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アフターヒーロー  作者: 望月
第三章 帰還した勇者と紅蓮のドラゴン 前篇
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第三話 魔王の目的

 クルミが住んでいる洋館は、お化け屋敷として有名だったのを改築、改装したものだ。

 だから重々しく、不気味な雰囲気を纏っていてもおかしくないし、髪の長い女性が描かれた呪われていそうな絵画が飾ってあっても、どこかから誰かの視線を感じるのも、不思議ではないのかもしれない。

 

 和也は高級な家具が置かれた、豪華な部屋に案内されていた。

 淡い黄金色の光を発するシャンデリアが空間を照らす。

 貧乏人からすると、どれもこれもが触れ難い品ばかりで、居心地がすこぶる悪い。

 うっかり壊したり、汚したりしてしまえば、弁償なんて出来ないからだ。

 壊しても弁償できるなんて、到底考えられない程の高級感を放出している。

 おそるおそるソファーに腰掛け、用意された温かな紅茶と菓子を摘まむ。

 家の主であるクルミは、ここにいない。

 制服から着替えるために、この部屋から離れているのだ。

 

(あ、この紅茶美味しいな)


 湯気と共に立ちのぼる、香しく、心地いい匂い。

 口当たりもよく、程よい熱さ。違和感なく喉を潤す。

 これまた手に入らないであろう高級品。

 菓子も同様だ。

 この部屋にある物全てが、気品と質を備えた最高の品なのだろう。

 羨ましい限りだ。


(いつかこんな家を、母さん達に買ってあげたいなぁ)


 こんな家を維持できる財力があれば、家族も楽に生活できる。

 生活できる程度には回復したが、まだまだ安定には程遠い。

 四年間も音信不通で、散々迷惑をかけている。

 今が貧乏だから、余計にそう思えるかもしれないが、裕福になってほしい。

 そのために勉強して、いい大学に入って、大企業で稼ぎまくる。

 必要な学費もバイトで貯めている。

 お小遣いは弁償ですっかり消えたが、それとは別に貯蓄している分だ。

 将来設計に思いを馳せながら、菓子を口に含む。

 菓子と紅茶の美味さに感動していると、重厚な木製の扉が唸り声を上げた。


「悪いな。待たせてしまった」

「いや全然大丈夫だよ。お菓子も紅茶も美味しいしね」

「当然だ。私が厳選した品だからな」


 制服から、黒のドレスに着替えたクルミだ。

 制服のせいで見えなかったが、首元には瞳と同じ色に煌めく、蒼い宝石が嵌め込まれた首飾りが掛けられていた。

 これまた高価そうな品だが、見詰めていると吸い込まれそうになる感覚に陥りそうになり、ぱっと目を離した。

 右手にアタッシュケース、左手に封筒を持っており、右が重いのか、腕が力んでいる。

 和也の向かい側のソファに、足を組んで座る。

 露出度が増えたが、本人は動きやすいので、気に入っている装いだ。

 洋館内は主にこれで過ごしている。

 もちろん材料から、高品質な物を使用。


「それで話って何かな? 異世界の……インデストの新しい魔王様」


 コーヒーカップを受け皿に戻し、じっと目前の魔王を見据えた。

 インデストとは、和也が召喚された異世界レルービアで戦争を引き起こした、魔王とその軍勢の出身世界だ。

 敵将がそんな事を喋っていた記憶がある。

 記憶力には自信があった。

 先ほどの勇者である事実を知っている発言。

 学園長や先生に訊いた可能性もあるが、わざわざ和也に明かしたのならば、クルミに何らかの意図があると考えられる。

 クルミは僅かに眉を顰めたが、それだけだ。

 

