第六話 元勇者VS吸血鬼
元勇者対吸血鬼。
勇者の武器は人間の枠を超えた肉体と、臨機応変に対応可能なコピー能力。
吸血鬼の武器は人外の身体と、読心能力、催眠能力、自然現象の操作、変幻自在の変身能力、そして不老不死。
和也に読心、催眠は通用しないが、残った手札も実に驚異的だ。
フリーネの拉致は、以前の忍者とほぼ同様の手法。
違いは、戦力の大量投入と考える時間を与えなかった事だ。
彼らは人員を絞り、兵器も最小限にし、武蔵に交渉の時間を作ってしまったのが敗因だった。
それを参考にでもしたのか、元から練っていたのかまでは判断しかねるが、相応の実力と知性があるのは間違いない。
学園の生徒の情報は他勢力に流出している。
和也の能力も知られているとみて動くべきだ。
参考にできる情報は数少ない。
戦局は常に変化する。
ならば下手に展開される前に、選択する行動は一つだ。
先手必勝。
相手の出方を窺いつつも、思考の余裕を与えさせない動作で、瞬時に間合いを詰めた。
世界最高の知名度を原動力とする吸血鬼をも凌駕する身体能力。
狭い通路での戦闘行為、選択肢は限られる。
手元には対吸血鬼用の銀の小刀。
恐るべき膂力で放たれる一撃は、ペーテルの右腕を難なく切り落とした。
狙いは首だった。
しかし老獪な鬼は命の危機に反応し、致命傷を辛うじて避ける。
苦痛に歪んだのは一瞬。
瞬く間に態勢を立て直した血の鬼は、失った腕部分から雷を生み出し、放つ。
和也も電撃で応戦するも、威力は相手が上。
押し負け、雷をその身に喰らう。
されど我が身は超人。
迸る電光を全身で受けるも、間髪入れずに轟然と腕を振るう。
ペーテルの頬を抉る。
腹を裂く。
縦横無尽に壁を駆け、跳躍し、常に死角を狙い続ける。
猛然と迫り、一歩も引かず、命を刈り取りに行く和也。
だが、致命傷は与えられない。
すかさず対応され、体のサイズを変化させ、時に蝙蝠に変身し、距離感を狂わされる。
拳が吸血鬼を捉え、消耗させようとも、再生されれば意味を為さない。
逆にペーテルは攻めに転じる事ができなかった。
不死性のおかげで、生と死の境界線を行き来できているが、和也の機動を捕捉できていない。
長年の経験と、辛うじて視認できる動きを追って、対応していた。
互いに、互いの脅威について見誤っていた。
和也が初撃で決着をつけられなかったのは、単純にペーテルの実力を計り間違えていたからだ。
上位妖怪との戦闘経験は牛鬼と雷獣との二回のみ。
検討材料が極僅かしかなく、吸血鬼との戦闘が初となったが故の、慎重さが仇となった。
正真正銘の全速力で駆けたのなら、一撃で終わっていただろう。
ペーテルが防戦一方なのは、自らの攻撃手段が通用すると思っていたからだ。
想定以上に肉体が頑強で、雷撃も人間を雑巾のように捻じる腕力も効果がみられない。
異能者は総じて人間を上回る身体能力を持ち合わせているが、明らかにその範疇を超えている。
超人の身体だからこそ可能な機動で、狙いを定めさせない。
不死性をフルに使って肉体を限界以上に動かさなければ、簡単に首が飛びそうだ。
数瞬の死闘の末、和也とペーテルは飛び退き、態勢を立て直す。
血に塗れた体は瞬く間に再生し、服以外は元通りだ。
和也も疲労は見せず、体力に余裕はある。
息を整え、再度死合に臨もうとするが、不意にペーテルが残念そうに嘆息した。
「……もう、いい。このまま続けても、私はお前に勝てない」
突然の敗北宣言。
真意が見えず、和也は無闇に接近せずに、様子を窺う。
「戦闘能力に限れば、私が遭遇した人間の中だと文句無しに最強だ。霊長類ヒト科最強だよ、キリュウカズヤ。いや異能者が其処に分類されるかはともかくな」
前もって学園生徒の情報は入手済みだ。
自分達は危害を加えません、危険だと思うなら対応策を練れるように情報を校外に提供します。
そうやって不透明性を消し、安全を保っている学園なので、生徒のスペック自体は容易に手に入れられる。
ペーテルの経験上、対吸血鬼装備で身を固めた人間は数多くいても、生身で吸血鬼を圧倒する人間は初めてだった。
コピー能力があってこその力だとしても、迷わず怪物に挑む度胸、冷静に状況を判断する観察眼も含め、戦闘に特化した人間だ。
「何故これまで無名だったのか不思議で仕方がないぞ。あの島国が秘匿し続けてきた最終兵器なのか、例の学園の長の秘蔵っ子か。絞り切るには情報が足りんな。ううむ知りたい。実に知りたい」
唸るように尋ねるが、和也は返答することなく、ペーテルから目を離さないだけだった。
異世界に居たのだから名前が広まるわけがない。
世界中を旅したペーテルでも聞いたことがないのは当然の話だ。
