第十一話 忍ばない忍は自己嫌悪する
「甲賀のクソ野郎共が……!」
学生服に着替えた武蔵は、学園の保健室を出た横の壁を殴りつけた。
皮膚が裂け、血が滴るが、そんな物はどうだっていい。
彼が経験してきた甲賀との争いと今回の襲撃は違った。
死人が出ない程度には配慮されていた小競り合いレベルではない。
死人が出ようがお構いなしの襲撃だ。
襲撃を受け、体調を崩した楓は部屋の中で眠りについている。
紗和は家を荒らされ、爆破され、挙句に誘拐までされた。
居所は不明。楠の分身が目下捜索中。
そしてもう一人――
「和也……」
武蔵はこの場にいない友人の名を呟く。
爆発時に現場にいたとされる和也は生死不明だ。
小規模ながらも部屋の原型を残さないほどの爆破、普通の人間なら間違いなく死亡している。
爆破直後に現場に向かった楠の分身によれば、文字通り何も残っていなかったと聞いた。
爆発物の破片も死体も何もかもだ。
状況から考えても、後処理をした可能性は低い。
和也が死んだとは信じられないが、帰ってこない説明がつかない。
「服部君、いいかい?」
「先生か……」
いつもより疲れが顔に滲み出ている楠。
保健室で保健医とフリーネ、急遽呼び戻した楠の分身が、楓を見守っている。
学園にいる楠は分身含め二人。そうなると目の前にいる楠は本人だ。
彼はネクタイを緩め、武蔵の隣に並んだ。
「藤堂さんの自宅爆破から三時間経った。付近の住人への説明も済ませてある。流石に修復は遅れるけどね。とにかく学園側ができる事は全てやったよ。これ以上はどうにもならないが」
「学園長の決めたクソみたなルールか……あれ破ってもどうにもなりそうなもんですが」
武蔵の問いに、楠は苦虫を噛み潰したような顔をした。
学園長の意向により、教師陣は戦闘に参加できない。
楠の分身による捜索もかなり危ない線だ。
学園長は大人の必要以上の干渉をよしとしない。
思惑はどうあれ、これは厄介極まりなかった。
できる事は限られ、生徒のサポートにしか回れない。
問題の解決の補助はできても、教師自身による解決はできない。
「僕ももっと踏み込みたいけど、以前別の先生が学園長の決め事を無視して、戦闘に参加した事があって、参加したはいいが強制的に転送されてね。どこに送られたかは未だに言ってくれないけど、一週間後にボロボロの姿で帰ってきたよ。僕も下手したらそうされるかもね……」
ほぼ真っ黒の学園長に逆らうと何をされるか。
長年働いてきた楠はよく知っていた。
帰ることができただけマシと思える程に、楠は学園長との関わりが深い。
だからこうやってサポート役に徹している。
楠の異能が戦闘向きではないのもあるが、やはり納得できるものではない。
「先生は何も悪くねえよ。悪いのは俺だ。俺が勝手に勘違いしてたんだ。いくら甲賀の連中でもこの学園を相手にするはずがねえって……」
血が滲む右手が、さらに力む。
結局のところ、武蔵は忍者と関わりたくなかった。
自分のトラウマその物に触れる忍者達に。
牛鬼の襲撃時による変身も、クラスメイトの女の子が巻き込まれていたからに過ぎない。
武蔵自身は変身したいなんて、これっぽっちも思っていないのだ。
そんな気持ちでいたから、こんな最悪の状況になってしまった。
最初から和也が言うように警戒していれば……自分自身が許せなかった。
「しかし学園側で動ける戦力が少なすぎる。生徒限定にされるのが痛いね」
「フリーネちゃんは目立ちすぎるし、クルミちゃんは全然来ねえし、戦えるのは俺だけ、か。俺一人じゃどうにもできねえだろ……そのクソみたいなルールはどうなってんだよ……何がしてえんだあの学園長は……!」
武蔵は苛立ち、傍にあるゴミ箱を蹴りつけた。
中にあったちり紙などが散乱し、廊下を汚す。
一部は武蔵の服を汚すが、怒りや後悔の感情でそんな事は気にも留めない。
物にでも当たらないと、自分を殴ってしまいそうだった。
フリーネの正体は一応外部には隠されているため、大手を振って戦う事はできない。
魔王であるクルミは未だに姿を現さない。
感情にごちゃ混ぜにされた思考はどんどん暗くなっていく。
自らを蔑むような言葉しか思いつかない。
「……いや全部俺が悪いのか。先輩も楓ちゃんも和也も巻き込んじまって、はは、ホント俺は親父の残りカスみてえなゴミだな……」