「何故そう思う? 私は異世界としか伝えていないはずだが」

「異世界の数なんて知らないけど、都合よく地球の学園に通う魔王がいる世界があるとは思えない。元から交流があったなら別だけど、そんな事実はなかった」


 学園の教師にも、妖怪にも、忍者にも確認を取った。

 しかし返答は皆同じで、『交流なんてしていない』だ。

 存在自体は語られていた、せいぜいその程度だった。

 資料も調べてみたが、過去の卒業生に異世界人は一人としていない。

 嘘を吐く必要性はないし、全員が揃って、和也を騙しているというのも考えにくかった。

 

「別にE組は人数の規定もないのに、わざわざ異世界から魔王を連れてきたとなると、それだけの理由が、学園側の意図が何かあると思ったんだ。それで真っ先に思いついたのが俺と魔王の関係性と学園長」


 和也は魔王を殺した勇者だ。

 魔王とは切っても切れない縁がある。

 勇者と魔王を一緒にするならば、因縁のある相手は、普通は避けるだろう。

 例の魔王がいた世界、インデスト出身者なんて論外だ。

 お互い溢れんばかりの鬱憤がある。

 出会って即、殺し合いの情景しか思い浮かばない。


 だが、清条ヶ峰学園の学園長はどうだろうか。

 普通の思考回路なんてしているだろうか。

 平穏なんて求めているだろうか。

 むしろ問題が起こる事を望んでいるのではないだろうか。

 事件が起こると、嬉々として情報提供をし、沈黙を決め込んだりする学園長。

 常識なんて、野良犬に食わせたとしか思えない人格だ。


「でもこれじゃまだ、インデストの魔王と確定したわけじゃない。それで考えてみたら、気付いたんだ」

「何をだ?」

「俺との接し方と他の人との違い」


 クルミの人間関係は明確で、分かりやすい。

 興味のない人とは言葉の一つも交わさず、御眼鏡に適う者には、自ら声を掛ける。

 ドラゴンのフリーネとは、軽口を言い合う、姉妹のような関係。

 妖怪の楓とは、上司と部下のような、上下がはっきりとした関係。

 忍者の武蔵とは、見下し、蔑み、躾を施し、そして喜ぶ変態と女王という和也には理解し難い特殊な関係。

 担任教師の楠とは、彼の涙ぐましい努力の甲斐もあって、何とか教師と生徒の関係が構築されている。

 比較的付き合いがある、他学年のE組生徒とは楓と似たり寄ったりの関係だ。

 王特有のカリスマ力とでも云うべき素養が備わっていると、多少の年の差も覆してしまうのだ。

 そして和也との関係は、


「他の人と違って……こう、『ただの友達』なんだよね。君はこういう事でも人より上に立ちたいと思ってるだろ?」


 数か月、同じ部屋で勉学に励み、会話してきたから、彼女の性格はおおよそ理解できている。

 だからこそ、大きな違和感があった。


「当然だ。私が上以外にありえない。相手が教師だろうがな」

「だとすると、俺とはかなり曖昧だよね。まさに友達としか言い様がないぐらいに。はっきりしてないんだ」

 

