ扉の前で耳を澄ましてでもいなければ、行動さえ認知されないだろう。
「上手く吹けたら、カズ君喜ぶかなぁ……」
独り言なんてする性格ではないが、流石の彼女もこの状況は堪えているのだ。
ターちゃんの様子を眺めつつ、フリーネは唇を色んな形に変えて、ひたすら息を吹いていた。
「くっ!」
背中に熱い激痛が走る。
ペーテルの剣が和也の背中を捉え、斬り裂いたのだ。
一対一の戦いだったら、ありえない光景だ。
不用意に後ろを見せれば、簡単に殺されると、とっくに理解済みのはずだった。
それがありえてしまうという事は、後ろを見せずにいられない状況に陥っている事実を表している。
逃げるしか、選択の余地はなかった。
吸血鬼が捕獲してきた、見ず知らずの少年。
正真正銘、本物の人間だ。
音がする方向に人がいると思ったのか、泣きながら近寄ってきた少年を迅速に確保し、和也は吸血鬼に背を向けた。
和也も異世界レルービアで四年間戦い続けていた戦士である。
無駄を極力無くした動きで、少年を抱える事はできたが、どうあっても一度戦闘を中断せざるをえない。
どんなに無駄を無くしても、僅かな隙は生まれてしまう。
そこを突かれた。
背から血が溢れ出すのを感じる。
和也の動きが鈍り、衝撃で視界が一瞬黒く染まる。
そしてペーテルは決して、余裕を与えなどしない。
息の根を止める為、万物を斬る剣が容赦なく頭部を狙う。
どんなに強い人間であろうと、人間は人間だ。
頭と胴がおさらばすれば死ぬ。
和也も例に漏れず、頭が両断されれば死ぬ。
あの世まで秒読み、いや残り一秒だ。
けれども和也の眼は未だ死んでいない。
「む?」
剣と和也の間に透明な薄い壁が展開。
異能『結界障壁』
魔王配下、藤美守の異能だ。
物理攻撃を完全無効化という能力だが、当然劣化しているため、ただのうっすら視認できる壁でしかなかった。
さらに斬撃で容易に裂かれ、この場合は防御面で本来の能力発揮は不可能だ。
それでも、突然の出現により、ペーテルの動きは僅かに止まる。
「ふんッ!」
ペーテルが邪魔な障害物を切り払うと、和也は既に其処にいなかった。
流石の身体能力、この攻防の間に姿はずっと遠くだ。
獲物が逃げても、ペーテルは冷静だ。
小気味のいい足音を立てながら、逃走した方向に歩く。
あの青年が城から抜け出す事はない。
目的はドラゴンの奪還。
彼女を救出せずにして、青年の目的は果たされないのだから、当然だ。
だから、ペーテルは獲物を追い詰め、狩る寸前のハンターのように、興奮を抑えきれないまま、悠然と闇へと姿を消した。
「よーし良い子だ。よーしよーし」
和也は吸血鬼から離れ、一時身を潜めていた。
例の拷問器具陳列部屋の一つで、血の匂いが充満した部屋の隅だ。
心を読む吸血鬼相手に隠れるなんて無謀に等しいが、堂々と通路にいるよりマシだ。
「……うっ……家に帰りたい……うぅ……」
優しく頭を撫でると、少年も落ち着き始め、無闇に暴れる事はなくなった。
けれども、寸前まで死の恐怖を身に感じていたせいで、呼吸が荒く、自分を守るように身を縮めていた。
大人だって泣いて逃げてもおかしくないのだから、こうなっても無理はない。
少年を庇いつつ、辺りを窺う。
性格まで把握は出来ていないだろうが、見事に嫌な点を突いてくる。
勇者として、目の前の子供を見捨てるなんて真似は出来ない。
どんな行動をとっても、これまで以上に苦難の連続になるのは確定的だ。
それでも、この少年も、人質の少女も、フリーネも救ってみせる。
だからこその勇者だ。
「………………」
「言葉は分かるから心配しなくていいよ。英語も中国語もフランス語もなんでもごされさ」
抱えていた少年が和也を見上げて問う。
和也の曖昧な返事に、首を傾げるが、言葉が通じるのにほっとしたのか、体の緊張が若干ほぐれていった。
(こっち帰ってきて初めて役に立ったな、レルービアの加護……見境ないけど)
実は異世界レルービアで受けた加護の恩恵は、今でも生きている。
その力は、音声言語の翻訳。
あらゆる言語を日本語に訳し、理解させてくれる優れものだ。
召喚された和也に限った話でなく、レルービアに居さえすれば、勝手に宿る力だ。
あの世界にいる者には例外なく適応され、インデストの魔王陣営にも齎されていた。
故にレルービア人とインデスト人、そして地球人である和也も意思疎通が可能だった。
むしろ言葉が通じない方が気楽だったかもしれないが。
今となっては便利半分不都合半分といったように、使い勝手が悪くなっていた。
外国語の歌詞は勝手に日本語に翻訳されて、雰囲気がぶち壊し。
別々の国の人間が揃えば、和也の話す言葉は英語に聴こえるし、フランス語にも聴こえる。事情を知らないと混乱するしかほかない。
一応のコミュニケーションを取れるという点に限れば、これほど役立つ能力はないが、言語の氾濫する地球においては、扱いに困る力だった。
和也は少年の目線に合わせると、