焦燥感からか、喉がカラカラと乾く。
何もかも自分が悪い。
反論の余地もなく、そうだ。
和也の警告を聞かなかったのも、紗和が襲われる可能性を考えなかったのも。
全部、全部、全部、自分のせいだ。
「ふん、ゴミがゴミに塗れているな。実にお似合いじゃないか」
凛とした少女の声が響いた。
異世界の魔王、クルミが仁王立ちし、武蔵を睨みつける。
紗和と楓が襲撃されたのは既に連絡されており、全学年E組の知るところとなっている。
彼女はその報せを受けても、その姿を現さなかったが、いつの間にやら学園に来ていたようだ。
そんなクルミだったが、楓の無事を確認すると、腕を組んで、壁にもたれ掛かっていた。
「クルミ、ちゃんか……」
「ルーキフェル=イブリス=クルミナレッテだ。全くゴミでも少しは骨のある奴だと思っていたが、見当違いだったようだな。こんな場所で物に当たりおって。生ゴミに格下げだ」
クルミは辛辣だった。
彼女の癪に触るのか、不機嫌さを隠しもせずに、武蔵を責める。
「……今かまってる暇はねえんだ。黙っててくれ」
クルミを瞳に映す事すらなく、呟いた。
いつもなら喜んでいただろうが、生憎そんな余裕はない。
ひらすら苛立ちだけがつのる。
しかし、クルミはそれを無視して続ける。
「かまう暇はない? そうだろうな。いつまでも自己嫌悪を繰り返していているのだから、暇なんてないのだろうよ。これほど阿呆な男は初めて見たぞ」
「あぁ?」
武蔵はドスのきいた声を発した。
普段ならこんな安い挑発に耳はかさない。
だが今は些細なことでも、神経を逆撫でされたような気分になる。
「こんな男に惚れられた女が哀れだ。いや案外あの藤堂とか言う女にも原因があるかもしれんな」
クルミは武蔵に畳み掛ける。
容赦なんてない。
言いたい放題だ。
武蔵は呼気を荒げ、殴りたい衝動に駆られるが、ギリギリで押さえ込む。
「そうだろう? この世界における異能者とやらは立場の低い弱者だ。普通の人間にさえ軽蔑される。能力も大して強くない」
言い返せない。
異能者は普通の人間にちょっとした特殊能力が付け足されたような存在。
若干人間よりも異常性があるぐらいでは、弱い。
「私もトウドウサワについて調べたが、親と確執があるらしいではないか。貴様が慕うほど綺麗な人物ではないぞ? さらに親の言われるがままに、清条ヶ峰に通っているときている。人としても弱いんじゃないか? 牛鬼の方がよっぽど我を通していただろうよ」
清条ヶ峰学園E組に入学する生徒はほぼ全てが訳ありだ。
妖怪は娯楽要素が強いが、異能者は大概、現代社会に馴染めず学園に通っている。
社会的位置も表でも裏でも低い。
だからといって、こんな一方的に責められる事はなくていいはずだ。
紗和は人に優しくでき、武蔵みたいな奴でも平等に接してくれる。
いくら強くても牛鬼以下なんて認めない。
あんな暴力が中心の奴よりも劣っているとは決して認めない。
「利用されるべくして、存在しているようなモノじゃないか。カエデも似ているが、彼奴は力があるからな。価値がある女だ。だがあの女はな……」
クルミは鼻で笑う。
明らかに紗和を貶している。
価値がない、と。
それがはっきりと分かった。
理解した瞬間、武蔵の中で何かが切れる音がした。
もう、我慢できなかった。
怒気をみなぎらせた武蔵は躊躇することなく、クルミに押し迫る。
体格差から武蔵がクルミを見下ろす形となっている。
小さな魔王は怒りに満ちた忍を目前にしても、物怖じ一つしない。
「おい、その続きを言ってみろ」
「続きを言ったらどうなる? 私を殴るか? 殺すか? 貴様にそんな度胸があるとは思えないがな。どうせなら言ってやろう、あの女に価値は――」
クルミの顔の真横を拳が通り、壁を震わす。
どうあっても挑発の姿勢を崩さないクルミ。
傲岸不遜な魔王に、武蔵の沸点は頂点に達した。
「価値どうこうつまんねえ事言うんじゃねえよ、この、チビ魔王!テメエが先輩の何を知ってんだ! 話したことがあんのか? 普段どんな事してるのか知ってんのか? 上っ面だけで人を判断してんじゃねえ!」
いくら調べたところで、所詮は周りからの情報。
自分自身で紗和と会って、どんな人物かなんてわかっていない。
そんな人間に不当な評価を下され、武蔵はキレていた。
成人男性と体格が遜色ない武蔵が外見小学生のクルミに迫るのは格好悪いとは思う。