 知り合い以上友人未満とも称せるだろう。

 どんな相手でも立場を明確にしてきた彼女からすると、考えられない程の気持ち悪さがある。

 何故、クルミはこんな関係を続けているか。

 クラスが一緒だから、仕方なく話してやっている。

 それはクルミの性分からしてありえない。

 委員長の座は、初クラスメイトだから譲ってやると言っていたが、それも彼女に関心を抱いてもらえなければ、問答無用でその椅子に居座るのは、容易に想像できる。


 まず、魔王が誰かに、何かを『譲る』という行為をしたのは、和也ただ一人のみだ。


「警戒してる……単に嫌われているのかもしれないけど、とにかく妙な感じはあった」

「…………ふむ」

「全部俺の勘違いで、たまたま別世界の、たまたま地球の学園に通いたい、たまたま魔王な人がいる可能性もあるけど、そうじゃないのだとしたら……」


 と、そこまで言って、口ごもる。


「どうした、続けろ」

「……結局のところ、学園長が面白がって、因縁ある相手を同じクラスにしたんじゃないかなぁ……と。じゃないと偶然が重なり過ぎだし」


 筋道立てて説明してきたのに、最後はこんなにも不確かなものだ。

 ごまかすように紅茶をぐいっと飲み干した。

 しかし、あの学園長ならば、不自然とも言えない。

 一般常識の欠けている、あの学園長ならば、やってのけても不自然ではないだろう。

 秒針が時を刻む音のみの静寂な空間の中、クルミは優雅に紅茶を口に含むと、ようやく口を開いた。


「終わりが不確定にも程があるが、確かに私はインデストの魔王だ。」 


 実にあっさりと、彼女は認めた。

 あまりの淡々とした喋りに、思わず疑ってしまう。


「魔王の影武者とかじゃなく、正真正銘、本当にインデストの魔王?」

「くどいぞ。正真正銘のインデストの魔王だ。影武者なんぞ立てんわ。そんな物はいらん。不安なら学園長に確認しろ。そして心配するな。貴様に危害を加えるつもりはない」

「そうか……」


 クルミから目を離さないまま、かつての魔王の姿を思い起こす。

 他の追随を許さない圧倒的な容姿の美丈夫の魔王。

 その絶大な力を以って、暴虐の嵐を巻き起こしていた魔王。

 空に浮かぶ月が気に食わないと、木端微塵にしていた魔王(破壊されてはレルービア人が再生させ、また破壊されるの繰り返しだった)

 闘争に独特の考えを持ち、最期まで貫き通した男。


「それでどうだ? 私が貴様と因縁深い魔王を継いだ者とわかって……内心穏やかではないだろう?」

「少しね。前から予想はできてはいたから」

「ちっ。つまらんな」


 次代の魔王は、紅茶を注ぎ足しながら言った。

 正直、正体が判明したところで、クルミに対する評価や感情は変わらない。

 殺し合った相手の座を継いだ人間だとしても、いい印象はないが、彼女に恨みはない。

 クルミの目的が和也の殺害だった場合、入学前から入学当初に仕掛けてくるだろうし、曖昧だとは言っても、敵意も感じず、それなりに友好的な関係を保っている。

 だからこうして家まで招待されている。

 しかし、あの破壊的能力と強靭な肉体と計算尽くされたような美貌を誇る男の次を担うが、銀髪二つ結い中学1年生体型のゲーマーとは、これには驚きは隠せない。

 クルミをじっと見詰めていると、鋭い目つきで睨み返される。

 

「どうした?」

「いや、確かインデストの魔王は、その世界で一番強い人がその称号を名乗れるんだったよね」


 口が裂けても言いたくないので、話を進める。

 発覚した途端に八つ裂きにされそうだからだ。

 

 インデストは地球の価値観でいえば、現代人の倫理観を完全否定する極端な世界だと言える。

 徹底した実力主義。

 弱肉強食。

 血筋なんて糞くらえ。

 親の威光は意味すら持たない。

 たとえ魔王の子であろうが、無力なら底辺扱いの塵以下同然。

 社会の構造まで和也は把握していないが、魔王本人が話してくれていた。

 あの魔王は嘘を嫌った。

 愚直なまでに強さを求めた、あの男の言葉だ。

 信憑性は高いだろう。

 つまり、現在のインデスト最高戦力がクルミとなる。


「私が魔王を継いでいるのが不思議か?」

「不思議とは言わないけど、|先代≪前≫とのギャップがすごくて……ちょっとね」

「ふん。貴様の魔王のイメージも私に塗り尽くしてやるわ。死者が私よりも上など認めん」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、お菓子をぱくぱく食す。

