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アフターヒーロー  作者: 望月
第三章 帰還した勇者と紅蓮のドラゴン 前篇
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第一話 元勇者と口下手妖怪の勉強会

お待たせしました。3章開始です。


 七月初旬。

 夏の暑さが本格的に人々を襲い始める時期。

 照りつける太陽が皮膚を焼き、汗を分泌させる。

 手を団扇代わりにして、暑さをごまかそうとする人や、ひんやり冷えた水筒を持ち歩く人も多々見受けられる。

 そこかしこから蝉の鳴く声が聴こえ、体感温度がより上昇する。

 夏といえば花火大会や海水浴、お祭りなど様々な風物詩があるが、そういった行事はまだもう少し先。

 しかもここ数日、猛暑が続く。


 とにかく暑い。やっていられない。

 

 それが多くの人の共通認識だ。 

 そんなわけで、多少は涼しくなる夕方になるまで、多くの人は冷房が効いた建物に逃げ込んだり、自室で引きこもったりしている。

 この学園の図書館にいる二人もそうだ。


「よし、できた」

「では見せてください」


 テーブルで向かい合って座る夏服の男女。

 女の方は大和撫子然とした美少女で、背筋を伸ばし、片手にびっしり書き込んだノートを持って指導をしていた。

 女の名は立花楓。

 『混じり』と呼ばれる新種の妖怪で、入学して間もなく、ある騒動の中心にいた少女だ。

 彼女を知らない者からは、男の三歩後ろを歩き、表情を変えない、氷の大和撫子だと思われているが、実際はどうやって友達を増やそうか、どのように声を掛けたらいいか考えているだけで、氷どころか豆腐並みのメンタルの残念少女だ。

 

 男の方は爽やかなオーラを放つ少年で、肩の力を抜いて息を吐いている。

 男の名は桐生和也。

 異世界から帰還した元勇者で、わけあって清条ヶ峰学園に入学した少年だ。

 人あたりのいい性格で運動神経抜群の爽やか少年だが、異世界に四年も行っていたせいで、勉強が壊滅的。

 遅れを取り戻そうと、熱心に勉強に力を入れている。

 この勉強会もその一環だ。

 数週間前から、和也は楓に勉強を見てもらっている。

 予想以上に、楓は教え方が上手で、頼れる先生だ。

 日常ではこんな凛々しい恰好はしていないが、得意分野となると途端に強気になるギャップは愛らしく感じる。

 

「………………」


 楓はプリントを隅から隅まで確認する。

 つい先日行った勉強会で教えた箇所は、完璧に回答。

 以前とは考えられないぐらい、点数が向上している。

 元々本人の能力が高いし、努力も怠らない。

 この結果も納得がいくというものだ。

 ただ英語がほかに比べて出来が悪い。

 簡単な単語でさえ、スペルミスが目立つ。

 和也にしては珍しい間違いだが、まだ許容範囲だ。

 初めは慣れない事だったけれど、こんなにも結果を出してくれると、楓も教え甲斐がある。


「細かい間違いは時折ありますが、以前より遥かによくできるようになっています。中学二年生の範囲に移ってもいいでしょう。要点をまとめたノートを作ってきたので、今日からこれで勉強してください」

「ありがとう! 先生モードの立花さんはわかりやすいし、本当に頼りになるよ。でもここまでしてくれなくてもいいんだよ? さすがに負担が大きいと思うんだ」


 差し出されたノートに申し訳なさを感じる和也。

 確かに勉強を教えてくださいとは頼んだが、ここまで手の込んだ教え方になるとは予想外だ。

 教えてくれるのはありがたいが、楓に負担を掛けすぎるのなら考えものだ。

 そのうちお礼の品を送ろうと検討中だ。

 綺麗な字で丁寧に書かれたノートを流し読み、楓に尋ねたが、彼女は手を突き出し、拒否する。


「いえっ! 引き受けたからには手は抜きません。ほら他人の心配よりも自分の心配をしてください。まだ一年生が終わったところなんですから。当分この勉強会は終わらせませんよ」


 というのは建前であり、実際は、


(せっかく二人になれるチャンスなんだから簡単に終わらせないもんね! 優しく丁寧に指導する女性生徒と熱心に教えを請う男子生徒……偶然触れ合ってしまう手と手! 交差する瞳! 仄かに紅潮する頬! 膨れ上がる感情がついに……きゃー!)


 恋愛脳ぶっちぎりの妄想を爆発させている。

 以前の事件から和也に好意を寄せている楓は、常日頃からこのような愉快なお花畑が満開中だ。


(……そんな展開は全然ならないけど……はぁ……)


 心中でがっくりとなる楓。

 妄想でどんなに進展しようとも、現実に影響は及ぼさない。

 しかも出会った当時と比べると、和也は楓に一定の距離を保っているような気がする。

 前は人のデリケートな部分に問答無用で首を突っ込んできたのに、今は友人として極々普通に接してくる。

 その違いだとは思うが、どこか遠くなったような感じがして、少しばかり悲しさを覚える。


(でも、こうやって話していれば、いつかもっと仲良くなれるよね!)