しかし、ここで引き下がる事はできない。
女神のような慈しみに溢れたオーラ。
武蔵みたいな不良にも和也と接し方は変わらなかった。
思いやりの大切さを知っている。
素晴らしい女性だ。
「先輩はすげえ優しくてだなぁ! 話したこともない俺の財布を届けるために走ってくれたり、怪我をした女の子を真っ先に手当だってする! 俺なんかよりも素晴らしい人なんだよ! んで何より――」
武蔵はひと呼吸おいて、
「そんで俺が惚れた女だ! 馬鹿にすんじゃねえ!」
武蔵の叫びが廊下をこだまする。
どれだけ言葉を重ねても、結局のところ惚れた女を馬鹿にされて黙っていられなかったのだ。
全く忍んでないが、忍がどうこうの問題ではない。
とにかくこの感情をぶつけたかった。
クルミは一瞬だけ目を大きく開いたが、すぐにいつもの余裕たっぷりの表情に戻る。
「ほう。そうか。それで? 貴様の惚れた女は今どうしてる? 貴様は何をすべきだ? こんなところで貴様は何をしている?」
「それは……」
武蔵はすぐに答えが出せなかった。
一人じゃどうにもできないと勝手に諦めていた。
とりあえず心配をして、自己嫌悪をして、助けにいこうとしなかった。
まさにゴミクズ以下の阿呆だ。
自分が今何をすべきか。
紗和を助けにいく事だ。
自分一人じゃどうにもできないから、なんて言い訳はしない。
「……ああ、俺がやりゃあいいんだ。俺が格好よく助け出して、そんで今回の事を死ぬほど謝る! そうだ俺がやるんだ!」
武蔵は制服のズボンのポケットから超戦士装甲の変身装置を取り出す。
嫌われてしまっただろうが、そんな事はこの際気にしても仕方がない。
特撮のコスプレをする痛い子だと思われても、武蔵は紗和を助け出す。
見かけだけじゃなく、格好いいヒーローのように。
「先生! ちょいと薬品借りてくぜ! 特撮ヒーローなめんなよ甲賀の野郎ども!」
忍ばない忍にいつもの調子が戻ってきた。
先程までの暗い人間の面影は、ない。
武蔵は校内にある物理室や化学室を目指す。
そこに必要とするものがあるからだ。
その前に、クルミが武蔵を呼び止める。
懐から綺麗に折りたたまれた紙を掴み、武蔵に手に握らせた。
「襲撃者どもの拠点の位置が記してある。一定時間事に移動するから、さっさと行ってこい、ゴミクズ忍者」
その小さな紙を広げると、達筆で書き込まれた地名と建物の絵が書いてあった。
これまでの容赦のない挑発、罵倒は全て武蔵に発破をかけるため。
こんな女の子にまで心配されるとは情けない限りだが、また挽回すればいい。
隠密行動において右に出る者はいない忍者の居所を調べる情報収集能力は疑問だが、彼女が異世界の魔王だからと納得しておく。
一通り目を通すと、紙をポケットにつっこむ。
「……あんがとよ。でも意外に絵のセンスねえぶへえっ!?」
クルミのビンタが武蔵の右頬を直撃する。
魔王だけあって、力強い一撃だ。
あとちょっと気持ちよかったのは内緒だ。
「いいから行ってこい! 私が女ごと忍者どもを殲滅するぞ!」
「ひーすんません! つうか俺に発破 行ってきます!」
この調子だ。
服部武蔵という男は、これでこそ、服部武蔵だ。
このまま甲賀の好きにはやらせない。
忍ばない忍は、そう決意し、駆け出していく。
それをクルミはしばらく眺めた後、軽く嘆息する。
「ようやく行ったか。全く私の手を煩わせおって」
「もう少しやり方があると思ったけどね……」
傍観を決め込んでいた楠が呆れ半分感心半分といった感じで呟いた。
クルミがやらなければ楠が武蔵を説得するのだから、あまり人のことは言えないが。
「君は行かないのかい? 生徒に言うことではないけど、魔王の力が必要な事件だと思うんだ」
「今回はパスだ。私が出たら、忍者なんぞ瞬殺だ。それではつまらん。まあ、キリューもどうせ生きているだろうからな。奴が勝手に巻き込まれにいくさ」
「桐生君は確かに無事だろうけど、その自信はどこから来るか聞いてもいいかい?」
「決まっているだろう、あの男が勇者だからだ。それ以外に何かあるか?」
異世界の魔王――クルミは楠の質問に、心の底から鼻で笑った。
クルミにとっては、それだけで信頼に値する。
楠もそれなりに納得したのか、追求する事はなかった。
元勇者と魔王。
彼らが交差する日は、まだ先の話だ。