 容姿はほぼ違うが、このプライドの高さは先代魔王とそっくりだ。


「一つ訂正しておくが、インデストは略称だ。トルークゲシュペン=ヘレケーニヒ=インデストというのが正式名だぞ。よく覚えておけ」

「長っ。名前略してたのか。知らなかったな……」


 こんなに長い名前なら、魔王らが略していても納得できる。

 ……まあ知る努力しなかったし、知ろうともしなかったが。

 クルミは面倒臭そうに肩を揉み、細工物のような綺麗な足を組み直す。


「雑談は仕舞いだ。本題に入ろうか」

 

 鷹のような鋭い視線が和也をまっすぐに貫く。

 流石は魔王。

 背格好こそ中学生とはいえ、纏う威圧感は大人どころか妖怪の比ではない。

 あの先代にだってひけは取らない。

 部屋を照らす灯りが一層強まる。

 美しい蒼い瞳が底光りする。


「率直に言おう。私は優秀な人材を勧誘しに来た。貴様を含めてな」

「勧誘?」

「そうだ」


 クルミは大きく頷いた。

 堂々とした姿勢を崩さぬまま、続ける。


「貴様も知っているだろうが、あの戦争でインデストは敗北し、戦士のほとんどが死んだ」

「ほとんど? 生き残りがいるのか?」

「一人だけだがな。……キリューよ、話の腰を折るな。先に進まぬだろうが」

「ああ、ごめんよ」


 軽く会釈して謝罪する。

 それにしても生き残りがいたのは予想外だった。

 一人残らず死んだと思い込んでいたが、どこかに潜んでいたのだろうか。

 和也の参加時期は戦争中盤。

 精鋭と精鋭による壮絶な殺し合い。

 魔王側は群れるのを嫌い、単独での戦闘が多かった。

 だからといってレルービア側が有利ではない。

 戦い、生き抜いてきた魔王側の戦士は数こそいなかったものの、個々の戦闘能力が極めて高く 並の実力では一瞬で生肉に変貌させられる。

 連携して倒すにも、一定の能力と技量が求められた。

 よって大人数による広範囲に渡る戦闘は行われず、死体確認は比較的容易だった。

 仲間による索敵と情報収集により、敵の人数も把握できていた。

だというのにも関わらず、逃した。

 三度の飯より戦好きの連中が、隠れ、やり過ごすのは想像しにくい。

 生き残った方法は別として、誰が生き残ったのかは、心当たりがないでもないが、とにかく今はクルミの話に集中する。

 

「インデスト人は闘争を好む。異世界との戦争は歴史上初だったからな。それはまあお祭り騒ぎだった。成人の儀を終えた者……一五歳以上の連中の大半が参加した」

「それ大丈夫なのか? 国として。食糧の生産とか労働力とかさ」

「インデストに国家はない。弱者が強者に従い、生活を支えるだけだ。強ければ豪勢な生活ができ、弱ければ貧相な生活しかできん。強者に搾取されながらな。単純だろう?」

「単純にも程があると思うけどね……」


 インデストの社会構造は実にシンプルだ。

 実力主義のインデストは弱者に厳しく、強者に甘い。

 弱ければ、文句の一つも言えない。

 下の者を守る法律も存在しない。

 強者がルールで、弱者はそれに従うのみだ。

 弱きは恥。強きは誉れ。

 そういう精神性がインデスト人には浸透しきっている。

 だから弱者は自身を高めようと、死力を尽くして努力する。

 強者も負けじと修練を怠らず、能力の向上に努める。

 競い合う事で、自然と全体の質が上がり、死亡率は高いが、屈強な集団の出来上がりだ。

 死亡率の六割を占めるのは、インデスト人同士の決闘による殺し合い。

 出生率は低く、子供を産むのは大抵労働力の確保のためだ。

 もちろん子育ては部下任せで、我が子に興味も示さない。

 そのまま使い潰される時もあれば、成長した子に下剋上される時もある。

 あの戦争は同族による殺しも減り、人口の減少を抑え、なおかつ実力を付けるにも最適という良い事尽くしだったのだ。

 結果は逆に殲滅されてしまったわけだが。

 和也には伝えていないが、戦争に参加したのは約五万人。

 当時のインデストの全人口の七割。

 残りは未成年か、力が衰えた老人、病人、戦争に興味のなかった極少数の変わり者だ。

 