「お前の事は後で調べておくとして。さて、どうしたものか。私はお前に勝てない。勝つには手札が足りない。未知は世界に溢れているというのに、私は此処で死ぬのか。それは困るな。ううむ困った、困った」
大げさに息を吐き、心底残念そうにして、
「アレを使うしかないか」
おもむろに自らの腹を抉る。
夥しい血が流れ、千切れた肉から赤く濡れた骨を覗かせる。
表情を苦痛で歪ませ、汗を垂らしながらも、まるでバッグから荷物を取り出すかのように、気軽にペーテルの手は腹を探っていた。
正気を疑う光景に、しばし呆然とする和也。
目前の吸血鬼の行動が理解できず、理由を考えてしまうが、即座に切り替える。
理由なんてどうでもいい。
少なくとも無意味でない事は分かる。
そしてどうしようもない圧迫感が体を突き動かす。
あのまま何かを取り出させてしまったら、途轍もなく拙い。
理由も理屈もへったくれもない。
何か言葉で表現できない危機感が、死に足音を乗せて、一歩、また一歩、近づいてくるような感覚。
既に和也は吸血鬼の命を刈り取りに動いていた。
だが瞬き程の硬直が、ペーテルに時間を作ってしまっていた。
「私もコレは、出来れば使いたくないんだがな」
剣。
吸血鬼が腹を裂いて取り出したのは剣。
鮮血に汚れた短剣が、まるで液体のように形を崩し、和也の身長並の大剣に変化した。
飾り気もなく、剣の形をしているだけの無骨な鉄の塊。
狭い通路でそんな物が自在に扱えるはずはない。
壁に突っ掛って、自分の動きを阻害されるだけだ。
理屈では分かっていても、直感が明確な死のイメージを伝えてきた。
間際に迫り、もう一息で手刀が届く寸前だったが、体を無理に捻じって、剣から全力で距離をとろうと試みる。
回避に移る和也を逃さまいと、ペーテルは窮屈さなどお構いなしに、剣を薙いだ。
斬るというよりも、叩き潰すと云った方が正しい重量武器を手足のように操り、轟、と唸りを上げて振るわれた。
結論を言えば、和也は剣の猛威から逃れはした。
だが、彼の表情に余裕はなかった。
頬から一筋の鮮血が滴り落ちていた。
片手に携えていた小刀も、刃の半分を失っていた。
その大剣は壁ごと斬った。
正確には、鋏で紙を切断するように、抵抗もなく、あっさりと斬った。
摩擦も、音も感じられず、静かに斬った。
実質壁を無視して、当たり前に、普通に、剣を操っていた。
体重を乗せて放たれた剣撃だったのなら、アレが唯の切れ味の鋭い名剣だったのなら、まだ理解も及んだ事だろう。
しかし床を、壁を、元から通り道が用意されていたかと錯覚してしまう程に、自然と斬った。
最も違和感を覚えたのは、和也の肌を難なく裂いた事だ。
忍者の最先端科学の結晶を浴びても、無傷だった鋼鉄の皮膚をいとも容易く突破した。
吸血鬼の腹から現れた事といい、普通の剣とはかけ離れた異質な物体。
吸血鬼が携えているあの剣。
肉体の硬度を考慮すれば、鉄の剣は枝のように簡単に折れる。
だが違う。
アレは剣の形をした何かだ。
それを一瞬にして感じ取っていた。
心臓の鼓動が早まり、脳が逃げろと警鐘を鳴らす。
額から汗が流れ、渇いた唇を舌で舐める。
全身を何十倍にもなった重力が悪寒と共に和也を覆う。
楓の透過能力に類似した力なのか。
しかし壁には剣によって傷つけられた断面が存在し、確かに斬られた証拠がある。
吸血鬼の達人の域を超えた技量による剣術なのか。
剣術が得意だとしたら、初めから発揮するだろうし、何より使用しない理由が見当たらない。
浮上した疑問に見透かしたように、ペーテルは言葉を紡いだ。
「ああ全く、だからこの剣は使いたくなかったのだ。こんな反則的に強い……ありとあらゆる物を斬り裂く剣なんて物はな」
あっけらかんと答える姿に、嘘偽りは感じられなかった。
直感的にも嘘ではないと悟る。
万物を斬る剣、異世界でも聞いた覚えはない。
仮に何でも斬れないにしても、和也の皮膚を裂き、壁を壁と思わない切れ味は、まさしく反則的だ。
超常的存在に溢れる地球においても、ぶっ飛んでいるとしか言えない性能は厄介だが、当たらなければどうという事はない。
防御が意味を為さないなら、回避に専念し、隙を窺い、殺す。
選択肢は非常に限られていても、ないわけではないのだ。
「コレは私の仮説が正しければ、ドラゴンと同種の代物でな。概念、目的、本質の実体化とでも云うべきか。……適切な言葉が見つからないな。上手く説明できなくてすまない、キリュウカズヤ」
その剣に名はない。
持ち主の意思を反映し、自由に姿を変貌させる。
そしてありとあらゆるもの両断する。
判明済みなのはその程度だ。
