第二話 元勇者はゲーマー魔王の館へ
ルーキフェル=イブリス=クルミナレッテ。
異世界の魔王。
愛称はクルミちゃん。
彼女は極度なまでの自信家だ。
常に上から目線で、決して遜ったりはしない。
勿論それに見合うだけの能力がある。
才色兼備で、運動神経も抜群。
日本語どころか英語やドイツ語など外国語も堪能で、外見以外は世間に溶け込んでいる。
常に堂々と振る舞い、日本の常識も弁えている。
人間関係はE組が中心で、付き合いはそこまで悪くない。
三年生の妖怪や二年生の異能者と話している光景はよく見かける。
比較的交流のある一年E組勢とは、ゲームセンターでクラスメイトと共に遊んだりもした。
最近だとフリーネと一緒にいる事が多い。
ただし、一般生徒とは最低限の繋がりしかなく、ほとんど関わっていない。
しかも彼女の外見が日本人離れしていて、尊大な性格なので、避けられている。
本人が全く気にしていないのもあって、それが気に喰わないスクールカースト上位の女子グループからは疎ましく思われている。
逆に一部の男子生徒からは大人気だ。
一応は日常生活も何不自由なく過ごしていて、事件に少なからず関わっていたが、これまで特に問題も起こしていない。
そんなクルミが、和也一人だけを家に誘った。
ある意味、異常事態が発生していると言ってもいい。
学園の敷地内で出来る話ではないのは、すぐに予想がついた。
(家には連絡しておいたけど、できれば早めに言って欲しかったな)
日が暮れ始め、帰路に就く学生などが多くいる道を、二人の男女が無言で並ぶ。
元勇者の桐生和也と現魔王のクルミだ。
和也が車道側を歩き、クルミが横を歩く。
和気藹々と談笑する周りからは、ひどく浮いているが、本人達は気に掛ける様子もない。
今、元勇者と魔王は学園を離れ、クルミの家に向かっている。
話を聞くために移動している最中だ。
勉強会が終わるまで、携帯ゲームをしながら、ずっと待機していたためか、クルミの歩行ペースがやや早い。
楓は寮まで送り、帰らせた。
目線が泳いでいて、明らかに動揺していたが、この年頃によくある恋愛事でも想像していのだろう。
クルミが和也を強引に連れ出す様は、それっぽくも見える。
多感な時期だし、特に純粋な楓は勘違いしていそうだ。
実際はそんな事はありもしないので、否定はしておいたが、少々不安である。
ふと、横を覗けば、食材が並ぶスーパーマーケットが目に入った。
「話も長くなりそうだし、何かお菓子でも買っていこうか?」
「はっ。必要な物は用意させてある。それに制服と携帯を買い替えたばかりの貴様には、その出費も痛いだろう」
「はは、心遣いありがとう……でも予想以上に長くなりそうな話だね」
「心配するな。そこまで時間を取らんさ。貴様にもよるがな」
夕暮れの赤い光の中でも、負けずに強く主張する銀髪を揺らしながら、はっきりとした口調で答える魔王。
未成年の男女が一つ屋根の下で過ごす状況は、お互いにとって良くない事だ。
男子高校生のような性に盛んな時期は、特にそうだ。
家に誘うなんてしたら、イチコロである。
クルミのような見目麗しい少女なら、尚更だ。
異世界ルールで、性に奔放だったとしたら、和也も全力で止めに入るが、そんな危険はなさそうなので一安心だ。
ただし、そんな彼女にも一つ、変なところがある。
「おいキリュー。横断歩道だ。自動車に注意しろ」
和也に用心を促し、自身も高速に動く鉄の塊に警戒を怠らない。
青信号になると、右、左、右を確認し、一歩踏み出す。
そしてクルミは右腕を天をも貫く勢いで、手を挙げた。
すれ違う学生の忍笑いにも動じず、アスファルトの道を歩む。
子供の頃、誰しも横断歩道を通る時は、手を上げましょうと言われたはずだ。
だが残念な事に、最近は見かけなくなってしまった。
歩行者が多いとほぼ意味はないし、時代の変化もある。