「人口が急激に減少し、相対的にインデスト人の質は格段に下がった。見るに堪えない状況だ。最悪だと云ってもいい。だがこれは同時に、好機だ」

「好機?」


 不敵な笑みをこぼしながら、その瞳は無邪気な子供のように爛々と輝く。

 

「殺し合いに憑りつかれたインデスト人の性根を根本から叩き直す、いい機会なんだよ」


 クク、と楽しそうに微笑む。

 苛めがいのある玩具を見つけて喜ぶドSな女王様が、和也の頭を一瞬よぎった。

 

「あの戦争があってもなくても、いずれインデスト人が滅亡するのは、考えなくとも結論は出る。競い合い、殺し合う事で質を高めるだけでは限界があるからな」


 命を懸けた闘争という極限状況は、能力の向上にうってつけだ。

 しかし必ず死人が出る。

 医者などおらず、基本は仲間内にいる治癒能力者に治してもらうか、自然に治るのを待つ。この二択のみ。

 医療技術もなければ、施設もない。

 特筆すべき産業もない。

 せいぜい屈強な戦士を輩出する程度だ。

 なのに同胞の殺し合いは続く。

 これでは滅亡の一途を辿る一方だ。


「私は気に食わん。インデスト人が滅びゆくのが、だ」


 今度は猛烈に燃え上がる炎が、その蒼眼に宿る。

 

「だから国を創る。法律を整備する。治療や農業、情報伝達などの技術を向上させる。戦闘技能も一人残らず高水準まで引き上げる。いたずらに命を消費する方法以外でな」


 先人達の行いを全否定する発言。

 クルミに迷いも、躊躇いもない。


「私の遣り方で、過去最強のインデストを創り上げるのだ」


 自信に満ち溢れ、淀みなく言い切る。

 

「魔王の名があれば、どんな相手でも命令通りに動かせる。都合よく、血の気の多い奴らの多くが死に、邪魔する輩も少数だ。そいつらも私が完膚なきまでに潰した」


 一理ある。

 和也の頭が回転し始め、まとめ出す。

 それまでのやり方ではいずれ滅ぶと、和也も思う。

 人口の減少を止めるにも、医療等の改革、産業の発達は必要不可欠だ。

 要はインデスト人の戦闘欲を別の物に置き換えればいい。

 彼らの闘争への執着心は和也もよく知っている。

 あの溢れ出す欲望を、他の物に生かせれば、目覚ましい発展を遂げる事も夢ではない。

 しかし和也には事がそんなうまく進むと思えなかった。


「言ってる事は正しいんだろうけど、戦闘能力を高くするにも、農業を発展させるにも、産業を興すにも、知識が必要だろ? 知識があったとしても、どうやって普及させる? 話を聞く限り、そんなのないんじゃないか?」


 一から手探りでやっていくには、時間がかかりすぎる。

 ちんたら仕組みを学んでいたら、クルミの言う『血の気の多い奴ら』が勢力を盛り返してくるだろう。

 もっと手っ取り早く知識を得る方法を考える必要がある。

 当たり前の疑問をクルミにぶつけるが、彼女はそれを鼻で笑った。


「はっ。おい、キリュー。貴様が勉強している場所はなんだ。忘れたのか?」


 ――勉強している場所?

