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アフターヒーロー  作者: 望月
第四章 帰還した勇者と紅蓮のドラゴン 後篇
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第七話 元勇者VS吸血鬼②

 吸血鬼、ペーテル=ブロゴヨヴィッチが、フリーネ=ドラゴニックを事態の収拾に利用しない理由は、至極単純だ。

 

 暴れられると皆死ぬから。

 

 物理的な拘束は不可能で、小さな命を鎖として縛るしか、制限する方法が無い。

 ありとあらゆる物を斬る剣で脅したところで、燃やされて終わりだ。

 明確な実力差がドラゴンとそれ以外にはある。

 どうにか噴火寸前で留まっているが、ちょっとした拍子で爆発すると、全てが水の泡。

 その気になれば、森羅万象を破壊する力をドラゴンは身に宿している。

 何もさせない方が、遥かに合理的だ。

 おかげでフリーネは部屋内であれば、自由に行動できるよう配慮されていた。

 あえて自由を提供し、自分が捕まっているという認識を逸らさせるためだ。

 都合のいいことに、彼女は知識はあっても頭は回らず、思考を誘導するのは存外難しくない。

 本も、お菓子も、ふかふかのベッドもあった。

 喉元にナイフを突きつける子供はいるものの、一日過ごすには丁度いい快適な空間だ。

 

 つまるところ、フリーネは意外と自由だった。

 

 ペーテルは部屋を出てから帰って来ず、人質の子供は言葉を発さない。

 本は読まず、せいぜい漫画を時々流し読み。

 お菓子は全て残さず食べた。

 

 吸血鬼の理解不能な企みに、部屋を震わす程激怒していたが、時間が経てば冷静にもなる。

 冷静にもなれば、視界が明るく開けてくる。

 

「ねえターちゃん、その危ないモノ離して?」

「…………」

 

 ターちゃん、吸血鬼に人質として捕えられた金髪の少女だ。

 全く喋らないので、適当に思いついた名で呼んでいる。

 戦闘能力こそ絶大なのだが、細かい調整が苦手で、ナイフのみを処理できず、ほとほと困っていた。

 女の子さえどうにかできれば、後は余裕だ。

 全部ぶっ壊して燃やし尽くす。

 あの憎たらしい吸血鬼は灰すらも燃やす。

 

 子どもの敵はフリーネの敵。

 フリーネ限定の敵は割とどうでもいい、という姿勢で人生もとい竜生を謳歌している彼女にとっては、度し難い相手だった。

 

「ほらさっきから凄い揺れてるし、本棚の上の本とか落ちそうだよ? お姉ちゃんのとこにおいで? 何もしないから」

「…………」

 

 手招きし、膝の上に座らせようと試みるが、帰ってくるのは無言の拒否反応だ。

 ついでに先程から地震かと勘違いしてしまうばかりの揺れが、部屋を襲っていた。

 ターちゃん(仮)も態勢を崩しそうになりながら、何とか立っている。

 出て行った吸血鬼の仕業だとは推測できるが、どうしてこんなにも暴れているか考えてみた。

 

 自分の家で破壊活動する意味なんて思いつかない。

 意味があるのなら、それは破壊する相手がいるという事だ。

 相手は誰か。

 街から飛び去る際、和也がキメラに飛び乗っているのを見た。

 此処まで辿り着けているかはまでは把握できていないが、あの青年なら国境を平然と渡ってきそうだ。

 一番の候補としては桐生和也だろう。

 他にフリーネを助けられる状況だったのは、知る範囲ではもう思いつかない。

 嬉しいような、辛いような、悲しいような、色んな感情がごちゃ混ぜになって何とも言葉にし難い感覚だ

 それに彼が強いのは事実であっても、心配なものは心配だ。

 吸血鬼のホームで、卑怯上等の手段を選ばない敵。

 いくら強力な能力があったところで、必ず勝てるとは限らない。

 そう考えると、どんどん不安になってくる。

 フリーネの居場所も分かっていないだろうし、自身も身動きが取れず、助けに向かう事もできない。

 せめて、何か外部に自分の位置を教える方法があれば……

 

「あーもう! 何にも思いつかないよー!」

 