ペーテルも剣に関して、知り得ている事は限りなく少ない。
「世界中を旅していた際に、偶然発見してな。他人に教えるには私も知識不足なのだよ。剣が教えてくれればいいのだが、お生憎、剣は口をきいてくれなくてな。故に遥か太古から生きるドラゴンを尋ねてみたわけだ」
訊いてもいない事を調子よく話し続ける。
妙な語り癖だが、隙は見せず、剣を手で弄んでいる。
「こんな物に頼らざるをえない罰として、腹に仕込んではみたが……やはり縛りとしては甘いな。より厳しくすべきか」
延々と語るペーテルの言葉に、意味があるのか思考する和也。
行動の裏には必ず理由がある。
ましてや戦闘中だ。
意味もなければご丁寧に説明なんぞしてくれないだろう。
などという当然の警戒心を抱いてはいるものの、実際のところ、ペーテルが語りたい一心なだけで、特に意味はない。
いくら真意が見えないといっても、流石に不自然な言動に、和也は徐々に距離を取り始める。
近距離戦はこちらが不利だ。
せめて打ち合える武器があれば違うのだろうが、あらゆる物を斬り裂く剣と対等に戦える武具は持ち合わせていない。
吸血鬼の間合いに入らず、遠距離からの投擲で追い詰める。
弱点を攻められないのは痛手だが、幸い弾はいくらでもある。
適当に周辺の壁を拳で砕けば、それはもう大量だ。
その前に離れ、仕留められる距離に、
「言い忘れていたが、実はこの城、罠だらけだ」
ペーテルの言葉を認識する前に、和也は反射的に屈んだ。
頭上で空を切る音。
壁に鉄が衝突し、重力に従って、落ちる音。
連続的にそれが聞こえた。
考える余裕は、ない。
何故なら『罠』は継続して、和也を襲うからだ。
真上、真下から数十にも及ぶ鋭利な刃の群れ。
一気に真後に飛び、回避。
横から壁が和也を押し潰そうと迫る。
人外の贅力で強引に、破壊。
鉄槍が敷かれた落とし穴。
落下寸前に後方に飛ぶ。
時に躱し、時に粉砕し、時に電撃で惑わせ、罠を避けて、避け続ける。
連鎖式の罠だったらしく、一度引っ掛かるとそう簡単には終わらなかった。
侵入者を血祭りに上げようと、思いつくだけ仕込んでみたとしか考えられない量の殺人道具が、和也に迫る。
「本来であれば、侵入時か此処に至るまでの間に起動するはずだったんだがな。勘でもいいのか、上手く回避していたらしい」
ペーテルは罠を躱す和也を平然と眺めていた。
城中に仕掛けた罠はほとんどが彼の趣味だ。
城自体、居住用として作られておらず、襲い来る人間用に拵えたと云っても過言ではない。
有利な状況を作り出すのではなく、単純に色んな殺し方を試したかったなどという理由であったとしてもだ。
どんなに鍛えた人間だとしても、疲れからくる判断力の低下や体力の減少で必ず殺してきた実績のある罠。
趣向を凝らし、派手に制作し、城を大改造して作った愛着のある罠。
ペーテルの期待通りに、いつだって人間を殺してきた。
「だがこの程度では障害ですらないようだ」
放たれた矢を掴み、握り潰す青年。
吸血鬼渾身の罠の数々を淡々と処理し、果てに突破したのだ。
ペーテルは素直に感嘆の意を示した。
人間用の武器で殺せるような甘い敵などではない。
正真正銘の怪物。
自らが化け物である事を棚に上げ、素直に思う。
「………………」
和也はペーテルを見据え、次に剣を睨む。
絶対的な能力にごまかされたが、単に一撃必殺の近接武器を手にしているだけという話だ。
臆する事はない。
当たらなければいい。
ただ、それだけの話だ。
息を整える。
罠も、あらかじめ発動させておいて良かったとも考えられる。
人質を連れていたら、和也とフリーネはまだしも、普通の人間には危険が付きまとう。
拳を握る。
敵は一人。
手には万物を斬る剣。
不老不死に、人外の肉体。
冷静に対処し、斃す。
吸血鬼を始末する算段を立て、すぐさま行動に移ろうとした瞬間。
音が、聴こえてきた。
すすり泣く声だ。
それも子供と思わしき幼い声。
和也の後方から、早足で駆けてくる。
罠による轟音やペーテルから目を離さずにいたことで、接近に気づくのが遅れた。
妙な胸騒ぎがする。
不意打ちにしては雑過ぎるうえ、効果的なタイミングを逃してしまっている。
遅れてやってくる意味が見つからない。
いや、ある。
まさか。
「最後の罠だ」
ペーテルは口元を歪ませ、奥を見やる。
まさか。
最悪の結論に至ったとき既に、和也は動いていた。
吸血鬼に背後に見せる事になろうとも、全力で振り向き、走った。
駆けていった先にいたのは金髪の少年。
純朴そうな顔を、涙でくちゃくちゃにし、恐怖に怯えていた。
「頑張って救ってくれたまえ」