 と、考えて、すぐに思い浮かんだ。

 

「学校か」

「うむ。学び舎を創る予定だ。私も貴様らと共に勉強してわかったが、なかなかよく出来たシステムだ」

「でもだから、教える人が……いやそうかそういう事か」

「そうだ。最初に言ったように、地球の優秀な人材を連れて行くのだ。知識だけの一般人はインデスト人が受け入れんから、異能者や妖怪の知識人や技術者限定だ」

「なるほどね。いいアイディアじゃないか」

「合意した連中には、インデストの気候や人口などの環境データを送り、インデスト人に即した法を検討させている。環境自体は然程差もない。地球人でも健康的な肉体なら大丈夫だ。人体実験も済ませた」


 和也は注ぎ足した紅茶を飲む。

 なるほど、確かに施設がなければ、見本となる物を実際に触れて調べればいい。

教育者がいなければ、余所からもってくればいい。

 地球の知識が全部通用するとも思えないが、利用はできるだろう。

 彼女が上級生の妖怪や異能者に接触していたのは、これが理由だったのだと納得した。

 クルミが話していた生徒と話してみて、そんな内容は聞かなかったのは、まだその段階まで進んでいなかったか、口止めされていた、と言ったところか。


「戦闘訓練に関しては、風魔の忍者が開発しているバーチャルリアリティシステムで代用する。既に風魔の頭領とは話はつけてある。インデスト人仕様に急遽変更させたから、まだ時間がかかるようだがな」

「バ、バーチャルリアリティ?」

「現実同様の感覚を味わえるゲームとでも思っておけばいい。後で資料でも送ってやろう。信用できなければゴミにでも訊いておけ」

「ゴミ……? ああ武蔵か。そうだね。そうするよ」


 解ったのか解らなかったのか判別がつかない頷き方をしながら、菓子を頬張る。

 忍者事情に詳しいであろう武蔵なら、風魔がVRの開発を進めているとか、VRがどんな機械なのか教えてくれるだろう。


 ちなみに和也に仕組みを理解できる自信は全くない。

 

バーチャルリアリティ。略称VR。

 日本語では仮想現実を訳される通り、現実その物ではなく、人の感覚を刺激し、触ってもいないのに、触っているかのように思わせる代物だ。

 和也にその方面の知識はないが、実戦さながらのゲームなら死人も出ないし、妥当な判断だ。

 というか知らない内に、地球にそのような技術が存在する事に、驚いてしまう。

 特撮もどきといい、忍者は未来に生きすぎている気がすると和也は思った。

 

「だがVRを導入するにも、CPU相手では満足できん。どれだけリアルにしようが、造り物では不満が出る。最低限生きた相手でなければならん。インデスト人が許容できる最低ラインだ」


 けれども、まだ問題がある。


「だが、妖怪に機械が正常に働かなくてな。カエデならクリアできるだろうが、あいつ精神的に未熟にも程がある。第一、数が足りん。妖怪共には生身での戦闘訓練や知識の伝授に回ってもらうが、VR訓練に関しては異能者が必要だ」


 世界が変われば、妖怪の力も大幅に減少するが、地球出身の技術者の家族や親類を利用すれば、ある程度は力の維持ができる。

 既にインデスト人に妖怪の知識を刷り込み始めているので、多少時間がかかっても、いずれ地球と同等の能力を発揮が可能だ。

 それでも、時間は浪費してしまう。

 クルミとしては無駄に時間は割きたくなかった。

そこで、だと一拍置く。


「貴様には戦闘訓練の相手をしてもらいたい。インデスト人は家族やら友人やらの繋がりは希薄だ。殺されようが弱い奴が悪い、だからな。貴様に対しての印象は『魔王を殺した超強い勇者』で、恨みがどうという話はないから余計な心配は無用。誰も文句は言わん」