 しかし不死鳥のように蘇る乙女心。

 幼い頃から話し相手は親だけで、娯楽もロクにない。

 いつか誰かと友達になった時に困らないよう、シミュレーションし続け、この妄想力を高めてしまった。

 さらに以前の事件を通してポジティブに物事を考える事を覚えたのだから、尚更である。

 仲の良い人以外に対しては滅多に感情が表情に出ないため、気づかれないが、妄想に耽っていると、残念な事に、時折外に声が漏れてしまっていた。


 ちなみに、そのせいでストレスでも溜まっているのかと、和也から心配されている。


「俺も立花さんの手を煩わせないように、もっと勉強頑張るよ」

「い、いや別に……ごほん、はい、頑張ってください」


 喉を鳴らしてごまかす。

 危うく本音が出るところだった。

 むしろずっと教育したいです、なんて口が裂けても言えない。

 成績が向上して喜ぶ和也を見るのも、自分の身の事のように嬉しいが、それはそれ、これはこれだ。

 和也は勘がよく、油断できない。

 うっかりでバレたら、流浪の旅に出てしまう。

 そろそろ先生モードも限界だった。

 役になりきる事で、饒舌になっているだけなので、普段はもっと口数が少ない。

 意識をすると途端に体から力が抜け、素に戻っていく。

 凛々しかった表情から感情が抜け、周囲の視線が気になりだす。

 大和撫子から、なんちゃって大和撫子に早変わりだ。

 和也はその間に綺麗な造りのペンケースに勉強道具を片付けていた。

 そこで楓は前々から思っていた疑問をぶつけてみた。

 

「前から気になっていたけど、それって桐生君の手作り?」

「うん。家にある物を再利用して作ったんだ」

「お店で売っててもおかしくない出来……桐生君って本当に器用だよね」


 口調もすっかり元通りの楓は、素直に感心した。

 正確で、そして均等に糸が縫ってあり、ほつれている箇所も見当たらない。

 飾りも洒落ていて、材料はともかく、質の高い品だ。

 楓も裁縫は得意で、同程度の物は作れる。

 だが、長年暇な時間があった楓と、勇者をしていたという和也とでは話が別だ。

 和也の妹、桐生舞からの情報によれば、一家の家事を担っていると聞いてはいたが、まさかこれほどとは。

 勇者は手先の器用さも必要とされるのだろうか。

 

「これは出来が良かったからね。そう言ってくれると嬉しいよ」

「他にも作ってるの?」

「エプロンとかバッグとか、色々作ってるよ。中古を買う事もあるし、貰い物もあるから、そんなに量はないけど」

 

 地球に帰ってきてから同年代の友人こそいなかったが、バイト先などで知り合った人からの貰い物は結構ある。

 貧乏一家として一時報道されていたおかげで、多くの人が同情していのだ。

 父の給料が入るまでは、家計を大いに助けてもらっていた。

 消しカスも掃除し、用具をバッグに収納した後、腕をぐっと伸ばす。

 窓から赤い光が差し込み、ちょうどいい時間だ。


「今日もありがとう立花さん。本当に助かるよ……っと忘れてた、今携帯持ってる?」

「え? も、持ってるけど……どうかしたの?」

「いやこの前携帯が粉々になってさ、アドレスとかデータも全部消し飛んだんだ。それで昨日やっと買い換えたはいいけど、連絡先もなくなってね。一からやり直す羽目になって……」


 愛想よく笑っているが、僅かに引きつっている。

 学園から無償で支給された型よりも古く、性能も低い。

 いわゆるガラケーという奴だ。

 和也が日本にいる時はまだまだ全盛で、ガラケーなんて呼ばれていない時代が懐かしく感じる。

 学生服を買い替え、窓ガラスの修理代もあり、余裕は一切ない。

 先日入ったバイト代で何とか買えた代物だ。

 金がない事ぐらい学園長も知っているはずなのだが、ひどい扱いである。

 携帯は別として、学生服は負担してほしかった。

 タッチパネルすげーと驚いていた頃は、もう戻ってこない。

 そう。戻ってこないのだ。


「そ、そうだったんだね。えと、ちょっと待って。すぐに出すから……」


 慌てて携帯を取り出す楓。

 先生モードは見る影もなく、いつもの彼女だ。

 その後、何事もなく無事に連絡先の交換は完了した。

 和也は自前の古い携帯と楓の最新型のスマートフォンを見比べ、肩を落とし、楓は和也の顔がズームアップされたせいで、手の震えと顔が赤くなるのを抑えるのに必死ではあったが。

 

「よし。これで登録完了っと。家族以外でようやく一人か……朝の内に思い出しとけばな……」


 授業が終わる前に、クラスメイト達に訊いておけばよかったのだが、普段そんなに使わないので、頭から抜け落ちていた。

 知人友人が多い和也は、アドレス帳が元通りになるまで時間かかるなと嘆息する。

一方楓は、


(ようやく一人? 初めて……ハジメテかぁ……えへへ)


 表情こそ変わりないが、机の下で指をもじもじさせていた。

 些細な事で喜べる彼女は、ある意味幸せなのかもしれない。


「それじゃ、帰ろうか」


 忘れ物がないか確認し、席を立つ。

 短い時間ではあったが、お互い充実した時間だった。

 楓は暇な時間が多いから、勉強会は毎日開いても何ら不便はない。

 しかし和也はバイトなど予定が詰まっているため、毎日というわけにはいかなくなる。

 二人きりの時間は貴重だ。

 だから今感じている幸せを噛みしめながら、明日への糧にする。

 ささやかな幸福感に身を浸し、和也と共に歩みだす楓だったが、それはあっさりと崩れる事となる。


「用は済んだな。ついてこいキリュー。話がある」

 

 声の主は唐突に、堂々と現れた。

 身長一五〇センチ程で、二つ結いの長い銀髪を揺らす少女。

 異世界の魔王、ルーキフェル=イブリス=クルミナレッテが、和也と楓を前にし、仁王立ちしていたのだった――

 

 


しばらく魔王様のターン。

ドラゴン? もうちょっと後だよ! 


更新は五日おき間隔となる予定です。

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