 両腕を大きく上げて叫ぶ。

 脳が筋肉で出来ているような者に、知能を生かせるわけがなかった。

 不満がつのり、怒りが沸々と再燃する。

 けれどもそこで怒ったところで、事態を打開できず、ただ悶々と部屋に縮こまるのみだ。

 頭を振って、別の事を思考する。

 例えば和也、和也と言えば、結構いい人。結構頼りになる人。偶にお菓子くれる人。楓の寝言で名前を呼ばれている人。

 後は、そう、口笛。

 先日、学校の怪談を退治した時だ。

 怪異を呼ぼうと、口笛を吹こうとして失敗して、和也に教えてほしいと頼み込んだ覚えがある。

 あれから練習もしていないため、全然吹ける気配はない。

 雰囲気も暗く、脱出方法も見つからず、不安だけが残る今、気晴らしには丁度いい。

 唇を尖らせて、すーすーと息を吐く。

 どうにも上手くいかず、試行錯誤しながら続ける。

 流石にこの行動は危険だと見做されず、ターちゃんの動きに変化は見られない。

 

 ちょっとした抵抗気分でもあったし、フリーネは黙々と口笛の練習にはげむ。

 こんな小さな音が外に聴こえるはずもなく、誰からも邪魔されずに出来る。

 それこそ扉の前で耳を澄ましてでもいなければ、行動さえ認知されないだろう。

 

「上手く吹けたら、カズ君喜ぶかなぁ……」

 

 独り言なんてする性格ではないが、流石の彼女もこの状況は堪えているのだ。

 ターちゃんの様子を眺めつつ、フリーネは唇を色んな形に変えて、ひたすら息を吹いていた。

 

 

「くっ!」

 

 背中に熱い激痛が走る。

 ペーテルの剣が和也の背中を捉え、斬り裂いたのだ。

 一対一の戦いだったら、ありえない光景だ。

 不用意に後ろを見せれば、簡単に殺されると、とっくに理解済みのはずだった。

 それがありえてしまうという事は、後ろを見せずにいられない状況に陥っている事実を表している。

 

 逃げるしか、選択の余地はなかった。

 

 吸血鬼が捕獲してきた、見ず知らずの少年。

 正真正銘、本物の人間だ。

 音がする方向に人がいると思ったのか、泣きながら近寄ってきた少年を迅速に確保し、和也は吸血鬼に背を向けた。

 和也も異世界レルービアで四年間戦い続けていた戦士である。

 無駄を極力無くした動きで、少年を抱える事はできたが、どうあっても一度戦闘を中断せざるをえない。

 どんなに無駄を無くしても、僅かな隙は生まれてしまう。

 そこを突かれた。

 

 背から血が溢れ出すのを感じる。

 和也の動きが鈍り、衝撃で視界が一瞬黒く染まる。

 そしてペーテルは決して、余裕を与えなどしない。

 息の根を止める為、万物を斬る剣が容赦なく頭部を狙う。

 どんなに強い人間であろうと、人間は人間だ。

 頭と胴がおさらばすれば死ぬ。

 和也も例に漏れず、頭が両断されれば死ぬ。

 あの世まで秒読み、いや残り一秒だ。

 けれども和也の眼は未だ死んでいない。

 

「む?」

 

 剣と和也の間に透明な薄い壁が展開。

 異能『結界障壁』

 魔王配下、藤美守の異能だ。

 物理攻撃を完全無効化という能力だが、当然劣化しているため、ただのうっすら視認できる壁でしかなかった。

 さらに斬撃で容易に裂かれ、この場合は防御面で本来の能力発揮は不可能だ。

 

 それでも、突然の出現により、ペーテルの動きは僅かに止まる。

 

「ふんッ!」

 

 ペーテルが邪魔な障害物を切り払うと、和也は既に其処にいなかった。

 流石の身体能力、この攻防の間に姿はずっと遠くだ。

 獲物が逃げても、ペーテルは冷静だ。

 小気味のいい足音を立てながら、逃走した方向に歩く。

 あの青年が城から抜け出す事はない。

 目的はドラゴンの奪還。

 彼女を救出せずにして、青年の目的は果たされないのだから、当然だ。

 だから、ペーテルは獲物を追い詰め、狩る寸前のハンターのように、興奮を抑えきれないまま、悠然と闇へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし良い子だ。よーしよーし」