現に今は人ごみに紛れてしまい、隠れてしまって、意味などありはしない。
だが彼女はビシッと綺麗な姿勢で、手を挙げる。
こういった細かなルールも、一切手を抜かず、周囲の視線も物ともせずに行動する。
クルミは決まりに厳格で、日本の法律や学園の校則も守っている。
それは正しいはずなのだが、ほんのちょっとばかり、遵守し過ぎているのだ。
和也も同じように挙手する。
身長差もあって、仲良さげの兄妹のようだ。
外見は黒髪黒目の日本人と銀髪碧眼の異世界人。
兄妹に見えるはずはないが、見た目を除けば、それその物だ。
通行人の生温かな視線を浴びながら、無事に横断した。
「ちっ。何故どいつもこいつも手を挙げんのだ。この国の人間が前々から伝えている事だろうに」
「人も多いし、あまり意味がないからね」
「何のために幼少時に教えられたか、わかっていないようだな。私には理解しかねるよ」
「まぁ、気持ちはわからないでもないけど……それにしても幼少時? 何でそんなとこまで知ってるの?」
「勉強しただけだ。妥協はせん」
当然だとばかりに、胸を張る。
クルミの辞書に妥協という言葉は書かれていないのだ。
これには和也も素直に感心する。
自分にはない、立派な意思を持つ彼女を羨ましく思えた。
「俺も見習いたいよ。そういえば、クルミちゃん。最近|ストーカー増えてきたみたいだけど≪・・・・・・・・・・・・・・・・≫、どうする?」
「放っておけばいい。近い内に駆逐されるからな。家に直行だ」
肩越しに、後ろを覗く。
学生の群れに混じって、スーツ姿の男がいた。
仕事帰りのお父さんとして、違和感なく馴染んでいるが、それは違う。
(尾けてきてるな。また街の外の奴らかな)
スーパーマーケットの周辺から、後ろに張り付いてきている。
上手に風景と一体化しているが、先ほどから和也達から目を離していない。
歩行速度もこちらに合わせている。
夏に突入してから、こういう人間は増えてきた。
平和ボケしていた頃もあるが、その時は、こんな怪しい人間は見受けられなかった。
牛鬼や忍者の襲撃が外の組織を刺激してしまったのだと、予想はつく。
そして彼らの目的はおおよそ把握できている。
和也の隣にいる異世界の魔王だ。
ここ数週間で発見した怪しい人間は四人。
全員が彼女を見張っていた。
その度に捕えられ、送り返されるか、学園長が引っ張られていく。
楠は後処理に追われ、日に日にやつれていた。
彼に勉強を教わろうとしなかったのは、これが理由だ。
どんなに疲れていても、頼めば快くやってくれるビジョンが、明確に視えて仕方ないのだ。
(クルミちゃんの思惑はどうあれ、危険人物に変わりないし、人目がなくなったら捕まえとこう)
そう思った矢先、前方に見知った人物がいた。
彼もこちらに気づき、気さくに手を振った。
「やァ。カズヤ君とルーキフェルさんじゃないカ。デートなんて羨ましいデスネ」
カタコト口調が特徴の軽くパーマのかかった茶髪の青年。
ラフな格好で、リュックサックを背負っている。
この男は清条ヶ峰学園の美術科教師であり、一般クラス他、E組も担当している。
E組に関係する人は、大多数が裏側の人。
その例に漏れず、青年――ハル=サトウも異能者だ。
能力は口外しておらず、生徒は誰も知らない。
愛称はハル先生。
先生なのに、名前呼びである。
どこか天然なオーラを放ち、フレンドリーな性格も相まって、人気の高い先生だ。
ちなみに、初めて会った際は日系アメリカ人と名乗っていたが、他の生徒には日本育ちのスウェーデン人と話していたりと、かなり適当な事ばかり喋っている。
それが生徒の好奇心に火をつけ、一体どこの国の人かという論争が絶えない。
良くも悪くも、学園で名前をよく聞く先生だ。
「こんばんは。残念ながら、そういうのじゃないですけどね」
「ハハ、恥ずかしがらなくてモ、いいんデスヨ? ハイ、あとアメリカのお土産デス。こっちはオーストラリアのデス」