 それは、まあ好都合な話だ。

 和也もその片鱗はあの戦争で目にしているから、信用できる。


「衣食住の用意はこちらでする。報酬も弾もう。女が欲しければ風紀が乱れん程度に自由にして構わん。契約に応じれば、手始めに一億くれてやる」


 指をパチンと鳴らすと、扉が開き、白のテーブルクロスで飾られ、下に車輪の付いたテーブルと共に金の山が出現する。

 テーブルを押してきた渋いチョビ髭の男性の足元が妙に薄れているが、和也の意識は別な箇所に向けられていた。

 金、金、金。

 金の束が山となり、和也を誘惑しようとする。

 一億円。

 バイトで稼ぐお金なんて雀の涙に等しい。

 だけども冷静さは失わない。

 この状況を理解し、答えを出さなければならない。


「その後は仕事振りにもよるが、最低五〇〇〇万は約束しよう」

「それは人生が終わったその時に支払われるとか……?」

「阿呆か。月収だ月収。詳しい事はここに書いてある。理解したらこの用紙に一発サインだ」


 封筒から出された用紙を読み込む。

 見落としのないよう、入念に調べる。

 騙されて強制労働させられるなんてなったら、最悪だ。

 

 勤務時間は地球換算で一日八時間。昼休憩は一時間ある。

 暴力等の身体の自由を不当に拘束する手段によって、意思に反した強制労働はさせない。

 決闘を申し込まれた場合、力で捻じ伏せるべし。

 教導官としての威厳を示せ。

 

 見たところ、不審な点はない。

 現代の労働法を参考にする記述が多々見られる。

 インデスト特有の、引っ掛かる箇所はあっても、地球の価値観で引っ掛かるのは極少数。

 

 もっと彼女から情報を得ないと、判断がつかない。

 熟考する和也に業を煮やしたのか、クルミは踏ん張りながらアタッシュケースを机に置いた。


「今ならこの最新機種の据置型ゲーム機と、私が厳選したゲームソフトもつけてやる。これでどうだ」


 運んできたアタッシュケースから現れる丁寧に包装されたゲーム機とソフト。

 一億円の後に出されても衝撃なんて全くないし、スペックがどうの聞かされてもリアクションに困る。

 和也はゲームする余裕があるなら勉強かバイト、もしくは人間関係の構築に時間を充てるため、地球に帰ってからは友人に連れられたゲームセンターに行ったきりで、一度も触れていない。


「気持ちはありがたいけど、テレビないから遠慮しておくよ」

「むっ。テレビないのか。それでも現代人か貴様は。デジタル三種の神器の一角だぞ」

「うん……」


 今まで涼しい顔をしていた和也の表情が僅かに歪む。

 薄型テレビもDVDレコーダーもデジタルカメラもない桐生家の事情を見事に抉ってくる。

 三種の神器どころか、冷蔵庫と洗濯機しかない桐生家は、一九五〇年代後半まで戻っている寂しい家庭なのだ。

 3Cすら揃わない悲しい現実だ。


「貴様にとっても悪い話ではないだろう? 学園を辞めてこっちに来い。 貧困生活を続けるのも、貴様とて望んではいるまい。家族ごとインデストに移り住めば、それも解消されるぞ?」

「…………」


 確かに悪い話ではない。

 むしろ和也にとって、出来過ぎな程いい話だ。

 衣食住も報酬も娯楽も用意してくれる。

 今の、勉強して、バイトする生活ともオサラバだ。

 四年間散々やってきた事を、また行うだけだ。簡単な話だ。

 しかも傷ついても死なない。

 ゲームでいくら死のうが、所詮はゲーム。

 現実には何ら影響は出ない。

 インデスト人の価値観から、和也を恨む事もない。

 国を創るという、現在の地球では出来ない夢に溢れた偉業も間近に見られる。

 一般ラインに届く否かの生活の桐生家が億万長者になるチャンスだ。

 家族が裕福な生活ができる。それが何よりも重要だった。

 

 最高の条件だ。

 本当に良い事尽くしだ。


 返事は決まった。


 魔王を見据え、こう答えた――






 ――断る。

 





ちなみに忍者の技術力は、伊賀流>超えてはいけない壁>甲賀流=風魔流>戸隠流=黒脛巾組=鉢屋流  

と言った具合になっています


どこも特徴が違うので総合的な優劣が付きにくいですが、伊賀はぶっとんでます

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