 

 

 和也は吸血鬼から離れ、一時身を潜めていた。

 例の拷問器具陳列部屋の一つで、血の匂いが充満した部屋の隅だ。

 心を読む吸血鬼相手に隠れるなんて無謀に等しいが、堂々と通路にいるよりマシだ。

 

「……うっ……家に帰りたい……うぅ……」

 

 優しく頭を撫でると、少年も落ち着き始め、無闇に暴れる事はなくなった。

 けれども、寸前まで死の恐怖を身に感じていたせいで、呼吸が荒く、自分を守るように身を縮めていた。

 大人だって泣いて逃げてもおかしくないのだから、こうなっても無理はない。

 

 少年を庇いつつ、辺りを窺う。

 性格まで把握は出来ていないだろうが、見事に嫌な点を突いてくる。

 勇者として、目の前の子供を見捨てるなんて真似は出来ない。

 どんな行動をとっても、これまで以上に苦難の連続になるのは確定的だ。

 それでも、この少年も、人質の少女も、フリーネも救ってみせる。

 だからこその勇者だ。

 

「………………」

「言葉は分かるから心配しなくていいよ。英語も中国語もフランス語もなんでもごされさ」

 

 抱えていた少年が和也を見上げて問う。

 和也の曖昧な返事に、首を傾げるが、言葉が通じるのにほっとしたのか、体の緊張が若干ほぐれていった。

 

(こっち帰ってきて初めて役に立ったな、レルービアの加護……見境ないけど)

 

 実は異世界レルービアで受けた加護の恩恵は、今でも生きている。

 その力は、音声言語の翻訳。

 あらゆる言語を日本語に訳し、理解させてくれる優れものだ。

 召喚された和也に限った話でなく、レルービアに居さえすれば、勝手に宿る力だ。

 あの世界にいる者には例外なく適応され、インデストの魔王陣営にも齎されていた。

 故にレルービア人とインデスト人、そして地球人である和也も意思疎通が可能だった。

 むしろ言葉が通じない方が気楽だったかもしれないが。

 

 今となっては便利半分不都合半分といったように、使い勝手が悪くなっていた。

 外国語の歌詞は勝手に日本語に翻訳されて、雰囲気がぶち壊し。

 別々の国の人間が揃えば、和也の話す言葉は英語に聴こえるし、フランス語にも聴こえる。事情を知らないと混乱するしかほかない。

 一応のコミュニケーションを取れるという点に限れば、これほど役立つ能力はないが、言語の氾濫する地球においては、扱いに困る力だった。

 

 和也は少年の目線に合わせると、

 

「俺は日本人で、名前は和也だ。君は?」

「……ぼ、ぼくは……あ、その…………」

「無理に名乗らなくていいさ。気が向いたら教えてくれると嬉しいかな」

 

 不安がらせないように、優しく語りかける。

 少年に和也は味方だと信じ込ませる事が最優先だ。

 変に恐怖心を煽ると、またパニックを起こしてしまう。

 言葉を選び、少年から警戒心を取り除き、信頼を勝ち取っていく。

 しかし束の間の交流すら、奴は許さない。

 

「隠れても無駄だぞ? 大人しく出てこい」

 

 吸血鬼の冷たい声が、扉越しに届く。

 響き方からして、距離は離れている。

 だが何一つとして安心できる要素ではなかった。

 実際のところ、ペーテルの言葉は正しい。

 耐性持ちの和也だけなら見つからないが、少年がいる場合は話が別だ。

 少年の心を読んで、居場所を完璧に捉えているだろう。

 甘く考えても、居る方向は把握されているとみて間違いない。

 和也を追い込む、絶好の機会だというのに手を出さないという事は、遊んでいるか、慎重なだけか、そのどちらとも言える。

 

「出てこなければ人質の少女か、君の隣の少年を殺す。一○秒以内だ。一五にも満たない子らを散らすのは惜しいだろう? さっさと出てくる事だ。私なら遠隔操作で簡単に殺せる」