使い古されたリュックサックから現れる、手のひらサイズトーテムポール。
ハルは旅行好きで、頻繁に海外を旅している。
正式な教師ではなく、非常勤の人だからできる芸当だ。
ただ、移動速度が異常で、最後に会ったのは三日前だ。
たった三日でアメリカとオーストラリアに渡って、満喫できるとは到底思えなかった。
そこに彼の異能の秘密があるのではないか、と和也は考えている。
「ルーキフェルさんにはコレ、デス」
「受け取ってはおこうか」
そう言って、クルミに手渡されたのは、花柄の紙に包まれた小さな飴玉。
手の平にちょこんと置かれた桃色の球体。
誰が何と言おうとも、お子様扱いなのは明白だ。
そのやっちまった感は尋常ではなく、クルミの背後に黒い怒気が蠢いている。
「貴様、私を舐めているのか……?」
「ン? 飴チャンは舐めると美味しいデスヨ」
「ほう? それは私に対する宣戦布告と受け取っても?」
「欲張りデスネ……身を切る思いデスガ、もう一個……ドウゾ……」
「よし殺そう」
悔しそうに、口元を歪めながら、クルミの手の平に追加される飴。
見事に話が噛み合っていない。
大げさにリアクションするあたり、わざとに違いなかった、
クルミがそろそろ本気で爆発しそうなので、間に入る。
「はいストップ! ハル先生も煽らないでください」
「わかっていますヨー」
そうして大人しく引き下がった。
ハルもクルミの限度は見極めている。
学園でも、こういうやり取りはよくある。
許される範囲の内で、好き勝手やっているのだ。
傍目から見ている和也からすると、冷や汗ものだが。
「ちっ。まあいい。次は気をつけろよ」
悪態を吐きつつも、ちゃっかり飴を懐に仕舞う。
貰える物は、しっかりと頂く。クルミの主義だ。
「無駄な時間を取ってしまったな。行くぞ、キリュー」
「ん。じゃあハル先生、また学園で」
「さようなラー。暗くなっているカラ、足元には気を付けてネ」
やや苛立ち気味のクルミと、再度歩き出す。
ハルとは逆方向の道だ。
彼はすれ違い際に、和也の耳元で呟いた。
「お客さんの相手ハ、ボクがやっておくヨ」
楠サンも忙しいしネ、と付け加え、あっという間に雑踏へと消えていった。
いつもの、緊張感の欠片もないお気楽さで。
「さっさと行くぞキリュー」
「……ああ。すぐ行くよ」
しばしの間、ハルが紛れた人混みを凝視した後、クルミに続いていく。
家があるのは街の西側。人通りなどない、外れの方だ。
しばらく歩くと、人も見かけなくなり、街灯が目立つようになる。
片側は大川で、緩やかに川波が流れる。片側は薄暗い森が続いている。
街からほんの少し離れただけで、驚くほどの落差だ。
そもそもこの街を開発中で、中心から外れれば、田舎の名残が色濃く残っている。
ちなみに清条ヶ峰学園が設立したのが、およそ二〇年前。
まだまだ水田が一面を覆い、緑が茂り、鈴虫が鳴く、風情ある町だったと聞いている。
学園自体も一般生徒しかいない、至って普通の学園だと聞く。
古くから住んでいる多くの人に確認したので、間違いないだろう。
その頃は何の変哲もない、ただの学園。
どうしてこんな田舎に作ったのか当時の人も不思議に思ったと言う。
しかし、今から五年ほど前に突然、異能者や妖怪を受け入れる学科を創り、様々な問題を引き起こしたらしい。
和也の知らない事はたくさんある。
もっと調べる必要があると痛感している。
そして。
明かりすら灯っていないトンネルを潜ると、見えた。
暗々とした空間で存在感を放つ、建造物。
屋根から壁から、呪詛を張り巡らせたような、不気味な洋館。
ゆらゆらと揺らめく橙の光が差す、クルミの家。
先導していた魔王は、和也の方に振り返ると、こう言った。
「ようこそ私の城へ。歓迎しよう、キリュー……いいや、こう言った方がいいか――」
――魔王を殺した勇者?