「俺は日本人で、名前は和也だ。君は?」
「……ぼ、ぼくは……あ、その…………」
「無理に名乗らなくていいさ。気が向いたら教えてくれると嬉しいかな」
不安がらせないように、優しく語りかける。
少年に和也は味方だと信じ込ませる事が最優先だ。
変に恐怖心を煽ると、またパニックを起こしてしまう。
言葉を選び、少年から警戒心を取り除き、信頼を勝ち取っていく。
しかし束の間の交流すら、奴は許さない。
「隠れても無駄だぞ? 大人しく出てこい」
吸血鬼の冷たい声が、扉越しに届く。
響き方からして、距離は離れている。
だが何一つとして安心できる要素ではなかった。
実際のところ、ペーテルの言葉は正しい。
耐性持ちの和也だけなら見つからないが、少年がいる場合は話が別だ。
少年の心を読んで、居場所を完璧に捉えているだろう。
甘く考えても、居る方向は把握されているとみて間違いない。
和也を追い込む、絶好の機会だというのに手を出さないという事は、遊んでいるか、慎重なだけか、そのどちらとも言える。
「出てこなければ人質の少女か、君の隣の少年を殺す。一○秒以内だ。一五にも満たない子らを散らすのは惜しいだろう? さっさと出てくる事だ。私なら遠隔操作で簡単に殺せる」
(嘘、だな)
直感的に感じ取る。
ペーテルの言葉は嘘だ。
嘘の類は簡単に見破れる。
まず、少年がいるから和也の行動が狭まっているのに、殺すなどという発想が不自然だ。
不利益しか吸血鬼に無い時点で、直感は確信に変わる。
一○秒経っても出てこない和也に、ペーテルは嘆息する。
「はぁ……見抜かれたか。仕方あるまい。出て来ないというのなら、私が一方的に話すぞ? いいな? 話し足りないんだ私も」
(遊ばれてるな……)
ペーテルの語り癖は筋金入りだ。
当然、和也はその時間を用いて思考するので、真剣に耳を傾ける事はない。
「お前に再生能力はないな」
手持ちの確認。
異能『電気』
異能『結界障壁』
魔王の能力は隠密向けではなかったので、コピーはせずにいた。
いずれも劣化し、電気は火力が足りず、範囲も狭く、有効打を与えるには厳しい。
結界障壁は例の剣によって実質無効化されている。防御面では期待できず。
聖水が二瓶。
異能と違い、ストックに限りがある。
慎重な運用が必要だ。
銀の小刀は折れてしまい、剣としての運用はできない。
「血痕や回避に全力を注いでいるあたり、そうだろうな。私も再生能力ありきで戦闘に臨んでいるからよく解る。再生能力があるのなら、斬撃を避けたりはしないだろう。斬られたところで再生するのだからな」
魔王、ルーキフェル=イブリス=クルミナレッテは大部分の敵を潰してくれている。
援軍として期待するには距離もあるし、和也の危機に助け船を出すような人格でもなく、現実味が薄い。
「まあ再生しようが、慣れるまでは自ら斬られようとは思えんか」
聴覚は回復してきた。
音も正常に聴こえてくる。
背中からの出血は止まらない。
長い間戦うと血が足りなくなるのは必然だ。
短期決戦が望まれる。
「仮に再生能力持ちだとしても、再生に時間がかかるか、特殊な条件が必要な部類だろう? 間違いなく即効性の能力は持ち合わせていない。どうだ正解か?」
物音を探り、周辺の索敵。
少年一人、吸血鬼が一体。
見回りの妖怪らしき気配が三体。
「出血量も少なくあるまい。あまり時間は残されていないぞ、キリュウカズヤ」
吸血鬼の弱点は、太陽の光、聖水、銀、流水、にんにく、火。
用意できるのは聖水のみ。
時間帯はそろそろ日が昇り始める頃合だが、太陽光は城全体を崩しでもしなければ、城内に届かない。
蝋燭の火は弱々しく、武器としては使いづらい。
不老不死の吸血鬼に半端な攻撃は無駄だ。
一度に終わりまで持って行ける方法があれば。
例えば、火に代わる何かがあれば――
「……これを持っておくんだ」
和也は懐から、聖水の瓶を掴み、少年の手を包み込むように渡した。
「…………?」
「君を守ってくれる優れものだ。怖いモノがやってきたら、コレをぶっかけるんだ。そうすれば怖いモノも退治できる」
吸血鬼の弱点を攻められる場所はあった。
しかし、少年は連れていけない。
「必ず戻ってくる。それまで此処でじっとしているんだ。いいね?」
少年を囲むように、異能『結界障壁』を張る。
強度も範囲もオリジナルよりも劣るが、戦闘の余波ぐらいは防いでくれる。
和也の言葉に、少年は頷き、瓶を力強く握った。
扉を開き、外に出る。
ペーテルは和也を視認すると、剣を握り直し、薄い笑みを浮かべた。
「ようやく出てきたか。いや、まだ姿を現さなくとも良かったのだが、まあいい。殺される準備はできたか?」
「殺す準備の間違いだ、吸血鬼。此処であなたを殺す」
戦いは、まだ始まったばかりだ。
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申し訳ございません