(嘘、だな)

 

 直感的に感じ取る。

 ペーテルの言葉は嘘だ。

 嘘の類は簡単に見破れる。

 まず、少年がいるから和也の行動が狭まっているのに、殺すなどという発想が不自然だ。

 不利益しか吸血鬼に無い時点で、直感は確信に変わる。

 一○秒経っても出てこない和也に、ペーテルは嘆息する。

 

「はぁ……見抜かれたか。仕方あるまい。出て来ないというのなら、私が一方的に話すぞ? いいな? 話し足りないんだ私も」

(遊ばれてるな……)

 

 ペーテルの語り癖は筋金入りだ。

 当然、和也はその時間を用いて思考するので、真剣に耳を傾ける事はない。

 

「お前に再生能力はないな」

 

 手持ちの確認。

 異能『電気』

 異能『結界障壁』

 魔王の能力は隠密向けではなかったので、コピーはせずにいた。

 いずれも劣化し、電気は火力が足りず、範囲も狭く、有効打を与えるには厳しい。

 結界障壁は例の剣によって実質無効化されている。防御面では期待できず。

 聖水が二瓶。

 異能と違い、ストックに限りがある。

 慎重な運用が必要だ。

 銀の小刀は折れてしまい、剣としての運用はできない。

 

「血痕や回避に全力を注いでいるあたり、そうだろうな。私も再生能力ありきで戦闘に臨んでいるからよく解る。再生能力があるのなら、斬撃を避けたりはしないだろう。斬られたところで再生するのだからな」

 

 魔王、ルーキフェル=イブリス=クルミナレッテは大部分の敵を潰してくれている。

 援軍として期待するには距離もあるし、和也の危機に助け船を出すような人格でもなく、現実味が薄い。

 

「まあ再生しようが、慣れるまでは自ら斬られようとは思えんか」

 

 聴覚は回復してきた。

 音も正常に聴こえてくる。

 背中からの出血は止まらない。

 長い間戦うと血が足りなくなるのは必然だ。

 短期決戦が望まれる。

 

「仮に再生能力持ちだとしても、再生に時間がかかるか、特殊な条件が必要な部類だろう? 間違いなく即効性の能力は持ち合わせていない。どうだ正解か?」

 

 物音を探り、周辺の索敵。

 少年一人、吸血鬼が一体。

 見回りの妖怪らしき気配が三体。

 

「出血量も少なくあるまい。あまり時間は残されていないぞ、キリュウカズヤ」

 

 吸血鬼の弱点は、太陽の光、聖水、銀、流水、にんにく、火。

 用意できるのは聖水のみ。

 時間帯はそろそろ日が昇り始める頃合だが、太陽光は城全体を崩しでもしなければ、城内に届かない。

 蝋燭の火は弱々しく、武器としては使いづらい。

 不老不死の吸血鬼に半端な攻撃は無駄だ。

 一度に終わりまで持って行ける方法があれば。

 例えば、火に代わる何かがあれば――

 

「……これを持っておくんだ」

 

 和也は懐から、聖水の瓶を掴み、少年の手を包み込むように渡した。

 

「…………?」

「君を守ってくれる優れものだ。怖いモノがやってきたら、コレをぶっかけるんだ。そうすれば怖いモノも退治できる」

 

 吸血鬼の弱点を攻められる場所はあった。

 しかし、少年は連れていけない。

 

「必ず戻ってくる。それまで此処でじっとしているんだ。いいね?」

 

 少年を囲むように、異能『結界障壁』を張る。

 強度も範囲もオリジナルよりも劣るが、戦闘の余波ぐらいは防いでくれる。

 和也の言葉に、少年は頷き、瓶を力強く握った。

 扉を開き、外に出る。

 ペーテルは和也を視認すると、剣を握り直し、薄い笑みを浮かべた。

 

「ようやく出てきたか。いや、まだ姿を現さなくとも良かったのだが、まあいい。殺される準備はできたか?」

「殺す準備の間違いだ、吸血鬼。此処であなたを殺す」

 

 戦いは、まだ始まったばかりだ。

 


次回の更新は再来週を予定しております

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